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第三章・奇跡と絶望
 ☆遺体だらけ 

 午前十時。長野・群馬県境の峰
 長野県警・管区機動隊が墜落現場を地上から発見した。
 墜落現場に多くのヘリコプターが群がっている。現場頂上からはまだ白煙が上がっていた。
 しかし、今いる場所はとてつもなく高い崖の上。
 下を見ると、自分の足元より低い高さで報道ヘリが飛んでいる。とてもロープを使って大勢で降れるような崖ではないので、仕方なく迂回して現場に向かうことにした。

 同じ頃、長野県川上村役場では、消防団の分団長・八名が集まってロビーのテレビの前で会議をしていた。
 大深山消防分団長・中島幸裕氏が提案する。
「現場は、管轄外とはいえ、うちらの村の近くだ。手伝いに行ってやるのが筋ってもんじゃないか?」
 分団長は、中島氏の意見に賛同し、消防指揮車と役場の公用車に分乗し、三国峠へ向かっていった。

挿絵(By みてみん)

事故対応の感謝状 (川上村提供)

 午前十時頃。
NHKテレビで「遺体発見」の臨時ニュースが放映された。
群馬県上野村・上野中学校の三階にある遺族控え所に設置されたテレビでこのニュースを見た乗客の肉親は肩を落とした。
 それを後ろで見ていた、事故機の客室乗務員・松原幸子さんの妹の明美さんと母は、「乗員の家族」という立場を乗客の肉親に知らされてはいなかったが、いたたまわれなくなり、部屋を出た。
 明美さんは母に、現場に向かった夫達が帰ってくることを期待し、現場に最も近い民宿を日航の世話役に手配してもらうことを提案し、宿が取れたのでタクシーでその民宿に向かった。 


 ☆生存者発見

 午前十時半過ぎ。
 長野県警山岳救難隊が神流川支流のスゲノ沢付近で生存者を発見した。
 墜落の衝撃で千切れた後部胴体が本体と逆の斜面に転がっていったせいで、火災に巻きこまれず、しかもその4名は後部胴体中心部の座席で、比較的衝撃が少なかった為だった。

 発見された順でいくと
・非番で大阪に向かっていた日本航空スチュワーデス(26歳)長野県警山岳救難隊発見
・旅行で北海道に行っていた家族連れの中学1年生(12歳)陸上自衛隊偵察隊発見
・家族連れで旅行中だった長女(8歳)と母親(34歳)上野村消防団発見

 生存者発見時は、発見現場付近には長野県警山岳救難隊2名と陸上自衛隊第十二師団偵察隊4名と上野村消防団第六分団員しかいなかったが、反対側の激突地点に陸上自衛隊第一空挺団がいる事を知った陸自の偵察隊が急いで反対側に登り、第一空挺団隊員達を呼び寄せた。
 管轄の群馬県警機動隊員初動部隊は上野村第六消防団員の案内で登山していたが、慣れない登山に阻まれ、結局この時は間に合わなかった。 

 上野村消防団員が残骸で作った急造タンカで生存者四名を担架に乗せ、かついで頂上の平らな木陰に運ぶ最中、いつの間にか報道カメラマンが数人集まってきていた。

 4名共、生存したとはいえ重傷で、しかも十数時間も手当もされず疲弊しきった生存者に向かって遠慮なく撮影するカメラマンに消防団員が激怒し、大声で「あっち行け!」と追い返す。
 すると団員達は上着を脱いで彼女達にソっと被せた。
「ほらぁ、のいてのいて!突っこくど!」(突き飛ばすぞ)
 カメラマンを蹴散らして進む消防団を報道カメラマン達は遠慮そうにシャッターを切った。

挿絵(By みてみん)

スゲノ沢での救出 (提供・今井靖恵)

