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『ウルトラマン』と中国進出の難しさ〔2〕―円谷英明(円谷プロ元社長)

〔1〕はこちらから→ウルトラマン』と中国進出の難しさ〔1〕―円谷英明(円谷プロ元社長)

「中国産ウルトラマン」の夢と現実


加賀谷:一方、円谷さんご自身は円谷プロの専務時代から、中国で特撮ヒーロー番組の制作に携わってこられました。中国ビジネスを手がけるなかで、驚かれたことは何ですか。

円谷:まず制作面からいうと、日本は番組をつくりながら並行して放送するランニングタイプです。ところが、中国では、まず国家広電総局(国家広播電影電視総局)に台本や脚本、申請書を提出し、番組制作の申請を行ないます。それから審査の許可が出るまで待つことになり、3カ月ぐらい経つと、何の知らせもなくある日、同局のホームページに「許可」と書かれる。それを見てやおら番組づくりを始めるのです。

許可が下りてから、通常は6カ月から12カ月以内に全放送分を制作し、当局の検閲を受けなければならない。ということは、放送で収益が入る前に、すべての制作費を制作側が負担することになります。仮に中国で番組1本を2000万円でつくるとすれば、ワンシリーズ50本で10億円の資金が必要になる。とてもそんなに初期投資をかけられないから、半分の1000万円で制作する。そこまでしても、中国内で放送できるかどうかは最後の検閲の結果次第なのです。これではやはりリスクが高い。

加賀谷:それでも、中国市場に寄せる熱意と期待は大きかった。

円谷:私はグループ会社から円谷プロに戻ったときから、ウルトラマンを中国で広めたいと考えていました。何とか放送自体はできて、先述の最高裁判決が出るより前、90年代に検閲を通った旧作を5、6シリーズ放映しました。バンダイがウルトラマンのキャラクター玩具の金型をもっていて、中国で旧作を放送したときに商品を売ろうという話があったのですが、放送から時間が経つということは、それだけキャラクターが模倣される可能性が高いのです。どこからともなく、似ても似つかぬキャラクター玩具の偽物が現れる。

加賀谷:中国のどこかに、偽物の金型があるわけですね。

円谷:そうです。中国当局は偽物の流通を規制しているといいながら、ほぼ野放しにしています。私たちが手分けをして玩具問屋を調べたときにも、キャラクター玩具のじつに9割が偽物でした。

そこで私たちは、「海外キャラクターの偽物は目をつぶっても、国産のヒーローなら、中国当局も国益を守るために取り締まるはずだ」と考えました。そこから中国のオリジナル作品である『ウルトラマン Made in China』の発想が生まれたのです。このプランには、中国での偽物対策に追われていたバンダイにも賛同いただいたのですが、私自身が円谷プロの社長を突然解任されたため、事業がストップしてしまいました。

加賀谷:その後、円谷さんは前述の円谷ドリームファクトリーを設立し、上海の制作会社で中国市場を対象にしたオリジナル特撮ドラマ『五龍奇剣士』の制作に取りかかります。ところが労使のトラブルから、本作の映像素材を業務委託していた編集会社に奪われてしまう。まさに「パクリどころか、映像の所有権すら無視する、ほとんど脅迫、泥棒の類」です。

円谷:まあ、こちらにも落ち度はありました。『五龍奇剣士』は当初、シリーズ本編52本の編集を先方に委託したものの、中国当局の通知により、半年で予定本数すべてを完成させなければならなくなった。しかも、中国国内で横行する偽物ビジネスのリスクを心配した投資家が出資に二の足を踏み、深刻な資金不足に陥っていました。自宅を売却し、フジテレビの出資もあって何とか資金を調達したものの、シリーズを13話に縮小せざるをえなくなった。

ところがその編集会社は、「13話で収めてくれ」と言っても、聞く耳をもたない。52話分の業務委託料をすべて前払いすることを要求し、「自分たちが素材を押さえているのだから、勝手に編集し、番組にして売ることができる」とさえ主張しました。特撮専用カメラに保存されていた撮影済み素材を起こし直し、再度編集することも考えましたが、結局会社の運営資金が底を突き、2010年に事業継続を断念したのです。

