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「にほんてぃる」 第一話 「連合艦隊司令長官 山本五十六」 【購読無料キャンペーン中】
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「にほんてぃる」 第一話 「連合艦隊司令長官 山本五十六」 【購読無料キャンペーン中】

2013-04-25 17:00
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    ――――――――

    「にほんてぃる」
     第一話 「連合艦隊司令長官 山本五十六」

    ――――――――

    色々な事が怒涛の勢いで決まったなんたら会議の後。かくかくしかじかで海軍の厄介になる事になった俺は、新本国海軍大将こと山本五十六、愛称イオの世話になる事に決まり、黒塗りの車に乗せられ、イオの自宅に向かっていた。

    暫く俺は、窓の外を流れる景色に呆気にとられ、夢中になって眺めていた。会議室にあった資料から、俺はこの世界が俺の元いた世界とよく似た、いわゆるパラレルワールドなんじゃないかと予想していた。
    予測は当たっていた。怖いくらいに当たっていた。

    野暮ったい洋服か着物を着て歩く人々、古臭い木造の家、レンガや石造りの家、路面電車や骨董品屋に並んでそうな看板。何もかも、目につく全てが古臭く、レトロだった。まるで数十年前の日本を題材にしたテーマパークに迷い込んだような気分だ。

    もしも通行人の頭や尻に、獣の耳や尻尾が生えてなかったら、俺はきっと数十年前の日本にタイムスリップしちまったと錯覚するだろう。それくらい、この世界の街並みは古い日本のそれに似ていた。とはいっても、俺の知識は映画やドラマで得た物だから、完璧に同じかどうかはわからないけど。

    「まったく、妙な世界だぜ、本当」


    街を眺めるのにも飽きた俺は、放り投げるようにして呟き、革張りのシートに座りなおした。イオの返事を期待しての呟きだったんだけど、答えはない。でかい独り言を言った形になり、俺は少し恥ずかしくなった。

    車を運転するのは犬耳の軍人さん。隣にいるイオを横目で伺うと、眉間にシワを寄せ、どっかりとシートに腰を下ろし、腕組みをして運転席の裏を睨んでいる。なんだか不機嫌な雰囲気だ。そう思った途端、俺は車内に充満する殺伐とした空気に気づいた。

    「どうしたんだ?」
    尋ねるも、イオの答えは得られなかった。まるで俺なんか存在しないみたいに、完全無比の無視を決め込んでる。その姿は、仁王立ちならぬ仁王座りって感じだ。

    二度目の無視に、俺はますます恥ずかしい気持ちになり、チラッとバックミラー越しに運転手を覗き見る。女の軍人さんは、見ざる聞かざる知らざるって感じで、運転に集中してる。でも俺は、内心で「うぷぷ、この人無視されてる、可哀想っ」と思われてるんじゃないかって気になる。

    「・・・・・・なぁイオ、なぁって」
    もう一度問いかけるけど、帰ってくるのは沈黙だけ。俺は少し腹が立ってきた。そりゃ、こいつにしてみれば、俺は赤の他人だし、異世界人だし、何処の馬の骨ともわからんすっとこどっこいかもしれない。

    突然神様だと紹介され、大事な会議を引っ掻き回され、パラレルワールドだなんだって事になり、この世界を救う(かもしれない)大事な人だからって事で半ば無理やり押付けられたんだ。そう思えば、俺の事が気に入らないのも仕方ないかもしれない。でも、無視はないだろ?

    大体、困ってるのは俺も同じだ。いきなりわけわからん世界で目覚めて、神様だ救い主だって言われても、どうすりゃいいんだよって話だろ。でも、ミチは俺に何か期待してるみたいだし、こっちの世界での世話を見てくれるってんなら、俺だって出来る限りの協力をしようと思ってるんだ。


    「・・・・・・なぁ、イオ。おいって、聞こえてるだろ? 聞こえてないわけねぇし。おい、お~い! あ、そういう態度とる? とっちゃうわけ? 意地でも俺を無視しようって腹か。なら、俺にも考えがあるぞ!」

    完全無比に無視されて、俺は意地になってきた。
    「はっ! 海軍大将さんよ。どうしても俺を無視するってんなら、これでどうだ!」

    わきわきと両手を開閉すると、「こしょこしょこしょこしょ!」
    俺はイオのわき腹を思いっきりくすぐった!
    「・・・・・・っ!?」

    一瞬、イオの体が静電気でも走ったみたいにビクリと震える。けど、反応はそれだけ。以降は何事もなかったかのように・・・・・・いや、違う。イオの体はかすかに震えている。歯を食いしばっているのか、顔も少しづつ赤くなってきた。そう思って注意してみると、「・・・・・・っ、・・・・・・くぁっ・・・・・・っふぷ」

