Updated: Tokyo  2013/09/02 20:52  |  New York  2013/09/02 07:52  |  London  2013/09/02 12:52
 

【コラム】ウォール街残酷物語、21歳の死が問う現代の奴隷制度

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  9月2日(ブルームバーグ):米銀バンク・オブ・アメリカ(BOA)のロンドンの投資銀行部門で夏季インターンをしていたモーリッツ・エアハルト氏は、プログラムが終わりに近づいていた8月15日、学生用居住施設で意識を失っているところを発見された。その場で死亡が確認され、警察は事件の疑いはないとしている。

これが、21歳だったエアハルト氏の死についてわれわれが知っている全てだ。

いろいろな噂はある。同氏が2週間のうち8回オフィスで徹夜をした、死亡する前の3日間毎日午前6時まで働いていた、極度の疲労によって悪化しがちなてんかんを患っていた、などなど。

同氏の死について誰かを責める前に、亡くなる前の身体・精神の状態についての詳細がもっと明らかになる必要があるし、そもそも責めるべき要素があるのかどうかも分からない。相関や因果関係を判定するのはとても難しいし、判明している事実が少な過ぎる。しかし、この若者とその同僚らを取り巻く世界の空気について、考えてみない理由はない。英インディペンデント紙は「シティー(ロンドンの金融街)の奴隷制度」と断じた。こうした反響があっという間に巻き起こったのは、働き過ぎがかねて問題視されていたからだ。

BOAは8月23日に、事実を検証し職場の慣行を見直す「公式の上級作業部会」を設置すると発表した。体面つくろいの匂いはするものの、恐らく歓迎すべきことだろう。他の銀行や法律事務所、プライベートエクイティ(PE、未公開株)投資会社もこれに倣えばさらに良い。もちろん、これらの職場で働こうとする人々は、仕事のきつさについて十分に承知しているし、それに見合った報酬も得ている。しかしこれは個別の問題ではなく慣習の問題だ。銀行業界やインターン制度、若者に顕著なお定まりの習わしが問題なのだ。

先輩から後輩へ

ニューヨーク・マガジン誌のケビン・ルーズ記者は、銀行業界で特にこの問題が見られるのはある種のメンタリティが働いていると説明する。出世欲がもちろん激務をこなす原動力になるのだが、それだけではないという。「フラタニティー(男子学生の社交クラブ)入会の儀式と同じで、シニアバンカーたちは駆け出しのアナリスト時代にいじめられたりこき使われたりした経験を、何か特別な資格を与えてくれる体験だったと感じ、次世代に受け渡していかなければならないと信じる」という。

これは同じ辛い経験をした者同士という仲間意識につながる面があると同時に、「こき使われた人が次に誰かをこき使う」という永続的な繰り返しを生み出してしまう。どこかで断ち切らなければ、この現象はなくならない。

無給で過酷な労働

インターンという制度にも問題がある。最近よく問題にされるのは若者が極めて低い賃金、あるいは全くの無給で働かされるケースだ。今回は、十分に妥当な報酬は得ていたが働き過ぎていたというケースだが、問題の根は同じところにある。これらの若者たちは紹介状を書いてもらったり正社員として採用してもらったりすることを望むあまり、不公平だ、無茶だと感じることがあっても不満を口にできない。インターンシップというものの性質そのものを見直すべきところにきている。

働き過ぎや、限界を超えてしまったと認めるのをためらう気持ちはバンカーとインターンに限らない。そして、この傾向は特に若者に強い。職場では新人であり、頭角を現そうと一生懸命だからだ。心配してくれる両親とは、もう一緒に暮らしてはいないし、家で待っている新しい家族はまだいない。徹夜でレポートを仕上げ、添付した電子メールの送信ボタンを押した直後に机の前で眠りこけてしまうような悪い習慣を大学時代に培っている。そしてしばしば、自分の体力を過信している。

インディペンデント紙のアーチー・ブランド氏は故エアハルト氏の職業倫理について想像し、次のように書いている。「その短い生涯について見ると、彼が並外れて優秀な職業人になったであろうことに疑いの余地はない。一緒に働いたインターンの1人は『彼はスーパースターだった』。『仕事ぶりは熱心で目的が明確だった。将来偉大な成績を残すだろうと思わせる人材だった』と話している。この追悼の辞を読んで私は思った。エアハルト氏は一息ついてもよかったのにと。既に皆に感心され、高く評価されていたのだから」

酔っ払い就労と同じ

一息つくべき時を知るためには、大人にならなくてはいけないのかもしれない。同氏の早過ぎる死がこんなにも悲劇的なのはこのためだ。しかし個人ではなく組織固有の問題であるなら、もっと強力な防止装置も必要かもしれない。CBSマネーウォッチに執筆するマーガレット・ヘファーナン氏はちょっと違う視点から問題を捉えている。「1晩の徹夜はアルコールの飲み過ぎと同じ影響がある。しかし企業の中では、働き過ぎる人は酔っぱらいとは見なされず、英雄として扱われる」

疲れ過ぎた状態での運転は飲酒運転と同じように危険だということを示す研究結果がある。仮に、若手バンカーが毎朝酔っぱらって出社すれば、誰かが文句を言うだろう。そして、それが上司に毎晩過度の飲酒を強いられているせいだとすれば、システム全体を見直す必要があると考えるはずだ。

パイロットや医者

不正をチェックするためにトレーダーに休暇を義務付けるという話があるが、過労を防ぐためにバンカーに休暇を義務付けてはどうだろうか。

「バンカーに週1日の休暇を義務付けたり、パイロットや医者のように一定期間に働く時間の上限を定めたりしてはどうだろう」とルーズ氏は提案する。しかし、本当の意味での変化は若いバンカーたち自身から始まらなければだめだ。そもそもパイロットと医者の勤務時間が制限されているのは、過労のパイロットや過労の医者は人命を危険にさらすからだ。疲れ過ぎたバンカーも自分という人の命を危険にさらすのではないだろうか。

(ケスラー氏はブルームバーグ・ビューのアシスタントエディター兼プロデューサーです)

原題:Does Intern’s Death Show We Need to Take a Break?(抜粋)

記事に関する記者への問い合わせ先:ニューヨーク Zara Kessler zkessler@bloomberg.net

記事についてのエディターへの問い合わせ先:Zara Kessler zkessler@bloomberg.net

更新日時: 2013/09/02 08:01 JST

 
 
 
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