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ゾクセイっ!
phrase.1 「魔王の化身? いえ、ただの信長ヲタです・・・」
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こういう時、ライターの肩書きは役に立つ。
今ではそれなりの立場にいる雑誌社の先輩にお願いし、ちょっとした特集を組んでもらうことになった。
『現代の歌姫に迫る! 少女党首独占インタビュー』という芸能と社会の混ざったようなタイトルの特集だ。全十二回連載で雑誌の『NIHONTAIL』に掲載予定になっている。
この雑誌はゴシップ週刊誌と社会派雑誌が合わさったような節操ない雑誌だが、今回の件にはうってつけだ。
仕掛けた本人が言うのも何だが、これほど今の俺にとって都合のいい特集はない。
話に乗ってくれた先輩には感謝しておこう。戦場帰りでこんな特集をやりたいと言った俺に、憐れんだ目で「疲れてるのか?」と失礼なことを言ったのはこの際忘れておこう。
しかし・・・俺は「ふうっ」と深い溜め息を付く。
「ジュンさん、どうかしましたか?」
新幹線の中、正面の座席に座っている俺に、カメラマンの箕鑑奈津(みかがみ なつ)が心配そうな顔をして言った。
「いや、なんでもない・・・」
俺は気もそぞろに返答を返す。正直、こんなオマケが付いてくるのは計算外だった。まあ、特集の趣旨を考えれば党首の写真は欲しいだろうし、当然の流れだったので俺の計画の浅はかさの証明でしかないのだが・・・
「そうですか? ならいいんですけど、こんな機会滅多にありませんからね、頑張りましょう!」
やる気満々のようだ。少し前に独り立ちしてから、初仕事らしいから当然か。
しかも、少女党首マニアのようだ。新幹線に乗ってから、延々とそれについて喋っていた。
「それで、話を戻すとですね、凛ちゃんのトコのシュヴァルツ・リッターとロート・ファタイディガーもすごいんですけど、結愛ちゃんや百華さんの親衛隊のヘテロクロミア・オブ・アイリスやミス・ドミナンスもいわゆる武闘派でですね、あっ、でも絵流ちゃんのフォンセ・インシオンでも最近は――」
そう、俺の疲れはこれが原因だ。最初は情報収集と思って色々と質問していたが、新幹線で帝都から那古耶まで約1時間半、この調子で既に小一時間ずっと喋っているのだから堪らない。
英語くらいならいいが、出てくる名称にはドイツ語や中国語、フランス語やロシア語、ヒンドゥー語まで混ざっていたようだ。ただでさえ状況が良く分からないのに、三流大出の俺には頭がパンクしそうな内容だ。
フォンセ・インシオンという名称は常陸(ひたち)を本拠とした北関東の組織だから分かった。
今のところ少女の党首は全国で9人いて、変化の予兆になった織部凛の率いる尾張のシュヴァルツ・アリエンツを筆頭に、帝都のセントラル・ユニオン、奥羽(むつ)のワールド・ワイド・ウィル、近江(おうみ)のスヴェトラーナ=レナータ、和泉(いずみ)のルクミニ=シャンティ、安芸(あき)のミラベル=エトワール、肥前(ひぜん)のチェンバレン・ソサエティー、土佐(とさ)のオーディナリーズ・コミュニティーの計9つの組織がそれだ。
こんなに一気に挙げられても覚えられないだろうが、様式美と伏線ってやつだ。我慢してくれ。俺の記事を読んでいれば、そのうち分かるようになるさ。
今回の特集記事ではその9つ全ての党首にインタビューすることになっている。
彼女――箕鑑くんが言っていた聞いたことがない名称は、きっとその下部組織か関係組織のものなのだろう。
「柊さん、聞こえてますか? お仕事にも関係してることなんですから、ちゃんと聞いてて下さいよ~」
箕鑑くんがちょっと頬を膨らまして言った。