    などと、喉の奥からくぐもった喘ぎが漏れ出している気がする。これはこれは、大した意地っ張りだ。けど、その我慢がいつまで持つかな! 俺はターゲットをわき腹から膝の頭に変更! ゆで卵みたいにツルツルした剥き出しの膝頭に指を――

    「がー! いい加減にせんかぁ!!!!」
    「ゴブッ?!」
    後頭部にイオの肘が突き刺さり、衝撃で俺はイオの白い太ももに顔をめり込ませた。

    「貴様は、相馬! ワシが黙っていればいい気になって、どういうつもりだ! この、この、この!」
    イオは険の宿った声で喚くと、左手で俺の首根っこをひっ捕まえ、右手でガスガスと俺の頭を殴り始める。

    「ちょ、たんま! 痛い! 普通に痛い! てか後頭部はやめ、脳が、俺の脳が死ぬ!」
    俺はイオの太ももに顔を押し付けたまんまワタワタと暴れる。けど、やっぱりこの女は強い。華奢な細腕からは想像できない怪力を発揮し、俺を捕らえて離さない。

    「黙れ! 阿呆! おたんこなす!」
    あまり胸に響かない罵倒を一通り終えると、ようやく俺を開放した。
    「まったく、腹立たしい奴だ、貴様は!」

    シャー、シャーと。イオは猫みたいに尻尾の毛を逆立てて俺を威嚇する。
    「うるせぇ! お前が無視すんのが悪い!」
    俺は鼻血を拭いながらイオを指差す。ちなみに、顔は殴られてない。

    イオの反撃を予測し、俺は即座に身構えた。けど、予測に反し、イオは何も言い返してこない。それどころか、「ぐ・・・・・・むぅ」俺の方を睨みつつも、戸惑うように下唇を噛んで唸った。
    「なんだ? 言い返してこねぇのか?」

    困惑する俺に、イオは大きく肩をすくめ、溜息をついた。
    「確かに、無視をしていたワシが悪い。お前に当たっても仕方ない話だからな」
    「俺に当たる? なんだ、イオ? お前、俺の面倒見るのが嫌で怒ってたんじゃないのか?」

    「たわけが。ワシはそんな胸の小さな人間じゃない」
    イオは心外だと言う風に胸を張った。けど、どう見てもイオの胸はSサイズだし、そもそも胸じゃなくて器だろそこは。

    「戦争が始まる。ワシはそれが悔しくて、悲しくて、腹立たしくて、どうにもたまらんのだ」
    苦い物を吐き出すように、イオは言った。
    「・・・・・・別に、まだやるって決まったわけじゃないんだろ?」

    イオの顔があんまり無念そうで、俺はそんな気休めを口にした。嘘ってわけじゃない。実際、今日の会議の中では戦争をするとは決まってなかった。とはいえ、12月8日を開戦の目標にするとは言ってたけど。ちなみに、今日はこの世界の時間で11月5日らしい。

    「決まったも同じだ。大体にして、この国は戦争を欲してるんだからな」
    「戦争を、欲してる?」
    そんな馬鹿な、と俺は思った。

    「そんな馬鹿な、と言いたそうな顔だな」
    俺は思ってる事が顔に出やすいタイプらしい。
    「だってそうだろ。わざわざ戦争したがるなんて、俺には理解出来ないぜ」

    俺は戦争の事なんか全然知らないし、興味も無い。けど、明日から戦争しますって言われたら、絶対に嫌だって答えると思う。理由は・・・・・・すぐには出てこない。単純に怖いってのが大半かもしれない。そもそも、戦争したいと思う理由が俺にはわからない。理由がないから、したくないんだ。

    「ふっ・・・・・・お前はよほど恵まれた世界からやってきたようだな」
    乾いた笑みを浮べ、イオが言った。
    「ワシには、理解できる。だからなおさら悔しいのだ。悲しくて、腹立たしいのだ」

    「この世界はな、弱肉強食だ。弱い国は、強い国の食い物になる。弱い国は攻め込まれ、植民地になる。普通に生活していた者達がある日急に奴隷になり、親でも子でもない者の為に働かされる。そこそこ力のある国は、それ以上力をつけぬようこれ見よがしに圧力をかけられる」

