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食と健康を科学する

健やかで心豊かな生活をおくるために必要なこと、それはバランスのとれた食生活です。老化防止や疲労回復、生活習慣病予防の基本となるのが毎日の食事だとはわかっていても、それを実行し継続するのは、とても難しいことです。このコーナーでは、食に関する理解を深めていただくために、食品中の栄養素の働き、病気を防ぐための食事、私たちが食品をおいしく感じる仕組みなど「食に係わる健康科学」の知識をわかりやすくご紹介していきます。

味を感じる仕組み 〜味覚の生理学〜

取材協力・監修
(独)農研機構 食品総合研究所 食品機能研究領域長/食認知科学ユニット ユニット長
 日下部 裕子 先生

くさかべ・ゆうこ 1998年、東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命科学専攻博士課程修了。同年より農林水産省食品総合研究所に勤務。2004年に独立行政法人食品総合研究所主任研究官、2006年4月から現職。

「味覚」は信号 「おいしさ」は感情

「食事がおいしく食べられる」ということは日々の生活の喜びの一つ。おいしさを決定づける要因の一つは、間違いなく「味」である。私たちの体がどのように味を感じるかについては、紀元前に哲学者のアリストテレスが味を7つの要素で分類することを試みるなど、古来から興味の対象だった。口の中の何が味を受け止めるのかといった具体的な味を感じる仕組みの解明は、21世紀に入って急速に進展。また、味の感受性が温度などの外的要因ばかりでなく、私たちの体の状態によっても変化することが科学的に明らかにされつつある。そこで、味を感じる仕組みと、生理状態による味感受性変化の仕組みについて、最新のトピックスを含めて紹介をしたい。

「味覚」といえばもちろん五感の中の一つを示す感覚である。しかしながら、「視覚」「嗅覚」など他の感覚と異なり、「味覚」という言葉は科学用語の範囲を超えて使用されている。たとえば「味覚の秋」「味覚狩り」「郷土の味覚」などで、これらは「おいしさ」という意味合いを持つ。おそらく味を感じる際の状況に原因があるのだろう。私たちは、食品を目で見て匂いを嗅いだうえで口に入れる。口に入れると食感、温度、味はほぼ同時に生じてくる。つまり、私たちが食品の味を感じている時には、他の感覚器からの情報がすでに入っており、味覚と同時に五感からの情報が統合される。統合された状態の情報を脳で受け取ることは「味わう」という表現が適切だろう。「味覚」はいわば信号であり、「おいしさ」はその信号の入力の組み合わせによって生じる感情、ということが本稿の大前提だ。

味が認識される過程 味の定義について
図1:ヒトの舌と神経/舌の神経支配

ヒトの舌と、舌の神経支配の概要。味蕾は図の乳頭以外にも軟口蓋などにも存在している。また、舌の先端では鼓索神経、舌の奥では舌咽神経によって味が伝えられる。舌の先端と奥では一部の味の感受性が異なることが知られているが、その原因の一つとして味を伝える神経が異なることが挙げられている。

味(後述するが厳密には基本味)を受容する器官は「味蕾(みらい)」という数十の味細胞の集合体である。味蕾の数は個人差があるが、7,000〜9,000個程度あり、舌を中心に口腔内に存在している。味蕾は、舌の上に均等に位置しているのではない。舌の奥にV字状に8〜10個程度存在する有郭(ゆうかく)乳頭や、舌の側部のひだのように見える葉状乳頭には、味蕾が集中して存在している(図1)。一方、舌の先端には茸状(じじょう)乳頭が点在し、1つの乳頭に0〜数個ずつ味蕾が存在している。味蕾で受け取られた味は、鼓索(こさく)神経や舌咽(ぜついん)神経の中の味神経に伝えられ、延髄中の孤束核を通り脳へと伝達され、味として認識される。

ところで、味の定義というのは実はとても難しい。現在は、種々の味のうち「甘味、苦味、酸味、塩味、うま味」の5つを「基本味」と称し、それ以外の味と区別している。この分類には科学的な裏づけがあり、基本味は味蕾を構成する味細胞によって受容されるのに対して、それ以外の味は、味細胞を介さないとされている(図2)。例えば、辛味は万人に認識される味であるが、味細胞を介さず、味蕾近傍の神経自由終末に作用する痛覚に近い感覚であり、基本味ではない。味の研究は基本味を中心に行われている。そこで、本稿でも基本味を中心に話を進めることとする。


図2:味を受け取る器官「味蕾」

味を受け取る器官、味蕾とその周辺。細長い細胞が味を受け取る味細胞で、基本の五味をそれぞれ別個に受容する。但し辛味などは味細胞を経由しない。味細胞は10日に1回入れ替わるので、やけどをしたり舌を噛んでしまったりしても、多少のことなら大丈夫。

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受容体の発見が味覚のメカニズムを解明

21世紀に入って味を受け取る仕組みについての研究が急速に進捗し、今年に入って基本味全てに対して受容に関わる分子が明らかにされた。そこで、何が味を受け取るかを簡単に紹介したい(図3)。

