ブログ版ききみみずきん

古い記事が拡散されているらしく、急にアクセス数とコメントが増えてびっくり・・対応は少々お待ち下さい。

今月のご挨拶

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月ごとの所信表明のようなものです。
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7・8月の挨拶:グローバル社会で誰とつながるのか

7月は今週末から双子の2号3号をイギリスに短期留学(3週間)に出すための準備に追われています。
中学入学直後なので部活や補習や宿題の予定が読めず、6月下旬に決断したので本人達の心の準備はまだまだです。

1号を中2でイギリスに出した時は小6でアメリカで過ごした経験もあったので英語力と社交性のどちらも心配が無かったですが、双子は英会話は中学受験で休んでいるし、性格も1号よりは控え目なので、ショック療法だと思って出すことにしています。

娘1号は帰国直後に受けた TOEIC で 900 点を超えたので海外で仕事をするのに最低限の英語力はありそうですが、場に合わせた話し方や説得力のあるレポート構成など、日本語と同じように表現力を伸ばす必要はあると思います。

日本人に英会話は必要か?

私が娘達の英語教育に熱心なのは、最近流行のグローバル化というより、自分が海外で働く可能性があったからです。
1号が5才の頃はポスドク先を探してアメリカ横断面接行脚(サンディエゴ→アトランタ→ボストン)とやオーストリア4日間弾丸ツアーといった経験もしています。

現在の職場でも着任直後から退職圧力を受けていたので、8年前にはアメリカで visiting scientist をして現地でポジションを得られるか探っていた頃もあります。
これからもサバティカルで出るかも知れません。
そんな時にいつでも連れ出せるように備えているのであって、日本にいる限りは私でさえ年に数回しか英語を話さないので、英会話より読み書きが出来れば良いと思っています。

特に小さい頃からの英会話は「ディズニーの英語システム」を買った割には必要は無いと思っています(教材は面白いし、大人の発音が良くなるのでお勧めですけど)。
自分自身が研究でも必要性が出るまでは勉強しないタイプなので(同業者には勉強好きの人も多いのですが)、英語で何か読みたいと思った時に読み書きを学び、誰かと話したいと思った時に英会話をすれば良いんじゃないでしょうか。

英語が出来たらグローバル化か?

グローバル化については、娘1号が心から尊敬している現代社会の先生の体験談がとても参考になります(ご本人のプライバシーに配慮して一部のエピソードを改変しています)。
大学生の頃、失恋などのトラブルが重なって自己嫌悪になったその先生は、思い付きでボランティアに応募し、ある児童施設に通い始めました。
他人に感謝されることで自信を取り戻そうとしたそうです。

ところが来るなり「オマエは自分達を見下すためにここに来たんだろう」と本音を言い当てられ、否定したところ「本気を見せろ」という話になり、数日で済ませるはずが施設に通い続けることになりました。
しばらく通えば子供達も懐くと思っていたものの、一部の子供達は先生の身なりや持ち物を「生活の差を見せびらかしている」などと批判し続けました。
駅から施設までは遠いのですが、タクシーを使うと金持ちと言われるので、先生は歩いて通っていました。

ところがある日は雨が激しかったので、先生はタクシーで施設に向かいました。
バレないようにわざとズボンの裾を汚し、少し雨に打たれて「大変だったよ」と施設に入ったところで「タクシーで来ただろう」と見破られました。
驚く先生にその子は「オレは大人の嘘がすぐ分かる」「なぜなら今まで親や周囲の人にたくさん嘘をつかれてきたからだ」「アナタを大切に思ってのことだからとか、すぐに迎えに来るといった嘘はしょっちゅう聞いてきた」と言いました。
先生はその子の経験してきた厳しい生活を全く想像出来ていなかったことに愕然としたそうです。
その後も先生は施設に通い続けましたが、子供達とどこまで分かり合えたのか自信が無いと言います。

そして英語特進科の生徒達に「同じ日本語を話す人どうしでも、相手ときちんと向き合うことは難しいのに、英語が話せるくらいで気持ちが通じる訳がない」「君達が身につけるべきことは、まず周囲の人とつながる事、その延長にグローバル化がある」「英語はそのための手段でしかない」と話して下さいました。

