時論公論 「"軍事大国化"するインド」2013年08月22日 (木)

広瀬 公巳  解説委員

今夜はインドの軍事力について考えます。
国民総所得がカナダ、ロシアを上回ったインドはその経済発展を超える速度で軍事力の拡大を続けています。
すでに中国全土を射程に入れるミサイルの発射実験に成功しているインドは、今月、国産の空母の進水、原子力潜水艦の原子炉の稼働と、相次いで、「軍事大国化」を印象づける動きを見せています。
インドの軍備増強はどこまで進んでいるのか、その狙いはどこにあるのかをみていきます。
 
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(VTR)現地の言葉で勇気や大胆さを意味するヴィクラント。
ジャンプ台のように大きく傾斜した甲板に25機の航空機を搭載できるインド初の国産の空母です。
先週行われた進水式でインドは、アメリカ、ロシア、フランスなどに続いて、自国で空母を作る能力があることを示しました。
(VTR)こちらはインドがフランスから購入することにしている最新鋭の戦闘機「ラファール」。
購入数は、126機。
総額120億ドルの大きな取引です。
このほかインドはすでにアメリカからC130輸送機を購入しており、旧式のソ連製のものに偏っていた装備の調達先を多様化させています。
 
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このような軍の近代化を可能にしているのはインドの経済成長です。
インドの国防費は日本円でおよそ3兆円。
10年前の3.5倍にふくれあがりました。
とくに海軍の予算の拡大は顕著です。
国産空母も当初は予算不足が深刻でしたが、経済改革の成功で建造資金が生まれ排水量も計画段階を大きく上回る四万トン級のものになりました。
外国からの武器の輸入も増え続けています。
緊縮財政。
そしてイラクやアフガニスタンからの撤退で欧米の国々が軍事費を削減にせまられる一方で、インドは大きな武器市場になっています。
現在、武器の輸入額では世界一。
インドは貿易赤字と財政赤字という二つの赤字、つまり資金不足に苦しんでいますが、旧式の軍備の近代化を進めるための予算は削らない。
軍事費は別枠という考えです。

このままインドが軍拡を続けるとどのようなことが心配されるのか。
二つあげたいと思います。
一つはインド軍のあり方自体に係わる大きな変化です。
 
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こちら中国やパキスタンとの間で領土紛争を抱える。
インドの国防の基本は「侵入を防ぐ」ことでした。
これまで軍の主役は陸軍。
中国、アメリカに次ぐ一三〇万の兵員数を持つ陸軍の歩兵と戦車部隊が中心。
しかしインドは今、大きな海軍力をもつ「海洋パワー」としても頭角を現そうとしています。
もともとインド洋の沿岸国には大きな海軍力を持つ国はありません。
いわば力の空白地帯で、インドだけが急速に力を拡大し始めているのです。
インドにはロシアからも空母が引き渡される予定で、現在のものとあわせて三隻の空母を持つ国になります。
これによってインドは、軍事の専門用語でいう戦力投射力。
つまり陸地から遠く離れた場所で作戦を遂行する能力を大きく高めることになります。
その背景にあるのはインド洋の重要性が高まっていることです。
インド洋はアジア、中東、アフリカ、つまり、世界経済の主役に取り囲まれた海となりました。
インドはもちろん、日本、そして中国もインド洋をエネルギーの供給ルートとしています。
アメリカはインドがアジア戦略の要だと位置づけていますがインド洋には中国も海洋進出を進めています。
大きなパワーバランスが崩れることはないのか、偶発的な事件が起きることはないのか、よく考えておかなくてはなりません。
もう一つ、忘れてならないのは核兵器です。
 
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インドは現在、100程度の核弾頭を保有しているとされています。
インドは核弾頭を積むことができるミサイルの発射実験を次々に実施。
すでに、中国全土を射程に収める長距離弾道ミサイルの発射実験を成功させています。
そして今月、インド初の国産の原子力潜水艦の原子炉が臨界到達に成功したと発表。
核弾道ミサイルが搭載できる原子力潜水艦の就役が現実のものとして見えてきました。
インドのシン首相は、「科学者や軍関係者が総力を結集すれば高い技術の壁も乗り越えられることが証明された。
インドの国防にとって大きな一歩だ」とする声明を発表しました。
1998年の核実験で事実上の核保有国となったインドは自前の技術力、「国産化」した力で核の運搬手段も進化させているのです。
このようなインドの軍事的な拡大に歯止めをかけることはできるのでしょうか。
非同盟外交のもとで東西いずれの陣営にも入って来なかった途上国のインドに対し軍縮を求める声はあまり強くはありませんでした。
核を先制攻撃には利用しないとしているインドはイスラエルやイランなどと比べて欧米の関心は薄かったかもしれません。
しかし、インドは現在、核拡散防止条約にも包括的核実験禁止条約にも加盟していません。
自国の安全保障のためには核は必要だとするのが独立国の核ドクトリンです。
通常兵器についても国際取引を規制する「武器貿易条約」が今年4月に採択された際にインドは棄権の立場をとりました。
ミサイルや海軍力などの分野で、国産化を着々と進めるインド。
国際社会は様々な形での資金援助をしている途上国の動きに歯止めをかけられないのが現状です。
軍備の拡張についてインドはあくまで自国の安全保障のためとしています。
 
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カシミール地方ではインド、パキスタン、中国の三つの核保有国が領有権争いを続けています。
紛争地の多くは険しい山岳地帯にありこれまで境界線の位置が争われてきました。
パキスタンは中国が軍事利用するとしているGPS、衛星測位システムを導入。
これに対抗する形で先月インドは独自のGPSの衛星を打ち上げました。
長年続くこの三つの国の緊張関係は宇宙にまで広がっているのです。
インドは今、経済だけではなく安全保障の面でも大国の仲間入りをし、国際政治の中での政治大国をめざしています。
しかし、急速で大規模な軍備の増強は関係国にとっては脅威と映ります。
海軍力と国産化、それに周辺国との緊張が、インド自身も予想しない「目に見えない危機」を作り出すことが懸念されます。
経済発展とともに軍事力を蓄えてきた中国は今、関係国に不安を与える海洋進出を進めています。
インド洋を舞台にアジアのもう一つの大国になろうとしている国がどのような軍備拡大の道を歩むことになるのか。
その動きを注視していかなくてはなりません。
 
(広瀬公巳 解説委員)