    「例えば、強国は弱国にそれ以上領土を増やすなと言う。例えば、強国は弱国に自分達よりも軍艦を作るなと言う。例えば、強国は弱国に第三国と手を結ぶなと言う。例えば、強国は弱国の戦争相手を支援し、戦争を長引かせる」

    「なんだよそれ・・・・・・そんなの、横暴だろ!」
    「横暴だ。そして、横暴は強国の特権でもある。力とは、強さとは、そういうものだ。強いのだから、文句も言えぬ。強ければ、そんな横暴も押し通る。それが弱肉強食という事だろう」

    「だろうって・・・・・・なにすました顔で言ってんだよ! そんなの、悔しくねぇのかよ!」
    「悔しくないわけがあるか!」
    イオの一喝に、車体が震えた。

    「だから・・・・・・戦争なのか?」
    情けない話だった。数秒前まで、俺は戦争をやりたがるなんて間抜けのアホだと思ってた。それが今や、戦争するのも仕方ないのかもしれないと思ってる。

    「そう思ってる奴は少なくないな」
    イオは怒鳴った事を後悔するように、声のトーンを下げた。尻の横に置いた革のポーチに手を伸ばすと、そこから白い包み紙に入った丸い何かを二つ取り出す。

    「怒鳴って悪かった」
    バツが悪そうに言うと、イオは包みの片方を差し出す。
    「別にいいけど・・・・・・これは?」

    尋ねながら受け取る。卵形のそれは、卵よりもずっしりとした重さがある。
    「新型の爆弾だ」
    「は、はぁ!?」

    俺は死ぬ程ビビって腰を浮かせた。
    「阿呆。ただの饅頭だ」
    そんな俺を面白がるように言うと、イオは包みを解き、中から出てきた真っ白い饅頭をパクリと頬張った。

    ――――――

    イオの家についたのは夕暮れ頃だった。
    「ひゅ~」
    大げさに口笛を吹こうとするも、俺の唇からはかすれた吐息が抜けただけだ。

    「なんだそれは?」
    引き戸を開きながら、イオは不審そうに振り返った。
    「いや、でかい家だと思ってさ」

    縁側でスイカをかじったり、庭で花火をしたり、そんな光景が似合いそうな風流な日本家屋だった。
    「これでも海軍大将だからな」
    照れくさそうにはにかむイオに導かれ、俺は家の中に足を踏み入れた。


    一通り屋敷の中を案内された後。来客用の着流し(厚手の浴衣みたいな奴)に着替えた俺は、あてがわれた部屋でぼんやりとしていた。四角く切り取られた窓の向こうには、青白い月が静かに浮んでいた。長いようで短い一日だった。こうやって落ち着いて振り返ってみると、まだ長い夢を見ているんじゃないかって気になってくる。

    「・・・・・・相馬?」
    ふすまの向こうから、ささやく様な声でイオが呼んだ。
    「ん、なんだ」

    答えると、スッと、音もなくふすまが開いた。
    「まだ起きていたのか」
    呆れるような顔でイオが言う。

    俺は一瞬、イオの姿に見蕩れた。イオも着流しって奴に着替えていた。俺からすると男物の地味な柄で、露出度だって軍服の時よりずっと少ない。だけど、青白い月光に照らされたイオは・・・・・・
    「なんだ、ワシの顔に何かついてるか?」

    「ち、違う!」
    ハッとして、俺は大きな声を出す。それが余計に恥ずかしくて、何が恥ずかしいのか分からないけど恥ずかしくて、俺は慌てて話題をそらした。

    「眠れないんだよ。なんか、眼が冴えちまって」
    体は疲れているはずだった。今日一日のふざけた騒動のせいでくたくたのはずだ。だけど、不思議と眠くはなかった。車の中でイオに聞いた話のせいかもしれない。胸の中に何かモヤモヤした物が渦巻いていて、胸焼けみたいで気持ち悪い。

    「ふふっ」
    俺の答えを聞いて、イオは何故だか嬉しそうに笑みを漏らした。
    「ワシも眠れん。だから、ちょっと付き合え」


    「これって、将棋だよな」
    火鉢で暖められた畳張りの居間。イオが持ち出した玩具を指差して、俺は言った。
    「ん、お前の世界にも将棋があるのか?」

    「あぁ。つっても、俺の知ってる将棋と同じかは謎だけどな」
    「試してみれば分かるだろう。どうせ眠れんのだ、一局打つぞ」
    言いながら、イオはいそいそとちゃぶ台の上に将棋盤を広げる。

