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争奪編 第一章 激動
第五十四話「赤毛の男」
 ――数日前に話は(さかのぼ)る。
 赤毛の男ギュンガスはレノスの街の珈琲ハウスで、遠い海を眺めていた。
 紅茶のほうが好きだが、たまに飲む珈琲も悪くない。男はそう思っていた。

「くくく」

 男の唇はひん曲がっている。
 もちろんギュンガスは、ドミトリスという男について知っていた。
 男の存在に気がついたのは、もう何ヶ月もまえで、内覧会の参加者を募集するためにレノスの街を訪れたときのことである。
 そのときにはもう、ドミトリスはレノスの街の名士のような立場になっていた。

(しかし、商売で成功すれば、次は上流階層に食い込もうと考えるものなんだけどねえ……)

 まさかここまで足取りをつかませないとは思わなかった。
 最初は、いかにドミトリスの情報を高く主人に売りつけやるか、タイミングを見計らっていた。
 だが、情報を隠蔽しているうちに、ある異変に気がついたのだ。
 まるで運命の流れでも操作されているかのように、中流階層にだけ伝わり、上流階層にまで情報が上がってこない仕組みになっているかのようであった。
 事実、内覧会でも、ドミトリスに関する情報は一切上がってこなかった。
 知っていて当然とでも思っているのか、屋敷を訪れた出入りの商人や、中流階層の関係者の口からもドミトリスについての情報は漏れなかった。
 それならばとギュンガスは、むしろ積極的に運命の流れに従う駒になろうとしたのだ。

「どんな人物かじっくり見定めさせてもらおう。面白くなってきたじゃないか」

 これから四日後にドミトリス主催の集会が催されると広場に掲示があった。
 ギュンガスは、指先でマルク家の蝋印をくるくると(もてあそ)びながら嗤う。
 手紙の封のところに蝋を垂らし、そこに家門の入った蝋印を押しつけると、あっという間に重要書類へと早変わり。封蝋して面会を申し込めばレノスの街の有力者の誰にでも会えるし、どのパーティーにも参加することができるといった寸法である。
 偽造できなくもないが、隙をみてマルク家から拝借してきた本物である。マルク伯爵が使用している蝋印と同一のものであるらしかった。もし街の紋章官に問い合わせても本物と判断されるだろう。伯爵家の少年は、古めかしい双頭の馬の蝋印を気に入っているようで、蝋印が一つなくなったところで気がつきやしない。
 だが正直、赤毛の男は少々、冷や冷やしていた。
 もし発覚したら、あの甘い坊ちゃんのほうはなんとか言いくるめられるにしても、女中長のほうがすぐにギュンガスを排除しにかかるに違いない。
 ギュンガスにとって、あの屋敷で警戒するべきは、あの油断のならない女中長ただ一人である。
 屋敷に来てからしばらく観察していたが、あれは女郎蜘蛛のような女である。屋敷にくまなく糸を張り、自分の望む巣をせっせと(こしら)えている。

「……ははは」

 だが、あれほど聡い女が、いまやレノスで一番、もしかしたら国一番の金持ちかもしれないドミトリスについて知らないのは滑稽でしかなかった。

(もしかしたら今回の一件で、女中長とあの坊やとの関係にヒビが入るかもしれないね……)

 伯爵家の少年は、女中長に不信感を抱くに違いない。並の知性があれば、女中長が情報を隠蔽(いんぺい)していた、そう疑うはずである。
 あの女中長にとっては、ほんの少し指を伸ばした先にある情報に手が届かなかったのは大失態であろう。
 今のところ、あの主従は固い絆で結ばれている。
 だが、強固な絆であればあるほど、ひとたび決定的な楔が打ち込まれたならば、あっさりと剥がれ落ちてしまうものだ。
 今回の一件で、あの女中長をマルク家から追い落とせるかもしれない。ギュンガスはそう睨んでいた。
 一度、関係に(ひび)さえ入れてしまえば、あとはマルク伯爵に屋敷の内情をばらしてしまえばいい。そうすれば二重帳簿を作った責任を問われ追放されるのは、あの女中長である。
 ギュンガスは、うまくやりおおせる自信があった。優秀な女を転ばせるのは得意中の得意なのである。
 女中長とさえ引き離せば、後はどうにでもなると思っていたのだ。
 ギュンガスは基本的にウィルを舐めくさっている。王立学院を首席で卒業したとはいえ、しょせんはヒヨッコである。
 女中長さえいなければ、海千山千のギュンガスには対抗のしようがない。思い通りに操ることができると踏んでいた。
 女中長以外にも、有能な女はいるにはいるが、しょせんは人生経験の足りない小娘どもである。
 たとえば、レベッカなども簡単に潰してしまえる自信がある。事実あの女は、あれほどの頭脳を持ちながら、おろかにも子爵家を潰してしまったではないか。