グローバル化は足下から

娘1号は現代社会の授業が大好きで、彼女が社会学や教育学に興味を持ち、英語力を伸ばしたいと考えた背景には高校での様々な出会いがあったと思います。

彼女は高校2年生の時にインフルエンザ騒動で中止と決まった語学研修を復活させるためのアンケートにも「私たちがやるべきことは誰かを批判したり泣くことではなく、学校と協力して打開策を考えることです。国際的なクラスにいる私達だからこそ粘り強く行動し、大変な時を一緒に乗り越えてきたという自信を持ちたいです。」と意見を出しています。
http://blogs.yahoo.co.jp/bloom_komichi/62560463.html

高校のクラスメートとは、秋田から戻る度にクラス会・女子会・お泊まり会と理由を付けて集まっています(どれも同じだと思うけど)。
性格、趣味、進路は多様で、別の場所で出会っていたら友達になれない組合わせだったかも知れないし、この先疎遠になる時もあると思います。
それでも語学研修復活という大きな成果を挙げたことは、事実として残る訳ですね。
グローバル化が国籍や文化や宗教を越えて協調して課題に取り組むことなら、まず課題を見つける能力が必要なのだと思います。

それを自国内で解決出来るならまず目の前の人と協力し、国を越えた問題であっても躊躇せずにコミュニケーションを取る姿勢があれば良いのです。
本当に課題を解決したければ英語やら何らかの方法で話しかけるでしょうし・・
「グローバル社会とは、各自が立つ場所が世界の中心である」という国際教養大の新学長の名言の通り、日々の生活をきちんと送ることが意外とグローバル化なのかも知れません。

9/1 追記:8月の挨拶を書かないまま9月になってしまったので、7・8月の挨拶にタイトル変更しました。
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6月の挨拶:山は登るより作るもの

双子のどちらか忘れたのですが、学校の先生に「山を登るなら富士山を目指せ、筑波山で満足してはいけない」と言われた・・という話にひっかかりを感じたことから今月の挨拶を展開してみます。
富士山は世界遺産に登録されたばかりなので、ある意味タイムリーなネタですね。

富士山>筑波山の成立条件

【富士山>筑波山】が成立するには、【登る行為を評価する基準=標高のみ】という前提が必要です。
つまり、行き帰りの風景の美しさや難所を越える苦労、それらの思い出、思い出から語る人生経験などはゼロ評価となる訳です。
ですから「山の価値は標高だ」というただ一つの価値観に、意味づけが明確に出来る人だけが富士山を目指せば良い訳ですね。

その価値観は誰のものか?

標高が高ければ、まず見晴らしが良く、富士山からしか見えない風景があるでしょう。
気圧の高いところで行う実験なら、筑波山では絶対に手来ません。
とりあえず筑波山に比べて体力が必要なので、自分の体力を測る良い指標にもなります。でもその体力で何をするのか考えていないと測る意味は無いですけど。
富士山に登るには結構な装備と時間とお金が必要なので、自分が良く考えて納得した上で登る人は達成感があるでしょうし、自分で設定した目標を達成した人として尊敬されるのも当然です。
でも他人が「山は高いほどに良い」と言っているから・・となると「他人のために無駄な手間をかけて山に登るバカ者」となる訳です。

「みんなが登っているから良い場所に違いない」「登ってきた人が素晴らしいと言っていたから」というのは参考情報として貴重ですし、そう聞いたら登ってみたくなる心境も分かります。
でも私の場合は、他人が良いと言っている観光地の多くは自分も行ってみたら楽しい事が多いものの、たまにはそうでない時もあるし、別の場所の方が心に残る時もあります。
個人的には今ひとつかな・・と思っていた場所について、「あの場所に行ってきたの?すごいね〜」と言われることで、行ってきて良かったかも・・と思う時もありますが、それは他人に新しい視点を与えてもらったような気もするし、他人に作られた価値に自分が騙されているような気もします。

標高信仰=偏差値信仰

先生に他意は無かったと思うのですが、双子のどちらも進学校と呼ばれる中学校に通っていて、先生も親も子も「大学は国公立以上に」みたいな雰囲気があるので、先生のの言葉にひっかかりを感じた訳です。
【富士山>筑波山>高尾山】という序列と同じように、世間的には【東大京大>その他国立や早稲田・慶応>その他の大学】という序列があって、自分の出身校と勤務校が筑波山ですからね。
学生や親に「富士山じゃなくて大丈夫でしょうか?」などと涙目で聞かれて、「自分は大学院は富士山で、それなりに価値は感じますけど、富士山じゃないと出来ないことはほとんど無いですよ」などと励ます時もありますから。
自分の場合は、筑波山に登る体力を見せておけば、大人に干渉されることもなく4年間を好きに過ごせると思って片手間で登っただけです。
授業は面白いものもつまらないものもありましたが、そもそも授業には出ず、サークルとボランティアとバイトと旅行に明け暮れました。
就活では筑波山は有利だったのでそれなりに価値はあり、今また大学生に戻っても同じように過ごすだろうと思っています(自分は学生に授業に出るように言っていますけど)。
富士山には素晴らしいクライマーがいて刺激を受ける面はあるかも知れませんが、そもそも山にいなかったので気になりません(大学院で接した範囲では富士山もそれほどではなかったし・・)。

