9/5 19:00- ニコ生朗読6放送!
http://live.nicovideo.jp/watch/lv147847455
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影人間のフォークロア
case.1 「タンドゥーマの悪魔 3」
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「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ただいま、僕の可愛いメイドさん」
四十五度の角度で礼をするマリアに向け、エイジはにこやかに両手を広げた。
マリアは普段着のドレスではなく、ゴシックな雰囲気のメイド服を着用している。
「エイジ君! おかえりなさ~い!」
飛びついたのは、猫耳をつけたメイド服の少女だった。幼い容姿をしていて、見た感じは小学生の高学年くらい。癖の強いショートヘアが三色の縞模様に染められている。無邪気さを絵にしたような顔で、左右の瞳の色が違う。右の目は黄色味がかっており、左は青い。
「やぁ、ミケ」
片手を上げて挨拶をする。
彼女はここ、マリアビル三階のメイド喫茶、サンクチュアリの従業員だ。
ワインレッドの壁紙、電気仕掛けのシャンデリアにビロード張りの椅子とチェックの床。サンクチュアリの店内は、マリアの趣味でゴシック調に統一してある。とはいえ、あちこちに張ってあるアニメキャラのポスターのせいで折角の雰囲気も台無しだったが。
「珍しいね。マリアが直接接客をするなんて。普段は奥の席で高値の花を気取ってるのに」
「うん! 今日は暇だったから、罰ゲームをかけてオーナーと一勝負してたんだよ!」
ミケが指差したのは、店の一角に設けられたゲームコーナーだ。
「それでミケが勝って、マリアが表に出てきてると」
「さっすがエイジ君。ご明察!」
「ところで、マリアはどうしたのかな? さっきから下を向いたまま、怒ったように肩を震わせているようだけど」
「きっと照れてるんじゃないかな!」
不意に、マリアは勢いよく顔を上げた。
「馬鹿な事を言うもんじゃないわ、ミケ。」
ミケの頬を餅のように抓んでマリアが言う。
「わたしはね、ミケ。自分の食い扶持もまともに稼げない甲斐性なしのみすぼらしい足元を哀れんでいただけよ」
「確かに、僕の足元はみすぼらしい」
壊れかけのスリッパに指差され、エイジははにかんだ笑いを浮かべた。
「エイジ君、靴、ど~したの~?」
ミケは、子供向けの教育番組の出演者のように大げさに驚いて見せた。
「仕事でね。聞き込みの為に学校に行ってたんだ」
「それで、うっかりしてスリッパのまま帰ってきたってわけ? まったくエイジらしい。救いようのないマヌケね」
「うん! 外で酔い潰れた時のマリアみたい――にゅ!?」
マリアはミケの顔を両手で挟んだ。
「ミケ、ミケ? 誰が飼い主か、よーく考えてから喋った方がいいわよ」
「やー! 許して、マリアー!」
「全く、二人を見ていると退屈しないね」
マリアがこちらを向いたので、エイジは顔を背けた。
「先生に見つかってね。逃げてきたんだ。靴は、その内みっちょんが届けてくれるはずさ」
「みっちょん? 誰? 女の子?」
目ざとくミケが食いつく。猫耳が探るように小刻みに震えた。
「依頼人さ。女子高生だ」
「可愛いの? ねぇ、エイジ君。そのこ、可愛いの?」
ミケがエイジの足にすがりつく。
「世間一般で言うと、可愛いだろうね」
「えー! ミケは? ミケは~!」
「可愛いよ。ミケはここのアイドルだからね」
エイジに頭を撫でられて、ミケは機嫌を直したようだった。
「わーい! マリア~! ミケ、可愛いって~!」
「そう。よかったわね」
「マリアも可愛いよ。君は、僕にとっての特別だ」
エイジは手でピストルを作り、マリアの心臓を撃った。
マリアは裸で北極に放り出されたかのように自分の体を抱きかかえて震えた。
「最低。最悪。悪趣味。土下座するから死んでくれないかしら」
