加藤茂明教授のこと

上 昌広 | 「現場」からの医療改革を目指す内科医

今夏、福島県南相馬市で、野馬追いのハイライト 神旗争奪戦を観戦した。ご一緒したのは、加藤茂明・元東大分子細胞生物学研究所教授だ。

先日、加藤元教授の研究室の不正行為に関し、東大が行った予備調査の結果が明らかとなった。マスコミが大きく取り上げたため、ご存じのかたも多いだろう。

報道によれば、加藤研が発表した165報の論文中、53報で問題が指摘され、そのうち43報で不正が確認されたという。日本を代表する研究室が、大量の論文を捏造していたことになる。今回の事件は、論文捏造の実態を考える上で、示唆に富む。私は、この件について、加藤元教授から相談を受けていた。そして、予備調査報告書を実際に見せて貰ったことがある。そこには、論文の不正箇所、不正を働いた研究者の名前が明記されていた。

驚いたのは、不正の構図が複雑であることだ。加藤元教授の指示のもと、研究室をあげてデータを捏造した、という単純な話ではない。多くの場合、論文の筆頭著者と、不正を働いた研究者は別人だった。不正の大部分は、当時、助手を務めた一部の研究者によって行われていた。

私には、不正の露見を避けるため、彼らが細心の注意を払っていたように見える。例えば、論文の結論を変えるような不正はなく、殆どが「データを綺麗にして、説得力を増す」程度のものだった。医学研究で不正がばれるのは、結果が再現されない場合だ。このやりかたでは、そんなことは起こらない。

逆に、一旦、このような不正に手を染めると歯止めが効かなくなるようだ。彼らが関わる論文の多くで、不正が指摘されていた。おそらく、恒常的にデータを改竄していたのだろう。

今回の調査を受け、関係者は処分を免れない。加藤元教授は2012年3月をもって東大を辞職しているし、東大は不正に使った研究費を返却するという。やがて、責任問題追求の矛先は、実際に不正を行った研究者達や、彼らのかつての部下にも向かうだろう。一部の助手は、不正を指摘された研究が評価され、他大学の教授に就任している。辞職は避けられないだろう。

一方、不正研究で学位をとった大学院生の処遇は難しい。今後の調査結果を待たねばならないが、彼らは不正を知らなかった可能性が高いからだ。彼らをどう処遇するか、医学界をあげて議論しなければならないだろう。

加藤研のケースは氷山の一角だ。バルサルタン事件では、複数の研究室の名前が挙がっている。また、ウェブでは、多くの医学研究者が不正を指摘されている。彼らは、どのような対応をとればいいのだろうか。

加藤元教授の対応は、彼らにとって参考になると思う。特記すべきは、加藤元教授が東大の調査に全面協力するとともに、社会に対して、自分の言葉で説明したことだ。かつての部下達に「すべての研究資料やノートを提出し、調査に協力するよう」に伝えたことは、バルサルタン事件で逃げ惑う医師や製薬企業関係者とは対照的だ。また、加藤元教授は、取材を希望するメディアすべてに対し、丁寧に対応した。知人の記者は「自分の責任をきっちりと認めています。さらに、正直に問題を説明してくれます。こんな人は初めてです」という。このようなやりとりを通じ、ゆっくりではあるが着実に、問題の本質が社会に伝わりつつある。

医学研究の信頼が揺らいでいる。信頼を回復するには、嘘をつかず、正直に社会に説明することが欠かせない。加藤元教授の取り組みに注目したい。

本稿は、医療タイムスでの連載を修正加筆したものです。

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