バカは高いところが好き

登山と同様に、高偏差値校を目指す努力にどのような意味を設定するかによって、行為の価値が変わってきます。
「東大は人生のプラチナチケットだ」というドラゴン桜の名台詞がありますけど、チケットの使い道も考えずひたすら序列を上げることに汲々とし、自分は中の上などと嬉々とする人は山の上の方にいるようで、実は社会の価値観に飼育される家畜みたいなものです。

それに富士山登山は体力的には厳しいものの、登山道は整備されていて、マニュアルに沿って頑張れば頂上に到達することが出来るんです。
他人の作ったマニュアルを熟読しなくてはならない時点で私は面倒ですけど・・

いっそ山を作る

お膳立てされている登山とは言え、足を動かして登山した本人は偉いし、別の山に登る意味を見いだしてそちらに向かう人も偉いかも・・と登山ネタについて考えるうちに、出来上がった山に登る時点で人間として小さいかも・・と思い始めました。

それで究極の登山について思いついたのは「山を作って、他人に有り難がらせて、入山料を取る」です。
私が国際教養大の前学長が格好良いと思う理由もそのためですね。
娘1号はまだ中嶋学長の作ったブランドに乗っているだけかも知れませんが、まだ新しい大学だけに山の形を作るくらいの役割は果たせそうです。

私個人も順調に学歴を重ねて食品系企業の研究職になった頃は序列の上位にいた気分ですが、退職して大学院に入った時からポスドクくらいまでは世間の評価は最下層に近かったので、序列を意識しないように生きてきました。
研究室を運営する立場になって、私にしか解明出来ない研究テーマや、私なりの理想の研究室について日々思案しているので、思えば自分のためだけの山を作るような人生です。
自分だけのための山なので、入山料を取るのは難しいですが、名峰に育てることは出来るかなと思っています。

そんな訳で、先生達には安直に「筑波山より富士山」とは言って欲しくないですが、文句を言うよりは学生達にも娘達にもせっせと山を作る様子を見せたいと思っています。
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5月の挨拶:陳腐な正義

今月はここ数年考え込んでいることを書き残しておきます。

開発=悪なのか?

皆さんは昔から繰り返される、以下のようなストーリーにどう感じていましたか?
自然の美しい島に観光リゾートを作って大儲けを企む企業。
様々な汚い手を使って島の人々から土地を奪おうとする。
島を愛する主人公は、周囲の誤解を受けながらも悪徳企業と戦う。
最後は悪人が退散してハッピーエンド。
手塚治虫が赤旗に連載した「タイガーブックス」はモロにそういう話だし、父親が騙されて祖父の代からのリゾートホテルを手放したのがNHKの「純と愛」、悪徳企業がリゾート開発を謳っていたのが転売目的がばれて退散したのがフジテレビの「逃走中 玉手箱と乙姫の罠」ですね。

子供の頃の私は悪人が捕まったり島から泳いで逃げたり・・というシーンに一般的な「胸がすくような思い」を感じていたのですが、大学では「○○の自然を守ろう」といった活動に協力してていた頃から【開発=悪】という図式にぼんやりと疑問も感じるようになってきました。
なぜなら、私達が「手つかずのままで」と主張した場所に作られたものが社会的には必要とされる施設だったりしたからです。

「ぼくの村の話」

私のもやもやした気持ちに拍車をかけた漫画は成田空港(1978年開港)の農民闘争を描いた「ぼくの村の話」(尾瀬あきら 1992 年連載)です。
作者は「この村のおっかあたちがわが身を鎖で木に縛りつけて抵抗するシーンがあり、それを観て、涙がこぼれました。と一方的な空港建設に憤りを感じて作品を描いたそうです。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/ozex/sakuhinsyu02.html
(尾瀬あきらの公式サイト)
http://www.comicpark.net/cm/comc/detail-bnew.asp?content_id=COMC_AKC00135
(全7巻のストーリー紹介)
この漫画の特徴は、成田空港の必要性を感じて土地収用に関わる側の気持ちや、雇用を期待する地元民、移転金をもらって生活を立て直す貧農家族、勢力拡大のために地元民を扇動する極左勢力など、単純な善悪で成田空港に関わる人々を描いていないことです。

