2009年4月14日
procedureとprocessを比べる
辞書の原稿を書いていて、一番おもしろいのは、定義をあれこれと調べているときで、特に今回取り上げる procedure とprocess のような似た者どうしのときは、熱が入ります。その一方、それぞれの辞典の定義を読んでいると、一度はこの単語の定義をじっくり考えてくれた先輩がいたんだとなんだか親しみも感じます。紙を介しての、そして時間を超えてのコミュニケーションです。
それはともかく、procedure と process のことを考えていて感じるのは、これらの「定訳」が必ずしも英語での語義に対応していないなという点です。つまり、procedure の場合、特に follow a procedure などは、たいていの辞書は「手続を踏む」とか「手続に従う」と訳しているわけで、「手続」という訳が浸透しているおり、また、process は、ほとんどの辞書が「過程」とか「プロセス」と訳しているはずです。しかし、果たしてそうなんだろうかと疑問がわいてきます。
そこでひとまず「手続」と「過程」の日本語での定義を確かめてみると、「三省堂国語辞典」ではこうなっています。
手続 決められた手順にしたがって事務上のことをおこなうこと
過程 ことがらが進む道筋とその段階
一方、procedure と process の英語での意味を近頃愛用している Macmillan English Dictionary で引くと、こうなっています。
procedure A way of doing something, especially the correct or usual way
process A series of things that happen and have a particular result
ついでに、定義が簡潔にして的確なのでけっこう気に入っている The American Heritage English as a Second Language Dictionary では、こうでした。
procedure A way of doing something or getting something done
process A series of actions, changes, or functions leading to a desired result
要するに、procedure の本質が単なる way であり、process の本質は a series of actions で、しかも何らかの目的ないし結果を想定してものであることがわかります。
してみると、一定の手順にそって事務上のことが進むという、日本語での「手続」は英語での process の守備範囲と重なっていると言えます。現に、「承認手続」を意味する英語は、普通は、approval process です(もちろん、approval procedure が間違いということではなく、多数派の感覚がそうだと言っているだけです)。
どうも、英和辞典の訳にこだわらず、英語の語義から考えた方が自然な訳になると言えそうですし、日本語を起点に考えて、「何とか手続」だから、英語でも「何とか procedure」だろうと考えたところ、実は、「何とか process 」が圧倒的多数派だったりもします。こうした感覚に基づいて、今、まとめつつある procedure と process の項は、こんな感じになっています。
200. procedure 手続、手順
[解説]同義語の processが踏むべき複数のステップを包括した「過程」というニュアンスであるのに対して、procedureは単なる「やり方」というほどの意味になります。[用例]For new employees, we always schedule an orientation meeting to explain company procedures. 新入社員のため、常に、社内手続を説明するためのオリエンテーションを実施している。 * As the trader failed to follow the correct procedure for canceling a wrong sell order, a sell order for 10,000 shares at ¥16 each—instead of sixteen shares at ¥10,000 each—was executed. トレーダー(売買担当者)誤った注文を取り消すための正しい手順を守らなかったため、 (16株を10,000円で売りたいという注文に代えて)10,000株を16円で売りたいという売り注文が執行された。 * The embezzlement went undetected for ten years because of lapse in procedure. 横領は手続が守られていなかったことで、10年、摘発されることなく続いた。 * Parliamentary procedure requires that all remarks be directed to the chair. 議事手続は、すべての発言は議長に向けてなされねばならないとしている。 * We need to review our complaints procedure. 苦情処理の手続を見直す必要がある。 * We test the evacuation procedure at office at regular intervals. 当社では、定期的に避難手続どおりにうまく行くかをテストしている。 * Use standard operating procedures in the event of an emergency. 緊急時には標準業務手順に従うこと。
201. process プロセス、手続