 ☆生存者の無線報告

 その頃、背丈程の笹薮のトンネルを進みながら、長野県警第二機動隊の携帯無線に山岳救難隊から本部への無線が流れた。
「本部!本部!こちら山岳救難隊。生存者発見!繰り返す!生存者発見!」
 機動隊隊長が後ろに叫んだ!「生存者がいたぞ~!」
 この一報に隊員達は一斉に歓声を上げる。
 ふと事故現場の方角を見ると、ヘリコプターが沢山集まっているのが見えた。
「あっちだ!まだ大勢いるかもしれない!急げ!」
 全員雄叫びをあげながら先導の長野県猟友会の案内を置いて、急ぎ足で笹薮を突き進む。
「あ、あ~!ちょっと!待て!停まれ~!」
 いきなり笹薮が無くなって視界一面に事故現場を中心に山麗が広がった。
 そして足元はとても深いガケだった。
 勢い余って先頭の隊員が落ちそうになる。
「畜生!駄目だ!こっちは行けない!バック!後退~!」
 皆がゾロゾロと退く。
 隊長が猟友会に尋ねた。「他に道は‥‥‥。」
「あんま視界が無いところで走らない方がいいやね。」
「‥‥‥。」
再び第二機動隊は猟友会先導で迂回し始めた。
 群馬県側も山登りは大変苦戦したが、長野県警側の方は切り立った深い崖が多くあり、地形的に最も苦戦した。
 この時、全国のテレビの前で「生存者発見」の第一報が入り、全国各地で歓声が沸いた。「生存者発見。女性三人、男性一人、名前は不明」
 だが、この「男性」とは、男の子と間違われた中学一年の少女の事で、後にこの誤報が混乱を招いた。


 ☆生存者を救出・搬送

 墜落現場に、群馬県警機動隊幹部と山岳救難隊が埼玉県警ヘリ「むさし」と警視庁ヘリ「おおとり一号」、第一空挺団を降ろしたあとの自衛隊大型ヘリで先遣隊がかけつけ、生存者捜索に加わった。
 群馬県警はヘリからのホイスト降下経験者が居なかったが、何とか焼け爛れた斜面に降下したという。
 上野村村長・黒澤丈夫氏は、村営グラウンドを臨時ヘリポートに指定し運用したが、周囲の木の枝が生い茂って難易度が高かった。
 そこで、地元の土木業者に手配して急遽グラウンドの対岸の神流川沿いにヘリポートを構築し運用。
 ここに警視庁や神奈川県警のヘリが応援にかけつけ、運用された。
 この時、役場の外で待機していた第六消防団副団長・今井靖恵氏に上野村婦人会より食事を現場に届けて欲しい旨を依頼された。
 今井氏は部下と共に人数分の食事をリュックに詰めた。
 ところが、消防車はいざ火災があると困るので、各自、自家用車に分乗。
 今井氏の軽トラックを先頭に現場へ向かった。

 午前十一時。
 応援にかけつけた神奈川県警ヘリ・ベル222「たんざわ」が医師を降下させる。群馬県前橋市・群馬赤十字病院の医師一名・看護士一名だった。
 とりあえず生存者四名を診察・応急処置を施すが、もちろん重傷で、早急に設備の整った病院へ搬送しなければならなかった。
 しかし、応急処置完了後のヘリ手配の連絡がうまくいかなかった。
 これは、各県警や自衛隊の無線周波数がそれぞれ違う上、山間部の為、電波がなかなか届かない為であった。

 同時刻。
 定雄達三人は、三国山付近で座って昼食を取っていた。
 文房具屋で貰ったオニギリを頬張りながら、義父がバッグから何か取り出した。
 一九八三年にセイコーで販売された、当時最新鋭の携帯用テレビで、腕に時計のように小型液晶テレビを装着し、腰にチューナーを装着し、ヘッドホンで聞くものである。
 チューナーのチャンネルを義父はカリカリ合わす。
 しかし、定雄と和夫がオニギリを食べ終わってタバコを一服し始めたが、一向に義父はチャンネルを合わせ続けていた。
「使えると思って持ってきたんだがな‥‥‥。」
 和夫さんが言った。「こんな山の中じゃ無理ですよ‥‥‥。」
 義父はまだチャンネルを合わせ続ける。
「さて行きますか。」
 和夫と定雄が立ち上がったその時だった。
「待て!来たぞ!」義父が大声で二人を制止した。
 ヘッドホンが雑音混じりだが、声がかすかに聞こえ、液晶画面が人の形で画像が浮き出てきた。
「ザリザリ‥‥‥存者‥‥‥客室乗務い‥‥‥ザザザ‥‥‥。」
 この声だけ聞こえ、あとは再び受信不可になる。
「客室乗務員の生存者とか何とか云ってたぞ!」
 二人は半信半疑だったが、少しは希望が湧いた。
 彼らは再び墜落現場を目指し、歩き始めた。