「わーい! マリアが照れてるー!」
「・・・・・・ミケ。あなた、晩御飯抜き」
「えぇ~! なんで~! ミケは本当の事言っただけなのに!」
「それ以上言うと未来永劫ご飯抜きにするわよ」
「やだ~、やだやだやだ~!」
「微笑ましい所悪いんだけど、奥のパソコンを貸してもらえるかな?」
「い~よ~!」
元気良くミケ。
「勝手に答えないで。パソコンコーナーはわたしのテリトリーよ」
「いーじゃん。どうせマリア、ゲームしたりまとめサイト見たりコスプレ写真加工するだけなんだから」
「言いがかりは止めて頂戴。わたしは経営者として、ナウなヤングの流行を日々調べているの」
「なうなやんぐ?」
「大昔に流行った言葉だよ」
小首を傾げるミケに、エイジはこっそりと説明してやった。
「で、パソコンは貸して貰えるのかな?」
「いいわよ。ちゃんとお金を払ってくれればね」
「一時間三万え~ん! 指名料は別になっておりま~す!」
満面の笑みでミケが三本指を立てる。
「前から思ってたんだけど、ここの料金設定は色々と間違ってないかな」
「みゅ?」
っと、ミケが首を傾げる。
「ツケにしといてくれ」
苦い笑みで、エイジは奥のパソコンコーナーへと移動した。
パソコンを立ち上げると、乙原に教えてもらった黙示録の掲示板を開く。改めて書き込みの内容を調べると、リンクが張られている事に気づく。開いて見ると、そこには発見者が撮影したのだろう、被害者の遺体や死亡現場が上げられていた。
「エイジ君エイジ君、なに見てるの~?」
「見ないほうがいいよ」
後ろから顔を出すミケにエイジが言う。
「へーきだもん。ミケだって、死体くらい見慣れてるんだから」
「こんな物を見ていると、いつまでたっても普通の人間になれないよ?」
「ぶー。エイジ君は見てるじゃん」
「僕は仕事だからね」
「どっちの?」
「普通じゃない方」
「救えそう?」
「・・・・・・どうだろうね」
一瞬、エイジの笑みが強張る。
「ミケ。エイジの邪魔してないであなたも働きなさい。お客よ」
「は~い! じゃ、エイジ君もがんばってね!」
ミケはエイジの頬にキスをすると、とてとてと入り口の方に走って行った。
「あ~、組長! お久しぶり~!」
どうやら客は、亜神市に巣食うヤのつく自由業の方らしい。
エイジは書き込みの内容をくまなくチェックすると、パソコンの電源を落とした。
「明日は、男里ちゃんに会いに行かなきゃな」
†
翌日、エイジは早起きをした。本日は黙示録のサイトを管理していると思われる男里女々(おのざと めめ)聞き込みを行うつもりだが、今日は祝日で学校が休みだった。男里と入れ違いにならぬよう、早朝から彼女の自宅の近くで張り込むつもりだった。
住所は昨日、学校内で手に入れた名簿で調べがついている。
手早く支度を済ませると、エイジは腕時計を見た。
時刻は七時前。男里の家はここから車で三十分程度の場所にある。
朝食を取って行こうかエイジは迷った。この時間なら、マリア達はまだ寝ている。下のメイド喫茶に忍び込めば、食べ放題のバイキングだ。
「惹かれるけどね。今日の所は真面目に働いておこうか」
次の犠牲者が出る前に手を打つ必要がある。暢気にしている暇はなかった。
机の引き出しから拳銃を取り出し、脇のホルスターに吊る。使うつもりはないが、転ばぬ先の杖といった所だ。
と、不意に控えめなノックの音が響いた。
マリアか? そんな思いを一瞬で打ち消す。彼女は事務所に入るのにいちいちノックなどしない。
「どうぞ」
扉が開く。
現れたのは次木三千子だった。
「みっちょん? こんな朝早くから靴を届けに来てくれた・・・・・・わけじゃないみたいだね」
三千子の顔を見て、エイジの中で嫌な予感が膨れ上がった。
彼女は亡霊のような顔をしていた。虚ろで、悲しげ。今にも振り出しそうな曇天の空を思わせる。
「何か、あったのかい?」
我ながら白々しく思いつつ、エイジは尋ねた。
「・・・・・・甲が・・・・・・乙原甲が、死んだの」
エイジは絶句しなかった。
三千子の顔を見た時から、そんな気がしていたのだ。