黙っていれば美人の部類なのにな。勿体無い限りだ。
「ああ、聞いてるよ。もうすぐ着くみたいだからな。そろそろ降りる準備をしよう」
俺は外向きの似非スマイルで答える。嘘は言ってない。聞いてはいたんだが、覚えてないだけだ。
俺達は那古耶駅に付くとすぐさまタクシーを拾い、シュヴァルツ・アリエンツの本部へと向かった。
「はーっはっはーー! ようこそ、帝都の記者諸君、オレが織部凛なのだっ!」
まだ若い女の子とはいえ、一党を率いる相手である以上、気持ちを引き締めて挑んだつもりだったが、党首本人の出迎えの言葉はこんなだった。
一瞬だけ怯んだ俺だったが、簡単に挨拶して雑誌社の名刺を渡した。箕鑑くんはキラキラした目で織部凛を見つめたかと思うと、少ししてからはっと思い出したように写真を撮りはじめる。
織部凛の見た目は・・・映像や写真で見たよりも幼く見えた。十代も後半だったはずだが、下手をしたら小…中学生くらいにしか見えない。身長は俺の胸にも届かないだろう。
白いワンピースは少女らしさを際立たせてはいたが、黒い帽子と男性物の4Lくらいありそうなダボダボな黒コートをマントのように肩に羽織っているので、体がほとんど隠れてしまっている。そのせいで全体的に黒いイメージが目に付く。
「それでは早速ですが――」
さっさとインタビューした方がよさそうだと考えた俺は、すぐにそう繋げる。
「そう急くでないわっ! ここは帝都のように忙しない土地ではないぞ。まずは茶でも飲んで一息つくのだ!」
織部凛にそう止められた。
「そうですよ。ゆっくりしましょうよ~」
「凛様とお茶なんてプレミア~♪」
どっちの味方なんだ。お前は。顔つきはキリッとして仕事っぽいが、小声の本心が隣の俺にはまる聞こえだ。
「おいっ、茶と菓子を用意しろっ! 玉露だぞっ! 熱くするなよっ!」
「は~い、分かってますよぉ~」
部屋の奥から間延びした声が聞こえた。多分給仕さんだろう。
「お待たせしました~」
黒いエプロンドレスに身を包んだ給仕さんが、玉露のお茶と上品な小皿に分けられたういろうを持って入ってきた。
「うむ、ちょうどいいな。紹介しよう。こいつは佐川政美(さがわ まさみ)だ。オレの世話役みたいなものだな」
「よろしくお願いしますぅ~」
佐川政美と紹介された彼女は柔らかく微笑むと、ぺこっっと頭を下げる。
「ええーっ、ちょっとまって下さい! 佐川って、シュヴァルツ・リッターの佐川政美さんですかっ!」
なぜか興奮する箕鑑君。
「そーですよ~」
お茶を配りながら、にこにこと答える佐川政美。
「んっ、なんだ? 知ってるのか?」
「さっき新幹線の中で説明したじゃないですか! 親衛隊のシュヴァルツ・リッターですよっ! 佐川さんはそこのトップです! すごいんです! 強いんです!」
「ふ~ん」と俺。党首ヲタクってのは情報源としては使えるかと思ったんだが、正直煩いので興味なさげに流す。不満そうな箕鑑くんはこの際無視しておこう。
しかし、カチューシャやエプロンまで黒いってどうなんだろうな。ゴスロリと区別がつきにくいし、エプロンの清潔感も大事だろう。
汚れてもよく分からないんじゃないのか?
まあ、それはそれとして、俺の興味は別のところにあった。ついさっき、佐川政美の手によって織部凛の前に置かれたマグカップだ。
「織部さん、そのカップは――」
「おおっ、気付いたか、お主はなかなか見所があるぞっ!」
言い終わる前に間髪入れずに合いの手を入れる織部凛。
なんかマズい気がする。そう、アレだ。さっきも新幹線の中で箕鑑君がしてたな。瞳がキラキラしてる感じだ。
そんだけ存在感があれば気付かない訳がないだろう。そうツッコミたかったが、ここは大人として言葉を呑んでおこう。しかし、しくじったか?
いや、しかし髑髏のマグカップってのは、なあ?