 ☆遺体回収作業開始

 午後二時半。
「これ以上の生存者なし」が確認され、遺体搬送方法をどうするか検討が始まった。
 当初は人海戦術で遺体を山から降ろし、上野村で検屍作業を行う予定だったが、あまりにも多い遺体と、かなり険しい現場へのルートで断念し、五十キロ離れた群馬県藤岡市の藤岡市民体育館を使用することが決定し、搬送は陸上自衛隊のヘリコプター団が行うことに決まった。
 陸上自衛隊が遺体を搬送する為には、いちいちホバリングで回収していては時間が掛かりすぎるので、現場にヘリポートを構築することになった。
 ヘリポート構築は、現場に先に到着していた第一空挺団に委ねられ、翌朝までに構築した後、陸上自衛隊の普通科連隊と交替し撤収という形に決まった。


 ☆墜落現場での食事

 午後二時半。
 群馬県上野村・第六消防団の食事搬送班が現場に到着した。
 テレビで見ていたが、現場はさらにゴミゴミし、何がなんだか分からない。
 副団長・今井氏が残骸近くで座って休憩していた消防団長を見つけた。
「団長!」
「よう、今井さん、来てくれただかいね。」
「皆、腹減ったろ!メシ持ってきた!皆、ちょっと休もうか。」
「‥‥‥。」弁当を見た団長が黙ってしまった。
「団長?どうした?」
「悪ィけど、ちょっと今、食べる気になれねえんさね‥‥‥。」
 団長が今井氏に両手の掌を見せた。
 軍手はドス黒く血に染まり、指の間に髪の毛が無数に絡んでいる。
「どしたぁ!団長!ケガしたんだかいね!」
 団長が返した。「違うがな!これ皆、仏さんの血だいね!」
 今井氏は血相を変えた。そして背中に冷たいものが走った。
「もう、どこもかしこも皆、仏さん無残なカッコでさ、ま~ちょっと今はメシ食うって気分になれねぇのさね‥‥‥。」
 団長が軍手を脱いで残骸の上に置いた。
 軍手は「ドバン」と重い音を立て、どれだけ血が染みてるかが計り知れた。
 軍手からは染みた血や体液がドス黒い色で垂れ、白い塗装の日航機の残骸を染めた。
 今井氏は、ふと、周囲を見渡すと、警官や自衛官が残骸から遺体を回収しているのが目に付いた。
 現場に着いた時は疲れと団長を探すのに精一杯で気にしてなかったが、よく見ると皆、遺体を搬送しているようだ。
 すぐ横の木に、全裸の男性が木にしがみついていた。
 よく見ると、木に体がめりこんでいた。
 どうも木に顔面から突っ込んで、その衝撃で服が破裂して消し飛んだようだった。
 団長がつぶやいた。
「いいやね、要らないがねメシ。仕方ねえから、そこら辺の林に放っぽくようだよ。」
 すると、警察が来た。
 群馬県警機動隊隊長だった。
「皆さん、本当にご苦労様でした。生存者も救助されたので、あとは我々がやりますので、下山されて結構です。」 
「そうかいね!あいよ!」団長が、皆を呼びに行った。
 今井氏は弁当をリュックから出し、大雑把に林の藪の中に置いた。
 それを見た機動隊隊長が、慌てて斜面を下ってきた。
「あ、あの、それ、どうされますか?」
「あ、皆食わねえって云うもんで持って帰っても仕方ねェからねぇ‥‥‥。」
 機動隊隊長は一呼吸置いて聞いてきた。
「それ‥‥‥食べないのであれば売って戴きたいのですが‥‥‥。」
「ん?あ、いいよ、皆で食ってくんねえよ。」
 今井氏は部下の持つリュックの弁当も全て機動隊隊長に引き渡した。
「あの‥‥‥お金は‥‥‥。」
「いらねェさ、どうせ放っぽくモンだがね。」
 団員全員が戻ってきて、帰ろうとすると、また機動隊隊長が来た。
「あの‥‥‥すみません‥‥‥。」
 今井氏が返す。
「いいって!そんな気にしねぇで食ってくんねぇよ!」
 しかし、機動隊隊長は、申し訳なさそうな顔をして言った。
「いや、違います、お願いが‥‥‥。我々が帰り易いように道を作りながら帰って戴ければ有り難いかな?と‥‥‥。簡単で結構ですので‥‥‥。」
 消防団員達は、笹薮を踏みつけ、こりあえずケモノ道程度に分かるように道を作りながら下山した。
 草を踏みつけながら団員達がつぶやいた。
「あ~!こんな事、もう沢山だがね!気の毒で居られねぇや!二度とこんな事御免だいね‥‥‥。」
 しかし、また後日、彼らはこの現場に駆り出されることになる。
 事件・事故など無縁の村で突然起こった世界最悪の大惨事。
 この日まで上野村は、地元の群馬県民でも知らない人が大勢いた過疎の村だった。この事故が発生して、初めて世界中に村の名前が知れ渡った。
 しかし、まだ終わってはいなかった。
 帰り際に消防団三名が呼び止められた。
 現場の報道陣で仲間が三国山方面に行ったきり行方不明になったから探して欲しい旨の依頼が入り、捜索に向かった。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

