「運命と宿命」 (3) 人の生と死を決める「運命のプログラム」 ―――――――――――――――――――――――――――――― 果たして人には、「運命」や「宿命」といったものがあるのでしょうか。 あるとしたら、それはどのようのものなのでしょう。 一定の考察を辿ったときに、どうやらそれは確かに存在すると考えられるのです。 −−−−−−−−−− −−−−−−−−−− −−−−−−− 『 我々の人生は、確定未来形である 』 ・・・ その三 前回紹介した「双子のジム」の事例により、どうやら我々の人生というのは、あちら側の世界に設定されている「見えないプログラム」によって支配されているらしいということが分かりました。しかもかなり細かいことまで、きっちりと決められているようです。 従って、我々は一見、自分自身の意志で自らの人生を切り開いているかのように見えながらも、実は、すべてが定められたレールの上の出来事であったということになります。 さて、そうすると、当然のことながら我々の生死に関しても、同様に、あらかじめ決まっているのではなかろうかということになります。これもかなりの大問題ですが、そのことを解決してくれる資料がありますので、紹介しておくことにします。 次に紹介するのは、前回紹介した本の、同じ部分からの抜粋です。この部分を、「この世界で生じることはすべて必然である」という認識のもとに読むと、これまではまったく見えなかったものが見えて来ることになります。 「 いくら同じ親から同じ日に生まれた双子でも、別々の人間として生まれたからには、別々の人生を歩むもの。そのはずなのに、世の中には不思議なほどよく似た人生を歩む双子の兄弟や姉妹がたくさんいる。 たとえば、スイスのヘルタ・ヒーデルバームさんとゲルタ・グローワーさんという双子の姉妹は、孫がいる高齢になって、そろってまた子供が欲しくなった。 ふたりは、そろって夫に迫り、そろって妊娠し、同じ日、同じ病院で、同じように女の赤ちゃんを産んだ。 また、イギリスのチェスターフィールドに住む一卵性双生児のパットさんとポーリンさんの姉妹は、やはり一卵性双生児のピーターさんとジョンさんの兄弟と知り合い、結婚した。パットさんとポーリンさんは、同じ時に妊娠し、同じ時に陣痛が始まった。そして、50分足らずの差で出産した。 結婚や出産だけでなく、ケガや病気、死期までいっしょだった双子もいる。イギリスのランカスター州に住むリジーさんとエディスさんの双子の姉妹は、小さい頃から仲がよく、何でもいっしょに行動し、洋服もいつもおそろいだった。 ふたりは同じ日に結婚をし、2軒へだてただけの近所に住み、家を同じ色に塗っていた。やがてどちらも夫に先立たれると、ますます親しく行き来した。 1988年、姉妹が86歳のとき、エディスさんが台所のドアの陰に倒れて亡くなっているのが発見された。警官がこの悲報をリジーさんに知らせに行った。いくら呼んでも返事がないので、不審に思った警官が家の中に入ってみると、なんとリジーさんも、台所の陰で亡くなっているではないか。 検死の結果、ふたりとも死因は心臓マヒであり、しかも死亡時刻は、ふたりともぴったり同じ9時45分とわかった。 また、1945年に生まれた南アメリカの一卵性双生児、ピートさんとダーンさんの兄弟は、小さい頃から、一方がケガをするともう一方も同じケガをするということがよくあった。たとえば、一方が犬にかまれるともう一方もどこかで犬にかまれているという具合で、それは成人してからも続き、どんどんエスカレートしていった。 1964年12月、ピートさんは車の修理をしているときに左手の指を挟まれて、2本失ってしまった。その2週間後、ダーンさんは交通事故を起こし、右の指を2本失った。 さらに1978年2月、ピートさんは交通事故で右目を失った。すると8ヶ月後、ダーンさんも同じように、交通事故で右目を失ってしまったのである。」 ( 『報道できなかった偶然の一致』 秋山真人監修 竹書房文庫 6章 悲劇の運命&奇妙な偶然の数々 これは神様の悪戯か? 双子たちが体験した不思議な現実より ) さて、これを紹介しただけでは、何が言いたいのか分からない方が多いと思いますので、少々説明しておくことにします。 上に紹介されているそれぞれの事例を、我々の人生はすべて「運命と宿命」の糸によって導かれており、我々はあらかじめ定められた「運命のプログラム」に従って「生かされているのである」といった観点から見た場合、およそ次のようなことになります。 ○ まず、スイスのヘルタ・ヒーデルバームさんとゲルタ・グローワーさんという双子の姉妹の場合は、「孫がいる高齢になってから、また子供が欲しくなった」ということでした。 そして、二人ともそろって妊娠し、同じ日に、同じ病院で、同じように女の赤ちゃんを産んだということでした。 これはたまたま二人が共有してしまった「運命と宿命のプログラム」の中では、「超高齢出産」をすることが、もともと定められていたからです。 そのために二人は、そろって妊娠し、同じ日に、同じ病院で、同じように女の赤ちゃんを産むという、一見とんでもない「偶然の一致」が生じたのです。 従って、このことは、生まれて来た赤ちゃんの側からすれば、双子の姉妹による「同時超高齢出産」が、もともと宿命づけられていたことになります。つまり「超高齢出産」という出来事が生じる「人生のプログラム」を、双子の姉妹が共用してしまったことによって、新たに誕生する二人の赤ちゃんの「宿命」も決められたわけです。 ですから双子の姉妹から、同時に二人の女の赤ちゃんが生まれたのは、単なる偶然の積み重ねによるものではなく、やはり「運命と宿命」の糸に導かれて生じた「必然」であったということです。