2012年7月26日(木)

オリンピックのためなら国籍変更もアリ?!

いよいよあす(27日)開幕するロンドン・オリンピック。
各国の代表選手も続々と現地入り。世界のトップ・アスリートたちが、磨きに磨きをかけた力と技の限りを競います。
前回の北京大会で国別でもっとも多くの金メダルを獲得したのは開催国の中国。
オリンピックは互いの国の威信をかけたぶつかり合いの場でもあります。
しかし、出場選手の中には複数の国籍を持っていたり、さまざまな事情から国籍を変更した人も・・・。
けさの「世界の扉」はスポーツ界の現状に詳しい専門家のゲストとともに、選手たちとそれぞれが代表する国との関係を考えます。

ボーダレス化する五輪代表選手

髙橋
「史上もっとも多い世界204の国と地域から、トップアスリートが集結するロンドンオリンピック。
選手たちの活躍と記録更新が楽しみですが、同時に私たち日本人には、日本選手団のメダル獲得という期待も高まります。
その一方で、そうした国家の威信ばかりが取り沙汰されるメダルプレッシャーがいかがなものかという議論もありますが、やはり表彰台の国旗掲揚には胸を熱くされる方も多いのではないでしょうか。
さて、そんな国や地域の代表であるべき選手達の中に、オリンピック開催に合わせて、自分の国籍を変更する人たちもいるようです。
国と地域を代表して競うオリンピック選手にとって果たして国籍とは何でしょうか?
けさは、この『国籍変更』について考えます。」

佐野
「スポーツジャーナリストの二宮清純(にのみや せいじゅん)さんです。
オリンピックを始め、スポーツに関して、国内外で幅広い取材活動をされています。」

髙橋
「二宮さん、よろしくお願いします。
この『国籍変更』の現状をどうご覧になっていますか?」

二宮さん
「国籍変更をする理由はさまざま。
世界各地で顕著な例が見られる。
違和感が残る例がある。」

 

髙橋
「ルールそのものが問題になってるわけですね?」

二宮さん
「ルール違反ではないが、やり過ぎじゃないかという国が何か国かある。」

髙橋
「詳しくお話を伺っていく前に、前提となる『オリンピック代表選考の基準』について抑えておきます。」

佐野
「国際競技連盟が定める能力を有している。
オリンピック憲章及びIOC規則に従う。
国籍がある国のオリンピック委員会から選抜される。
こうしたことが条件となっています。」
 

髙橋
「まず、こちらをご覧下さい。
開催国イギリス代表選手の出身国一覧です。
ヨーロッパ、アメリカ、UAE、アフリカ…と実に多様です。
彼らは、当然、選考基準をクリアしているわけですが、代表選手542人のうち、59人が国籍を変更した選手です。
もちろん幼い頃に移住して、イギリスで育った選手もいますが、中にはロンドンオリンピックをにらんでイギリス国籍を取得して代表になったとして、批判されている選手がいます。

こちらは、イギリスの大衆紙、デイリーメールのインターネット版です。
イギリスの国籍を取得した選手等を“PlasticBrits(えせ英国人)”と呼び、自分たちの夢を叶えるのにイギリスチームを利用していると痛烈に批判しています。
中でも陸上チームのポーター選手はキャプテンということもあって特に注目されています。」

“国籍変更”で注目 ポーター選手とは

髙橋
「陸上女子100メートルハードルのティファニー・ポーター選手ですね。
非常に批判を受けているということですね?」

二宮さん
「アメリカの代表になれなかった、だからイギリスに来たのではないかと。」

髙橋
「ポーター選手に関して、国籍取得を巡る経緯などもあります。」

佐野
「ポーター選手はまず、二重国籍を持っています。
実は、2008年に北京五輪はアメリカ代表を目指していたのですが、選考会で落選してしまいました。
その後、イギリスに渡って2010年にイギリス代表に選ばれました。
2011年の世界選手権で4位と結果を出している選手なのです。」

髙橋
「ルールにも則っていてそれで晴れてイギリス代表に選べれたのであれば、何の問題もないようにみえるのですが。」

二宮さん
「ルール上では違反ではないのですが、アメリカの代表になれなくて、イギリスに国籍変更したのではないか。
3人までしか出れませんので、その上位3人に入れなかったという事です。
これは最近、始まった話ではなくて、かつて1998年にフランスがワールドカップを優勝しましたよね?
移民の選手が多かったのですが、その時フランスのある政治家が、『フランスの国歌を歌えるのか?』と問題になったことがあった。」

髙橋
「一種の民族主義的な立場からの攻撃といいますか、政治的に批判をしたと。」

二宮さん
「その一方で関与性はフランスなんだと、また逆の教えもあったのですが、ここ最近に始まった話ではなく、顕著になってきていると。」

開催国イギリスの戦力強化策は

髙橋
「ただポーター選手を獲得したことで、例えばイギリスチームを見ればアトランタオリンピックでは金メダル1つに終わったそうですが、強化選手の獲得することでむしろイギリスにとってはいいことではないかと。
プラスの面が多いのではないかと。」

二宮さん
「そういう意見もあります。
一方ではイギリスらしくないとの意見もあります。
結局は、いくら選手が国籍変更を望んでも、受けれる国がなかったら成り立たないわけです。
イギリスは今回、ホストカントリーということもあって、とにかく強化にお金をつぎ込んでいる。」