「昨日の夜、甲のママから電話があったの。甲が来てないかって。あたしは来てないって答えたわ。甲ってよく親に黙って友達の家に泊まりに行ってたから。今回もどうせそうだって。でも、朝になったら、甲のママからまた電話があったの。甲が学校の近くの路地で轢かれたって。即死で、犯人は捕まってないって。これって、そういう事でしょ?」
二人の間に沈黙が覆いかぶさる。エイジは意志力でそれを跳ね除けた。
「みっちょん。とにかく、落ち着いて――」
「タンドゥーマの悪魔は実在するのよ」
沈黙もエイジの声も切り裂いて、三千子が言った。
三千子の瞳がエイジを見る。満月のように見開かれた瞳は、どこにも焦点があっていない。小刻みに震え、涙が滲んでいる。目の周りが赤く腫れぼったいのは、既に散々泣きはらしたからだろう。
「甲が死んだって聞いた後、あたし、怖くなって見てみたの。黙示録の掲示板には・・・・・・新しい削除書き込みが二つ並んでた・・・・・・」
三千子は体をくの字に折り、自分の体を抱きしめた。三千子の目はエイジを見ていなかった。ただ、怯えだけを映して、不安げに視線を彷徨わせている。
「あたしのせいだ・・・・・・あたしのせいで甲が死んだ・・・・・・なんで? どうして? こんなはずじゃなかったのに!」
「みっちょん!」
エイジが叫んだ。
「落ち着いて。落ち着くんだ。それはみっちょんのせいじゃない」
「タンドゥーマの悪魔がやったから? だからあたしのせいじゃないっていうの?」
「そうじゃない。そうじゃないんだ。昨日言ったじゃないか。タンドゥーマの悪魔なんて存在しない。そんなのはただの噂だって」
「でも、現に甲は死んだじゃない!」
「殺されたんだ。誰かに。それが事故か故意かは分からない。とにかく、誰かが甲ちゃんをひき殺した。そして、それを見ていた誰かが黙示録の掲示板に書き込みをした。それだけだ」
「そんなわけないじゃない! 削除された書き込みは、甲が殺される前の物なのよ!」
「君は、削除される前の書き込みを見たのかな? 噂にある、タンドゥーマの悪魔に対する復讐依頼とやらを」
「それは・・・・・・見てないけど・・・・・・」
「なら、乙原ちゃんを殺してから、誰かが適当な書き込みを消したんだ」
「でも、今までの事件は確かに報復依頼の書き込みがあったって!」
「君が見たいのかい?」
「あ、あたしは・・・・・・見てないけど・・・・・・見たって人が居るって・・・・・・」
「そうだろうさ。見た、聞いた、そんな風に言う友人を知っている。そんな人間は沢山居るのに、本当に見た人は何処にもいない。噂なんて、そんなものだ」
「じゃあ、エイジはこれも偶然だっていうの?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。誰かが裏で糸を引いていて、故意に彼女を殺した可能性はある。けど、その誰かは、人間だ。タンドゥーマの悪魔なんて荒唐無稽な存在じゃない」
エイジは三千子の瞳を見つめた。
「いいかいみっちょん。闇に魅入られちゃ駄目だ。噂に踊らされ、現実から目を背けたら、永遠に事実にはたどり着けない。分かり切った事じゃないか。暗闇が勝手に人を殺したりはしない。それは恐ろしいけれど、ただそこにあるだけの、無力な幻影さ」
三千子の手を握り、その瞳に強く訴えかける。
「・・・・・・あたしには・・・・・・そうは思えない」
三千子が顔を背ける。
「とにかく、落ち着く事だ。今のみっちょんは冷静じゃない」
エイジは携帯電話を取り出し、マリアにコールした。
寝ている所を起こされ、不機嫌になったマリアを宥めすかすと、一連の事情を説明する。
「マリアを呼んだ。すぐに来るから、それまでここで休むといい。こういっちゃなんだけど、今の君は酷い顔をしているよ」
「エイジ・・・・・・あたし・・・・・・」
エイジは人差し指を立てた。
「みっちょんは考えすぎだ。考えるのは、探偵である僕の仕事さ。解決するのもね。君は依頼人らしく、どっかり腰を落ち着けて、吉報を待っていてくれ」