「喧嘩別れ」をすべきではない


加賀谷:中国におけるコンテンツビジネスの難しさを思い知らされます。

円谷:中国で「国産」といわれるコンテンツをつくるためには、きわめてハードルが高い。とくに特撮ものは子供たちに対する影響度が強いので、当局はそれを盾に幾多の条件を設定してきます。たとえば『ウルトラマン Made in China』を手がけていたとき、急に制度が変わり、ウルトラマンが子供向け番組ではなく、大人向けのカテゴリーに入れられました。放送時間を午後5時から9時のゴールデンタイムに設定できなくなり、午後5時ぎりぎりに終わるように悩みながら計画を進めました。

加賀谷:中国ビジネスに付きものの「意味不明の制度」に振り回されることも多かったそうですね。

円谷:基本的な条件が制作途中で変更されるだけでなく、検閲が多い。私たちが講じた対策は、きわめて中国流ですが、「穴探し」でした。

たとえば、番組が中国産もしくは中国のオリジナル作品として当局に認められるには、監督から脚本、制作者までスタッフの大部分が中国人であり、なおかつ国営企業との合弁会社が制作を行なう必要があります。制作時には抜き打ちで当局の監査が入ることがあるので、監査についての情報を必ず取るということと、照明、美術をはじめとする制作スタッフの「現場」には中国人をなるべく多く入れることを心がけました。そうやって、見た目の「日本人色」を薄めるなど細かいことに気を使い、懸案事項を一つひとつ潰していくのが面倒でした。

加賀谷:そうした苦労やトラブルに耐えきれず、中国市場からの撤退を考える日本企業も少なくありません。中国経済のバブル崩壊もささやかれるなか、いま日本企業が心すべきことは何でしょうか。

円谷:中国はたしかに難しい国であると思います。しかし私としては、いま日本が撤退したら、これまで投資したお金や人脈もすべて無になります。とくに中国では一から人脈を作り直すことは非常に困難なので、「立つ鳥跡を濁さず」ではありませんが、少なくとも「喧嘩別れ」をすべきではない。中国人が最も重視するのは「面子」です。自分の利益を重んじ、プライドも高いので、仮に撤退するにしても、相手の面子を潰さないようにすれば、次につながるのではないかと思います。

先行き不安があるとはいえ、中国はいまなお明らかな巨大市場であり、中国市場で成功すれば莫大な利益は目に見えています。とくに中国のコンテンツ業界は閉鎖社会で、一度入り込むことができたら、ひとり勝ちになる。その将来を見据えて、私は一所懸命にやってきたつもりです。

その経験から思うことは、中国は市場が十分に大きく二番手、三番手でもやっていける。だから、けっして背伸びをしない進出方法を講じることです。

あと、100パーセントは無理にしても、90パーセントは信用できる中国人のパートナーを一人でも見つけておくこと。そういう人をつかまえるには、中国人と長い付き合いをしないとチャンスが得られません。中国では、事業がうまく回りはじめたときを狙って、会社や工場を乗っ取られることが多い。信頼できるパートナーに日本側の味方をしてもらわなければ、これまでに築き上げてきた人、モノ、カネのすべてを失います。

加賀谷:いま中国では、チャイヨー・プロダクションが全権を委任した日本のユーエム社と、円谷プロとのあいだで、中国市場におけるクラシック・ウルトラマンの販売権をめぐって裁判が行なわれていますね。どのような結果を期待されていますか。

円谷:私が期待するのは、中国での裁判でユーエム社が勝訴し、中国でビジネスができるようになることです。この問題に関わってきた当事者として、中国の裁判所にこれまでの経緯を客観的に記した陳述書を書き送り、十分に審理を尽くしてほしい、と訴えました。6月末に判決が出る予定でしたが、先延ばしになっています。中国ではよくあることで、まずは結果を待つしかありません。

日本人の「血の一部」になっている


加賀谷:私も子供のころ、円谷さんの作品を見て、ウルトラマンに憧れながら成長してきた世代の一人です。「ウルトラマンは日本文化」ともいわれますが、日本人にとって、ウルトラマンとはどんな存在だと思われますか。

円谷:日本の子供たちにとって、ウルトラマンが勧善懲悪のヒーローであるだけでなく、毎回登場する怪獣たちもまた、ヒーローと化していました。この点はとても面白い。日本人の多くがウルトラマンを見ていますし、影響を受けて育ったクリエーターも多い。ウルトラマンが「血の一部」になっていて、悪くいえば、私たちはウルトラマンの影響を受けすぎているのかもしれません。