[解説]同義語のprocedureが通常の「手順」を言うのに対して、「始まり」「複数の段階」「終わり」のある一連の「過程」という意味あいが強く、通常、プロセスの先にある一定の目的ないし結果が意識されています。[用例]The two merged companies have begun the process of integrating their business units. 合併した両社は、それぞれの事業部門を統合するプロセスに入った。 * Please note that payment by check will delay the shipment process by the amount of time it takes the check to clear, usually 7-10 days. 小切手による支払は決済されるまで(通常7から10日間)の間、発送が遅れますのでご留意ください。 * We found the problem by a process of elimination. 消去法(=可能性を検討しては否定していくというプロセス)で問題のある所を発見した。 * We had to go through a laborious process of applying for duty-free status to release the goods from customs. 商品を税関から受け出すために、免税品であると認めてもらうための手間ひまのかかる面倒な手続を経なければならなかった。 * We are still in the process of reviewing the proposal. われわれは今なお提案を検討中だ(=提案が検討するというプロセスの途上にある)。 * Research has shown that focusing on outcomes lead to better work processes. 研究の結果、成果に焦点を合わせる方が仕事のプロセスをより良くすることがわかっている。 * Errors or omissions in the application form will slow down the approval process. 記載の誤りや記載漏れは承認手続を遅らすことになる。[☞ もっとフォーマルな動詞を使いたい場合は、「妨げる、阻む」という意味のhamper を使うことが出来ます]* XYZ took a drastic step to speed up the decision-making process within the company—a layoff of 1,000 mid-level managers. XYZは社内の意思決定プロセスを速くするために劇的な手を打った−−中間管理職1,000名の解雇だ。[☞ speed up をもっとフォーマルな感じで言うなら、expediteが使えます。]
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Comments
日向さん、今晩は。
1. 当方の分野(ISO=International Standard Organization=国際標準化機構=企業の標準化の機関)では、Procedureを以下の様に定義して、今の所これが当方の理解にぴったりしています。
"Procedure=Documented processes that are normally used when work affects more than one function or department of an organization."
書類化されているのはProcessも同じですが、多部門に渡っているのは、成る程Processと違うというのが、現場(アメリカの企業)の実感です。
2. Processについては、本エントリーご指摘の「一定の目的ないし結果が意識されている」のは、実感としてあります。
良くこちらでは、”Process improvement"や”Process development"と使います。これは、まさに「一定の目的ないしは結果」の意識があるからでしょうね。決して”Procedure improvement"や”Procedure development"とは使いません。
本エントリーの中にある”In (the) process"は話し言葉でも良く使います。
「あれは、君、終わったかね?」
「スミマセン、まだです(”That is in 〔the〕 process.")」
となぜか、言い訳がましいときに出てきます。これも”In (the) procedure."とはなりませんね。
[返信]
「いちろう」さん、毎度、有益な裏づけ情報ありがとうございます。「Procedure improvement"や”Procedure development"とは使いません」というくだり、なるほどねえと、改めて process の process たるゆえんがわかったような気になりました。業務で何気なく使っている英語もこうやってじっくり見直すといくらでも新たな発見があるものですね。同好の士としてこれからも情報交換、よろしくお願いします。
- いちろう
- 2009年4月16日 10:56
面白いテーマをありがとうございます!法律の翻訳をしていると、「破産手続」(bankruptcy proceeding)のように、「手続」は多くの場合proceedingと訳すのも面白いと思います(この場合、なぜかprocedureとは訳しませんよね)。同じ「手続」なのに、色々ニュアンスが異なり、都度つど適切な言葉が違うのも翻訳を面白くしている一因だと思います。
[返信]
たしかに、この単語はEPONINEさんの世界に属するものですね。proceeding(s)は要するに legal action と理解していますが、おもしろいことに、Barron's Law Dictionary は action より守備範囲が広いとしています。
- EPONINE
- 2009年4月15日 12:24
すみません、前回のコメントが途中でなぜか送付されてしまいました。質問は、
Use standard operating procedures in the event of an emergency. 緊急時には標準業務手順に従うこと。
では、procedures と複数形になっていますが、これがなぜかというものです。従うべき標準業務手順がいくつもあっては混乱するような気がするのですが・・・。
[返信]
日本語には表記上複数形がないのでわかりにくい感じですが、英語として捉えると、可算名詞Xにつき冠詞なしの複数形が取られていれば、見聞きする人は、ああ、あらゆるXを通じての抽象的な話の中でのXと解するので、具体的には、Use "what you call standard operating procedure in general" in the event of...と解され、手順が一つなのか二つなのかという混乱は生じません。
これは、例えば、「ご指示お待ちします」という場合、日本語的には単一の指示の場合でも、英語で表現する場合は、We await your instructions. と言うのと同じことです。ここでも英語を使う人は別段複数の指示を待っているつもりはなく、単に「世に言う指示というもの」を待っているという程度でしか受け止めず、従って、最初から指示が一つか二つかは想定外ということになります。飽くまで抽象的なXということです。