励ますように、エイジは笑いかける。
「もういかないと。これから、男里ちゃんに聞き込みをしにいく。この分だと、聞き込みだけで終わりそうもないけどね」
三千子をソファーに座らせると、エイジは扉へと向かった。
「エイジ・・・・・・」
不安そうな顔で三千子が呼ぶ。
「信じて待っててくれ。僕は、有能な探偵だよ」
頷く代わりに、三千子は一度だけ瞬きをした。
†
男里女々の家は、平凡な住宅街にある平凡な一軒家だった。
かれこれ十時間。エイジは男里の家の前の路地に車を止め、張り込みを行っていた。
生憎、男里家には女々以外にも人が居るようだった。父親はどこかに出かけたが、母親はまだ残っている。母親が外出するか、彼女が一人で出て来た所を捕まえるつもりだ。
エイジは半分程燃え尽きたタバコをぱんぱんになった吸殻入れに捻じ込み、携帯を取り出し。
連絡先はマリアだった。
「やぁマリア。みっちょんの調子はどう?」
「随分落ち着いたわ。今は、下の店を手伝って貰ってる。誰かと話してる方が気が紛れるでしょ」
「メイド服姿のみっちょんか。それはちょっと、見てみたいね」
「指名料は一万円よ」
「ぼったくりで摘発されないか、僕は心配だよ」
電話の向こうでマリアが鼻で笑う。
と、不意に男里の家の扉が開いた。母親らしき中年の女性が現れ、ママチャリに乗って出かけて行く。
「動きがあった。みっちょんの事、よろしく頼むよ」
電話を切ると、エイジは男里家の番号をプッシュする。
「NNT代理店ヒカリフラッシュの山田と申します。本日は新しくなった光回線のご案内でお電話させていただきました。はい、そうですか。保護者の方は何時頃お帰りになられますか? はい。それでは、後日改めてお電話させて頂きます」
そうやって家に女々しかいない事を確認すると、エイジは甲虫めいた愛車から降りた。
夕暮れ時、通りには夕飯だろう様々な匂いが立ち込めている。
エイジは硬くなった肩をほぐすと、男里家のインターホンを押した。
「はい。どちら様ですか?」
「シロヌコ宅急便です」
「今行きます」
インターホンが切れると、扉の向こうからぱたぱたと男里の軽い足音が聞こえる。
「はいーーっ!?」
ドアを開けた瞬間、男里の顔が引きつった。咄嗟に男里はドアを閉めようとするが、その前にエイジはつま先をねじ込み、強引に扉を開くと、手早く内側に入り込んだ。
「ちょ、な、なんなんですか! け、け、けけけっ」
男里は本気で怯えているようだった。腰が抜けかけたのか、中腰になって後ずさる。悲鳴を上げようとするが、喉が震えて声が出せないらしい。
エイジは後ろ手に鍵をすると、男里の手を取って胸元に引き寄せ、半開きの口に自分の携帯電話を突っ込んだ。
「昨日ぶりだね、男里女々ちゃん。僕は私立探偵で、君に聞きたい事がある。君が大人しくしてくれるなら、僕は一切の危害を加えない。だけど、大人しくないのなら、僕は君に酷い事をするよ」
「んー! んー! んー!」
腕の中で男里が暴れる。エイジはそれが全くの無駄な抵抗だと男里が理解するまで、彼女を腕の中で捕まえていた。程無くして、男里は静かに泣き始めた。
「すまないと思っているよ。女の子を脅すのは、まったくもって趣味じゃない。だけど、君はこんな目に合うだけの事をしているんだ。自覚はあるかい? ないとしたら、君はあまりに向こう見ずで命知らずだ」
静かに、語りかける。
「君の部屋に案内してくれ。少し、長話になるからね」
男里を離す。彼女は一瞬転びかけるが、なんとか持ち直して、エイジに向き直った。背を曲げて、上目遣いでおどおどとエイジを見上げる様は、随分と卑屈に見える。
「そんな目で見ないでくれ。僕は殺人鬼でも、強盗でもない」
エイジの言葉は、余計に男里を怯えさせたようだった。
「こ、こっちです。い、言う事聞きますから、ら、乱暴、しないで」
エイジは、微笑みで返事をした。
「ひぃっ」
男里が小さく悲鳴を上げ、
「ここ、こっち、こっちです」
男里の後ろについて階段を上る。移動する間、男里は後ろから刺されでもするかのように、ちらちらとエイジを覗き見た。
