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幸福大国デンマークのデザイン思考
【第2回】 2013年2月28日
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大本 綾

デンマーク人は本当に幸せなのか?
住んで初めてわかった「幸福感」の違い

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地球上で最も幸せな町に暮らす
住民の変わった習慣

 オーフスを語る上で、Winter bathing club(ウィンターバスクラブ)の存在は欠かせません。町の中心から約2キロ離れた場所に位置する、メンバーシップ制のスイミングクラブです。誰でも年会費を払えば、夏の終わりから春にかけてスイミングを楽しむことができます。裸で海に飛び込んでサウナに入り、1度行ったらこれを何度も繰り返す。これがウィンターバスの楽しみ方です。

 寒中水泳をする人は世界中にいますが、年齢、性別問わず水着も着ずに裸で泳ぎ、さらにそれが20代から30代の若者の間で流行っているのは、オーフスのユニークなところでしょう。

 2日、3日に1度は通うというThe KaosPilotsの学生、ジェイコブさん(28歳)にウィンターバスの魅力を聞きました。「すがすがしい爽やかな気分になれます。気分がとても上がるときもあれば、疲れ果ててしまうこともあります。時間やその日の気分によって、違いますね。基本的には精神的に休憩できる場所で、ウィンターバスの後は気分も爽快です」

 ウィンターバスクラブは1933年に始まり、今では6000人以上の人がメンバーシップを取得しています。スウェーデン人の友人も体験して「素晴らしい体験だった」というので、気になっていました。

 それから週末に開かれたパーティーで仲良くなったある女性が「とっても特別な場所なの。一緒にいきましょう」、と誘ってくれました。勇気がいりましたが今しかできない体験をしてみようと、私も去年の10月に意を決していってみました。

 ドキドキしながらウィンターバスクラブの扉をあけて中に入ると、5~6人の老若男女がごく自然に裸になってスタスタそのあたりを歩いています。それだけでショッキングでしたが、とりあえず私も服を脱いで周りの人があまり見ていないのを確認しながら、急いで海に飛び込みました。

 想像通り、やっぱり水が冷たくてゆっくり呼吸することもできません。とても長い間浸かることはできず、10秒程してすぐに上がりました。サウナに入ると15人程度の人がいて、すでに満員です。20代から60代くらいの男女がタオルも巻かずに、裸でなんともなしに静かに座っています。その光景は今まで見たことがなく、衝撃的でした。

 またサウナで同じ学校の男性の友人にばったり会ってしまい、「ついに君もデンマーク人の仲間入りだな」と話しかけられます。「なんだか気まずいな……」と思いながら、空いている場所を見つけてとりあえず座りました。周りを見ると皆行儀よく座って、ぼーっと何か考え事をしているようです。小声で隣の人と話している人もいますが、基本的にとても静かな空間です。

 サウナの四角い窓から見える、どこまでも続く青い海と空。裸で自然に振る舞うデンマーク人たち。その環境にいると、最初は強い違和感を感じたことも、もしかしたら大げさなことではないのかもしれない、とさえ思えてきます。

 さて、初めてこの不思議な体験に連れて行ってくれた友人は実は、フィギュアスケートの元デンマーク女子代表のミケリーンさん(28歳)です。3歳からスケートを初め、2000年にはデンマークナショナルチャンピョンで優勝した輝かしい経験を持つ彼女。

 現在は体の負傷が原因でプロの現場からは離れてしまいましたが、ウィンターバスには頻繁に通う価値があると言うので、その理由について聞いてみました。

 「みんながニュートラルな状態でどんな肩書きも脱いでしまって、ここで会うところよ。裸になって隣に座るのは、お金持ちのビジネスマンや貧乏な学生、有名なシンガーかもしれない。でも最終的にはみんな生身の人間なの。ウィンターバスクラブにいくのは、生きていることを感じること、身体と精神にも健康な快感を得るため。何かを証明したり見せるためにそこに行くんじゃない。それはあなたの時間であって、体を駆けめぐる命を感じることなのよ」

 物心がついた頃から、フィギュアスケート界の厳しい競争の中で過ごしてきたミケリーンさん。若さ、美しさ、名誉の素晴らしさも知っている彼女が、価値を感じるのは肩書を脱ぎ去った後に残るもの。それは皆、1人の人間であるという事実です。

 他人と比べることで幸せを感じるのではなく、与えられた命は同じで自分自身の価値観で幸せを感じるのです。そんなことを感じたり考える時間を、オーフスの住民は日々の生活の中で意図的に作っています。また、寒い気候を逆に利用して特別な体験に変えてしまう、そんなデンマーク人の遊び心に幸せのヒントがあるのかもしれません。

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キーワード  留学
戦略参謀

戦略参謀

稲田 将人 著

定価(税込):1,680円   発行年月:2013年8月

<内容紹介>
紳士服チェーン「しきがわ」の営業マン高山昇は、陰謀家の阿久津専務の逆鱗に触れ、新設の経営企画室に異動に。だが、高山は持ち前の正義感と行動力を武器に、室長の伊奈木とコンサルタントの安部野の助力を得ながら、社長の補佐役として成長。社内の地雷を踏みまくりながら経営改革に取り組姿を描くビジネスストーリー。

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大本 綾 [おおもと・あや]

1985年生まれ。立命館大学産業社会学部を卒業後、WPPグループの広告会社であるグレイワールドワイドに入社。大手消費材メーカーのブランド戦略、コミュニケーション開発に携わる。プライベートでは、TEDxTokyo yz、TEDxTokyoのイベント企画、運営に携わる。2012年4月にビル&メリンダ・ゲイツ財団とのパートナーシップによりベルリンで開催されたTEDxChangeのサテライトイベント、TEDxTokyoChangeではプロジェクトリーダーを務めた。デンマークのビジネスデザインスクール、The KaosPilotsに初の日本人留学生として受け入れられ、2012年8月から留学中。


幸福大国デンマークのデザイン思考

ビジネスデザインスクール留学ルポ

世界で最も刺激的なビジネススクールとして注目されるデンマークの「The Kaospilots」に、初の日本人留学生として受け入れられた大本綾さん。彼女が世界のデザインスクール最前線での学びをリアルタイムで書き記す「留学ルポ」連載。日本ではまだ馴染みの薄いデザイン思考だが、近年、欧米ではビジネスや社会に変革を起こす発想法として、俄然注目を集めている。
また、デンマークは幸福大国として知られているが、その実態はあまり日本人には馴染みがない。彼らの価値観から教育、公共デザイン、ライフスタイル、社会福祉、家具、ファッション、広告、食事、子育てまで、現地で取材しながらレポートしていく。月1回掲載予定。

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