味を受け取るのは、味細胞の膜に存在している受容体と呼ばれるタンパク質(膜タンパク質)だ。膜タンパク質は、外界の情報を膜の内部に伝える役割を持っている。甘味・苦味・うま味を受け取るのは「Gタンパク質共役型7回膜貫通型受容体」と呼ばれる分子で、味物質が結合すると、それによって、受容体に共役しているGタンパク質が活性化して、信号が細胞内に伝えられる。味物質が細胞内に入ることなく味の信号だけを伝えるという仕組みだ。甘味やうま味物質は親水性が高い(水に溶けやすく薄まりやすい)。これに対応する形で甘味、うま味受容体は膜外部位が大きい構造をとっている。それに対して、疎水性が高く水に溶けにくい苦味物質の受容体は膜外領域が小さい。細胞膜は脂質を含んでいるため、疎水性の高い苦味物質と細胞膜が相互作用しやすく、大きな膜外部位は不要なのだと推測される。

いっぽう、酸味と塩味の味はイオン性の味とも言え、受容体の形が異なる。酸味と塩味の受容を担うのはイオンを通すチャネル構造であり、酸味をつかさどる水素イオンや塩味をつかさどるナトリウムイオンは、このチャネル構造を介して直接細胞内に取り込まれ、その結果味覚受容の信号が発生する仕組みだ。

図3:基本の5味を受け取る「受容体」

研究の進展の結果、味覚受容体が明らかになることによって、少しの砂糖や塩で甘味や塩味を感じることができるような新たな味物質の開発が試みられるようになっている。また、今まで使ってきた食品成分をどのように組み合わせると効果的に味を引き出せるかといった研究開発も盛んになるだろう。

受容体の発見により、学問的にも新たな進歩があった。以前、教科書に載っていた味覚地図(舌の先端では甘味を感じ奥では苦味を感じるなどを示したもの)は間違いであることは以前から明らかにされていたが、受容体の発見により、味覚地図とは全く異なる、舌の位置による味の感じる仕組みの違いが解明されつつある。また、味蕾の数十もの味細胞は、甘味受容細胞、苦味受容細胞というように、受容する味の役割が別々であることも明らかにされた。教科書に新たな図がお目見えする日も近いのではないだろうか。


おなかがすくとおいしく感じる理由
図4:空腹時と満腹時で異なる食欲と味覚感受性

体の調子で味の感じ方が変化するのは、誰しも経験することだと思う。たとえば、運動した後はレモンがおいしく感じられることがあるが、肉体疲労時には苦味や甘味と比較して、酸味の感受性が低下する現象が報告されている。

いっぽう、事務的な作業による疲労では苦味の感受性が低下し、酸味と甘味も味を感じる時間が短くなることが報告されている。同じ疲労でも、体の状態が異なれば、味の感受性の変わり方も異なることが明らかになっている。

生理状態と味覚感受性の変化については、特に食欲と味覚感受性の関係で科学的検証が進んでいる。「空腹は最大のソースである」「飢えては食をえらばず」など、東西を問わずお腹がすくと、何でもおいしく感じるという慣用句がある。

このことは、味の感受性が体調によって変化することを示す例といえる。食欲が脳の満腹中枢と深く関与することは良く知られていることである。

それでは、味のセンサーである味細胞における味感受性は変化するのだろうか?

答えはイエスだ。最近、脳内でマリファナ様の働きをする「内因性カンナビノイド」(血中成分)が食欲の増進と共に甘味感受性を上昇させることが明らかになった。つまり、食欲が高まっている時には味細胞は甘味に敏感になっており、より美味しく感じるということだ(図4)。

体は非常に巧妙にできており、その逆のシステムもある。食欲と代謝調節に関与するペプチドホルモン「レプチン」の働きだ。レプチンは脂肪組織で作られ、血流にのって脳の視床下部に到達し、食欲調節を行う神経の活性を低下させ、食欲を抑制する。このときに味細胞の甘味感受性も低下することが明らかになっている。

レプチンを受け取る受容体は脳だけでなく、さまざまな器官に存在しているが、この受容体が変異して機能しないと肥満体になることが知られている。

レプチンの受容体が変異しているマウスの味感受性を調べたところ、正常マウスでは、甘味を継続的に受け取ると甘味感受性が鈍ってくるが、変異マウスでは甘味感受性に変化がなかった。この結果から、正常マウスでは甘味を感じにくくなることによりおいしくなくなるのに対して、変異マウスではずっと甘味を感じ続け、「おいしい、おいしい」と食べ続けてしまうと推測される。

さらに、味細胞には食欲を調節するホルモンの受容体が多数存在することが明らかになってきた。消化管ホルモンの「コレシストキニン」や摂食に関与する神経伝達物質である「ニューロペプチドY」も味細胞に含まれている。このように味細胞は、消化管とも脳の摂食部位とも連関するような性質を持って、私たちが食べ物をどの程度口に入れるかをコントロールしようとしているのである。


体に耳をすませることが健康維持に極めて重要

味覚は私たちが何を体内に摂取するべきかを判断するために存在している。

口に入れる様々なものを、体に害になる毒物や腐廃物を苦味、酸味といった味で忌避し、体に必要な糖分やタンパク質を甘味、うま味といった味で受け入れるようになっている。またそれだけでなく、体に必要なものを過不足なく摂取するようにコントロールする機能もあることが、体のすばらしいところである。

体に耳をすませて、体が要求しているものを食べればおいしく食事ができるという仕組みを、ぜひ活用していただきたい。

YL Vol.03 2010.6.10発行

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