大富豪のお屋敷というわけでもない。すぐに彼女の部屋に着く。
「あ、あの。掃除してなくて・・・・・・」
メメと書かれたプレートの前で男里が言う。
「お構いなく。僕は招かれざる客だからね。歓迎は期待してない」
男里は迷った様子を見せるが、やがて決意したように自室の扉を開いた。
どうという事のない部屋だ。勉強机があり、ベッドがあり、アイドルのポスターが貼られ、つまるところ、ありきたりな部屋だ。
「さっきも言ったように、僕は私立探偵だ。ある人物の依頼で、君の学校で起きている連続怪死事件について調査している」
男里を勉強机の椅子に座らせると、エイジが言った。
「・・・・・・なんで、私なんですか? 私は、何も知りません。何も、関係ありません」
「ふ~ん」
エイジは本棚を眺めていた。流行の漫画、恋愛小説、アニメ雑誌、それらに混じって、オカルト系の本が少なくない数混じっている。
「僕は、君が一連の事件の鍵を握る重要な人物だと思っているんだけどね」
振り向いて、エイジは尋ねた。
「タンドゥーマの悪魔の噂を知っているかな?」
「知りません」
俯いたまま、男里が答える。
「まぁ、否定するよね。君としては」
エイジは頭を掻くと、
「順番を変えようか。男里ちゃん。君は、黙示録というサイトの管理人だね?」
「・・・・・・違います。そんなサイト、聞いた事もありません」
「そう。じゃあ、調べてみようか」
エイジは勉強机に置かれたノートパソコンを開いた。
「っ! か、勝手に、触らないで下さい!」
「ごめんごめん。僕とした事が、デリカシーにかけていた。男里ちゃん。君のパソコンを見せてもらってもいいかな?」
「・・・・・・いやです」
「どうして、と尋ねるのは無駄なんだよね。君はプライバシーを主張する。だけど、こっちとしては、そんな事を気にしていられない。もう、随分と人が死んでいるからね。君が自分で操作してくれると助かるんだけど、僕には君が隠し事をしているかどうか分からない。これはつまり、ジレンマって奴だ」
おどけた仕草で両手を広げる。
エイジはにっこりと、男里に笑いかけた。
「僕はね、男里ちゃん。こいつを持って帰って、家でピザでも食べながらゆっくり調べたっていいんだよ?」
嬉々とする口元の上で、全く笑っていないエイジの瞳を見て、男里は目をそらした。彼女の閉じた膝が、小さく震えている。
「男里ちゃん。僕は、君が管理人だと断定している。違う可能性もなくはないけれど、そんなのは、調べれば分かる事だ。僕に二度手間を取らせる気なら、次に合う時はもう少し乱暴な出会いになる。これは脅しだ。脅しっていうのはね、ちゃんと実行するから、脅しになるんだよ?」
「す、すみません! わ、私が管理人です!」
裏返った声で男里が叫んだ。
「良い子だ。それじゃあ男里ちゃん。君にお願いがある。僕の目の前で、黙示録のサイトを閉鎖してくれ」
男里が目を見開いた。
「ど、どうして、ですか?」
「どうしてと聞くのかい? そんなのは、言うまでもない事だと思うけど」
「・・・・・・だって、おかしいです。学校で人が死ぬのと、私のサイトと、何が関係あるんですか?」
「大有りさ。君のサイトの掲示板には、怪物が住んでいる。怪物の名は、タンドゥーマの悪魔だ。今更説明する必要もないだろう?」
「あ、あはははははは」
男里が引きつった笑い声を上げる。
「た、探偵さんは、あんな噂を真に受けてるんですか?」
「そうだよ」
エイジはにこりともせず肯定した。
「あは、あはははは・・・・・・馬鹿みたい。そんなの、有り得るわけないですよ。三十年前の亡霊が地獄から蘇って人間を殺す? そんなのアニメの見過ぎです! これは現実の話ですよ? 幽霊なんて、いるわけないです!」
「タンドゥーマの悪魔だよ。誰も、幽霊の仕業だなんて言ってない」
「な、なに言ってるんですか? 同じ事じゃないですか!」
「いいや。違う。全く、違うよ。『彼ら』は、幽霊なんかじゃない。『彼ら』はなんでもないんだ。だから、何かになろうとする。たまたまそれが幽霊に似ていただけさ」