作者が誠実な人であることは他の作品からも伺えるので、彼は農民側の立場で漫画を描きながら現実を直視する姿勢も持っていたのだと思います。
私は海外旅行をしなかった高校生までは「国の横暴で作られた成田空港なんて無くなれば良いのに」などと憤っていました。
でも闘争を続けている方がマスコミに取り上げられなくなったこともあり、そういう人がいることを無意識に考えないようになっていきました。

考えないようにしていた理由は、私は成田空港を大学生の頃から何十回も利用していて、滑走路が増えたりターミナルが出来たりする度に便利になったと思ってしまうからです。
現実を見なければ、陳腐な正義に浸り続けることが出来るのだと分かってきたものの、何が本当の正義なのか分からないからです。

公共のための「痛み」

ちなみに成田空港は浦安や霞ヶ浦や金沢八景も候補地になっていたそうで、成田空港は土地収用の他にも騒音問題などもありますから、自分も巻きこまれる立場だったのかも知れません。
浦安町沖の埋め立て地や富里村、霞ケ浦、金沢八景沖の埋め立て地などが候補地とされ、当時の自由民主党副総裁の川島正次郎の地元の千葉県富里村が建設予定地とされた。しかし、用地買収などをめぐり地元自治体との調整が難航した。
1966年、佐藤栄作内閣(中村寅太運輸大臣)は、建設予定地を同県成田市三里塚に変更することを閣議決定した。これは、国有地である宮内庁下総御料牧場や県有林、またその周辺の土地は開拓農民の物であったため、用地買収は容易に進むと考えたからである。
(Wikipedia「成田空港」から抜粋引用)
世界中で土地の立ち退きを伴う開発が行われていますが、他の国ではもっとトラブルが少ないのでしょうか?

ちなみに私の地域は自衛隊の空路になっているらしく、低空飛行をする自衛隊機に度々怖い思いをしています。
特に東日本大震災の時は離発着が多かったのですが、震災時の自衛隊活動が期間限定であることが分かっていたので不満はありませんでした。
でもあんなうるさい生活が毎日だったら辛いし、うっかり飛行機が近所に墜落したら何らかの反対活動をするかも知れません。
「自衛隊機が落ちることは滅多にないって言いましたけど、落ちましたよね?!」
「そもそも自衛隊の基地なんて、日米安保のためで、日本には必要無いんですよ!」
「もっと人の少ない場所を通ればいいんですよ!」
・・・みたいな事を言うのかな。

でも線路脇のマンションに脱線した車両が突き刺さるような事故はあったし、大型トラックが幹線道路脇の民家に突っ込む事故は日常的に聞きますよね。
そして少なくとも東日本大震災では自衛隊にはお世話になった訳で、過疎地でも人は住んでいますから、ある程度のリスクは引き受けるべきなのかも・・
でも自分の家族が巻きこまれたら、空路や線路や道路を決めた人や作った人を一生許さないだろうし・・
私は「公共の利益のために、誰が、どのような形で痛みを引き受けるのか」という問題に関して十分な見解が無いのです。

正義を装った悪意

「ぼくの村の話」を「原発に翻弄された福島県民と同じ構図だ」と評する人もいますが、それならば単純な善悪の図式は成立しないと思います。

しかし原発事故では子供時代から親しんだ「陳腐な正義」の妄想に浸り、自然の放射線量から少し上積みされた程度の放射線でも病気になるとか、十分に検査されたがれきや土を「汚染物」などとデマを流してでも正義のヒーローや悲劇のヒロインになろうとした人々が大発生しました。
http://blogs.yahoo.co.jp/bloom_komichi/65721792.html
(「科学はルサンチマンを許さない、ふたたび」)

「ここは年間数 mSv も被爆するよ!ICRP 基準の数倍じゃないか!」と「美味しんぼ」で煽る雁屋哲などの文化人、デマ薗先生を代表とする文系研究者、デマ混入の反原発活動を続ける通販生活などのイタい人やイタい集団に「正義を装った悪意は、ただの悪意よりミットモナイ」と感じます。
http://blogs.yahoo.co.jp/bloom_komichi/66144231.html
(「いいかげんにしろ、通販生活!」)