    「菓子を取ってくるから、コマを並べといてくれ」
    言いながら、イオは台所に向かった。余程将棋が好きなのか、細長い猫の尻尾が元気よく揺れている。

    「おい相馬、お前、茶はやるか?」
    飛車と角の位置関係に悩んでいると、台所からイオが聞く。
    「あぁ、頼むわ」

    この分だと、多分和菓子が出てくるんだろう。なら、当然お茶は必須だわな。だけど、茶を『やるか』って、なんだか妙な聞き方だ。
    程なくして、イオはカマボコみたいにスライスされた羊羹と湯のみ、急須の乗った盆を持って帰ってきた。

    「さてと、やるか。言っておくが、ワシは強いぞ、って、なんだこれは、飛車と角行が逆ではないか」
    「あ、やっぱり?」
    「はぁ、この分じゃ、あまり期待出来そうもないな。仕方ない、ハンデをつけてやるか」

    少しがっかりした感じで言うと、イオは自分の飛車と角をコマの入っていた箱に放り込んだ。
    「あん、いいよ別に」
    「たわけが。ワシを誰だと思っている。海軍大将にして連合艦隊司令長官の山本五十六だ。貴様のような素人相手では、飛車と角行の二枚落ちでも足りんくらいだ」

    得意げに言うと、イオは竹串で羊羹を突き刺し、ひょいと口の中に放り込む。
    「ん~、美味い!」
    満面の笑みを見せるイオ。対する俺は・・・・・・結構カチンときていた。

    「言いやがったこんにゃろう! 大将だか胡椒だか知らねぇが、俺だって生石高校のゲームマスターと恐れられた男だぜ。ぜってぇ、勝つ! ぎゃふんと言わせてやるぜ!」
    宣言すると、俺も羊羹を一つ頬張った。お、うめぇなこりゃ!

    かくして、俺とイオの将棋対決は幕を開けた。

    ――――――

    「王手だ」
    バチコーン! っと、快音を響かせてイオが桂馬を打つ。対局開始から20分、我が相馬キングダムは戦力の半分を捕虜に取られた。戦略的撤退を図った王と近衛兵は盤上の隅に追いやられ、絶体絶命の状態に陥っている・・・・・・

    「ぐぬぬ、むぐぐぐ・・・・・・」
    穴が開くほど盤を睨み、俺は考える。俺は負けず嫌いだ。一見して詰んでいるようにしか見えないが、どこかにまだ勝利に至る逃走経路があるはずなんだ!

    焦るな俺、落ち着くんだ俺。俺は四つ目の羊羹を放り込むと、冷たくなったお茶で胃に流し込んだ。
    「考えても無駄だ。詰みだからな。わっはっはっは!」
    「うるせぇ! まだわかんねぇだろ!」

    「ふふ、全く、負かし甲斐のある奴だ」
    もう勝った気でいるんだろう、イオは余裕たっぷりに言うと羊羹に手を・・・・・・っと、俺はそこでふと気付いた。ちゃぶ台の上に湯のみが一つしかなかったからだ。

    「お前、お茶飲まないのか?」
    「んぐっ!?」
    尋ねると、イオはあからさまに顔を引きつらせた。

    「どうした、俺、なんか変な事言ったか?」
    「べ、別に、そういうわけじゃない・・・・・・」
    嘘だと思った。答えるイオは、バツが悪そうに視線をそらしている。

    「・・・・・・何を隠してるんだ?」
    気になって、俺はイオの顔を見つめた。
    「う、む、ぐぬぅ・・・・・・」

    イオはなぜか顔を赤くして、やがて観念したように小さく唸った。
    「わ、ワシは、弱いのだ・・・・・・」
    「弱いって、何が?」

    「決まってるだろ!」
    分かりきった事聞くなと言う風にイオが言う。俺には、何の事だかさっぱりわからない。
    「だ、だから茶だ・・・・・・ワシは、あまり茶が飲めんのだ」

    「・・・・・・はぁ?」
    「ううぅ、悪いか! 世の中には、茶の飲めん軍人もいるんだ!」
    イオはトマトみたいに真っ赤になって主張する。

    イオは何か妙に意地になってるみたいだけど、俺には理由がさっぱりわからない。
    「だって、茶ってこの茶だろ? 飲めないって、そんな奴、いるか?」
    いるのかもしれない。アレルギーとか。でも、イオが言ってるのはそういうのとは違う感じがする。

    「う、ぐぬぅ、べ、別に全く飲めんわけではない! 貸せ!」
    言うが早いか、イオは俺の湯のみをひったくった。
    「いや、別に無理して飲めとは言ってないけど」

    「うるさい! 私は軍人だ! そんな風に舐められて引き下がれるか!」
    「別に舐めてねぇけど・・・・・・」
    てか、たかがお茶になに熱くなってるんだ?