「い、意味が分かりません! あなた、頭がおかしいんじゃないですか!」
「僕がおかしいのなら、君もおかしい。だって君は、人殺しの化け物が住みついた掲示板を今まで野放しにしていたんだからね」
懐から拳銃を取り出し、男里に突きつけた。
「な、なんですかそれ? お、おもちゃですよね?」
「試してみるかい?」
エイジが激鉄を起こす。
「さぁ、パソコンを立ち上げて」
男里は逡巡した。銃口を眉間に突きつけられながら、数秒が流れる。やがて男里はパソコンを起動させた。
「それでいい」
拳銃を懐に仕舞い、呟く。
男里がパソコンを操作し、黙示録のサイトを開く。
「あれは・・・・・・ですよ」
虚ろな表情で画面を見つめながら、男里が呟いた。
「ん?」
聞き取れず、エイジは顔を近づけた。
男里が動いた。机の上に置いてある筒状のケースからハサミをひったくると、思い切りエイジの顔面に突き刺した。
「っ!?」
エイジは仰け反り、足元のクッションに躓いて仰向けに倒れた。
男里は馬乗りになり、逆手に持ったハサミでエイジの顔を滅多刺しにする。
「天使ですよ! あれは天使なんです! 天国から遣わされた、断罪の天使!」
黒い血で染まったエイジの顔に、男里は執拗にハサミをねじ込む。
投げ出されたエイジの四肢が、電流を流された蛙のようにひくついた。
「だってそうでしょ? 殺されたのはみんな、学校の癌みたいなクズばっかり。死んで当然の人間ですよ。生徒も先生も、みんな見ないふりをしてる。いじめはあるのに。あいつらのせいで転校したり不登校になった子が沢山いるんですよ? 天使様が現れてから、学校は良くなったんです。平和になったんです。みんなもう、いじめに怯えて過ごさなくていい。これって、良い事じゃないですか? なんで邪魔するんですか? どうしてほっといてくれないんですか? どうして、どうして!?」
目を血走らせ、男里が叫んだ。両手に持ったハサミは、今や根元までエイジの顔面に埋まっている。
「私は悪くない。私が悪いはずない! だって、私は天使様のお手伝いをしてるんだから。選ばれたの。私は、選ばれたの! だから、消させない。黙示録のサイトは、私が守ってみせる!」
「・・・・・・たね」
黒々とした血の海の中で、エイジの唇が喋った。
「ひぃっ!」
男里が尻餅をついた。当然だ。どう見ても、ハサミは脳に達している。生きているはずがない。普通の人間なら、絶対に死んでいる。
「闇に・・・・・・魅入られたね」
墓標のように突き立ったハサミが、ゆっくりとエイジの顔面に沈み込んだ。ハサミは、そこが底なし沼であるかのように飲み込まれて消えた。
「な、なに、なに、なに、なに、なに!?」
男里は半狂乱になっていた。
エイジはゆっくりと立ち上がる。
「ふぅ。危うく、死ぬ所だった。まったく、女子高生ってのは油断ならないね」
「あ、あ、あ、ああ、あんた、い、今、か、顔、顔、顔が・・・・・・」
涙を流しながら、男里はエイジの顔を指差す。
「お行儀の悪っ子だ。人の顔を指差すなって教わらなかったかな?」
「あ、悪魔なのね・・・・・・あ、あんたは、悪魔なのね! て、天にまします我らの父よ、あ、哀れなる子羊をお、お救いく、くく、く――」
エイジは男里の前にしゃがみ込み、彼女の小さな頭を掴んだ。
「もう、どうでもいい。悪魔って事でいいさ。君は僕を殺そうとしたんだ。君は僕に殺されても、文句は言えないよ」
「ひぃ、ぁあ、い、いや、やだ、神様、た、助けて、し、死にたくない、わたし、ま、まだしにたくない!」
「キヒッ・・・・・・キヒヒヒヒヒ、ヒハハハハ!」
エイジは引きつった笑いを上げた。悪魔めいた、狂った笑いだ。
そして、笑いは唐突に止んだ。表情は、笑みのまま石のように固まっている。
三日月の口から、エイジが言葉を吐いた。
「今まで死んだ子達も、みんなそう思って死んでいったんだよ」
「ひ、ぁ、ぁ・・・・・・だ、だって、それは、あいつらが・・・・・・」