日航機事故対策従事功労メダル 提供・今井靖恵 

挿絵(By みてみん)

当時の登山口だったトロッコ線路跡と今井氏 撮影・筆者

 ☆長野県警機動隊到着

 午後三時頃
 長野県警管区機動隊、第二機動隊が続々と現場に到着した。
現場に入るとゴミ捨て場のような散らかった現場に女性らしき長い髪が頭皮だけ木に引っかかり風に揺らいでいた。
 思わず誰もが足を止めたが、引き下がる訳にはいかない。
 長野県警機動隊の各隊長は群馬県警機動隊隊長に報告後、作業を開始した。
 管区機動隊はヘリから投下される毛布を受け取り、遺体に被せる係を担当した。
 とりあえず目に付く遺体に次から次へ毛布をかけていく。
 その後ろを群馬県警が印を付け、遺体発見場所と整理番号を発行し、終わった遺体は自衛官が毛布に包み、ヘリポート近くに並べた。
 現在、現場にある墓標は、それぞれの遺体が発見された地点で、群馬県警が作成した地図を元に日本航空が墓標を建てた。(場所によってはお参りできない危険な場所や、重なって発見された場所等は若干移動して墓標が立ててある。)
 第二機動隊は、陸上自衛隊・第一空挺団が設営を始めた臨時ヘリポートの手伝いに参加した。
 斜面の下では民間ヘリが谷間にホバリングし、報道陣の資材を下ろしている。
 焼けた地面の熱気と日差しで、喉が渇き、既に水筒の水が無くなっていたが、自衛官が早速、沢の水を現場近くまで引っ張って、いつでも飲めるようにしてあったので助かったという。
 そして、平らに整形されたヘリポート構築地に陸上自衛隊の大型ヘリがやってきた。
「あんな大きいの着地出来ないだろう。」
 そう思って見ていると、空中で停まったままリアゲートが開き、空中に浮いている状態で次から次に応援の自衛官が降りてきて、資材を下ろし始める。
 ヘリパイロットの技術力の高さに思わず見とれていると、小隊長に怒鳴られてしまった。

 ☆悲痛な叫び

 同時刻。
 定雄達は墜落現場を発見した。
 山の斜面に林がなぎ倒され、ヘリコプターが沢山上空を旋回している。
 だが、まだ詳細がよく見えない。
「幸子‥‥‥。」
 現場を茫然と見つめる定雄。
 すると、後ろから突然声をかけられた。行方不明の報道スタッフの捜索に回っていた上野村消防団員だった。
 消防団員の一人は疲労と精神的ショックで疲れきっており、ろくに登山装備もせずに無責任に山で遭難したから助けてくれという報道陣に怒りを感じ、定雄達に怒鳴り散らした。
 状況が飲み込めず、オドオドする定雄達。
 和夫が自分達の事を説明してくれた。
 乗員の家族と知った消防団員達は、いきなり怒ったことを謝罪したが、定雄達も装備が不十分なのには違いない。
 消防団員達は、彼らを現場に案内する事にした。
 しばらく歩くと、目の前の笹薮がガサゴソ揺れ始めた。
「何だ?クマか?」
 定雄達は思わず足を止めた。
 すると、笹薮から二人の自衛官が飛び出してきた。
「やった!消防団員だ!助かった!」
 彼らは消防団員に駆け寄り、墜落現場はどこか聞いてきた。
 消防団員が彼らに聞いた。「何だ?どうした一体?」
「いや、すみません、実は‥‥‥ここがどこだか分からなくなって。」どうも迷子らしい。
 後ろで見ていた和夫が、怪訝な顔をして聞いた。
「無線機持ってんだろ?」
「いや‥‥‥持ってないです‥‥‥。」
 和夫が怒って自衛官の襟首に掴みかかった。
「おいおい、何で自衛官が遭難してんだよ!助けて欲しいのはこっちなんだよ!夜中からダラダラ、ダラダラ墜落場所も特定できない、しかも遭難までして何やってんだよ!」
 消防団員が止めに入った。
 彼らは、自衛官は自衛官でも、まだ航空自衛隊の航空生徒隊に入ったばかりの新人だった。
 とりあえず喧嘩を止めて、皆で現場に向かうことになった。
 定雄一人の筈が、出発直前に三人になり、タクシー運転手や、文房具店の店主に助けられ、そして消防団員三名、迷子の自衛官二名が加わり、八名の大グループに膨れ上がった。
 皆の助けを借りて、ようやく墜落現場近くまで来た。
 生きていて欲しい。実は大した事故じゃなかったという事であって欲しい。
 テレビでも「生存者」と言っていた。希望はある。

