小学校の時である。
通っていた小学校は灘区の高羽小学校だった。筆者が通っていた
頃は全校生徒の数も非常に多く、休み時間などは校庭に子供があふ
れていた。しかしそのような記憶よりも、はっきりと覚えているの
は校舎が黒っぽかったことだ。最初は理由がわからなかったが、そ
のうちに空襲を避けるために黒く塗られたのが、色あせてきたのだ
ったと知った。昭和四十年前後のことである。
高羽小学校の図書室は教室が並ぶ廊下の突き当たりにあった。確
かめたわけではないが、校舎の東端だったと思う。図書室にはもち
ろん足繁く通ったのだが、何時行っても新しい発見があったと思う。
学年別になった学習本もあった。『理科なぜなに教室 小学校○年』
と背表紙に書いてあって、自分の学年の本を読むのも楽しかった。
ある時、何かの機会で図書室に行った。昼休みだったのか、授業
と授業の間の休憩時間だったのかは覚えていない。図書室の扉を開
けると(横にスライドする扉だった)、鍵がかかっておらず中に入
れるではないか。誰も見ていないと思ったので、図書室に入り込ん
だ。
図書室は電気がついていないので薄暗く、もちろん誰もいないの
で静かだった。入口を入ってすぐ右の書棚だったと記憶するが、日
本文学の棚があった。誰か入ってくると困ると思って入口に近いそ
の書棚から一冊を抜き出して読み始めた。薄暗くはあったが、窓か
らはわずかであるが日光が入ってきて、全く本が読めないというこ
とはなかったのである。
今から思い出しても、この瞬間は人生で初めての至福の時間だっ
た。静寂の図書室で、一人で本を読んでいるというのは、どんなに
嬉しかっただろう。ただ、小学校高学年の生徒がそのような楽しみ
を知ったというのは、さすがに不気味ではある。
取り出した本は面白く、途中でやめられなかった。一気に最後ま
で読んでしまったのだが、最後にあまりに重たい内容を含んでいた。
その小説とは森鴎外の「高瀬舟」である。なぜこの小説を読み始
めたのかは全く記憶にないのだが、もしかしたら本の一番最初に収
録されていただけかも知れない。
この短編を読み終わって図書室の扉を閉めた時には、全く変わっ
てしまった自分を感じたのも良く覚えている。出会った時期が良か
ったのか悪かったのかはわからないが、それでも森鴎外の作品の中
で一編選べと言われたら、間違いなく本書の名前を言うだろう。
今でも本に書かれた「高瀬舟」の題名を見るたびに、このエピソ
ードを思い出すのだ。
実は「高瀬舟」は本欄の最終回に予定していたものである。最終
回に至る前に二冊用意していたのだが、それらは『ゲイルズバーグ
の春を愛す』(ジャック・フィニイ)と『潮騒』(三島由紀夫)で
ある。
最後になりましたが、海文堂書店の閉店に伴い「海会」もこれ
が最終号となり、「本の生一本」の最終回となります。長い間連載
させていただけたことに心からお礼を申し上げます。またいつかお
会いできればと思います。
本当にありがとうございました。