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『ウルトラマン』と中国進出の難しさ〔1〕―円谷英明(円谷プロ元社長)

『ウルトラマンが泣いている』 ――。国民的ヒーロー・ウルトラマンの華々しい活躍の陰で、慢性的な赤字体質やお家騒動、知的所有権をめぐる国内外での裁判といった、かつての円谷プロダクションの内幕を綴った本(講談社現代新書)が話題を呼んでいる。著者の円谷英明氏は、円谷プロ二代社長・円谷一氏の次男。2004年に円谷プロの6代社長に就任し、経営の立て直しと中国事業の開拓に奔走したが、その翌年に社長解任の緊急動議が出され、同社を退いた。

現在、円谷一族は役員および資本を含め、円谷プロとの一切の関わりを絶たれている。円谷氏に「なぜ円谷一族は同社の経営を全うできなかったのか」に加え、ご自身が手がけた中国ビジネス、ウルトラマンに対する思いについて、率直に話を聞いた。<取材・構成 加賀谷貢樹(ジャーナリスト)>

「ウルトラマンだから仕方ない」という発想


加賀谷:円谷さんは、円谷プロの社長を辞められたあとに設立した円谷ドリームファクトリーを2010年に退かれていますが、振り返って現在、同社をどのようにご覧になっていますか。

円谷:円谷ドリームファクトリーは2005年に私が円谷プロを辞めたのち、中国をめぐる案件が宙に浮いていたため、中国ビジネスに特化した会社としてスタートしました。出資者も興味をもって協力してくださったのですが、後述するようにハードルを一つ飛び越えるとまた次のハードルが出てくる、というパターンの繰り返しで、あるところで見切りをつけなければならなかった。

最後には私財を投じ、それでもゴールが見えなかったので、これ以上は無理と判断し、自分の持ち株も全部役員に渡していっさい手を引きました。私は会社をたたむといったのですが、「ここまでやったのだから引き継がせてほしい」という人がいて、しばらく活動していたようです。同社を離れてからもう何年も経つので、現在の状況は私にもよくわかりません。

加賀谷:かつての円谷プロは「その作品の名声とは裏腹に、企業経営の未熟さが、たびたび指摘されていました」とご著書に記されています。経営上のどんな問題を抱えていたのでしょうか。

円谷:一言でいえば、制作に対する資金の管理、経理の甘さですね。よく同族経営であることが批判の対象になりますが、私は、同族経営が必ずしも企業にとってマイナスの原因だとは思いません。円谷家も一族の仲がよいときは、会社に一体感が出てくるし、決裁も少数の人間で回るので、経営のスピード感はかなりありました。「この地域でビジネスをしたい」というときも、営業の責任者である私と一夫社長(4代・8代社長を務めた円谷一夫氏)が現場へ行けば、お客さんとのやりとりはうまくいきました。同族がスムーズにいっていたときは、何の問題もなく事業が拡大し、収益を増やすこともでき、それなりに成果を挙げたと思います。

ところが、いったん一族の関係がぎくしゃくしだすと、負のスパイラルが生じはじめた。私が「こうしたい」と提案したことが成功すると、逆に疎んじられるような風潮が広がりました。「自分ならもっとうまくできるのに、なぜあいつが営業責任者なのか」というところから反目や疑心暗鬼が生じ、互いに潰し合いをする状態に歯止めが利きませんでした。

加賀谷:経理については2003年6月、円谷さんがグループ会社から円谷プロに復帰された際、最初にチェックをされた。どんなことがわかったのでしょう。

円谷:まず驚いたのは、2003年の時点で、エクセルも使わずに手書き集計をしていたことです。銀行に融資を依頼する際に提出する経営計画書まで手書きで、いまだにこんなことをやっているのか、と。

しかも、社内で「一番組当たりの収支をつけていない」という。私が円谷プロに戻った時点で、『ウルトラマンティガ』『ウルトラマンダイナ』『ウルトラマンガイア』のいわゆる平成3部作について、社内では皆が「ティガは成功だった」とか「ガイアは儲かった」という。ところが、制作費と著作権収入を対比して精査すると、実際は大赤字でした。作品ごとの収支を管理していないので、出費に歯止めがかからず、経費がどんどん出ていく。売り上げが落ちているのに無理な制作費の支出をしていたケースが多く見られました。

加賀谷:制作上、放漫な出費を重ねた究極的な原因はどこにあるとお考えですか。

円谷:円谷プロは多くのシリーズを手がけてきましたが、結局は「ウルトラマンの会社」です。そこから、ウルトラマンというコンテンツの「不滅神話」や「聖域化」が始まったのだと思います。

テレビ放映の視聴率が振るわないときも、ウルトラマンのグッズが売れるとある程度、売り上げの目処が立ち、ロイヤリティー(特許や著作権の使用料)が入ってくる。すると、「やはりウルトラマン」と皆が思う。そこから、実際に制作費にいくらお金を使ったのか、固定費はどうなっているのか、という経営の基本に対して甘さが生じるようになります。

これは私の想像ですが、制作者側が「ウルトラマンだからここまでお金をかけた演出をしても許されるだろう」「ウルトラマンだから仕方ない」という発想のもとで番組をつくっていたのではないか、と思います。