「くくく……」

 ギュンガスは自身の赤い前髪を右手でひとつまみした。
 左手には手鏡が握られており、そこから見える髪の根元はわずかに黒かった。

「そろそろ髪を染めるのにも飽きたな。……おっとつい口に出してしまったか」

 店内は賑やかであり、ギュンガスの独り言に気がついたものは誰一人としていなかった。
 ギュンガスは自分が色男であることは知っているが、実は周りに思われているほどのナルシストではない。暇さえあれば、鏡で自身の頭髪を観察する習慣がついてしまっただけだ。
 ギュンガスは、目をつぶって現状を整理した。

(次善は、屋敷からあの女中長を追い出してしまうこと……首尾良く行ったら今度はマルク伯爵を片付けないとね)

 伯爵が不慮の事故にでもあえば、ウィリアム少年が爵位を継ぐのだ。
 ギュンガスがこれからのことを思い描いてほくそ笑んだ。

(最善は、もちろん、マリエルとかいう予言のカナリアを掌中(しょうちゅう)に収めてしまうこと)

 そうなれば、マルク家を利用する必要すらなくなるかもしれない。
 そのとき、濡れ(ガラス)のように長い黒髪の女が、ギュンガスの座るテーブルに近づいてきた。
 喪服のような黒いドレスを身に(まと)っている。肌は病的なほど白い。屋敷の白子(アルビノ)の少女と違って、肌に透明感がない。美人ではあるのだが陰気な顔をしており、気味が悪い。

「ギュンガス様。バーバラ様がいらっしゃいました」

 女は、赤毛の男の耳元でそう囁いた。

「分かった。レイシー」

 先日、ドミトリスと接触を図ろうとしていた女の存在に気がついたのだ。
 道ですれ違った瞬間に、ギュンガスは振り向いた。どこか貴族の匂いがしたのだ。
 向こうは全く覚えていないだろう。
 後をレイシーにつけさせて、それとなくマルク家のウィリアムがこの街に来ていることを知らせると、飛びつくように面会を申し込んできた。
 バーバラは、面会を許可する蝋印の押された返書を、震えるようにして受け取ったそうだ。
 主人の名を(かた)ることに何の躊躇(ちゅうちょ)もなかった。ギュンガスにとって使用人とは、主人に使われる人間ではなく、主人を使う人間のことなのである。
 有能な使用人ならば、この上なく上手に主人を使い倒さなければならない。

「バーバラの前でわたしのことをギュンガスという名前で呼んではダメだよ」

「もちろんですとも。ウィリアム様。バーバラ様をお連れします」

 女の顔には蛇のような薄ら寒い笑みが張り付いていた。そして唇から、ちろりと蛇のような舌をはみ出させた。

「はは。レイシー。嬉しそうだね」

「はい。何不自由なく暮らしてきた名家の女が不幸になるのを見るのは、大層楽しうございます」

(何不自由ないタイプの女でも無さそうだけどね……)

 ギュンガスは冷笑を浮かべた。それは二人の女に対してであろう。
 そこで能面のように無機質な女の表情が、突然くしゃりと般若のように歪める。

「ひっ!」

 偶然近くを通りかかったウェイトレスが、黒髪の女の表情に仰天した。

「はっは。修羅場だ。刺されたくなければ離れていなさい。しばらくこのテーブルには近づかないこと。いいね」

 ギュンガスはそう呟いて、ぞんざいにウェイトレスの背をどんと突き飛ばす。

「できれば、わたしが刺されないことを祈ってくれたまえ」

 ウェイトレスは脱兎のごとく逃げ出した。

「わたしだけ。わたしだけ。不幸であってたまるものですか!」

「分かってるじゃないか。また痛い目に遭いたくなかったら、わたしに逆らってはダメだよ」

 ギュンガスが嗤うと、本能的に女はびくりと肩を(すく)め、(おも)ねるような笑みを浮かべて肯いたのだ。

          ☆

「ウィリアム様、今日はわたくしのような女に貴重なお時間を作っていただき恐悦至極に存じます」

 豪奢な赤い巻き毛の少女が緊張した面持ちでそう言って、スカートを摘まんでお辞儀をした。
 少女の全身をざっと観察する。
 年はまだ若いが、体つきは十分な起伏に恵まれている。あと一、二年もすれば、完璧なレディになるだろう。
 スカートをつかむ指が微かに震えていた。
 それでいて勝ち気そうな瞳の底が青い炎のように燃え上がらんばかりなのが良い。