 現場近くに着いた。貨物輸送コンテナが変形して転がっていた。
 転がってきた斜面の上は、何か騒がしい。
 すると、上空にヘリが頭上で停まった。
 ヘリの横のドアからテレビカメラマンがこちらを撮影していた。
 あまりの風圧に周囲の葉っぱが舞い、埃まみれになる。
「あっち行ってろ!行けって!」
 若い消防団員がヘリに向かって叫ぶと去って行った。
「さ‥‥‥幸子!」
とっさに定雄は斜面を無我夢中で駆け上がった。
 今のヘリの騒ぎに気をとられていた和夫は慌てて引き止めたが、もう止らなかった。
 革靴で斜面の土に足を取られ転ぶが、すぐ立ち上がり、また転び‥‥‥。とにかく無我夢中で登っていった。
 Yシャツはボロボロの泥だらけになり、スーツのズボンの股が裂け、顔や腕は笹の葉や石で傷つけられ、鼻血が白いYシャツを染め、眼鏡は変形した。

 現場に出た。
 定雄は、その場に立ちすくんだ。
 現場に原型を留めているものが殆ど無い。
 頭の中に、ヘリの爆音と、自衛隊や警察の無線が響き渡る。
 時より接近してくるヘリの風圧に耐えながら、とりあえず歩いた。
 林が破壊された急角度の斜面を登ると、「うわっ!」と悲鳴が聞こえた。
 警察官が斜面でバランスを崩し転落していた。
 すると、頭上から「ちょっとすみません!どいてください!」と話しかけられ、見ると、自衛官が木によじ登っていた。
 他の自衛官が、定雄をよけて毛布を広げて前に出て、上から何かを受け取った。
 受け取った自衛官はすぐに毛布で包んでしまったが、その「何か」黒いボロボロの物体には、確かに人間の手らしきものがあったように見えた。
 よく見ると、爆発で裸にされた林の枝に無数の「何か」がぶら下がっている。
稜線に上がると、さっき消防団と会った場所から見えなかった激突地点に着く。
一面焼け爛れた斜面を自衛官や警察官が大勢「何か」を運んでいる。
 その「何か」をよく見ると、毛布の隙間から手や足がはみ出て、整理番号の書いた札がつけてある。遺体のようだった。
 彼らは、まるでタマゴを運ぶアリのようだった。
 頂上付近に着くと、「あぶない!行くな!」と怒鳴られる。
 そこにあった藪は一面真っ黒で白煙がもうもうと出ていた。
 さっき怒鳴ってきた警官が「そこ、まだ燃えてっからさ!入るとあっという間に火達磨になって焼け死んじまうがね!」と、定雄の肩を叩いて去っていく。
 さらにトボトボ歩くと、さっき運ばれていた毛布に包まれた遺体がズラリと並んでいた。
 定雄は毛布の中を確認して幸子を探したいと思ったが、体が動かず、そこで立ちすくんでしまった。
 後ろから和夫と義父が追いついてきた。
「さ、定雄くん‥‥‥。」
 定雄は目が死んでいた。
 すると三人が後ろから怒鳴られた。
「こらぁ!そこは撮影禁止だがね!」
 警察官が駆け寄ってきた。
 和夫はとっさに弁解する。
「違います!僕達はカメラマンじゃありません!」
「じゃあ何だい!日航かいね!」
 和夫は親族でもあり日航側でもあったので一瞬返事に迷うが、「し、親族です!事故機の親族です!」と返した。
 すると警官は、困った顔をして答えた。
「‥‥‥とにかく、ここは大変危険です!すみませんが、とりあえず山を降りてください!我々に任せてください!」
 すると、定雄は力尽きるように、しゃがみ崩れたと思いきや突然怒り狂い絶叫した。