    とにかく、イオはその気らしい。手元の湯のみを親の敵のように睨みつける。睨みつけて、睨み、睨んで、睨み続けた。
    「・・・・・・飲まないのか?」

    「飲む! 今飲むんだ! 黙ってろ!」
    イオの手が震える、眼が血走っている。まるで、注射を怖がる子供みたいだ。
    「なんか知らんが、無理しない方がいいぞ」

    そう言おうとした矢先、イオは初めて青汁を飲む奴みたいに、いかにも嫌々って顔で湯のみの中身を飲み干した。
    「く、う、ぁ、うぅ~っ」

    ビクビクと、イオは何かに耐えるように体を抱きしめ、小さく震えた。何かがおかしい。俺は直感的に思った。
    「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヒック」

    湯のみを飲み干した状態で固まっていたイオは、なんだか蕩けたような顔でしゃっくりをした。
    「ど、ヒック、ろーだ、そうま! わしは、ちゃお、ろんだりょ!」
    「・・・・・・お前、もしかして、酔っ払ってるのか?」

    「にゅかせ! かいぐんたいしゅーが、このていどのちゃで、ひっく、よってたまりゅか!」
    「駄目だ・・・・・・こいつ、完全に酔っ払ってやがる」
    俺は頭を抱えた。

    さっきまで生気に溢れていたイオの瞳は、今は夢見るようにとろんとしている。白い肌は桃色に紅潮して、凛とした居住まいは何処へやら、今は人間メトロノームよろしくゆっくりと左右に揺れている。
    「なんなんだ? もしかして、この世界の奴はお茶で酔っ払うのか!?」

    馬鹿みたいな話だけど、そう考えてみると筋が通る。茶を酒に置き換えてみれば、イオがむきになったのもなんとなく納得出来そうな話だ。
    「だからな、そーま! わしはかなしいのだ!」

    ふらふらとこちらにやって来たイオは、ドスンと俺の隣に座り、ベシベシと背中を叩きながら言った。
    絡み酒ならぬ絡み茶だ。まいったぜ、これは早々面倒な事になりそうな予感だぞ。
    「何がだからだ! てか、くっつきすぎだろ! おい、も、もたれかかるなって!」

    こいつは本当にお茶に弱いらしい。すっかり酔っ払った顔をして、べったりと俺の肩にしなだれかかってくる。客観的に見れば喜んでも良さそうなシチュエーションだが、何の心の準備も出来てない俺はただ慌てるだけだ。

    「うるひゃー! きさま、じょーかんにくちごたえしるにゃ!」
    バチン! イオは両手で思いっきり俺の頬を挟み、わっはっは! と高笑いを上げる。
    駄目だ・・・・・・勝てる気がしない! とりあえず、俺はおとなしく受身に回って様子を見る事にする。

    「わしはにゃ~! くやしいのだ! くやしくて、もう、ぷんぷんだぞ!」
    「あーそうか! そりゃ大変だ!」
    相馬流対人術その1、面倒な相手には逆らわず適当に調子を合わせろ、だ!

    「みんなな、わかっとらんのだ! ふけーきだとか、こくぐんのそんざいいぎがどうとかいってせんそうをしたがっとるが、ワシからいわせれば、どいつもこいつもおおばかものだ! そうおもうだろ、そーみゃ!」
    「あぁ、そうだな、そのとおりだ!」

    「うぅぅ、ひっぐ、ひっぐ、ふにゃあぁぁぁ! きさまは、わかってくれるか? そうかそうか・・・・・・」
    おいおい、笑い上戸の次は泣き上戸か?
    「せんそうはな、いまやこっかをあげたそーりょくせんだ。やるとなったらとことんまでやる。まけたらどうなる? やけのはらだ!」

    ・・・・・・もしかして、イオは車の中での話の続きをしているのかもしれない。
    「ぐんたいはな、せんそうをするためにあるのではにゃい! くにをまもるためにあるんにゃ! そうだろう? えぇ、そうま!」

    「お、おう」
    「うむ、わっはっは! おまえ、にゃかにゃかみこみがあるぞ、いせかいじん! ちゅまりだ、せんそうなんぞ、がいこうのしゅだんにすぎん! そのがいこうでくにをはめつのききにさらしゅなど、ほんまつてんとうだとはおもわんか? おもうだろう、おもうな、えぇ!」

