ベトナムを最初に訪問した韓国の大統領が李承晩(イ・スンマン)氏だったことは、あまり知られていない。李大統領は、ベトナムが第2次世界大戦後に建国して初めて迎えた外国の国家元首でもあった。55年前の1958年11月のことだ。李大統領は忙しいスケジュールの中で思いがけずベトナムの儒教思想研究会代表らの表敬訪問を受けた。韓国の大統領が外国を訪問した際、その国の儒教関係者らが訪ねてきたのはそのときが最初で最後だったに違いない。
中国を取り囲んでいる15の国のうち、韓国とベトナムはとりわけ文化的に近い。ベトナム人の名前も漢字3文字だ。かつては歴史文献を漢字で編さんし、今でも孔子廟(びょう)の跡が残っている。その昔、朝鮮の使者らが中国に赴いた際、安南(ベトナム)の使者らとは漢詩で交流していた。両国の国民性も似ている。中東の砂漠だろうとシベリアの雪原だろうといとわず働くことのできる民族は、世界中でも韓国人とベトナム人しかいないともいわれる。両国が度重なる中国の侵略にひるまず立ち向かい、国と文化を守ってきたのもそのためだろう。
13世紀、ベトナムの李朝で王権が奪われる変乱が起こった。王子の一人が船で脱出したが、漂流して黄海道の花山にたどり着いた。王子はモンゴル軍が高麗に侵入してきた際、一緒に戦った功績を認められ、国王から「花山李氏」の姓を賜った。現在1800人ほどいる花山李氏は地球上に残る唯一の李朝の子孫だという。
ベトナムを訪問した朴槿恵(パク・クンヘ)大統領が、来年の韓国・ベトナム自由貿易協定(FTA)妥結、100億ドル(約1兆円)規模の原発事業での協力に合意した。チュオン・タン・サン国家主席は「真の友人が来た。韓国は姻戚の国だ」と述べた。韓国人男性と結婚して韓国に住む移民者のうち、ベトナム人女性は約3万9000人で最も多い。韓国の新生児の100人に2人がベトナム系だ。歴史的、文化的に結び付きのあった両国の関係が、今では血縁のレベルにまで深まっている。
かつて、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領がベトナムへの派兵をめぐり何本もたばこを吸いながら悩んでいたとき、陸英修(ユク・ヨンス)夫人が夫の後をついて回り、灰皿を10回空にしたという逸話がある。ベトナムは今、東南アジアで最大の韓国人・韓国系居住地となっている。「われわれは賢明な民族だ。過去にとらわれて未来を放棄することはできない」。1992年に韓国とベトナムが国交を正常化した際、ベトナム側の代表はこう言ったという。姻戚というのは親しいながらも礼を尽くし、尊敬し合い配慮し合う関係だ。互いに学ぶことが多ければなお良い。