「うわーあああああ!畜生ォ!」

 いきなりだったので和夫も義父も警官も驚いたが、その直後に上空に現れた自衛隊の大型ヘリの大きな爆音で、定雄の叫びは空しくかき消された。


☆陸上自衛隊第十二師団対策本部移動

 午後になって、群馬県藤岡市を中心とした遺体検死作業が行われることが決まった為、準備が始まった。
 上野中学校に待機していた遺族達も、今朝に引き続き再度日航が手配した観光バスで藤岡市に戻る。

挿絵(By みてみん)

上野中学校 撮影・筆者

 午後四時。上野小学校。
 陸上自衛隊第十二師団が、群馬県警察と連携を執る為、長野県北相木村から上野村へ移動し、遺族待機場所に使用予定だった群馬県上野村小学校を使うことになった。
 神田箕守校長は、第二次大戦末期に前橋市大空襲で自分が在校した小学校に大量の戦災遺体を集めたのを見て、一般人が軍隊の起こした戦争に巻き込まれて死んだという想いがあり、自衛隊は、あまり好きではなかった。
故に自分が所属する学校に「違憲の軍隊」が進駐するのをためらったが已む無く認可した。
 第十二師団長が校長に挨拶と災害派遣任務説明を行った。
 その際、緊急対応を執る際にコンバット・ブーツを脱ぐのに手間取る為、校舎を土足で使用の許可を頼まれた。
 神田校長は一瞬考えたが緊急事態故に土足使用を許可した。

挿絵(By みてみん)
上野小学校 (筆者 撮影)

挿絵(By みてみん)

当時の上野小学校校長・神田箕守 (ご本人様提供)


 ☆長野県警機動隊撤収

 午後五時十分。
 長野県警機動隊は、群馬県警機動隊・浅見隊長の指示により、業務を群馬県警に引き継ぎ、撤退が決まった。
 管区機動隊は行きと同じ南相木に戻るルートを選択し帰路についたが、崖から危うく落ちかけた第二機動隊は、群馬県警と話した結果、群馬側へ降りるのが来た道より安全で楽と判断し、下山を開始した。

 同じ頃、長野県川上村から独自で出動した川上村消防団の一行は現場には着いたものの、何もすることが無かったので撤収した。
 その帰り道、川上村に司令部を置いた航空自衛隊員達が、崖下に声をかけていた。
何があったのか尋ねると、崖から報道フリーカメラマンが一人で転落し、助けを求めているとの事。
だが、そこを通りかかった自衛官は航空自衛隊教育隊の生徒だったので、装備も無かったので仲間が司令部に助けを求めに行ったとの事だった。 
 しかし、川上村消防団員は、山登りは慣れていたので、自衛官に代わってカメラマンを救助した。 

 長野県警第二機動隊は、群馬県警に聞いた営林に使われていたトロッコ線路跡を進んだ。
 線路のおかげでスムーズに下山出来そうだったので、警官達は「管区機動隊の連中、来た道を帰ったそうだが、こっちの方が楽だぜ」と言い合っていた。
 だが、そう簡単には行かなかった。
 先頭から笛の音がけたたましく響く。「止まれ!ダメだァ!崩れてる!気を付けろォ!」
 途中で幾つか線路が崩落しており、崖を這いながら崩れた箇所を一人ずつ進んで行くしかなかった。


 ☆事故から24時間後

 午後六時。神奈川県相模湾沖。
 ここで海上自衛隊ヘリコプター搭載護衛艦DD130番「まつゆき」が建造元の石川島播磨重工によって来年の引渡しを目指して試験航海が行われていた。
 すると、居島灯標から246度81海里にて大型の金属物体を発見する。
 午後六時四十五分、物体は「まつゆき」のヘリ甲板に引き揚げられた。
 どうも、航空機の一部らしく、この上空で異変が起こった日航機の一部である疑いが強くなった。