要するに偶然では、人はこの世に生まれて来ないということです。その後、二人の子供たちがどうなったか、これもまた非常に興味深いものがあります。さらなる宿命が待ち受けていたかも知れないからです。 ○ 次の、イギリスのチェスターフィールドの一卵性双生児の、パットさんとポーリンさんという姉妹の場合は、やはり一卵性双生児のピーターさんとジョンさんという兄弟と知り合い、めでたく結婚したということでした。 これは、「父親が○○で母親が△▽の娘は、同じ地域に住む、**と□□の息子と結婚する」という内容が組み込まれた人生のプログラムを、「双子の姉妹」及び「双子の兄弟」が共有してしまったたことによって生じたものです。それによって極めてめずらしい、一卵性双生児同士の結婚が成立したのです。つまり、誰が誰に対して愛情を抱くかという個人の恋愛感情までが、ジム兄弟の場合と同様に、あちら側から操作されているということです。 また、この事例の場合は、その後も引き続き同じプログラムが共有されたことによって、「 同じ時に妊娠し、同じ時に陣痛が始まった。そして、50分足らずの差で出産した。」という、なんとも驚くべき出来事が発生したのです。 要するに、その女性たちが赤ちゃんを産む日時までが、すでに決まっていたということです。そのプログラムを双子の姉妹が共有していたために、わずか50分差の出産になったのです。 従って、逆に考えれば、そうした「宿命」をもった子供たちが誕生することも、やはり決まっていたことになります。ですから、生まれて来た子供たちからすれば、そこに自分達の「宿命」が待ち受けていたということです。 ○ イギリスのランカスター州に住むリジーさんとエディスさんという双子の姉妹の場合は、どちらも夫に先立たれました。そして、姉妹が86歳のとき、エディスさんが台所のドアの陰に倒れて亡くなっているのが発見され、警官がこの悲報をリジーさんに知らせにいったところ、なんとリジーさんも台所の陰で亡くなっていたということでした。 しかも検死の結果、ふたりとも死因は心臓マヒであり、しかも死亡時刻は、ふたりとも同じ9時45分であったというのです。 この場合もまさしく、「運命と宿命のプログラム」を共有したために生じた「偶然の一致」です。少し具体的に説明すると、次のようになります。 この二人は、 ○ 洋服の趣味。 ○ 結婚をする日時。 ○ 住む地域。 ○ 家に塗る塗料の色。 ○ 夫に先立たれること。 ○ 死ぬのは、1988年。年齢は、86歳。 ○ 死ぬときは、台所のドアの陰に倒れ込む。 ○ 死因は、心臓マヒ。 ○ 死亡時刻は、9時45分。 という内容の運命のプログラムを共有していたことになります。 従って、この事例で分かることは、人の死亡の原因も、また死亡の時刻さえもが、すでに決められているということです。その同じ「運命のプログラム」を共有したために、二人は同じ死因で、同じ時刻に亡くなったのです。つまりこれらは全て偶然ではなく、定められた必然であったということです。 そして、これは我々の場合にも当てはまります。つまり人が、いつ、どこで、どのように死ぬかといったことまでが、すでに決まっているということです。 ○ 南アメリカの一卵性双生児、ピートさんとダーンさんの兄弟は、小さい頃から、一方がケガをするともう一方も同じケガをするということがよくあったということでした。 ピートさんが車の修理をしているときに左手の指を挟まれて、2本を失ってしまうと、その2週間後にダーンさんが交通事故を起こし、右の指を2本失ったというのです。さらにピートさんが交通事故で右目を失うと、8ヶ月後にダーンさんも同じように、交通事故で右目を失ったということでした。 この二人の場合は、人生のプログラムのうち、「自分の身体に生じる異変」に関する部分を共有していたことになります。 それによって、一方がケガをすれば、もう一方も同じようにケガをするという奇妙な「偶然の一致」が生じたのです。 この二人は、おそらくまだ存命中と思われますが、果たしてどのような死の瞬間を迎えるのか、非常に興味のあるところです。リジーさんとエディスさんの場合と同様の結末が待っているように思えてなりません。。 さて、これまでのことから双子の場合は、あちら側に設定されている「運命プログラム」を共有しやすいことが分かります。もしこれが三つ子、四つ子では、どういう事例があるのか、ぜひ知りたいところです。 最近は排卵誘発剤の使用によって、多胎児の誕生が珍しくなくなっていますから、もしかすると、さらに興味深い事例が見つかるかもしれません。 ただし、双子の研究に関しては、運命の共通する部分もさることながら、共通していない部分も詳しく調べる必要性がありそうです。それがどの程度の近似値を示すかを調べることによって、あちら側にある人生のプログラムが、どのような仕組みで我々に適応されるかといった「傾向」を知ることが出来るかも知れないからです。 ところで、このように幾つかの事例を見て、それでは前回紹介した双子の「ジム」の場合は、どのような結末に至るのだろうかと、どうしても考えてしまいます。すでに二人が心臓発作で同時に死にかけたことがあったということからしても、それはある程度予測出来るような気がします。 また、これまでは運命というものを、双子に対して同時進行的に生じる奇妙な偶然の一致という点から捉えてきましたが、実は、時代を隔てた人同士でも、同様のことが生じているのです。 「運命のプログラム」というものが、どのような形で人に適応されるかを示す貴重な資料になりますので、次に紹介することにします。 2001. 3. 28. 店主記す |