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【時流自流】作家・辺見庸さん「現在は戦時」

2013年9月8日

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辺見庸さん

辺見庸さん

 喉がしきりに渇いた。喫茶店で向き合った辺見庸さんの問いに、即座に答えられずにいた。

 「現在は平時か。僕は戦時だと思っています。あなたが平時だと思うなら、反論してください。でないと議論はかみあわない」

 安倍晋三政権が集団的自衛権の行使に向け、憲法解釈を変えようとしている。なりふりかまわぬ手法をどう見るか、そう尋ねた後だった。

 「十年一日のようにマスメディアも同じような記事を書いている。大した危機意識はないはずですよ。見ている限りね」。いらだち混じりの口調。低くゆっくりとした声が耳の奥深くに重たく響く。

 「日中戦争の始まり、あるいは盧溝橋事件。われわれの親の世代はその時、日常生活が1センチでも変わったかどうか。変わっていないはずです。あれは歴史的瞬間だったが、誰もそれを深く考えようとしなかった。実時間の渦中に『日中戦争はいけない』と認められた人はいたか。当時の新聞が『その通りだ』といって取り上げたでしょうか」

 ずっと以前に有事法制は通っている。そして集団的自衛権の憲法解釈の変更への傾斜、秘密保護法案…。「今が戦時という表現は僕は必要だと思う」。辺見さんは念を押した。


■堕落
 〈ファシズムとはいかなる精髄も単独の本質さえない〉
 イタリアの作家、ウンベルト・エーコの言葉を辺見さんは引く。

 「日本のファシズムは、必ずしも外部権力によって強制されたものじゃなく、内発的に求めていくことに非常に顕著な特徴がある。職場の日々の仕事がスムーズに進み、どこからもクレームがかからない。みんなで静かに。自分の方からね。別に政府や行政から圧力がかかるわけじゃないのに。メディア自身がそうなっている」

 ファシズムの話は、神奈川県教育委員会が「日の丸・君が代の公務員への強制」に触れた実教出版の日本史教科書を排除した問題に及んだ。

 「あれは県教委が高校に圧力をかけ、特定の教科書の不採用を押し付けているだけの話ではない。言いぐさがすごい。『強制』ではなく『責務』だ、と。その論法にあなた方はどれだけ反論しましたか。堕落してますよ。あいつらも、新聞も」

 クラシックが静かに流れる店内に長い沈黙が続いた。「ガガーッ」というコーヒー豆をひく音に、記者はびくっとした。

 例外を認めず、従わぬ者を監視し、氏名を集め、報告する社会。「強制っていうのは身体的強要を伴う。起立させ、歌わせる。人の内面を著しく侵している。これがファシズムでなくてなんですか」


■転覆 
 橋下徹大阪市長の従軍慰安婦発言、在日外国人への罵詈雑言、麻生太郎副総理のナチス発言。「無知」で「醜い」ことが立て続けに起きている。

 インタビューの最中、辺見さんは何度も「ディストピア」という言葉を口にした。ユートピアの反対語で「暗黒社会」だ。

 レイ・ブラッドベリの『華氏451度』、ジョージ・オーウェルの『1984年』などがディストピア小説として知られる。

 「華氏451度の世界では、本を読むことが禁止されている。そこで人間が記憶する歴史は数年だ。スポーツが奨励され、深く考えないことも奨励されている。まさに今です」

 植民地支配と侵略の責任を認めた「村山談話」の継承を否定してみせた安倍首相の歴史認識。辺見さんは「歴史の修正ではなく、歴史の転覆だ」と言う。

 「平和性を自己申告して、千数百万人から2千万人が殺されたアジアの人たちの誰が信用しますか。好戦的な国か、平和な国かは他の国が決めること。旭日旗に対する恐怖は彼らに焼き付いている。相手の恐怖に対する想像力を著しく欠いている」

 首相や閣僚、首長の歴史転覆発言。福島第1原発の汚染水が垂れ流される中でのオリンピック誘致の狂騒-。華氏451度の世界そのものだ。


■虚無
 ディストピア小説で予測されたのは全体主義だった。だが、誰も予測しなかった恐ろしいことが今、起きているのではないかと辺見さんは危ぶむ。「虚無社会です。人の内面も空虚になっているのではないか」。忖度、斟酌、皆一緒。言葉を脱臼させ、根腐れさせるシニシズムがはびこる。進んで不自由になろうとする社会に、どう抗えばいいのか。

 「個として、戦端を開いていくべきだ」。辺見さんは力を込めた。

 「違う」と声を荒らげることが、むなしいこと、かっこ悪いことという空気が醸される中で、一人で怒り、嫌な奴をぐっとにらむ。

 「自由であるためには孤立しなくちゃいけない。例外にならなくてはいけないんです」。例外を認めず、孤立者を許さない。それがファシズムだからだ。

 インタビューを終え、横浜に戻る。右翼の街宣車が朝鮮学校への補助金を止めるよう、甲高い声でがなり立てる。野球観戦に向かう家族連れがその横を歩く。飲み屋の明かりに背を向け、痩せこけた白髪の路上生活者が段ボールの上でくの字に体を縮めている。

 見えて聞こえていたのに、やりすごしていた日常が、突き刺す風景として立ち上ってきた。

 取材の2日前、辺見さんは都内で「死刑と新しいファシズム」と題した講演を行っていた。前売り券は売り切れ、聴くことができなかった。

 人でありながら人でなく、絶えず監視される死刑囚の状態を「禁中(宮中)と似ている」とし、その内側を知ろうとしないわれわれ。「日本はあらかじめファシズムの国」なのではないか-。

 辺見さんはそう語ったと、後日届いたメールで知った。


◆ファシズム
 広義には第1次世界大戦後、世界の資本主義体制が危機に陥ってからイタリア、ドイツ、日本などに出現した運動や支配体制を指す。全体主義的、権威主義的で議会政治の否認、一党独裁、市民的・政治的な自由の極度の抑圧、対外的には侵略政策をとるのが特色。合理的な思想体系を持たず、もっぱら感情に訴え、国粋的思想を宣伝する。

●へんみ・よう
 1944年宮城県生まれ。70年、共同通信入社。初任地は横浜。北京特派員、ハノイ支局長、編集委員などを務める。78年、中国報道で新聞協会賞。91年「自動起床装置」で芥川賞、94年「もの食う人びと」で講談社ノンフィクション賞。96年退社。2011年、詩文集「生首」で中原中也賞。近著に小説「青い花」。

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