因伯つれづれ
<作家> 松本 薫さん
◆師走の陣 読む「夏の花」
高校の授業で原民喜の「夏の花」を読んでいる。広島での被爆体験をもとにした短編小説だ。最愛の妻に先立たれた原民喜は、昭和20年1月、故郷の広島へ帰ってくる。たまたま便所に入っていたため、一命をとりとめたが、一瞬にして消滅した街と、焼けただれた人々の群れを目撃することになった。
ほとんどの生徒たちは、小学校の修学旅行で広島へ行っている。原爆ドームや資料館も見たし、語りべさんの話も聞いたという。
それでも小説に描かれたことには、驚きを感じているようだ。逃げる途中で中学生だった甥(おい)の死骸を見つけたが、どうすることもできず、形見に爪を剥ぎ取ったというシーンなど、体験した者でなければ書けないものである。
「広島は軍都と呼ばれていたのに、ほとんど空襲がなかったんだよね。どうしてだろう」「それって、もしかして実験のため? 原爆を落とすまではそのままにしておいたってこと?」「そういうこともあったかもしれないね」「ひどーい!」
原民喜は、被爆から6年後に自殺する。体調不良と厭世観(えん・せい・かん)が理由だというが、そのどちらも被爆体験が無関係だったとは思えない。
総選挙の投票日を目前にして、キナ臭いことを言う政党や政治家が目につく。この国がどこかと戦争をすることなど、もうありえないと思ってきたけれど、その確信が揺らぐようだ。だからこそ「夏の花」を丁寧に読みたいと思う。
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まつもと・かおる 米子市出身。中学教諭や米子北高講師を経験。00年、「ブロックはうす」で早稲田文学新人賞を受け、「梨の花は春の雪」が07年に映画化された。96年よりNHK文化センター米子教室で「小説・エッセイ入門」を開講中。