理系人間は緊急時にどの程度役に立つか
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原発を巡る色々な意見の中で気になっているのは、理系出身者に対する過度の期待や失望です。 理系出身者というのは大学が理学部・工学部・医学部・薬学部・農学部などの理系学部ということで、私は4年間理系学部で学ぶことだけでなく社会に出てから学ぶことも大きいと思うのですが、マスコミや文系出身者のブログ記事で以下のような意見を聞くことがあります。 「閣僚に理系の人が多ければ原発事故が起きないように出来たはず」 「菅さん(東工大理学部)は理系出身だが、政治の世界で理系の心を忘れたから危機に対応出来ない」 「東京電力の社長が文系だから(慶応大学経済学部)原発への対応が遅れた」 「地震や津波が起きると警告した専門家の言うことを聞いていればこんな事にならなかった」 「専門家は地震や津波が起きることが分かっていたのに何をしていたのか」 「専門家なのに歯切れが悪いのはマスコミや東電から裏金をもらっているからか?」 理系人間と文系人間という明確な区別が出来ないと思う気持ちもあるのですが、私は子供時代から「常識より理屈の方が大事」「一般論よりデータや自分なりの分析の方を信じる」というタイプなので理系人間に分類されると思います。 研究の進め方も、先行研究は尊重しつつ「個人が考えることには偏りがあるし、データの取り方も恣意的かも知れない」と距離を取り、一般論とは全く異なる可能性も視野に入れて取り組むタイプです。 新型(豚)インフルエンザ騒動では、一部の研究者が危険を煽る状況であっても5月までの疫学データから「致死率 0.4% な訳がない」とブログ記事を書き、直後に解析された遺伝子配列からも致死性は低いと主張し、周囲に非常識と言われてもネットで叩かれても語学研修の続行を主張しましたが、”理屈では”その判断で正しかったと考えています(心情的にどうなのかは分かりませんが)。そんな私は上記のような指摘に「理系だからって何でも分かる訳じゃない」と思います。 理系人間の理解力と予測力専門家が正しく理解出来るのは「目の前にあるリスク」と「少し先に起きることにリスク」だけです。例えば土壌や大気の放射性物質が健康に及ぼす影響は過去のデータから説明出来ますし、この先どれくらいの放射性物質が福島原発から放出されるかもある幅を持って推測出来ます。 でも地震や津波がいつ、どこで、どの規模で起きるのかは予測出来ないので、次はどの原発でどんな事故が起きるのか分かりません。 もちろん、世界の観測データに残っている地震や津波のうち”日本で起きそうな最大レベル”が起きた場合を想定して頭脳をフル回転させてきたのでしょう。 でも今回は”日本で起きそうな最大レベル”の想定を越えたので、その場でもう一度「目の前にあるリスク」を見積もって対応を練り直しているのだと思います。 原発の地震対策は記録上で最大のチリ地震(マグニチュード9.5)を基準に考えるべきだったと怒っている人もいますが、その人は東京の震災対策にも怒っているでしょうか? 東京では阪神大震災並のマグニチュード7.0の地震でも約85万の家や焼けて1万1千人が死ぬという予測が内閣府から出ているのに、古い建物を買い取ったり道路を拡張するなどの抜本的な対策が先送りされています。 www.bousai.go.jp/syuto_higaisoutei/pdf/higai_gaiyou.pdf 福島原発はマグニチュード9.0で放射性物質の漏出は起きたものの暴走は食い止められているので、東京の都市計画よりは安全性に気を配っていると私は考えています。ちなみにマグニチュードで2の差はエネルギー量で約1000倍の差です。 東京に通勤する人は「マグニチュード7.0が来た時は諦める」という理系人間的な割り切り(後述)をしているではないですか? 理系人間は科学の限界や危険性を意識している真理を追究する研究者は「科学を駆使しても分からないことがある」と感じる方が真っ当なので、質問に対して「・・である可能性が高いが、別の可能性も否定出来ない」といった歯切れの悪い言い方をする人が多いです。「絶対に安全」「この方法しか解決法が無い」と言い切る研究者の方が怪しいです。 中川先生が理系人間かは別として、チーム中川(東大病院で放射線治療を担当するチーム)の被爆に関する説明も「データを持っていない」「十分に解析出来ていない」という表現が入っています。 http://tnakagawa.exblog.jp/ また「人類は原子力など自分で制御しきれない科学は使うべきではない」と言う人もいますが、私は全ての科学は制御しきれない部分があると考えています。 例えば私も日常的に使う遺伝子組換えの技術では特定の遺伝子のみを導入している訳ですが、その遺伝子産物が過剰になった時に代謝系がどのように変わるのか、それが動植物の活動にどのような影響を及ぼすのか・・に関しては予想外の事態が起きる可能性は常に考えています。 