考え続ける意識

でも「カッコイイ」社会との関わり方は何なのか・・という命題に対する見解は、やはり今の私にはありません。
今週の「美味しんぼ」では富井副部長が避難地域に指定されたために人気が無くなった街で「卑怯者!真実を見ろ!真実を語れ!」と叫んでいましたが、私は「オマエモナ〜」「まずは放射線の勉強をしろヨナ〜」と心の中でツッコミを入れていました。
「誰がこの死の街を作ったんだ!」という叫びには「自分達だろうな・・」と思ったりしました。
自宅や研究室で電気使用量を増やし続けているのは自分だし、現在のエネルギー需要と原発以外の発電方法を考慮すると、人類全体では原発という選択肢は必要です(国ごとの事情によって選択肢の割合は違うでしょうけれど)。

「選択肢が必要」と言った以上、自宅の近くに原発が出来ることは覚悟すべきだろうと思いますが、公共の利益と個人の生活について、それ以上の見解はありません。
ただ、陳腐な正義に浸ったままでは誰も救えないので、考え続ける意識だけは持ちたいと考えています。
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4月の挨拶:自分の人生の管理者

GWを心の支えに怒濤の4月を乗り切った方は多いのではないでしょうか。

私もガイダンスやキャリア教育(2年目は私と今年の1年生担任が共同で進める)や学生実習は例年通り大変でしたが、去年は授業担当と被っていたために休んでいた筑波や理研の研究所見学も復活させたので、引率だけでなう手続きも大変でした。
我が家は今年度から2人が別の中学なので入学式2回、保護者会2回、PTA2回(3号の方だけ引き受けました)、授業参観1回も何とか参加したので、平日に中抜けをしたり土曜日に行事に出掛けたり日曜日に学用品を買いに出たりで毎日仕事気分でした。

教育活動は自分でも評価しているけれど

昨年度の卒研生や、数年前に私の研究室から他大の修士に行った卒研生から近況を知らせるメールがあったり、これまで指導した学生達も気ぜわしいながらも元気な様子です。

どの学生にも「この大学に入学したことで、人生が豊かになり、生きていくのに有利になるように」と願って真剣に(かなりおせっかいに)指導をしてきたので、たぶん多くの学生に感謝されていると思います。

そう言えば某男子学生からの去年のお中元のアイスには「先生にあそこまで怒って戴いたことが、今も心に残っています」といったメッセージが付いていました。
行き当たりばったりの興味で進路を決めようとしていた彼に私は「自分の人生を管理出来るのは自分しかいないのに、その自分がこんなにいい加減でどうするの?!」と怒ったことがあるんです。
怒るだけではなく何日も時間をかけて話し合ったし、自分の人脈も紹介したし、彼が希望する業界のバイトにも行かせたので(卒研の追い込み期だったのですが)、ギリギリになって希望通りの就職が出来ました。

研究活動のふがいなさに腹が立つ

でも最近の私は自分自身に「自分の人生を管理出来るのは自分しかいないのに・・」という言葉をぶつけたいほど、研究が滞っています。

主要因は学生に手を掛けすぎること、授業の準備に時間をかけ過ぎること、学内のFDやキャリア教育に熱意を持ち過ぎてていることだと思います。
特に学生は適性や熱意の有無などで差別することなく真剣に対応するので時間も精神も消耗します。
でもそれは学生思いというより、学生対応については良く気付くのに実験データに対しては甘えているかも知れないし、科学の勝負の舞台に立つのが怖くて学生を言い訳にして逃げているのかも知れません。
単純に研究の能力が下がっているのではないかと悲しくなったりもします。

自分を好きになるために努力をしてきたのに

私の人生は自分を好きになることにかなりの努力を費やしてきました。
私は4才で高度難聴になって以来、外では激しい虐めを受け、両親には「お前が弱いから」と怒られ、親族には「出来が悪い」と疎まれ、生きる方が辛いのではないかと思い続けながら死ぬ勇気がありませんでした(死んだことが無いので、死んだらもっと辛い世界に行く可能性を考えていた)。

でも心の奥底では友達が欲しい、社会に必要とされたい・・とも願っていました。
ですから紆余曲折の末に大学教員の仕事に就けたことは本当に嬉しかったし、自分の人生を切り拓く中で自分のことも少しずつ好きになれました。
でも最近の自分は「やらなければならない事」に振り回されて「やるべき事」を見失っているようで、好きになれません。

