記者の目:「はだしのゲン」閲覧制限=曽根田和久
毎日新聞 2013年09月13日 00時41分(最終更新 09月13日 00時41分)
故中沢啓治さんが広島での被爆体験を基に描いた漫画「はだしのゲン」について、松江市教委事務局が全市立小中学校に閲覧制限を要請した問題は、市教育委員の決定で要請の撤回に至った。問題を巡り、市教委の対応からゲンの評価までさまざまな観点から議論された。松江の小中学校でゲンを自由に読める環境が戻りつつある今、考えるべきことは作品の評価以上に、子供たちが学び、考え、成長していく過程における、大人の責任の重さだと感じている。
◇子供の経験、保障の必要
発端は昨年春。当時、松江市に住んでいた自営業の男性(34)が学校図書室からゲンを撤去するよう市教委事務局に求めた。事務局が拒否すると、男性は昨年8月に撤去を求める陳情を市議会に提出し、「子供たちに間違った歴史認識を植え付ける」と主張した。問題発覚後、男性は取材に、「なんできらいな天皇をほめたたえる歌を歌わんといけんのんじゃ」「日本軍は中国、朝鮮、アジアの各国で約三千万人以上の人を残酷に殺してきとるんじゃ」などとゲンが語る場面を取り上げ、問題視していることを説明した。
◇要請に至る過程、メモすらなく
市議会では「図書室に置くことの是非を市議会が判断すべきでない」などの意見があり、12月に陳情を不採択とした。だが、議会での審議準備のため、福島律子・前教育長ら5人の事務局幹部は改めてゲンの全巻を読み、旧日本軍が刀でアジアの人々の首を切り落としたり、女性に性的な暴力を加えたりする描写に「過激」と反応する。前教育長は「ショックが大きかった」と言う。
一方、現状把握のため、市内49小中学校長を対象にした昨年10月の事務局アンケートでは、40人がゲンを読んだと回答し、うち20人が感想を寄せた。低学年児童への制限の必要性を感じたのは1人だけで、ほかは「戦争の悲惨さが伝わる」などと評価していた。松江市は全小中学校に司書を配置するなど図書教育に力を入れているが、事務局によると、現場からゲンに関する疑問の声は届いていない。
それにもかかわらず、教師の許可なく子供が自由に閲覧できない「閉架」にするよう、学校に要請することを5人だけで決めた。要請に至る過程を知ろうと、市に情報公開請求したが、幹部らが行ったという内部協議の内容はメモすら残っていなかった。古川康徳・副教育長は「歴史認識を問題視したのではない」と陳情の影響を否定し、「表現の過激さが目に付いた」と強調した。幹部が「教育的配慮」に傾くあまりの判断だったのが実情だと考えている。