「これはな、尾張国の英雄信長公の逸話に因んで作らせた特注品でな、妹のお市を娶りながらも裏切り者となった怨敵浅井長政の首級を上げ、しゃれこうべを杯にして酒を――」
「――それって後世に作られたウソですよ?」
嬉々として説明しだした織部凛に、あっさりとした口調で俺は言った。
早く本題に入りたかった俺は、この話から話題を逸らそうと考えていた。新幹線の箕鑑君の一件で懲りていたからだ。これ以上疲れるのは勘弁願いたかった。
「んんむっ?」
俺の言葉にきょとんとする織部凛。
「出入りしていた宣教師のルイス・フロイスの『新本史』に信長公は下戸って書いてあるらしいです。確か、戦勝祝いの席で朝倉義景と浅井親子の首級を酒宴の席に飾ったみたいですから、それを後世の誰かが曲解したんじゃないかと。あと、信長本人が酒に弱かったので、光秀を下戸とからかったってのも眉唾らしいですよ。弱いから絡み酒だったかも、って話はありますけどね」
俺は至極簡単に解説し、差し出されたお茶をズズッっと啜る。
おっ、美味い。
「んっ?」
気がつくと、俺達のいる応接室には微妙な空気が流れていた。
「………ジュンさん」
呆れた顔で俺を見つめる箕鑑君。なんだ?
俺は茶請けに出されたういろうを摘む。
むっ、これも上物だ。流石は本場というところだろう。
「ああっ、でも信長が甘党だったから、ういろうとか那古耶のお菓子は美味しいんでしょうかね」
ういろうをつつきながら俺は言った。
「う、うむ。きっとそうであるなっ! オレも甘い物は大好きだっ!」
途端にぱっと顔を明るくする織部凛。
織部凛の背後で楚々と立っているお茶を持ってきた佐川政美に視線を投げると、気付いた彼女ににこっと微笑まれた。
「ああ、そうか」
佐川政美は親衛隊でエプロンまで黒いメイド服を着ている…それでピンときた。
「佐川さんのメイド服が黒いのは、黒母衣衆(くろほろしゅう)ってことですか」
信長の小姓が集まった親衛隊みたいなものだ。それに因んでいるのだろう。
「そうなのである! 信長公の側仕えの者達に因んだのだっ! うむ、黒母衣衆が分かるとはお前は見所があるなっ!」
嬉々とする織部凛。
女の子はよくわからないな。よくはわからないが、ご機嫌になったらしい。これで話を進められるだろう。
「さて、それではインタビューをさせて頂きたいのですが、まず党首になったいきさつから――」
コンコンッ
「こんにちは! 凛さまいますかー!?」
俺が本題に入ろうとしたその時、ノックとほぼ同時に元気良く扉を開いて小柄な女の子がタタッと入ってきた。
「千鳴さん、来客中ですよ~。あと、ノックと同時に入るのはやめて下さいね~」
佐川政美がおっとりとした口調のまま嗜める。あんな調子で効果はあるのだろうか。
「ああっ、ゴメンねマサミー! お客さんもゴメンねっ! いや、そんなことより、凛さま聞いてくださいよ!」
千鳴と呼ばれた少女は返事も待たずに続ける。
箕鑑君が、
「あっ、羽隠千鳴(はがくれ ちなり)。さすが本拠地、また大物だぁ」
と小声で言ったのが俺の耳に入った。
織部凛にせよ佐川政美にせよ、こんな女の子が相手では大物といっても俺には現実感が沸いてこない。
「冠城っちが凛さまとの約束反故にして、石動のおチビちゃんと協定結んだそうですよ!」
一瞬の静寂が室内を満たす。
「なんだとっ!」
織部凛が驚いて立ち上がる。
和泉のルクミニ=シャンティの代表が冠城といったはずだ。とすると、石動は近江本拠のスヴェトラーナ=レナータの代表のことか。協定とやらの内容にもよるが、もしそのふたつが組むとなると織部凛たちにとっては好ましくはあるまい。
「まさか越前の性悪女でも動いたか…すまんな、帝都の記者諸君。危急の事態だ。インタビューはまた後日にしてくれ」
そう織部凛に告げられた俺は――
→ 織部凛にインタビューの続きと同行を申し出る。
→ 奥羽の龍と呼ばれる伊達結愛(だて ゆあ)に会いに行く。
→ 安芸の女帝、御階円(みしな つぶら)に会いに行く。
投票画面へ移動します。(投票期間:公開日から3日間)
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ノラぬこ 著
イラスト みるくぱんだ
企画 こたつねこ
配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp
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この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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