 午後七時。群馬県上野村。
 最も現場に近い民宿の窓から、事故機の客室乗務員、松原幸子さんの妹・明実は一人で現場に行く道路をずっと眺めていた。
 生存者の人数も名前も完全に判明し、姉が生存している可能性が無くなって放心状態だった。
 定雄達が山から帰ってきたら現場の状況を聞きたくて仕方が無かった。
 だが、連絡手段が無く、携帯電話も発売されたばかりで、今では信じ難い程価格が高く、重く大きく性能も低い時代で一般人には全く縁の無い物だった時代。勿論、定雄さん達は持っておらず連絡手段が無い中、待ち続けた。
 母が声をかける。「お父さん達が、ここに帰って来るなんて保障なんか無いんだよ。」
「でも、私達が群馬で待っているんだから、群馬に向かって帰って来る筈よ。」
 すると、薄暗い夕暮れの中、三人の男が歩いてきた。
 定雄達だった。
 明実は手を振り大声で声をかけた。
「和夫さ~ん!おとうさ~ん!定雄さ~ん!」
 和夫が気付いて元気に手を振り返した。
「やっぱ、お父さん達だ!」
 明実は母を連れて道路に出た。
 三人共、服は泥まみれになり、何とも云えない異臭が漂っていた。
 特に定雄は服が裂け、Yシャツは血に染まり、顔中傷だらけで鼻血が顔面に固まって酷い有様だった。
「大丈夫?定雄さん!」
 母と明実が声をかけるが、定雄の目はうつろで返事をしない。
 父が言った。
「いいから!定雄君に着替え用意してやって、あと傷も診てやってくれ!」
 父はそのまま民宿に入っていった。
 母が定雄を民宿の中に連れて行った。
 明実は、和夫の無事が嬉しくて思わず抱きしめた。
 和夫は、もう何も言う気力は無く、ただ黙って抱き合っていた。

 午後八時。 
 長野県警第二機動隊が、ようやく上野村市街地に到着した。
 すっかり夜が更けた道を、誰もが力尽きた顔をして、定雄さん達のいる民宿の前をゾロゾロと幽霊のように歩いていた。
 この時、隊長・中隊長が非番だったので指揮を執っていた小隊長が無線係に本部へ連絡するように指示した。背中に背負った無線を準備しようとしたその時。重大な事に気が付いてしまう。
 暗闇の森林を草を分け入って斜面で転びながら進んでいる間に無線機のアンテナをどこかに引っ掛け折損していた。
「ば、・・・・・・バカヤロゥ!どうやって迎え呼ぶんだ!」
 仕方なく、たどり着いた商店に電話を借り、臼田警察署に迎えを要請したが、要請し終わった直後、その場に全員座り込んでしまった。疲れすぎて動けないのだ。
 上野村中学校に迎えに来た長野県警機動隊バスに皆が無言で乗り込む。
 臼田警察署員がバスに乗り込んで「いや~、皆さん、ご苦労様でした!」と言って食事を配った。
 五目寿司だった。夏場で悪くならないようの配慮だった。
 空腹でいきなり食べたので腹が痛くなってしまう。
 力なく食事を頬張った後、誰もが帰路のバスの中でいつの間にか寝入ってしまった。


 ☆何故、垂直尾翼が?

 午後十時四十分。 
 海上自衛艦「まつゆき」が回収した航空機の一部は、海上保安庁巡視艇「あきづき」に引き取られ、横浜港へ引き揚げられた。
 残骸は巨大で、白い塗装に、日本航空の鶴マークの一部が残り、内部は航空機の錆止め塗装に用いられるライトグリーンに塗られ、「65B-03286-1」と印字されており、事故機のものと断定された。
 そしてその巨大な残骸は、垂直尾翼の一部とも判明。
 垂直尾翼が何らかの理由で破損し、この異常事態になったことが判明した。
 ここで、航空評論家等、航空機に詳しい人たちはピンときた。
 この事故機は一九七八年六月二日に、羽田発大阪便で着陸時に誤って後部胴体を叩きつけて着陸する事故を起こしていた。
 事故機の機番を見て、当初から「もしかして」と思う専門家が多かったが、これでこの時の事故が今回の事故に繋がっている可能性が濃厚となった。

