ギリシャ神話に人類に火を与えた神族として登場するプロメテウス。第3部「観測中止令」のテーマはお役所の論理。福島第一原発の事故を背景に、国とは何か、民とは何か、電力とは何か、を考える。2011年11月に朝日新聞に掲載した連載全15回をWEB新書化。
◇第1章 突然、本庁から電話
◇第2章 無視して採取続けた
◇第3章 放射能「高過ぎる!」
◇第4章 せっぱつまった事情
◇第5章 まさかそれが日本で
◇第6章 ネイチャーに出そう
◇第7章 削除してくれないか
◇第8章 センセーショナルだ
◇第9章 所長が謝ってほしい
◇第10章 自分はしゃべれない
◇第11章 予算どうなってるの!
◇第12章 誰が気象研を教えた
◇第13章 どこの機関から何が
◇第14章 「文科省」45分で16回
◇第15章 責任は負いたくない
2011年3月31日、気象庁気象研究所の研究者、青山道夫(58)は日本から届いたメールに驚いた。モナコで国際原子力機関(IAEA)の会議に出ていたさなかだった。
「放射能観測をやめろって? 半世紀以上続いてきた観測なんだぞ」
気象研は1954年から放射能の研究をしている。きっかけはビキニ環礁で行われた米国の水爆実験だった。57年からは大気と海洋の環境放射能の観測を始め、一度も途切れることなく続けてきた。いまや世界で最も長い記録となり、各国からも高く評価されている。
それをなぜやめなければいけないのか。よりによってこの時期に。
メールの主は茨城県つくば市にある気象研の企画室調査官、井上卓(47)。3月31日午後6時、本庁の企画課から突然、電話があったという。
「明日から放射能観測の予算は使えなくなる。対応をよろしく、と」
放射能が観測史上最高の値を示している時に、なぜやめるのか。聞き返したが、本庁は「その方向で検討してもらうしかない」という。
井上は途方に暮れた。
あと6時間で11年度も終わる。その最後の日の退庁時刻も過ぎたころになって、明日からの予算を凍結するなんて聞いたことがない。
しかし、本庁の指示とあれば考えている時間はない。井上は分析作業員を派遣していた業者に電話した。
「突然で申し訳ありません。派遣職員の方に明日からは出勤しないよう、連絡いただけないでしょうか」
放射性物質の分析という特殊な技術を持つ人材と補助業務をする専門の職員を「放射能調査研究費」で雇っていた。その予算がなくなれば、明日からの給料は払えない。
「所内関係者を集めろ」
「会計課は送別会のはずだぞ」
「電話して呼び戻せ」
企画室はてんやわんやとなった。
気象研での放射能研究の中核は、地球化学研究部の青山と環境・応用気象研究部の五十嵐康人(53)だ。
家に帰っていた五十嵐が呼び出された。企画室の職員が説明した。
「福島原発事故に対応するため、関連の予算を整理すると文部科学省から本庁に通達があったそうです。緊急に放射能を測らなければならなくなったので、そっちに予算を回したいと……」
気象庁気象研究所の研究者、青山道夫(58)は11年4月3日、モナコの国際会議から帰国するなり、企画室に飛び込んだ。
「放射能観測の予算凍結ってどういうことですか。本庁にもう一度確かめてください」
調査官の井上卓(47)は答えた。「文部科学省が予算を配分してくれないのだそうです」
青山は文科省に連絡を入れた。
「今もっとも放射能観測が必要とされているときに、測るのをやめろとはどういうことですか」
担当は文科省原子力安全課の防災環境対策室である。その調整第一係長の山口茜から返事があった・・・
ギリシャ神話に人類に火を与えた神族として登場するプロメテウス。第3部「観測中止令」のテーマはお役所の論理。福島第一原発の事故を背景に、国とは何か、民とは何か、電力とは何か、を考える。2011年11月に朝日新聞に掲載した連載全15回をWEB新書化。[掲載]朝日新聞(2011年11月7日〜11月23日、14600字)
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