「書名を覚えたうえで買い物にこい」
 書店員の恨み節の定番はこれだ。書店員たちは日々こんなに努力しているのに報われないと漏らす。しかし、基本的なことがわかっていない。努力の方向が間違っていることに気がつかない。彼らは、自分たちが中間搾取業であることを理解していないのだ。 

 
 人が作ったものを売る。それが仲買であり、卸であり、流通の基本だった。ゲーム産業を見ればわかることだが、街のゲームショップはドンドン潰れている。生き残っているところは、中古ゲームソフトや新古書を扱っているところだけ。ネットがある今、店に赴かずとも商品は予約、購入が可能となった。ゲームソフトは八百屋や魚屋の売っている商品と違って、中身は同じ。品質に差もない。だったら、わざわざ店に行く必要もないというわけ。加えて価格も安い。ゲームソフトと本は再販制度の壁で差があるとはいえ、近年は電子書籍という選択肢もあり、そちらでは紙の本の2割引という価格設定がなされることも多い。つまり、書店は利便性と価格で太刀打ちできない商材を、わざわざ店舗と人を用意して売っている大馬鹿者だといえる。


 利便性、価格で戦えなくなるとしたらどうするか。簡単に思いつくのは規模の利益に望みを託すというもの。書店の大型化や立地戦争の勃発といったことは、書店の未来を危ぶんだ大手チェーンたちの苦肉の策なのだが、中小書店や地方書店はこの戦争(ネット書店)を悪だと決めつけるばかりで、真剣に考えることがない。思考停止してしまっている。書店はいいものだといくら念仏を唱えたところで、潰れるものは潰れるのである。かつてのレコード店、現在のゲームショップがそうであるように、自己の正当性を訴えたところで消費者にとっての価値がなければ消えるしかないのだ。だからこそ、書店は御用聞きをしなければならない。書名があやふやな客や、一期一会の出逢いを求める客を逃してはいけない。品揃えはネット書店に勝てるわけがなく、担当者のオススメ!といったPOPも、今やネットのレビューと効果はさほど変わらない。店づくり、直接的な人との繋がりで本を売る以外、今後書店が生き残る方法はないのだが、どうもそのあたりの理解が乏しいように思えてならない。


 薄々気づかれているであろうが、ネット書店はそもそも本の掛け率が安いのだ。このあたりは具体的には述べないが、わかりやすくするために数字を付すなら、一般書店の掛け率が八〇%のところ、ネット書店には七〇%以下(大きく割り込む)で入っているという風に考えて欲しい。実際書店の利益は1冊2割で、給料や家賃、電気代などが出て行くかなりシブい商売なのだが、ネット書店は無関係。人件費が大幅にカットできる上に流通、中間搾取も少ない。営業マンにガンを飛ばせば、版元も弱腰になって掛け率を下げてくる。加えて私が担当した本など、売上の4割がネット書店だったのだから、もはや無視できない存在なのだ。ひとたび「持ってこい」といわれれば、一般書店にまわす分すら回収し、振り分けるくらいの便宜は図っていた。


 あらゆる部分で不利な状況にあって、どこか選民意識というか、プライドのようなものをチラつかせ、高尚な職業をやっているかのように振る舞う。そんな中小書店や書店員が多いように思う。「人のものを売ってるだけの商売」という表現にカチンとくる方も少なくなかろうが、それが現実であって、これを受け入れなければ次には進めないのではなかろうか。


 夢も希望もないことばかり述べたが、最後にひとつだけ。ある地方の中規模書店は、その書店にくるヘビーユーザーにお願いして、フェアを開催した。そのフェアというものが、客の顔が見えるフェアだった。つまり、その地域の客がオススメする本を並べたわけだ。「鈴木一郎さんフェア」といった具合に。これが予想外に当たった。読書家たちの自己顕示欲に火がついたのだ。あそこで本を買い、店員と仲良くなれば、俺のフェアができるかもしれない…。そう思わせることで、読書家が競い合うように本を買った…というのは一面的なもので、同じ地域に住んでいる人が読んでいる本なら読んでみようという客が相当数いたのではないかといわれている。スーパーにある、生産者の顔写真入り野菜のようなものだろうか。ある地域のある書店だけやたらと動く本があって、どうしたことかと問い合わせた結果、教えてもらったフェアの形であるが、合理化はもちろんだが、単なるPOPや拡材に頼ることなく、こういった工夫も必要なのではないか。本を実店舗で売ることに何らかのメリット、付加価値が必要だ。ネットの利便性や電子書籍の価格に対抗しうる何か、こんなサービスがあれば喜んで金を出すという「ウリ」。シブい商売、激務の中でそれをやれというのも酷な話ではあるが、生き残るにはそれしか手段はないわけで、もしも革新的な付加価値を与えることができれば、逆転の目まである(実店舗型書店の中で、ということになるとは思うが)のではないか。


【追伸】
 これまたとんでもない蛇足であるが、一番売れたフェアの本は地元の整形外科医がおすすめする関節痛の本と、先生が好きな海外の小説だったそうな。
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