特集ワイド:強まる表現規制 問題の核心は「知る権利」 日本漫画家協会理事長・ちばてつやさんに聞く
毎日新聞 2013年09月05日 東京夕刊
ベースになったのは自身の記憶だ。ちばさんの家族は第二次大戦中、旧満州(現中国東北部)で暮らしていたが、敗戦とともに国民党軍と共産党軍の内戦が始まった。銃火から逃げ惑う中、6、7歳のちば少年の目に焼き付けられたのはコーリャン畑や原っぱのあちこちに転がる遺体だった。ほとんどが日本人だった。「一緒に遊んでいた友達が飢え死にしたこともありました。思い出すのはつらい。金のエピソードを描いているときもつらかったですよ。戦争という極限状況では人間はこんなことまでやるんだという事実は、つらいけれども子供たちに伝えたかった。戦争に限らない、現実の社会には目を背けたくなるようなことがある。でも、それを知って子供は大人になっていくんです。だからこそ、どんなに残酷な表現があっても『はだしのゲン』のように書架から外してはいけないんです」
ちばさんは個人のホームページに「−と、ぼくは思います!」と題した短い漫画を載せている。主人公はちばさん本人。冒頭では「子供が読む雑誌ではヌードや暴力シーンを掲載するのを法律で禁じるべきだ」と不満を漏らしていたが、「あしたのジョー」で力石徹が丈をノックアウトする漫画史上屈指の名場面すら名無しの当局者に「暴力シーンだ」と描き直しを命じられる夢を見たりするうち、表現の自由を法律で規制することのおかしさに気付く−−というストーリーだ。実は20年も前の作品。当時、性描写を含む一部の漫画が子供に悪影響を与える「有害コミック」とやり玉に挙げられ、社会問題となっていた。
こんなセリフがある。
「重要なことは、一度この法律ができてしまうと規制を受けるのはマンガだけじゃないってことなんだ。小説だって写真だって絵画だって音楽だって思想だって評論だって新聞だって雑誌だって。これはいずれ全ての表現にかかわってくることなんだ」