平成25年9月8日
豪総選挙、野党保守連合が大勝−6年ぶりに政権復帰
【シドニー時事】7日投票が行われたオーストラリアの下院(定数150、任期3年)選挙は即日開票され、「変化の選択を」と訴えたトニー・アボット自由党党首(55)率いる野党保守連合(自由党、国民党)が、ケビン・ラッド首相(55)の与党労働党との二大政党対決を制し、約6年ぶりに政権に復帰することになった。ラッド首相は同日夜、敗北を認めた。
選挙委員会によると、開票率74・04%の段階で、政権党を決める下院の獲得見込み議席は中道右派の保守連合77(改選前72)、中道左派の労働党54(71)、環境保護主義の緑の党1(1)など。過半数の確保には76議席が必要。公共放送のABCは、保守連合が最終的に87議席を獲得するとの見通しを伝えている。
国内の資源開発ブームが下り坂を迎え、経済の先行きに不透明感が強まる中で行われた今回の選挙で、アボット氏は、労働党政権が導入した温室効果ガスの排出に課す「炭素税」や、石炭や鉄鉱石の採掘事業を対象とした「鉱物資源利用税」の廃止を主張。法人税減税なども打ち出し、経済を強化すると訴えた。労働党政権の無駄遣いを排し財政規律を回復するとも強調した。
労働党は、ギラード政権下での公約違反の炭素税導入などで危機的水準に低下した支持率回復のため、比較的人気が高かったラッド氏を党首・首相に6月に再登板させ選挙に臨んだ。
【横顔】 保守派の論客、信条は「人助け」−トニー・アボット豪自由党党首
トニー・アボット豪自由党党首
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文武両道の保守派の論客。かつては党の「攻撃犬」の役割を担い、粗野なイメージもあったが、もともとは気さくな人柄で、聞き上手。「次の首相候補」としてソフトなイメージに転換し、野党党首として臨んだ2回目の総選挙で首相の座を射止めた。
1957年、ロンドンでオーストラリア人の両親の間に生まれた。2歳の時に家族とともに豪州に帰国。カトリック系の高校を卒業し、シドニー大学で法学士と経済学士の学位を取得。その後、英オックスフォード大学に留学して政治学と哲学の修士号も取得した。
カトリックの司祭になるための勉学を始めるが、途中で方向転換。ジャーナリストなどを経て政界入りし、1994年の下院補選に立候補し当選。ハワード保守連合政権で2000年に雇用・職場関係・中小ビジネス相、03年には保健相を務めた。
07年の総選挙で保守連合は野党に転落。温室効果ガスの排出量取引(ETS)法案をめぐって、当時のターンブル党首が妥協方針を示したために党内が分裂すると、妥協反対を主張したアボット氏が議員総会の党首選で1票差で勝利し、09年12月に党首に就任した。
敬虔(けいけん)なカトリック信者であり、過去に妊娠中絶批判発言を行うなど保守的な考え方が強く、同性婚法制化には否定的。「政治は人助け」が信念。ボランティアの消防士や水難救助員を務め、チャリティーで1週間かけ1000キロを自転車で走破したことも。
マーガレット夫人との間に3女。55歳。(シドニー時事)
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【解説】 混迷の労働党政権に「ノー」−公約違反、党内抗争響く
【シドニー時事】決定的な争点を欠き「パッとしない」とも言われた今回の選挙。アボット自由党党首率いる保守連合(自由党、国民党)が勝利を収めたのは、保守連合への積極的評価というよりも、公約違反の炭素税導入や政策変更が原因の難民密航船急増、首相を2度すげ替えた党内抗争といった、2期6年の労働党政権の混迷ぶりに有権者が「ノー」を突き付けた側面が強い。
労働党を大敗への道から救うべく再登板したラッド首相は、温室効果ガス排出に課す炭素税の前倒し廃止を公約した。炭素税は、少数与党として緑の党に協力を求めなければならない事情を抱えたギラード前労働党政権が導入したものだが、これは「間違いだった」と認めた。第1次ラッド政権で緩めた密航船対策も厳格化。保守連合寄りの政策変更で争点の「中立化」を進めた。
その上で労働党は、保守的なイメージが強く人気が低かったアボット氏を保守連合の弱点とみて、弁舌滑らかで明るい印象のラッド氏を前面に押し出し、「次の首相」を選択する個人対決の選挙に持ち込もうとした。義務投票制のオーストラリアでは、政治に関心のない人も投票することから、党首の印象は重要だ。ラッド氏は、アボット氏の首相候補としての「資質」を問う個人攻撃を仕掛けた。
しかしラッド氏自身、口にした看板政策を降ろして国民の失望を買い、独断専行の政権運営に党内の不満が噴出し、失脚した傷を持つ身。有権者から冷静な視線も受け、支持は伸び悩んだ。
一方、アボット氏は、過去の攻撃的姿勢を捨て、ソフト路線に転換。党首討論では、多弁なラッド氏に対し、「有言実行」の姿勢を強調。首相候補としての評価を積み上げた。
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対日関係強化に弾み期待−EPA交渉早期妥結も
【シドニー時事】民主主義や市場経済を重視するアボット自由党党首率いる保守連合(自由党、国民党)の6年ぶりの政権返り咲きで、共通の価値観を持つ日本との関係強化へ弾みがつく可能性がある。日豪経済連携協定(EPA)交渉の早期妥結への期待も高まる。
オーストラリアの外交は、米国との同盟関係を基軸に据えつつ、経済的利益を重視し資源や農産物の輸出先である中国を含むアジアとの関係を深めていくことが基本方針。この点で二大政党間の違いはない。ただ、保守連合政権は伝統的に、貿易交渉などで2国間関係を重視する傾向が労働党より強い。
ハワード保守連合政権時代の2007年には、当時の安倍晋三首相との間で「安全保障協力に関する日豪共同宣言」に署名。日豪EPA交渉も始まり2国間関係は大きく前進した。「価値観外交」を進める現在の安倍政権との間で、関係強化へ強い政治的意志が働くことが期待される。
「最終段階」(豪外務貿易省)とされるEPA交渉は、牛肉関税の削減などが争点。保守連合の影の外相、ビショップ氏は日本との交渉妥結優先を表明しているが、保守連合を構成する国民党は農家を主要支持基盤としており、政権交代が交渉に微妙な影響を与えるとの見方もある。
反捕鯨は豪州では超党派の主張。労働党政権は、南極海での日本の調査捕鯨をやめさせるため、オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)に提訴したが、保守連合もこの訴訟を支持しており、捕鯨シーズンが始まれば、南極海に警備船を派遣し監視に当たらせる考えを示している。
労働党政権下では、最大の貿易相手国である中国と首相や閣僚級の「戦略対話」を毎年開催することで合意、対中関係が大きく前進した。アボット氏は、隣国であり成長期待が高いインドネシアを初の外遊先とし、その後は、貿易関係を重視し、中国、日本などを訪問する意向という。