連載コラム
[ 2013.5.17 ]
“ビッグデータ”がビジネスを変える
第5回 ビックデータ活用で新サービスを創造する!
─ 顧客行動データ活用で「利便性」や「経済性」を提供する
未来情報解析センター 研究員 山田智之
情報化社会の進展に伴い、私たちの行動は様々な形式のデータとして記録・蓄積されるようになった。例えば、友人がSNS上である家電を勧めているのを見て、電車で量販店へ出掛けてその商品を手に取り、ポイントカードを提示の上、クレジットカードで購入したとする。この時の行動は、SNSの閲覧履歴、「Suica」等による駅の入出場履歴、携帯GPSの位置情報、ポイントカードの消費購買履歴、クレジットカードの取引履歴といった形で保存される。こういった情報を「顧客行動データ」と呼び、事業者はこれらを分析することで顧客の特性や嗜好をより深く知ることができる。先進的な事業者は、顧客のサイト閲覧履歴や購買履歴を分析し、既にマーケティングの1 to 1化や自動化を実現している。例えば、Amazonは顧客の購入履歴に基づいて適切な商品を推薦しているし、またGoogleは利用者のCookie情報を読み取って行動ターゲティング広告を表示している。
近年では、様々な事業者が商品に顧客行動データを活用したサービスをプラスして、新しい価値を提供し始めている。例えばNIKEが提供する「Nike+(※1)」というサービスは、同社のデバイスとそれに連動するアプリで顧客の位置情報や加速度を取得し、走行距離や消費カロリーを計算・一覧表示する。オムロンが運営する「健康管理サービス:WellnessLINK(※2)」は、同社の血圧計、体組成計、睡眠計等から取得したデータをサイト上で整理・加工し、顧客の健康管理をサポートする。また、HEMS(ホームエネルギー・マネジメントシステム)サービスであるパナソニックの「スマートHEMS(※3)」や日本電気の「クラウド型HEMS(※4)」は、機器を設置することで、家庭内の消費電力量や電気料金などの「見える化」を可能し、省エネを促す。これらのサービスに共通するのは、事業者が顧客行動データを収集、整理することで、顧客に「自らの行動を管理できる」という「利便性」を提供している点だ。
顧客行動データには個人情報が含まれている。事業者が顧客行動データを取得し、それを様々な目的で活用する一方で、消費者はサービス利用時に個人情報を提供することについてどう感じているのだろうか。総務省「行動ターゲティング広告の経済効果と利用者保護に関する調査研究(平成22年)」によると、9割以上の回答者がプライバシーを気にしてはいるものの、オンラインサービス利用のためにいくつかの個人情報を登録している。中でも「プライバシーを気にしているが、利便性のためにオンラインサービスに個人情報の登録等を多くしている」と回答した人が男女ともにどの年代においても4割程度存在する。彼らはプライバシー保護とオンラインサービスから受ける利便性を天秤にかけた上で、利便性の方が勝るために個人情報を提供しても良いと判断している。得られる利便性が十分なものであれば、消費者は信頼した事業者に対し、行動データを提供することも考えられるだろう。
出所:総務省「行動ターゲティング広告の経済効果と利用者保護に関する調査研究(平成22年)」より三菱総合研究所作成
今後、事業者は顧客行動データの活用により、「利便性」だけでなく「経済性」までも提供するようになるのではないだろうか。「経済性」を加える利点は二点ある。一点目は、事業者が従来のように一律の値引きサービスやマスキャンペーンを展開するのではなく、消費者一人ひとりに最適化されたサービスを提供することで、収益貢献を期待できる点。もう一点は、対価が「利便性」のみの場合に比べて消費者の行動データ提供の心理的ハードルを低くすることができ、その結果より多くの顧客行動データの取得が可能となってサービスのさらなる精度向上が見込める点である。以下で、既存サービスに顧客行動データ活用を加えることで「経済性」を提供している事例を3つ紹介する。
1つ目は、今や広く普及しているポイントサービスである。ポイントサービスはTESCOによるCRM(Customer Relationship Management)で注目され、現在では「Tポイント」「Ponta」「nanaco」等に代表される多数のポイントサービスが乱立している。多くのポイントサービスは数百円ごとに1ポイントを付与し、それを金券として利用できる形式を取っているが、事業者はポイントカードを通じて取得した顧客の購買履歴を分析しマーケティングに活かしている。近年では、異業種間のポイント連携や共通ポイントサービス提供の動きが活発になっており、共通ポイント圏での顧客囲い込みや相互送客を図っている。
2つ目は、「CLO(Card Linked Offer)」と呼ばれるクーポンサービスである。これは、クレジットカード事業者がカード会員の購買履歴を分析してその会員に合った加盟店のクーポンを提示、会員はその加盟店でカード支払いをすれば自動的に割引が受けられるというサービスである。AMEXやCardlyticsをはじめ、米国では多くのカード発行会社がCLOを導入している。
3つ目は、自動車の走行データに基づき、実際のリスクに応じた保険料を課す自動車保険「PAYD(Pay As You Drive)」である。PAYD自動車保険では、自動車に情報通信装置を搭載し、GPS等を活用して顧客の走行距離や走行場所、走行時間帯、加減速等をリアルタイムに把握することで、リスク水準をきめ細かく判定し保険料に反映させる。米国Progressive Insuranceが提供するPAYD保険では、走行距離が短い場合、深夜の運転や急ブレーキの回数が少ない場合には、支払う保険料が安くなっている。
上記3事例ではいずれも、事業者が顧客行動データをリアルタイムに収集・活用することで、顧客にポイントやクーポン、商品価格割引といった「経済性」を提供している。事業者が顧客行動データからの価値抽出を高度化させるにつれ、行動データの取得と引き換えに顧客に提供できるベネフィットも増大していく。現在、多数の事業者が顧客行動データを活用し始めており、今後は顧客一人ひとりに合わせたマーケティングがより一層求められることになるだろう。言い換えると、「誰」に「いくら」のお得を提供するかという見極めが重要となり、今後ますますデータ分析の重要性は高まっていくと予想される。
顧客データを用いたマーケティングを行う際は、月次単位や性別・年代単位に集計したデータを用いるにとどまらず、ぜひ顧客行動データを用いて一人ひとりの行動に基づいたマーケティングを検討することをお勧めする。
(※1) 「Nike+」 http://nikeplus.nike.com/plus/
(※2) 「健康管理サービスWellnessLINK」 http://www.wellnesslink.jp/
(※3) 「スマートHEMS」 http://sumai.panasonic.jp/hems/aiseg/
(※4) 「クラウド型HEMS」 http://jpn.nec.com/energy/house/hems.html