「これはご丁寧に。まあ、そのように畏まらずに、バーバラ様もヘンリー子爵家の生まれではありませんか」

「ま、まあ。良くわたくしのことをご存じで!」

 バーバラは青い瞳を丸くした。
 貴族家の紋章だけでなく家系図があらかた頭に入っているギュンガスには造作もないことである。

「あの、子爵家といっても七女に過ぎないのですが……?」

 バーバラは申し訳なさそうにそう言い添える。

「失礼ながら、令嬢は世に数多くいらしゃいますが美貌の才女ともなると、金剛石よりも稀少でして」

 すると、バーバラは、ぱあっと表情を明るくした。

「あ、ありがとうございます!」

 間違いなく、これでバーバラはギュンガスに好印象をもったはずだ。先に、相手のことを知っているというのが意外なほど効果が大きい。

「マルク家に比べると、吹けば飛ぶような貴族家ではありますが、大変嬉しいです」

(本当にね……)

 ウィリアムを名乗る男――ギュンガスは張りつけた笑みの下で冷笑を浮かべた。
 ヘンリー家は、嫁入りの持参金も出せないくらい経営に行き詰まった子爵家である。それも当然把握している。
 この女は、七女ともなればまともな貴族交際もできないだろうと判断して、王立学院ではなく、中流階層の子息の多く通うシャルロッテ女学院に入学したようである。

(実に小賢しい。虫唾が走るわ)

 そのことに偽の御曹司は大層ご立腹であった。

(精一杯虚勢を張る令嬢が自分から股を開くのが面白いというのに魅力半減ではないか!?)

 笑顔の仮面の下でギュンガスはそう憤慨していた。
 そんなことをおくびにも出さず、椅子の背を引いて、女を座らせてやる。
 中流階層の多く通う珈琲ハウスでやるには、いかにも気障(きざ)な行動だろうがギュンガスは一向に気にしなかった。女を(たぶら)かすのに手段を選ぶつもりはない。

「ところで今日はどのようなご用件ですかな?」

 テーブルに両手を載せて、ギュンガスは、にこにこと微笑んだ。

「あ、あの。ウィ、ウィリアム様は」

「うん?」

 ギュンガスのエスコートに少女はしどろもどろしている。

「王立学院を主席で卒業されたと伺っています。ウィリアム様に比べれば、わたくしなど非才なる身ですが、これでもシャルロッテ女学院で主席を争っておりまして……」

 そう言って、ちらりとギュンガスのほうを上目遣いに見つめた。
 飛び級で入学したウィリアム少年が、少女と同じくらいの年齢ということには頭が回らないようである。

(あの坊ちゃんはそれなりに頭が良いんだっけな……昔の主人を思い出してつい侮ってしまうのだが。あの主人も人だけは良かったなァ)

 ギュンガスは、そうのんびりと考えながら笑みを深くした。
 答えるのに特に知恵を絞って考える必要もない。言葉など息を吐くように、すらすらと口をついて出てくる。

「まあ、わたしにかかれば王立学院を主席することなど容易いことでしたね。シャルロッテで首席を争っているならばバーバラ様もさぞ優秀なのでしょう」

「お、お褒めいただき、ありがとうございます」

「ですが、優秀であるならばトップに立たなければなりません。二番など、その他大勢と変わりがありません」

 ギュンガスは女を煽る。なんとなくそうすると面白そうだったからである。
 すると、女は負けず嫌いな性格をしているようで、青い瞳に目力を込めた。

「も、もちろん、わたくしは自分の優秀さに自信をもっております。ですが、シャルロッテ女学院の女王蜂に選ばれるためには政治力というものが重要になりまして――」

 毅然と顎を引き、自分をできるだけ高く売りつけようとしている。
 貴族の女の顔であ。大好物であった。ギュンガスはぶるっと背を震わせた。

「つまり、バーバラ様はわたしに後ろ盾につくようお望みですね?」

「……っ! は、はい。その通りです……」

 バーバラはぎゅっと白い歯を食いしばった。

「後ろ盾になるのはやぶさかではありませんが……」

 ギュンガスは少しとぼけるようにそう言った。

「ほ、本当ですか!」

 面白いくらいに食いついてきた。そんなバーバラをギュンガスはやや冷めた視線で眺める。
 マルク家を後ろ盾につければ、女王蜂争いは勝ったも同然だとか。たしかレイシーがそんなことを言っていただろうか。
 だが、ギュンガスは中流階層のコップのなかの嵐になど興味はないのである。

