オープンな研究の場で生まれた技術が安全保障も支えてきた
固体ロケット技術は、発射可能な状態で長期保存が可能なので、有事即応性を必要とするミサイルにも使われる。歴史的にロケットメーカーは、東大の固体ロケット研究に参加することで得たノウハウを、実用衛星と大型液体ロケットを開発する宇宙開発事業団(NASDA)や防衛庁(現防衛省)に売り込み、トータルで業績を黒字にしてきた。オール日本の固体ロケット技術の源泉は、宇宙研のMロケットにあったわけだ。オープンな学術研究としての最先端技術開発が、日本の固体ロケット技術を底辺から支えていたわけである。
意図せずして形成された、大学における最先端技術の研究開発と防衛面での実利用の結びつきは、2006年のM-Vの廃止で崩れた。廃止に当たって、主に自由民主党の国防族議員から文科省に抗議の電話が相次いだ。「日本の防衛力の基盤である固体ロケット技術を、根幹から支えているM-Vを廃止するとは何事か」というわけだ。担当者は対応に苦慮した。が、その時には事務手続きが政治ですら覆せないところまで進んでしまっていた。
森田教授はイプシロン発展型において、新しい熱可塑性の固体推進剤の使用を検討していることを明らかにしている。固体推進剤の製造においては、異常燃焼の原因となる気泡が発生しないように細心の注意を払う必要がある。熱可塑性を持つ固体推進剤は、熱を加えると何度も溶けて液状に戻る。気泡が発生しても、温め直すことで気泡を追い出すことができる。これは大変大きな技術革新であり、安全保障分野も含めて応用範囲は広い。
現在、固体推進剤は、ベースとなるポリブタジエンという合成ゴム、燃焼温度を上げるためのアルミ粉末、酸化剤の過塩素酸アンモニウムなどを混合して練り合わせ、モーターケースに注型して固めることで製造している。固まった固体推進剤は熱を加えても元に戻らない。気泡が発生した場合、固体推進剤をかき出して、最初から製造し直さねばならない。大型の固体ロケットであっても一度に注型する必要があるので、製造設備は大型化する。
ここで考慮すべきは、熱可塑性固体推進剤に代表される斬新な発想に基づく技術は、東大に始まり、そして現在のJAXA・宇宙研へと続くオープンな研究環境の中から生まれたということだ。ところが日本の宇宙開発は近年、1998年の情報収集衛星計画の開始、2001年の米国同時多発テロなどを経て、どんどん情報を秘匿する方向に向かっている。施設一般公開などで以前なら誰でも入れた場所が立ち入り禁止になり、報道機関への実機公開は限定され、審議会は傍聴不可能になり、情報は出てきにくくなっている。