 午後十一時。 
 着替えをし、傷の手当てをして貰った定雄は、ひとり民宿の前の河原でタバコを吸いながらボーっとしていた。
 後ろでは群馬県警機動隊の撤収グループのバスがパトランプを光らせながら村の中心部へ走り去って行った。
 バスの中の警官は誰もが疲れ果てた顔をしている。
「オレも‥‥‥疲れたよ‥‥‥お休み、幸子‥‥‥。」
 民宿に戻った彼は個室で一人、倒れるように寝た。
 民宿の前を走る機動隊バスとパトカーの音を聞きながら‥‥‥。


 ☆深夜の墜落現場

 八月十四日午前一時。
 陸上自衛隊・第一空挺団は、三時間交代で、徹夜でヘリポート作りに追われた。
 勿論、明かりなど期待できない深山での作業は、懐中電灯とヘルメットに装着するヘッドライトのみで行われた。
 睡眠・食事は三時間休憩の間に行った。
 そして山を下りた筈の群馬県警機動隊や警視庁も参加した。これは夕方に下山命令が出た際に、人が一人通れるのがやっとの踏み分け道や、所々崩れたトロッコ線路跡を夜間に大勢下るより、どうせ翌朝も登るなら山に留まっていた方がいいという判断だった。
 しかし、警視庁や自衛隊と違い、群馬県警は寝る為の装備など元から無く、遺体梱包用に運ばれた毛布を斜面に敷いて寝るしかなかった。
 眠れないので、「どうせ眠れないなら」と第一空挺団のヘリポート構築を手伝う警察官も大勢いたそうだ。


 ☆夢枕の天使達

 午前三時。群馬県上野村の民宿。 
 定雄が、熟睡していたその時だった。
 枕元が眩しい位の光に包まれ目が覚める。
 何か気配を感じ、「ハッ!」と起き上がると、枕元に幸子さんが座っていた。
 定雄は幸子に話しかけた。「さ、幸子?‥‥‥。」
 幸子は申し訳なさそうな表情で話し始めた。
「ごめんなさい‥‥‥こんなことになってしまって‥‥‥。」
 幸子が泣き出した。
 定雄は、幸子のその言葉に、こう返した。
「何で謝る?幸子が墜落させた訳じゃないだろうが幸子、お前だって、お前だって被害者じゃないか!」
 幸子は暫く黙ると立ち上がって、光り輝く空間の方へ向かい始めた。
 定雄は慌てて呼び止めた。「幸子!待て!行くな!」
 幸子は振り向き、涙を流しながら答えた。
「子供が‥‥‥子供達が‥‥‥。」
 すると幸子さんの周囲に大勢の子供達と同僚のスチュワーデスが現れた。
「迷子の‥‥‥子供達を‥‥‥皆で‥‥‥親元に‥‥‥。」
 定雄は幸子を追いかけようと立ち上がった。
 すると、自分は布団に入っており、光など全く無かった。
 枕元は、何かあった気配も無かった。
 夢だったのか?それとも‥‥‥。
 定雄は、窓から漏れる外灯の光でタバコを探して吸い始めた。
 すると、またカーテンから赤い光とディーゼル音が響く。
 群馬県警機動隊の送迎バスだ。時間は午前三時半。
「まだ活動しているのか‥‥‥。」


 ☆疲労困憊

 午前四時。上野村中学校は修羅場と化していた。
 昨夜から深夜にかけて山を下った群馬県警機動隊の最後のグループがようやく帰ってきたが、疲労困憊で玄関に着くなり倒れこむ警官が続出した。
 警官が倒れた仲間を抱え、休憩室に運び込む。
 結局、全員撤収に十時間かかった。これから、また朝に登る。十時間かかるなら、またトンボ帰りに登って、早い先頭が午前七時、最後尾が午後二時になる計算になる。そしてまた夕方撤退。幾らなんでも無茶だ。
 警官達は、機動隊隊長にこの旨を問い糾した。
 少人数ならともかく、多数の人員が毎日山を登り降りするのは無茶なので、次回は休憩後に随時、陸上自衛隊のヘリ・KV107バートルⅡ型大型ヘリで送迎してもらう事に決定した。
 あまりのドタバタ劇に悔しい思いをしながら空を見ると、もう夜が明け始めていた。
 墜落現場は朝焼けの中を、ヘリポートの建築を急ぐ自衛官達のシルエットが映えて見えた。

~第4章に続く~





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