ガルリ・カスパロフがディープ・ブルーに敗れたのは1997年5月。
この年の10月、株式市場が暴落をした翌日、当時を代表する天才トレーダーのビクター・ニーダーホッファーが破産した。
――敗北と決まった瞬間、何を考えましたか?
ビクター 私には六人の娘がいるので、自殺はできなかった。
――今は?
ビクター 心の平安を取り戻すため、趣味に気持ちを傾けている毎日なんだ。趣味の一つはチェスのレッスンを受けることだ。損失から気を紛らわすためにね。日本ではキャリアに行き詰まると何をするのかい。ゴルフでもするのかい。
――日本にも「囲碁」とか「将棋」という日本式のチェスをする方もいますね。
ビクター そうか、日本人もチェスをするのか。
(『マネー革命』[1]NHK出版)
失意の日々を送る中、ビクターはアーサー・ビスガイアとチェスを指している。
ビスガイア 金融界の人たちはチェスが好きだねえ。ジョージ・ソロスもにも教えているんだが、ソロスの腕もなかなかのもんだよ。
(『マネー革命』[1]NHK出版)
トレード系の本を読むと、日本ならば将棋、海外ならばチェスの達人の言葉が引かれていることが多い。
ビクターは様々な分野に造詣が深く、チェスもその一つで、著作では何度もチェスによる喩えが登場する。
『The Education of a Speculator』の表紙は、著者の前にチェスの盤駒が置かれている。
ビクターをはじめ、知識や経験も十分なはずの多くのトレーダーが、1997年10月のニューヨーク株式市場の暴落を予測できず、致命的な損失を被った。
しかしビクターの弟で、ビクターとは別にヘッジファンドを設立しているロイ・ニーダーホッファーは、逆にこの暴落で売り(ショート)のポジションを取り、大きく儲けている。
暴落を予測したのはロイ自身ではなく、ロイが開発したコンピュータソフトだった。
追記。星新一のエッセーより。
将棋のプロが、株について語る。よく見かけるが、これも、ちょっとおかしい。将棋で、プロとアマのちがいがいかに大きいか、ご当人は、よく知っておいでのはずだ。
しかし、株については、アマではないか。株のプロはどうなのか知らないが、その分野で頭を使いつづけの人以上とは、とても思えない。占い師の助言で株をやるのと、大差ないのではないかな。
(星新一「発想のもと」新潮社文庫『きまぐれ遊歩道』所収)
おっしゃることごもっともで、将棋の才能と投資の才能はもちろん別に考えるべきと思うが、筆者にはめずらしいほどの強い非難の調子なので、ちょっとびっくりした。
よほど腹立たしかったのだろうか。
軍事上の才能と、ボードゲームやカードゲームの才能もまた、別のもの。
そういえばナポレオンもチェスはそう得意ではなく、「トルコ人」に短手数で負けたんだっけ。