在韓英国大使館、徳寿宮の石垣道を60年無断占有

 在韓英国大使館が、徳寿宮の石垣に沿った全長100メートル、幅5メートルの道を60年以上にわたって無断で占有しているという声が出ている。英国大使館はこの道の入り口に鉄製の門を勝手に設置し、門の内側を大使館の裏門への通路として使い、一般人の立ち入りを禁止している。英国大使館は「ソウル市が貸した土地で、問題はない」と主張しているが、ソウル市や中区は「問題の道路を貸したという根拠は見当たらない。大使館側が根拠を示してほしい」と反論している。

 ソウル市と中区が9日発表したところによると、英国大使館の裏門から敷地内につながる全長100メートル、幅5メートルの道(同区貞洞4番地一帯)は、中区が管理する「区道」ということが分かったという。

 中区は「最近、市民からの問い合わせを受けて調査したところ、英国大使館が問題の道路を無断で占有し、道路法に違反していると判断した。2010年にも、占有の実態の把握や、道路の測量のため大使館を訪問したが『治外法権』を理由に拒否された」と説明した。 

 本紙が確認したところ、9日現在、問題の道路は英国大使館が設置した頑丈な鉄製の門でふさがれ、進入自体が不可能な状態だった。

 徳寿宮の石垣にコンクリートを塗って門の枠を造り、石垣の上の瓦には鉄条網まで取り付けていた。門の左側には監視カメラ2台が設置され、部外者の立ち入りを監視している。門の隙間から内側を見ると、徳寿宮の石垣と英国大使館の塀の間には、ひっそりとした小道が続いている。

 英国大使館はこれについて、問題はないとの立場だ。大使館は「1950年代にソウル市から土地の一部を借り、これまで使用してきた。このような合意事項に変動はないと信じている。この状況は、英国大使館と韓国当局やソウル市との間の独特な関係に基づくものだと思う」と説明した。

 これに対しソウル市は「確認は不可能だ」と主張した。同市のヒョン・テギョン歩道環境改善課長は「60年余り前、ソウル市が英国大使館に土地を貸したという根拠を、現時点で探すのは困難だ。大使館側が賃貸契約などを締結した正確な日付、あるいは証拠となる文書を示してくれれば確認できる」と語った。立証責任は英国大使館側にあるというわけだ。また、中区も「大使館の主張通り、賃貸契約書などが存在していれば無断占有には当たらないが、現時点では違法だと考えられる」と主張した。

 鉄製の門でふさがれた全長100メートルの区道の終点から、英国大使館の正門までの90メートルの区間にも徳寿宮の石垣が連なっているが、その横に道はなく、合法的な英国大使館の所有地になっている。現在問題になっている100メートルの道路の管理権をソウル市が取り戻したとしても、残る90メートルの区間は通行できないため、市民が徳寿宮の石垣の外側を一回りするのは不可能だ。

 ソウル市の関係者は「かつての政権下で英国大使館との協議を経て、徳寿宮の石垣を『歴史・文化探訪の道』として整備する案が検討されたが、大使館の安全をめぐる問題などでうやむやになったと聞いている」と語った。

 貞洞一帯は19世紀末、韓国にやって来た西欧列強の激しい外交戦の舞台となった。1883年、公使館を建設するため土地を探していた英国は、宮内部大臣だった李容翊(イ・ヨンイク)の邸宅を買い取り、1892年に公使館を建てた。これと前後し、米国公使館(1883年)=現在の米国大使公邸=やロシア公使館(1890年)、フランス公使館(1896年)なども近くに建てられた。

 専門家たちは今回の問題について「19世紀末、列強が徳寿宮に近い貞洞を舞台に争いを繰り広げた歴史の産物だ」と指摘した。

 牧園大学のキム・ジョンドン教授(建築歴史学者)は「日本が国権を奪った後、土地や道路の測量を実施した際にも、貞洞に密集する外国公館の敷地は対象から除外されるケースが多かった。現在、外国の大使館は、長年にわたり所有してきた敷地や建物について、測量や建物の図面の提出を求めても『治外法権』を理由に拒否することが多い」と語った。

ウォン・ソンウ記者
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