「確かに。彼女達は酷い事をしていたかもしれない。いじめを行っていたかもしれない。誰かに恨まれ、殺されるだけの事をしていたんだろう。だけど、だったら、本人が仕返しすればよかったんだ。こんな、わけのわからない化け物に頼るのは、ルール違反だ」
「わ、わ、わた、わたしを・・・・・・ど、どうする、つ、つもりですか?」
だらだらと、涙と鼻水と涎を垂らしながら、男里が尋ねる。
「殺そうと思う」
エイジは穏やかに告げた。
「君がタンドゥーマの悪魔を断罪の天使だと言うのなら、僕はその逆だ。糾弾の悪魔だよ。君は多くの人間の死に加担した。この世の中に存在しない、ルール違反を乱用したんだ。悪魔風に言うのなら、その代償を払ってもらう」
「そ、そんな、代償なんて・・・・・・」
「遺言は聞きたくない。目覚めが悪くなるだけだからね」
それじゃあばいばい。
エイジは呟いて、引き金を引いた。
激鉄が空の弾倉を叩く硬質な音が響く。
蒸し暑い静寂の中に、男里の失禁した音がさらさらと響いた。
「冗談さ。僕は悪魔じゃない。しがない私立探偵で、ただの人間だ。君を殺して刑務所にぶち込まれたくないよ。僕の目的はたった二つさ。僕に好意を持ってくれた女の子の無念を、ささやかながら晴らす事。まぁ、こんなのは自己満足の感傷だけど、君にとっては良い薬になる。もう一つは言わずもがな。というか、さっきから言ってる通り、黙示録の掲示板を封鎖してくれ。あれがなくなれば、とりあえず被害の拡大を抑えられる」
さぁ。エイジは笑みで催促をする。
男里は動かない。動けないのだろうが、知った事ではない。
「言っておくけど、空なのは一発目だけだ」
銃を突きつけて言う。
「や、やります、すぐ、やりますから」
男里がキーボードを叩く。マウスを操り、キーボードを叩く。叩くのだが・・・・・・
「え、どうして、なんで?」
男里が困惑の声を上げる。
「どうしたんだい?」
「ひぃっ! ま、待ってください! や、やってるんです! 消そうとしてるのに、消えなくて、そんなはずないのに・・・・・・」
男里はなおも操作を続けるが、サイトが削除される気配は一向にない。
エイジは怒らなかった。ただ、浅くため息をつくだけだ。
「遅かった。もう、噂は一人歩きを始めてしまった」
エイジが銃をしまう。
「ど、どういう事ですか?」
「天使様は、君の元から飛び立ったって事さ。じきに、友愛女学院以外でも同じような事が起き始める。勿論、そうなる前に僕が止めるけど・・・・・・」
男里の操作するパソコン画面を見て、エイジの顔が固まった。
「今の戻して」
「今の?」
「掲示板だ! 最新の書き込み、早く!」
怒鳴られて、男里は慌てて黙示録の掲示板を表示する。
そこには、タンドゥーマの悪魔に宛てた、次木三千子に対する報復依頼が書き込まれていた。
それに気づいて、男里はびくりと肩を震わせる。
「ち、違う、こ、これは、私じゃ――」
「分かってる」
凍てついた笑みを浮かべながら、エイジは携帯電話を取り出した。コール先は三千子だが、繋がらない。舌打ちを鳴らし、次にマリアへコールする。
「マリア、僕だ。みっちょんはいるかい?」
「さっきまでパソコンで遊んでたわ。今は・・・・・・トイレみたいね」
「長いトイレだとは思わないかい?」
「・・・・・・っ!?」
携帯を放り出したのだろう。衝撃の音と、マリアが駆ける音が響く。
電話を切ると、エイジは部屋から飛び出した。
つづく。
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七星十々 著 / イラスト 田代ほけきょ
企画 こたつねこ
配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp
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この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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