ふとRSSリーダーを見返してみると、ここは面白い!と思ったブログが軒並み更新ストップしていました。ホントに、続けられる人は少ないですね…。
情熱が足りない
そういうブログには何が足りないのか。それはもう一言、「情熱」です。
まずは、「書くこと」それ自体に対する飽くなき情熱。
そして、自分が扱う「テーマ」に対する情熱。このふたつが不在だと、ブログは自然消滅に向かいます。
ブログが消えていく理由として大きいのは、テーマに対する情熱が長持ちしにくい、という事情があります。
たとえばこのブログも、2009年の夏に始めたときは「ソーシャルメディアマーケティング」が、ぼくにとって情熱を抱けるテーマでした。しかし、ソーシャルメディアが当たり前となった今となっては、かつてと同じような情熱で記事を執筆することは不可能です。
2010年頃には、スタートアップのニュースを扱うことに、情熱を感じていました。しかし、それも競合のサイトが多く出てきて、すぐに冷めてしまいました。
今は書籍の紹介に情熱を感じて更新していますが、これもいつまで持つかわかりません。人にもよりますが、テーマへの情熱というのは、得てして変遷していくものだと感じます。
テーマへの情熱は冷めやすい。しかし、「書くこと」それ自体への情熱というのは、比較的冷めにくいものです。書き続けることができるブロガー、ライターの方々は、得てしてこちらの情熱が凄まじいのです。
ブログに限っていえば、「『書くこと』に対する情熱」というのは、「『ブログを運営すること』に対する情熱」と表現した方がわかりやすいでしょう。こういう情熱の構造を持っている人は、当たり前ながら、ブログを止めることはありません。
ブログ運営における情熱の構造は3層に分かれている、と整理することもできます。
①もっとも表面的なレイヤーが「テーマに対する情熱」。
②次の中間的なレイヤーが「ブログ運営に対する情熱」。
③さらに根本的なレイヤーが「書くことに対する情熱」。
ブログが続かない人は、だいたい①のレイヤーで終わっている人です。または、①と③の情熱があっても、ブログ運営に対する情熱が不在であるという場合もあります。
自分の身を振り返って書いているので当たり前ですが、ぼくの場合は、この三つの情熱を兼ね備えています。書くことも、ブログを運営することも、テーマについても、情熱を持ちつづけることができています。ゆえに、毎日淡々と更新を続けられるのです。
この情熱の構造は、たとえば企業としてブログメディアを立ち上げる際にも、重要視すべきです。関わるスタッフたちがどのような情熱の構造を持っているのかを見抜き、それを踏まえた上で、仕事を任せるようにすると、成功確率が上がるはずです。
情熱の構造を見誤ってしますと、まぁ、消えていくことになるでしょう。ちょいと口汚いことを言いますが、今はやりの企業ブログの大半は、情熱が欠けているので長続きしないと思われます。主観的ですが、サイボウズ式なんかは妙な情熱を感じるので長続きしそうですけどね。
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ブログを書いているみなさんは、どういった情熱を持っていますか?ぜひ考えてみてください。
6月に出版したこちらの作品の中でも、情熱について書いています。ブログは情熱だあああ!とターザンさん風に。