    「お、おもう! そうだ! 本末転倒だ!」
    「そうにゃのだ・・・・・・クスン、だから、わしはいったんだ・・・・・・すたーずとせんそうしてもかてん、いちねんにねんはあばれられるだろうが、それだけだ」

    「このくにはあぶらがない。てつもない。ものをちゅくるのにひつよーなぶっしはみなすたーずからのゆにゅーにたよっとる! じこくのせいめいせんをにぎるくにとせんそーをしてどうする!」
    「・・・・・・だけどよ、だからこそ戦うんじゃないのか? このまま黙ってたら、相手のいいようにされちまうんだろ?」

    止せばいいのに、俺は言っちまった。これは俺の悪い癖だった。無難にやり過ごそうと思っても、納得できない事があるとつい口に出しちまう。
    案の定、イオの目がギラリと光った。

    「だからきさまはあほなのにゃ~!」
    うがー、と両手をあげて叫ぶイオ。近所迷惑だっつの!
    「な、なんでだよ!」

    こうなったらやけだ。俺も、とことんまでこいつの絡み茶に付き合う事にする。
    「せんそうだけがたたかうしゅだんではない! くにをまもるためにくにをはめつのききにさらしてどうする! まければぜんぶうしなうのだ! かてぬとわかっているいくさなどばくちですらない、じさつこういというにゃ!」

    「・・・・・・そりゃ、そうかもしれねぇけど」
    俺は言い返せない。簡単な話じゃないんだ、きっと。俺みたいな馬鹿が言い返せるような簡単な話じゃない。

    「・・・・・・でも、やるんだろ、戦争を」
    「あ~。せんそーになるな。なってしまう」

    「・・・・・・どうすんだよ」
    「どうにかする! それがわしの、かいぐんたいしょー、やまもといひょろくのせきむにゃ~!」
    意気込むと、イオは俺の肩に手をかけて、バッと立ち上がった。

    「せーよーれっきょうなにするものぞ! かいぐんたいしょーやまもといそろくのなにかけて、このくにはぜったいにまもりとーしてみへる!」
    拳を突き上げて高らかに宣言すると、イオは突然糸が切れたように崩れ落ちた。

    「うぉい!?」
    慌てて抱きとめると、
    「くー・・・・・・すー・・・・・・ぴー・・・・・・」

    腕の中で、イオは安らかに寝息を立てていた。
    「・・・・・・なんだか、こいつも色々大変なんだな」
    当たり前だ。大変じゃないわけがない。戦争するって事になって、こいつも色々胸に溜めてた事があったんだろう。

    酔いつぶれたイオを寝室に寝かせると、俺も自室戻り、倒れるように布団に横になった。
    降り注ぐ睡魔に押しつぶされながら、頑張ろうと思った。
    何を、どんなふうに、そんな事はわからないけど、とにかく頑張ろうと思った。

    ――――――

    「・・・・・・あー・・・・・・うー・・・・・・」
    立派な机にへばりついて苦悶の声をあげるイオは、夏のアスファルトに焼かれたカエルみたいだ。
    「大丈夫か?」

    「ワシをみくびるな! このくらいなんでも、うっぐっ」
    心配して声をかけると、イオは虚勢を張って見せるが、よほど二日酔いが酷いんだろう、すぐに顔をしかめ、もとの潰れカエル状態に戻った。

    翌日。海軍省なる建物にあるイオの執務室での事だった。
    俺は間に合わせで用意された男物の軍服を着て、秘書みたいにイオの隣に突っ立っている。特殊な存在であり、なおかつこの国の人間じゃない俺は、普通の軍人とは別枠で、ミチの直属の部下として山本の下についているって事になってるらしい。

    よくわからんが、多分派遣社員みたいなもんだろう。俺の本来の人事権はミチにあるけど、実際にどうこう指示を出すのはイオって事になるらしい。その辺の手続きやら関係やらは正直どうでもいいし興味もない。とりあえず、俺の当面の役割と言えば・・・・・・

    「うー、ぎもぢわるい・・・・・・相馬、水!」
    「へいへい」
    「へいは一回!」

    へいでいいのかよ・・・・・・などと思いつつ、俺は水差しからコップに水をそそぎ、ぐったりするイオの横に置いてやる。これが当面の俺の役割。さっきは秘書みたいにと言ったが、実質パシリと大差ない存在だ。とはいえ、軍隊の事なんかさっぱりわからん俺だ。いきなり軍人の真似事をしろと言われるくらいなら、パシリの方が気が楽でいい。実際、学校で生徒会長をしてた時もパシリみたいなもんだったしな。

