エピソード・・・今回は何人かの先輩たちの思い出を・・・ |
小沢一郎氏 |
小沢先輩は組手の際、顔面中央(鼻)を狙う方で、私は数限りなく顔面を叩かれました。ある日作戦を練り、攻撃される瞬間左に飛んで、先輩の顔面に右回し蹴りをし作戦成功。先輩は「よく考えたな!」と一言ほめてくださいました。 |
大山泰彦氏 |
泰彦先輩は、当時本部の内弟子でした。私は仕事柄、鮭1匹や秋刀魚一箱などを差し入れしていたところある日、「鈴木、いつもありがとう」と言って、池袋の養老の滝でおごってくれました(当時の内弟子はお金をあまり持っていませんでしたので大変だったと思います)。
その頃、私はがむしゃらに前へ出る組手をしていましたが、先輩に「お前は小さいから前へ出るだけでは駄目だ」と、忠告され、左突き(左ストレート)を工夫し、ものにするきっかけになりました。
また、泰彦先輩は「二段蹴り」の創始者でしたが、渡米された後、総裁の目に留まった私が受け継ぐことになりました。この話はまた別の機会に。 |
加藤重夫氏 |
加藤先輩は指導の際、「基本を100本ずつ」という事をされる方で、私は「もう帰りたいな」と思ったのを覚えています。松井章圭氏の直接の指導者でもあります。 |
山崎照朝氏 |
山崎と組手をした時、ここだけの話ですが、私は苦し紛れに、彼の金的をつかんで彼を振り回してしまいました。当時はこれで引き分けです。また、私が大会に出場した時、いろいろなアドバイスをしてくださった事、とても感謝しています。 |
大石代悟氏 |
帯研の時、大石の懐に飛び込んでしまったところ、彼の回し蹴りを食らわずに済んだ事がありました。 |
岸信行氏 |
岸との組手では、ハイキックが来ないので比較的楽でした。(岸、本当の事を言って、すまん) |
顔面突き、金的狙い、という言葉が飛び出しましたが、これは昔の極真会館で は当たり前でした。私が入門した直後、総裁が教えてくださったのは、「目突き」です。実際に使ったことはありませんが、私はこれを1日1000本練習しま した。本部の組手は、まさに喧嘩だったのです。 |