石油産業に関わる科学は十分にコントロールされていると信じられているかも知れませんが、既存の油田が涸れると海底油田を採掘する危険を冒すし、実際にメキシコ湾の原油流出事故も起きました。 内分泌攪乱物質の一部は石油製品の製造過程で発生しますが、その影響が話題となったのは石油産業が拡大してからずっと後のことですから、今は安全に見える技術にもリスクがあると考えています。 理系人間の割り切り原発に関して、津波以外には原発反対のテロリストが侵入したら?北朝鮮のミサイルが当たったら?宇宙人の攻撃を受けたら?などのリスクが考えられます。私が原発の安全管理の担当者なら「テロリストまでは日常的にあり得るとして不審者対策を今のうちに完了して、ミサイルはたまにあり得ることとして対処法だけ考えておいて、宇宙人の時には諦める」と割切って、それぞれにかかる費用と救える人命や経済を計算して対処するつもりです。 私は遺伝子組換えマウスが凶暴になるくらいは予測していますが、ケージから飛び出す人食いマウスになる確率はものすごく低いので(ゼロではないのに)対策はしません。 常に努力はしますが未来永劫一度も事故が起きないとか、誰一人として死なないとか、そういう無理なことは考えません。 たぶん実際の専門家の方々も同じような姿勢で原発の管理をされてきたのだと思いますが、福島原発での事故は電源流出時の対策などにお金をかけておけば賠償金も少なくて済んだので、費用と利益の見積もりに間違いがあったのでしょう。 でもその背景には祖先の頃から海岸に長く住む人々の対策を越えたほどの津波と、いつ起きるか分からない災害に対応する費用の限界があったと考えているので、反省は社会で分かち合うものだと考えています。 ちなみに私は放射性物質より化学物質の方が怖いです。 放射性物質は線量計で検出出来るので、土壌や大気中で検知された放射性物質は核種を同定すれば危険性が推定出来ます。 でも化学物質は生物に取り込まれた時にどのように代謝されてどのような影響を及ぼすのか物質ごとの評価が必要ですし、次にどのような化合物に変化するのか追跡が難しいです。 また、ダイオキシンなど比較的研究データの多い物質でも検出には時間がかかるので「ここにダイオキシンが含まれているはず」と土を掘り返しては数日かけて調べる必要があります。 新しい化学物質が出る度に検出法を考えないと、知らずに摂取することになります。そんな訳で、福島原発近くの海産物は放射線量と核種が分かっていれば食べる気になりますが、メキシコ湾の海底油田近くの海産物はどんな化学物質が生物濃縮されているか気になるので躊躇します。 でも原発事故のエネルギーで生物への影響が未評価の化学物質が発生していたら、やはり食べません。 それから、専門家は福島原発の被害について「とりあえず使えそうな過去のデータ」で被害予測をすることも多いですが、何も予測をしないよりマシだと割り切っているからです。 新しいデータが見つかれば予測を修正しますが、それは責められないです。 理系人間だけでは世界は救えない理系人間の「だってそう割り切ったじゃない」という態度に「それでもどうにかして欲しい」と思う人がいるのは分かります。こういう時に心情的に気の済むようにしよう・・というのが文系人間でしょうか。例えば新型(豚)インフルエンザにおける機内検疫や感染者の隔離はほとんどの専門家は無駄という意見でしたが、政治的には「それでも国民の気が楽になるなら」という判断で行われたと新型インフルエンザ対策委員が発言しています。 舛添さんも夜中にいきり立った自分の姿を見せれば国民が安心すると考えたのかも知れませんが、機内検疫と同様に逆効果でした(枝野さんの立場に舛添さんがいなくて良かった)。でも理系人間の判断を社会に受け入れてもらうための方便は必要だし、私も理屈で割り切れない時もありますから、文系的な発想も必要かも知れません。菅さんはそれを身につけようと努力しているかも知れません。 時には芸術系人間と「祈りましょう」と言い合う方が救われる場合もあるかも知れません。 ただ、理系人間の「いつでも理屈」は現実に立ち向かう上では役立つので、必要以上の期待はせずに活用して戴きたいと思います。
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「時事問題(科学系)」書庫の記事一覧
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2013/6/22(土) 午後 11:35
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2013/4/16(火) 午後 11:29
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2013/4/4(木) 午前 0:36
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2013/1/20(日) 午後 5:52
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2013/1/11(金) 午後 7:38