水説:ネットはリアルか=倉重篤郎
毎日新聞 2013年09月04日 東京朝刊
<sui−setsu>
東京・六本木の超高層ビルにあるオフィスは、あまり見たこともない雰囲気だった。ジーンズ姿の若者たちがパソコン片手に忙しげに往来、会議室には「爆速」なる社内標語がにらみをきかす。
日本における検索エンジン最大手のヤフージャパン。同社がネット解析で行った7月参院選の議席予測が大当たりした、という話の真偽を見極めん、と取材に訪れた。
応対してくれたのは、安宅和人(あたかかずと)執行役員・事業戦略統括本部長(45)。ネットで消費者動向を読み込むマーケティング調査のプロである。
その手法が選挙にも通用するか。ひょんな社内議論から昨年暮れの衆院選でやってみようということになった。「一般にネット上の話題と、リアル(現実)とは、あまり重なりがない。投票動向も同じかなと思ったが、想定を超えた結果、つまり、完全に近い相関関係があったのです」
と、白板にグラフを書いて説明してくれた。党別に見た得票結果(縦軸)と、ネット上のデータ量(横軸)の相関図。ヤフーだけで利用データは月に500億件。その膨大なデータを処理した結果、得票結果の高い党(候補)ほど、ネット上で検索されたり、バズ(騒音、転じて書き込み)されているデータ量が多いことが判明した。しかも、それはほぼ比例関係の直線グラフ。「嫌になるくらいきれいなデータでした」という。
要は、中傷も含めネット上の関心が、リアルな投票行動に直結している。安宅チームは、この相関モデルと、もう一つ、公示日前後のその党(候補)に対する検索量の増加率に着目した投影モデル、という二つの手法を使い、参院選に臨んだ。その結果、投開票日2日前に発表した予測は、121議席中、相関モデルで105(87%)、投影モデルで111(92%)を的中させた。
党名検索でモデル化したため東京、岩手、沖縄の無所属、諸派候補(いずれも当選)をはずすなど、初歩的なミスもあったが、初挑戦としてはまずまずの成果。新聞各社が直接本人に電話する世論調査を基に手間ひまかけて予測しているのに比して「2、3人のチームの余力による1週間仕事。費用? タダです」とは。今回だけ当たったのか、それともネット世論とリアル世論は接近しつつあるのか。ぜひ継続調査を願いたいが、大変なライバルが現れそうだ。
「ネットとリアルが近いのは意外だったか?」との問いには、「そうであってほしいと願っていた。ほっとしています」。これが本音だろう。(専門編集委員)