皆さんによく話すのですが、平成3部作の『ティガ』『ダイナ』『ガイア』の写真を何も知らない人にパッと見せると、ほとんどの人が「ウルトラマン」と答える。それだけに、これから日本で新しいウルトラマン作品をつくっていくのは並大抵のことではないと思います。

加賀谷:逆にキャラクターコンテンツとして完成されすぎてしまっている、と。

円谷:そうですね。現に、初代ウルトラマンを超えるウルトラマンはいまだに出てこないではないですか。これについては、初代『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』のキャラクターデザインを担当したデザイナー、彫刻家でもある成田亨さんの功績が大きい。初代ウルトラマンの姿形を、京都・広隆寺所蔵の国宝である弥勒菩薩像や能面に範を採ったシンプルかつインパクトのあるデザインに昇華させた方です。シンプルであるがゆえに、人びとはそこに自分なりの感情移入をし、文字どおりウルトラマンを体の一部にしながら成長していったのではないでしょうか。

現代のCGを駆使したヒーロー映画やアニメ番組は、見た人が「ああ、面白かった」といってそれで終わり、という作品なんです。たしかにインパクトはあるのですが、子供たちが感情移入して、作品に入り込む余地がない。「演出上、ここまで見せたほうがわかりやすいから、お金はかかるけれどやってしまおう」という作り手の意図が見えるのです。

私たちがウルトラマンを見ていた当時は違います。映像から受け取るイメージも人それぞれで、100パーセント同じ理解をすることはありませんでした。一人ひとりが想像力を働かせながら番組を見ていたから、ウルトラマンを愛することができたと思うのです。その意味で、極論をすれば初代の『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』でウルトラシリーズは尽きている、といっても過言ではありません。この2作品の映像のなかに、当時の作り手の熱意と魂が凝縮されているのですから。

加賀谷:先ほど、新しいウルトラマンをつくるとしたらという仮定でお聞きしたのですが、いまでも円谷さんはそういう夢をおもちですか。

円谷:実際のところ、いま私たち円谷一族は、円谷プロと関わりをもっておりません。しかし、円谷一族に生まれた私としてはやはり、最期はウルトラマンの仕事をしながら死にたいですよ。それは制作かもしれないし、キャラクタービジネスかもしれませんが、そういう環境に身を置くことができたら、素晴らしいことだといまも思っています。

プロフィール


■円谷英明(つぶらや・ひであき)円谷プロ元社長
1959年、東京都生まれ。中央大学理工学部卒業後、バンダイを経て、祖父・円谷英二が創業した円谷プロダクションに入社。円谷エンタープライズ常務、円谷プロ専務などを経て2004年、円谷プロ6代社長に就任。2005年に退任後、円谷ドリームファクトリーを創設し、中国で特撮番組の制作を手掛けたが、2010年に同社を退く。



■Voice 2013年9月号
<総力特集>中国バブルの崩壊に備えよ
< 特集 >零戦と靖国
影の銀行(シャドー・バンキング)問題が日本のメディアだけでなく、世界で注目されるようになってきた。不動産バブルがいつはじけるのか。各国にどれほどの影響が及ぶのか。もちろん、日本も対岸の火事ではすまされない。総力特集では「中国バブル崩壊に備えよ」との問題意識で、中国経済分析で定評のある津上俊哉氏に冷静な視点から論述いただいた。また、『歴史の終わり』で有名なフランシス・フクヤマ氏に中長期の視点から中国の行く末を占ってもらった。第二特集では、「零戦と靖国」と題し、日本や家族を守るために散っていった兵士たちの思いを紹介。毎年終戦記念日になると恒例行事のように中韓から批判されるが、総理の靖国参拝は外交案件ではなく、思想・信条の範疇だということがよくわかる。国を守ったということでいえば、7月9日に食道がんのために死去した福島第一原発の吉田昌郎元所長も極限の状態でまさに日本を救った人物である。事故後綿密な取材を重ねた門田隆将氏と田原総一朗氏に追悼の対談をしていただいた。電力マンとしてその生涯を捧げた氏の生き様に涙を禁じえない。過去に学び、未来を生きるために、ぜひ今月号もご一読ください。 

月刊誌『Voice』
新しい日本を創る提言誌

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