マルチデバイスに対応する独自の構造化情報
――その後、公開フォーマットとしてテキスト版とXHTML版を選ばれた理由は?
エキスパンドブックを止めたからといって、本のような形で読んでもらうことまで止めたわけではありません。むしろ、青空文庫の最初の目的である、テキストに構造化情報を記述してさまざまな情報が読めるようにする、という視点に立ち戻ることにしたのです。そこで、まずルビタグなどを定義するのであればHTMLではなくXHTMLにしないといけないことがわかり、XHTML版を採用することにしました。
また、テキストデータはそのままのベタな状態ではなく、青空文庫の「注記」と呼ばれる独自のルールに基づいた構造化情報を加えた状態で公開するようにしています。この注記ですが、実はエキスパンドブックのオーサリング作業用のメモとして記入していたものです。何でもいいけれど誰でもわかりやすいよう、日本語の文章で「ここから字下げ」といったような人間が読めるような形式で書かれています。それが結果的に、デバイスや技術の変化にも柔軟に対応できるフォーマットになっているのです。ですから、XHTML版の作成も、テキスト版から自動変換するスクリプトを用いて変換しています。
構造化情報については、標準化のための議論や調整が進行中であることは知っています。青空文庫としてはその調整にまでかかわる余力はないのですが、もし、そこで新しいルールができて必要とされれば、対応することも考えています。基本ルールは既にあるので、変換作業はそれほど難しくないでしょう。
以前なら変換作業を行うツールにしても、自分たちで開発したり、ボイジャーのような技術を持った組織の力を借りたりするしかありませんでしたが、今はインターネットに公開すれば、誰か開発してくれるかもしれないという時代になってきました。青空文庫の作業は最初からネット上にすべてオープンにしてきましたし、運営の手法についても公開すること自体に抵抗はありませんから、自由にデータを使っていろいろなものを作っていただける。実際、もう既に青空文庫を使って新しい電子書籍ビューワを作るという動きが生まれているのです。
青空文庫を読むツール開発が活発に
――青空文庫はさまざまなデバイスで読めるよう、リーダーや変換プログラムなどが公開されていますが、それらの開発に青空文庫がかかわることはあったのでしょうか。
今までにゲーム機や電子手帳、電子辞書などさまざまなデバイスに「青空文庫」が搭載されてきましたが、それらの開発に直接かかわるということはしていません。ただ2004年にボイジャーさんと共同で「azur/アジュール」(aozora unique reader:http://www.voyager.co.jp/azur/)という専用リーダーを開発したことがあります。azurは青空文庫のXHTML版ファイルをパソコンで縦書きで読むのに最適化した、専用ブラウザーとも言えるもの。XHTMLの文法に従って組版情報なども埋め込まれていますので、ルビタグをはじめ、より本に近い表示を可能にしています。これが、私たちが開発にかかわった、唯一のケースです。青空文庫のきっかけは、読みやすいエキスパンドブックでした。けれど著作権が切れて、皆んなのものになった作品のファイルは、広く、長く使えるものであってほしいと考えて、占有技術から離れ、テキスト中心に切り替えました。読みやすさをいったん、あきらめたんです。それを、XHTMLという公的な枠組みに移って、再構築しようとしたのがazurです。
iPhoneが登場してからは、App Storeに青空文庫のファイルを読めるアプリで優れたものがいくつか登場していますが、こちらも青空文庫が作成を依頼したというのではなく、開発者の方が自由に作られているものばかりです。おもしろいのは、こうしたアプリが、組版情報が埋め込まれているXHTML版ではなく、「注記」と呼ぶ青空文庫の独自のルールで記述されているテキスト版を読み込んでいるものが多いこと。注記は、レイアウトやルビ、青空文庫が使っている文字コードにない字を表現するためのものですが、それをアプリ側でうまく変換して読めるようにしているわけです。そうしたアプリは評価も高く、発売から時間が経ってもけっこう売れ続けているようです。
たくさんあるアプリの中には、残念ながらただテキストだけが読めるようにしているものもありますが、それでも青空文庫のコンテンツを使ってみようという動きがあるのはいいことですね。ほかにも自分たちが読みたいデバイスで青空文庫が読めるよう、変換プログラムを公開するといった動きもあり、例としてはアマゾンのKindleで読めるようPDF版に変換するプログラムが公開され、けっこう話題になったことがあります。