髙橋
「ロンドンで開かれるオリンピックは今回で3回目ですよね。
そして、開催国としては何としてでもメダルを獲りたいと。」

二宮さん
「選手もオリンピックに出たいと、選手と利害が一致していると。」

髙橋
「選手の事情、そして国の事情が一致した形といえるわけですね。」

中東産油国の外国人選手獲得

髙橋
「上位入賞の常連国から出場するのは難しい事から、より出場機会の高い国に移籍したいというのは、選手ならずとも人情と言うところ。
また、開催国をはじめとして、オリンピックは国威発揚の機会と捉える国々も多く、国側もより優秀な選手を獲得したいところでしょう。
世界には、数百人単位で選手を送り込む国もあるかと思えば、参加国の実に48%は、10人以下です。
そのほとんどの国が、その国の出身者を代表としているわけですが、中には、代表選手の大半を外国人選手で賄っている国もあります。

佐野
「まずはこちらの数字をご覧下さい。
そして、これはバーレーンの代表選手12名ですが、このうち、なんと、10名がバーレーンの国籍を新たに取得した選手です。
もともとは、7名がエチオピア、2名がケニア、1人がアメリカから来た選手です。」
 

髙橋
「これはかなり極端な例ということなのでしょうか?」

二宮さん
「これは極端な例で違和感を感じる。
よその国のことではありますが、違和感が残ります。」

髙橋
「中東諸国はオイルマネーが豊かで、その潤沢な資金で選手を集め、強化していると言われているいるが、これは典型的なケースなのでしょうか?」

二宮さん
「バーレーンは中東におけるビジネスの拠点。
交易の中心地になりたい、知名度を上げたいとの思いがある。
バーレーンは国威発揚にスポーツを利用している面がある。」

髙橋
「出身国がアフリカという例が多いですが…。」

二宮さん
「陸上の中長距離に多い。
バーレーンは暑い国なので、屋外でのスポーツは簡単にはできない。
即戦力をアフリカから獲得している。
アフリカの選手もバーレーン代表になることで、サクセスストーリーを築きたい。

髙橋
「選手の都合、国の都合による国籍変更の例を見てきましたが、最後に『単なる都合とは言えない、時代に翻弄されたケース』について見て行きます。」

旧ユーゴスラビア連邦のひとつ、セルビア共和国の自治州だったコソボ。
1990年の独立宣言をきっかけに、アルバニア系住民とセルビア系住民との深刻な亀裂があらためて表面化。
98年、双方の武力衝突でいわゆるコソボ紛争に発展しました。
NATOは、ロシアなどの反対を押し切るかたちで空爆によって軍事介入。コソボは国連による暫定統治下に置かれます。
しかしその後も衝突は絶えず双方の調停は難航。
2008年に、セルビアからの独立を宣言し、コソボ共和国となりますが、国連などには未だ加盟していません。
長年にわたる紛争で多くの住民が周辺国に脱出。多くのアルバニア系住民は、隣国のアルバニアに逃れました。

髙橋
「コソボ共和国は、今も国連から独立の承認を受けていません。
IOCの承認基準も、国連に準拠しており、コソボは出場国と認められていないのが現状です。
そんなコソボに国際柔道連盟・世界ランク7位の実力派がいます。52kg級のマイリンダ・ケルメンディ選手です。」

佐野
「ケルメンディさんはコソボからアルバニアに難民として避難、アルバニアの国籍も取得して、現在は両方の国籍を持っています。
前回の北京オリンピックは、コソボ代表としての出場を目指しましたが、IOCは“オリンピック出場の条件を満たしていない”として承認しませんでした。
それ以降の国際大会はアルバニア代表として参加。
そして、今回、アルバニア代表として、ロンドンオリンピックに出場することになりました。」

髙橋
「コソボ出身のケルメンディさんがアルバニア代表として出場することになった背景について教えて下さい。」

二宮さん
「コソボはアルバニア系の住民が多いので、IOCもアルバニアからの出場を進めた。
ただ、彼女は納得しないということで拒否したと。
アゼルバイジャンからも打診はあったそうです。
アゼルバイジャンはご存じのとおり石油があって潤っている国ですから、なにがしかのオファーがあったんでしょう。
今回は国籍変更によって翻弄されているのですが、救済策をどうするかということが今回、問われていることです。」

髙橋
「紛争によって国籍の取得を明確にはできない。」

二宮さん
「競技で、競技者が代表する国を決定することはIOC理事会が最終的には責任を持つんです。
ところがIOC理事会、今の規約では対応しきれなくなってきている。
かつてと違って、政治の不安定な国はたくさんありますし、そういう選手をどう救済していくかというのは、現実まだまだ追いついていない。」

髙橋
「3つのケースを見ましたが、何となく釈然としない部分もある。
すべてを包含したルール作りは難しいのですか?」

二宮さん
「難しいが、何でもありでいいわけではない。
昔は亡命や難民として、今は金銭のやりとりによって国籍変更している面がある。
国籍変更がビジネスライクになると同時に軽くなりすぎている。
ガイドラインを作っていかないと本筋が歪んでしまうという懸念がある。」

髙橋
「アマチュアリズムから選手のプロ化とオリンピックの商業化いう問題が大きい?」

二宮さん
「アマチュアリズムをかつて厳格に守っていたのはイギリス。
そのイギリスがなりふり構わずメダルを取ろうとしている。」

髙橋
「制度そのものを考えていかないといけない。」

二宮さん
「これからまさに知恵の出しどころで、これが一番正しいんだってのは難しいとは思うが、ベストがなかったら何もやらなくていいのかというとこれも間違い。
ベターな制度をある程度、ペナルティーなどいろんな規則を作っておかないと、野放しになったらオリンピックになりませんよ、そうゆうところから議論を始めないといけない。」

この番組の特集まるごと一覧 このページのトップヘ戻る▲