「ゴッドファーザー」などを生み出した映画界の巨匠フランシス・フォード・コッポラ監督の最新のインタビュー記事から。まずは、最も物議をかもしそうな、芸術家やアーティストのこれからの生計の立て方について彼が語った部分の抜粋・翻訳です。
これらのことについてはとても賢明にならなければなりません。アーティストがお金を得ながら働いているのは、多くても、最近の数百年に過ぎないということを思い出しましょう。芸術家はお金なんて稼げませんでした。国家の指導者やワイマールかどこかの公爵や教会かローマ法王がパトロンについていました。でなければ別の仕事を持っていました。私も持っています。私は映画を撮っています。誰もすべきことなんて教えてくれません。しかし、私はワイン業界で収入を得ています。別の仕事を持って、朝5時に起き、原稿を書きましょう。
メタリカとかその他のロックンロールミュージシャンが金持ちになるという考えは、今後はもう現実化しないかもしれません。なぜなら、私たちは新しい時代を迎えて、おそらくアートはフリーになるからです。たぶん、学生たちは正しいです。学生たちは音楽や映画をダウンロード可能であるべきです。こんなことを言ったら撃たれるでしょうね。でも、誰が芸術にお金を払わなければいけないなんて言いましたか?ひいては、誰がアーティストはお金を稼げなければいけないなんて言いましたか?
200年前の昔、作曲家が収入を得る方法は、オーケストラと共に指揮者として巡業することだけでした。そうすれば、ひとりのミュージシャンとして給料が出るからです。録音技術がない時代です。レコード印税もありません。ですから、こう言わせてください。「映画のアイデアと収入を得て生計を立てるという考えを切り離しましょう。」そこから道はつながっています。
Francis Ford Coppola: On Risk, Money, Craft & Collaboration – 99U
みんなが薄々感づいているものの、空気を読んで口に出せないことをズバリと言ってしまったという感じです。映画のみならずワインビジネスで成功しているのもあって、自由にものが言えるポジションなのかもしれません。さすがです。今後、アーティスト専業の可能性としては、特定企業のお抱えや税金で食べていくことになるんでしょうか。それはそれで寂しい気がします。Kickstarterのような新しい試みにも期待したいですね。
下は、他に個人的に興味深かった箇所の超訳です。
- 映画の師匠は、黒澤明とポランスキー。映画は実験として始まったが、今では営利ビジネスになってしまった。
- 唯一のリスクは、人生を無駄に費やして、死に際に「本当はこれがやりたかったのに。」と言うこと。
- 食事や、手で何かを作ることなど肉体的な感覚を伴う何かがあれば、アドリブは長続きする。「ゴッドファーザー」を撮る際、マーロン・ブランド、アル・パチーノなど主要俳優の最初の集まりの際に行った、レストランでの即興演技としてのファミリーによる夕食が効果的だった。
- 映画を撮るとき、テーマとなる一語または二語を発見する。ゴッドファーザーは「相続」、カンバセーションは「プライバシー」、アポカリプスは「道徳」。
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