加賀谷:いま振り返って、どうすればよかったと思われますか。

円谷:できるかぎりの改善努力はしたので、いまとなっては41歳の若さで亡くなった父(2代社長の円谷一氏)がもう少し長く生きていたら、状況はまったく違っていただろう、としかいいようがないです。存命時には私たちの側の持ち株も多く、父は制作者でもあったので、あと10年長く生きていたら、たとえば「アメリカやオーストラリアでウルトラマンをやろう」ということはなかったでしょう。

なぜ「世界のヒーロー」になれないのか


加賀谷:そのアメリカでの展開について、3代社長の皐氏は1981年に『ウルトラマン80』が終了し、国内でのウルトラマンシリーズの放送が見込めなくなると、ハリウッド進出を図ります。しかし、結果としてこれは失敗に終わります。なぜだったとお考えですか。

円谷:アメリカは市場が大きく、ヒットすると桁が違いますから、発想としてはわかります。しかしアメリカでは、スーパーマンを筆頭に「アメコミ(アメリカン・コミックス)のヒーローは等身大の人間が活躍するもの」という文化がある。「なぜ宇宙から来た巨大ヒーローが人類を救うのか」というところから説明しなければならず、なかなか話が進まない。

加賀谷:文化の壁があるのですね。

円谷:それは大きかった。向こうのテレビ局や制作サイドもウルトラマンに興味を示していたのですが、大手の玩具会社が「ヒーローそのものに感情移入しづらく、玩具販売の予測が立ちにくい」として、スポンサードに二の足を踏んだのです。加えて、アメリカでは放送コードが厳しく、ウルトラマンの戦闘シーンがなかなか認められなかった。

加賀谷:『ウルトラマン』がバイオレンス・コードに抵触するのですか?

円谷:ヒーローが怪獣を殴ったりするような表現は、まずできません。初代ウルトラマンの必殺技、敵を真っ二つにする「八つ裂き光輪」などは完全に放送コードに引っかかってアウトです。(笑)

 という具合で、いきなり実写版でテレビ番組をつくるにはリスクとコストがかかるため、まずはアニメ映画の『ウルトラマンUSA』を1987年に制作しました。この映画の評判がよければシリーズ化を行ない、実写版をつくる予定でしたが、評判は芳しくなく、失敗に終わりました。

加賀谷:海外進出に関して、タイでは知的所有権をめぐる裁判が、ウルトラマンの足かせになっていますね。

円谷:1974年に劇場用映画『ジャンボーグA&ジャイアント』を共同制作したタイの番組制作会社、チャイヨー・プロダクションが、初期のウルトラシリーズ(クラシック・ウルトラマン)のキャラクター使用権を「円谷プロから金銭と引き換えに譲渡された」と主張し、日本とタイで裁判になりました。

日本の最高裁は「著作権そのものは円谷プロにあるものの、契約書は有効であり、海外で販売する権利はチャイヨー側にある」とし、2004年4月に円谷プロは敗訴しました。その後、08年にタイの最高裁で「契約書に記載されたサインや作品名に誤りがあり、契約書そのものが無効である」として、チャイヨー側の敗訴が決まりました。しかし日本の最高裁判決がすでに確定しているため、円谷プロは海外販売ができないという状況に変わりはありません。クラシック・ウルトラマンに関しては、第二の収益の柱となるアジア、つまり中国を含むマーケットでの回収はほぼ見込めません。それらの問題がすべてクリアできないかぎり、ウルトラマンは「世界のヒーロー」にはなれないのです。

『ウルトラマン』と中国進出の難しさ〔2〕―円谷英明(円谷プロ元社長)に続く

プロフィール


■円谷英明(つぶらや・ひであき)円谷プロ元社長
1959年、東京都生まれ。中央大学理工学部卒業後、バンダイを経て、祖父・円谷英二が創業した円谷プロダクションに入社。円谷エンタープライズ常務、円谷プロ専務などを経て2004年、円谷プロ6代社長に就任。2005年に退任後、円谷ドリームファクトリーを創設し、中国で特撮番組の制作を手掛けたが、2010年に同社を退く。



■Voice 2013年9月号
<総力特集>中国バブルの崩壊に備えよ
< 特集 >零戦と靖国
影の銀行(シャドー・バンキング)問題が日本のメディアだけでなく、世界で注目されるようになってきた。不動産バブルがいつはじけるのか。各国にどれほどの影響が及ぶのか。もちろん、日本も対岸の火事ではすまされない。総力特集では「中国バブル崩壊に備えよ」との問題意識で、中国経済分析で定評のある津上俊哉氏に冷静な視点から論述いただいた。また、『歴史の終わり』で有名なフランシス・フクヤマ氏に中長期の視点から中国の行く末を占ってもらった。第二特集では、「零戦と靖国」と題し、日本や家族を守るために散っていった兵士たちの思いを紹介。毎年終戦記念日になると恒例行事のように中韓から批判されるが、総理の靖国参拝は外交案件ではなく、思想・信条の範疇だということがよくわかる。国を守ったということでいえば、7月9日に食道がんのために死去した福島第一原発の吉田昌郎元所長も極限の状態でまさに日本を救った人物である。事故後綿密な取材を重ねた門田隆将氏と田原総一朗氏に追悼の対談をしていただいた。電力マンとしてその生涯を捧げた氏の生き様に涙を禁じえない。過去に学び、未来を生きるために、ぜひ今月号もご一読ください。 

月刊誌『Voice』
新しい日本を創る提言誌

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