次世代につなぐ役割は嫌だ

私がそういう愚痴を言うと、多くの人が「学生の教育も大切な仕事だよ」「娘3人も育てたじゃない」「女性研究者のネットワークも作ったでしょ」「次世代のために十分働いているよ」などと慰めてくれます。
私も企業を辞めて修士に入り、出産をして博士も続け、ポスドク先で苛められながらも研究の出来る大学で教員になった人がいたら努力と能力の揃った人だと思うでしょう(汚い手を使った?とも思いますけど)。

その人が女性研究者のためのサイトを作り、大学や学会でも若手研究者や女性研究者のために尽力し、全学のキャリア教育のプランにも関わり、インフルエンザや放射線などの科学リテラシーも授業で扱い、娘のムンプス難聴のケアや予防接種啓発のために動いていると聞いたらパワフルだな・・と感心します(躁病じゃないの?ちゃんと研究をしているの?とも思いますけど)。
でも自分を主観的に見ると何だか情けないんですよ・・
「次世代につなぐ」は50代以上の人もやってきたじゃないですか。
私の世代は男性と伍する業績を出して当然だと思うんです。
私の業績は悪くはないけれど平均値なんです。
いや・・講師に上がってからの2年は明らかに落ちているので「あんな人でもつとまるの?」と思っている人もいるかも知れません。
科研費も「計画にふさわしい業績」のスコアが低くて落ちましたsから。

これが新しい戦いなのか

そのような訳で4月の後半くらいから、やり残した校務が気になって熟睡出来なかったり、睡眠不足で頭が回らず家の雑用をしてしまったり、細切れに空いた時間にネットサーフィンをして自己嫌悪になったりで、自分の鬱状態を自覚しています。
突発的に「どうしよう」とか「何も出来てないじゃん!」などと涙が出てくる日もあります。

もしかすると、自分を認める戦いが終わった今は、自分を管理する戦いに入ったのかも知れません。
今までは研究者として緩慢な死に向かっている感覚だったのですが、意識の無いまま日々の戦いに負け続けた結果がこの体たらくなのかも知れません。

とりあえず、形からでも気持ちからでも変えられることに取り組むよう、努力します・・と記事に書いて、自分を追い込むことにします。
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3月の挨拶:出来ることを続ける

昨晩は卒塾式の後で家族でおいしい串揚げを食べて居間で寝てしまいました。
ふと目が醒めて「今日は3月11日だ」と気がついて、浮かれた自分を少し反省しました。

私は東北大震災から2年に渡って放射能騒動に関わって来ましたが、家族を亡くした人にとっては何よりそれが一番重いのではないかと考えます。
当時の私は研究室で一晩を明かしてから何とか電車で帰宅して家族で実家に集まっていました(自宅は古くて危ないから)。

刻々と流れるニュースの中で「仙台市若林区の海岸に数百体の遺体が流れ着いたという情報があり・・」という言葉を聞いて「嘘でしょ?」「今は混乱しているだけで、テレビ局も慌てているだけだ」と思ったのですが、現実はもっと厳しかったです。
自分がもし娘3人の中で1人でも亡くしていたら世界が全く違って見えるだろうと想像したり、そういう想像をすること自体が失礼な気もして、自分には何が出来るのかな・・と思いを巡らせます。

ちなみに2年前の今頃はこんな記事を書いていました。

「3月・4月の挨拶:出来ることを”自分が”しよう」
http://blogs.yahoo.co.jp/bloom_komichi/64552019.html

今もあまり心境は変わりませんね。
この問題に関して私が出来ることは限られていて、時々福島で豪遊して、授業で放射線生物学の基礎や科学的思考について伝えたりするくらいです。
それでも少しは復興支援に役立つだろうし、家族を亡くした人が風評被害でさらに傷つくようなことが避けられれば良いなと思います。

計画停電の頃は節電意識が高かったのですが、最近全体に気が緩んでいるので、この機会に仕事のやり方や生活を見直したいです(こうやって夜中に起きている日も多いのですが)。

とにかく忙しくて心がすり減る時もあるし、思い通りに研究が進まなくてヤケになりそうな時もあるのですが、元気が少しでも湧く時は出来る事を少しでも進めようと考えています。

http://x8.tsunokakushi.com/bin/ll?116390700

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