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【2009.9.21】
練習生が僕だけになってしまい、マサさんとの練習が始まりました。
ロープワークと受け身を見て頂いて「前よりだいぶ良くなっている」と言われました。

【2009.10.20】
練習は、マサさん、宮原さん、僕の3人。
マサさんにロープワークは「良いんじゃない」と誉められました。

【2009.10.22】
この日もマサさん宮原さんと僕。
「もう試合できるんじゃない?」とマサさんに言われました。

【2009.11.23】
Nさんと僕二人だけで練習。
がっつり基礎体力と息あげをやるのですが、水を飲ませてくれず目眩がして倒れそうでした。

【2009.12.2】
この日は、僕が尊敬している某大物レスラーの方と寝技スパーをやりました。
楽しかったです!
この方もうちの事情を知っているので、とても僕らの話をわかってくれています。

【2009.12.10】
この日は、僕の誕生日。
最悪でした。
この日は宮原さん起田さん僕の他にNとSKもいました。
マサさんはいませんでした。
デビュー前ということで半端ない受け身の数、スパーリングをやっている時期です。
練習の終盤、もう疲労困憊の中、Nに言われショルダースルーの受け身をやることになりました。
いつもやらないのに、この日に限って初めての技を受けます。
Nに投げられるのですが、変に落ちたのか落とされたのか、わかりませんが、受け身を取った瞬間、背中が詰まり、声も出せず、動けなくなりました。
ここまでなら自分が下手だったのか、相手が間違って変に投げたかの話でいいのですが、ここからが違います。
倒れているとSKに髪を引っ張られ「立てコラ!骨が折れてるわけじゃねぇんだから、やれ!」と言われ、できないですと目で訴えても10回同じ技で投げられました。
背中がヤバイ状態で、自分でも体がおかしいなと思いました。
この時、もうすでに背骨は圧迫骨折しています。

【2009.12.17】
この日、歩けなくなりました。
あれから一週間練習が続き、宮原さんや起田さんは心配してくれていたのですが、Nからは「そんなことで痛い痛い言うな、気の持ちようだから。痛くても我慢しろ」と言われ、病院に行くことは許されませんでした。
明らかに我慢できる痛さではなかったのです。
マサさんも心配してくださっていて、今だにこの“病院に行かせてくれなかった”エピソードが出てきます。
「あの時すぐ行けばよかったのに」と。

宮原さんに「もうコイツやばいですよ」とNに言ってもらい、ようやく病院に行くことが出来ました。
一人でなんとか車を運転し、病院に無事着きました。
診て貰ったところ「もう動いたらダメな状態です!良く痛みに耐えましたね。一人で車で来たんですか!?歩くのも危険な状態なので、今すぐ入院して安静にしないとダメです!」と言われました。
背骨(正確には胸椎)の圧迫骨折。
神経近くまで亀裂が入っていました。
あとちょっと我慢して練習してたら、胸から下は麻痺。

【2009.12.22】
この日、入院することになりました。
本当は即入院だったのですが、練習生は僕しかいなかったので、直前までコルセットをして寮の雑用をしていました。

いくら痛みに我慢しろと言われても、少しでもおかしいなと思ったら、当たり前だけど病院に行かないといけないなと思います。
いくら一般常識が通用しない上下関係が厳しいプロレスの世界であっても。
このまま、言う通りになっていたら、下半身不随になって取り返しのつかないことになっていました。
こうやって昔の人たちは、みんな辞めていったんだなと、身をもって感じました。
怒りよりも、残念で悲しかったです。

※気分を悪くする方もいると思いますので、限定記事にしていました。
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