    「ご苦労、ぐびぐびぐび、っぷぁ~。染み渡るっ!」
    酒飲みのおっさんかよお前は。
    「誰がおっさんだ」
    「うぉっ!? 人の心を読むなよ!」

    「ふふ、海軍大将足る者、相手の顔色から心境の一つも読めんでどうす、うっぷっ」
    ドヤるか二日酔いで苦しむかどっちかにしとけ。
    「う、うるさい! お前が飲めぬ茶を飲ますのが悪いんだ!」

    再び心を読んでイオ。
    「へいへい、大将様の言う通りですだよ」
    俺は適当に頷いて流す。

    「ふふん、分かればいいんだ、分かれば」
    満足そうに頷くと、イオは突然切り出した。
    「時に相馬、お前、口は堅いか?」

    「なんだよ、藪から棒に」
    「いいから答えろ。堅いか、堅くないか、どっちだ!」
    「あー。自分で言うと胡散臭ぇけど、堅いと思うぜ」

    「よし、お前を信じる。今後、もし軍事機密を漏らしたら、問答無用で銃殺刑だからそのつもりでいろよ」
    「銃殺刑って、マジかよ・・・・・・」
    「当然だ。情報の機密性は作戦の生命線だからな」

    本当に、当然だって顔でイオが言う。俺はなんだか空恐ろしい気持ちになる。でも、それは一瞬だけだった。
    「ま、余計な事言わなきゃいいだけか」

    「そういう事だ。それさえ守れれば、あとはとやかく言うつもりもない」
    「おう」
    俺は頷き、試すような口調でイオに尋ねた。

    「それで、このタイミングでそれを言うって事は、なんかやらされるのか?」
    「・・・・・・ほぅ」
    図星だったらしく、イオは面白そうに口元で笑みを作った。

    「お前はどっかの悪役かよ」
    「わっはっは、戦争に負ければそうなる! なんせワシは連合艦隊司令長官だからな。勝てば官軍、失敗したら逆賊の悪人だ」
    ゾッとするような事を平気で言うと、イオは壁の時計に視線を送った。

    「そろそろだな。3、2、1」
    コンコンコン。
    イオのカウントダウンを見計らったように、誰かが扉をノックした。

    「南雲(なぐも)です」
    「おう、入れ」
    短いやり取りの後、扉が開く。

    現れたのは・・・・・・なんだかコギャルみたいな奴だった。明るい茶髪のセミロング、頭にはふんわりとした狐色の三角耳が生え出し、尻の辺りには毛並みの良い大きな尻尾が・・・・・・って、ああ、なるほど。狐色っていうか、まんま狐なのか、こいつは。

    なんだか気難しそうな奴だ。直感的に俺はそう思った。第一、表情からしてこいつは何か近づき難い感じがある。ロボットみたいに無表情だったエイとは違う。こいつの顔には反抗期の子供みたいにどこかすねた感じがあった。

    南雲はイオの前に立つと、一瞬、酷く挑戦的で、なおかつ蛆虫でも見るような冷たい視線を俺に投げつけた。おっかねぇ奴だ。なんかしらんが、早速目の敵にされてる気がする。ま、俺は降って沸いた部外者みたいなもんだ。こういう扱いをされるだろうってのは多少なりとも覚悟の上さ。

    「この方が例の神様ですか」
    どこか馬鹿にしたような調子で南雲が尋ねる。
    「はは。その言い方は、まるで信じていないという感じだな?」

    「そういうわけじゃ・・・・・・」
    「いい。ワシもそうだった。実際、こいつは神様ではないらしいからな」
    気さくに言うと、イオは俺に目配せをした。自己紹介しろって事らしい。

    「あー、天明相馬だ。相馬でいいぞ」
    俺も、とりあえずフランクさを装って右手を差し出す。
    「・・・・・・第一航空艦隊司令長官、海軍中将、南雲忠一(ナグモ チュウイチ)よ」

    ナグモは素っ気なく言うと、俺が差し出した手を無視してイオに向き直った。
    「それで、山本長官。神様じゃないんなら、こいつは一体何者なんですか」
    ・・・・・・感じ悪ぃ!

    「うむ。なんでもこいつは、ワシらの世界とよく似た別の世界、レバニラワールドとかいう所から来たらしい」
    なんだその美味そうな世界は。

    「レバニラワールド、ですか?」
    ナグモは怪訝そうに小首を傾げた。俺はちょっとムカっ腹が立ったし、面白いからこのままにしておく事にする。

    「詳しくはワシも分からん。こいつ自身、どういう事なのかよくわかってないらしい」
    「・・・・・・そう言われても、あたしだってわかりませんけど」
    愚痴るような調子でナグモが言う。

    「あーつまりだ、簡単に説明するとだな――」
    俺はミチ達に説明したような感じでナグモに説明した。俺の住んでる世界がこの世界と瓜二つな事。俺の世界はそこからさらに数十年進んでる事。俺の世界では過去にこの世界が直面してるような戦争があって、俺の住んでる国は負けたんだって事。

    「そんな・・・・・・あたしには信じられません」
    「だが、ミカド様は信じておられる。それに、こいつがワシらと違うのも確かだ。相馬、ナグモに尻を――」
    「見せねぇよ! この世界、どんだけ尻見せがカジュアルなんだよ!」

    変わりに俺はナグモに向かって頭を下げる。
    「こっちでいいだろ。ほら、俺はお前等みたいな耳は生えてねぇんだ」
    「・・・・・・確かに、そうみたいね」

    少しだけ不思議そうに言うと、ナグモはイオに向き直った。
    「それで長官。あたしに用って言うのはなんなんですか? まさか、こいつを紹介する為に呼びつけたわけじゃないですよね」

    「あぁ。二、三日、お前にこいつを預かって貰いたい」
    「「はぁ!?」」
    俺とナグモが綺麗にハモった。

    「おいイオ! どういう事だよ!」
    「納得できません! 理由を説明してください!」
    「ああ、うるさい! ワシは二日酔いなんだ! 大声を出すんじゃない!」

    「そうせっつかなくても、理由なら今からちゃんと説明してやる。第一に、これはミカド様の御意志だ。ミカド様が考えるに、相馬はワシ等の世界に良く似た未来から来た可能性がある。何故かはわからん。ワシにも、相馬にもだ。だが、ミカド様はこれこそが皇国を守護する神の導きだとお考えだ」

    「・・・・・・だからって、なんであたしがこいつの世話をしないといけないんですか」
    ナグモの視線が俺に突き刺さる。まるで、牛乳を拭いて臭くなったカビカビ雑巾を見るような目だ。

    「ミカド様はな、未来から来たこいつは、この戦争を左右する重大な何かを知っているか気付くかもしれないと、そうお考えなのだ」
    「何かって、なんですか」

    「ワシが知るか。だが、こいつが変わり者なのは事実だ。ワシ等の知らん事を知ってるようだし、とりあえず色々経験させて様子を見る。何か得られればめっけものだし、何にもならなくても、小間使いぐらいにはなる。どの道、国民には救いの神という事で発表してしまった。何かさせんわけにはいかんだろう」

    「だからって、なんであたしなんですか!」
    よほど嫌なのだろう、ナグモは犬歯を剥き出しにして食い下がる。
    「お前がブラスハーバー攻撃作戦の指揮をとるからだ」

    「長官っ!?」
    ギョッとして、ナグモが叫ぶ。
    多分だけど、そのブラスハーバー攻撃作戦ってのが、イオが俺に念を押した軍事機密って奴なんだろう。

    「心配するな。こいつは口が堅いと言ってる」
    「だからって・・・・・・こんな、どこの馬の骨とも知れない奴に最重要機密を漏らすなんて!」
    「ミカド様のお墨付きがある。万が一の責任はワシが負うし、お前は普段通りやればいい」

    「・・・・・・くっ、勝手なんだから」
    イオには届かない大きさで、ナグモは呻いた。
    「まぁ、そう嫌がるな。お前だけに頼むわけじゃない。井上と近藤にも声をかけてある」

    「なぁ、ナグモ。頼まれてくれんか?」
    座ったままの格好でイオ、それを見下ろすナグモ。薄く笑みを浮かべたイオ、怒を堪えた顔で睨みつけるナグモ。二人は暫く見詰め合っていた。

    「・・・・・・やるしかないんでしょ」
    意外と言うべきか、当然と見るべきか、折れたのはナグモだった。
    「お前には苦労ばかりかけるな」

    「そう思うなら、今からでも撤回してください」
    「わっはっは、それは出来ん相談だ」
    イオは笑って誤魔化すと、

    「そういう事だ。仲良くやるんだぞ」
    イオは俺に向かってパチリとウィンクを飛ばした。


    つづく。


    ―――――――――――――――
    七星十々 著
    イラスト ゆく

    企画 こたつねこ
    配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp
    ―――――――――――――――

    この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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