「代わりにバーバラ様は、なにを提供していただけますか?」

 そうすると、バーバラの肩がびくんと震えた。

「わたくしに提供できるものなら、なんなりと……」

 貴族家の取引と違って、この女が提供できるものはそれほど多くはない。

「なんなりとでは何のことか分かりませんね」

 ギュンガスは目を細くして、変温動物のように冷たい視線でバーバラを見下ろした。
 すると、バーバラは膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめる仕草をした。
 ここで勝負に出るだろうと、ギュンガスは確信した。

「ウィリアム様は女はお好きでしょうか」

 女は青い瞳を細めた。バーバラは手持ちの数少ない手札を切ったのだ。
 悪くない。貴族の女は計算高く虚勢を張っていないといけない。

「シャルロッテ女学院には見目麗しい女たちが揃っております。もし、お抱きになりたいのであれば何人でもご提供しますわ。女王蜂には逆らえませんから、たとえ何十人でも……」

 ギュンガスが冷笑を浮かべたままだったので、バーバラの言葉は途切れた。

「ご心配なく、わたしに男色の趣味はありませんから……」

 失礼なことを考えているのが分かったので釘を刺してやった。

「す、すいません! わたくしったら、なんて失礼なことを……」

「女は好きですね。ですが……」

 すると、バーバラの肩が哀れに震えた。
 こうやって必死の反応を見せる貴族娘の表情がギュンガスの大好きなのであった。
 女の表情がもっと見たくて、ギュンガスは答えを先延ばしにした。
 そうすると、バーバラは必死の形相で、テーブルの上のギュンガスの手に縋りついてきた。

「ロゼは、ロゼはどのような条件を出しているのでしょうか? わたくしはロゼ以上の条件を出します! どうか、どうか、わたくしの後ろ盾になってくださいまし」

 ギュンガスはその手を振り払ったりはしない。
 こうやって貴族家の女が正体もなく、ぐたぐたになって(すが)りついてくるのを見るのが、ギュンガスは大好きなのである。

(ロゼ? はて。聞いたことのない名だな。こいつのライバルか)

 ギュンガスは優しい目で見つめ返しながら、そんなことを考えていた。

「噂のとおり、ロゼはマルク家に連なる人間なのでしょうか……。トリス様の妹と言っていますが、実はマルク伯爵との隠し子だったりして……」

 その発想はなかった。
 思わず吹き出しそうになった。腹を抱えて笑ってしまいそうなくらい可笑しい。
 だが、それで大体、話の流れは掴めた。

「いいえ。わたしは貴族の血をひかない女性の後ろ盾になったりはしません」

 すると、バーバラの青い瞳が答えに辿り着いたといわんばかりに見開かれた。

「まあ。それでいままでロゼの後援をされていなかったのですね!」

「はい。そのとおりです」

 ギュンガスはにっこりと微笑み返す。
 相手がどのようなステップを踏もうとも、軽やかに合わせてみせる自信がギュンガスにはあった。

「あ、あの……。ウィリアム様には女学院の女を最優先でご提供します。そ、それでどうにか……」

「いいえ、シャルロッテ女学院の小娘には興味はありません。ですが一輪だけ摘みたい花があります」

 ギュンガスはそう言って、少女の手をぎゅっと握り返す。
 意外な男の手の力強さに、びくっとバーバラは震えた。

「バーバラ様。いえ、――バーバラ。わたしの所有物になりなさい」

 バーバラはごくっと喉を鳴らした。

「……ウィリアム様の所有物になるのは魅力的なお話ですわ。わたくしをトリス様の後釜に据えていただけませんか? そうすれば、もっとウィリアム様のお役に立てると思うのです。わたくしはマルク家の女中長としてウィリアム様のために一生涯を捧げたいと思います」

 ギュンガスは唇に静かな笑みをたたえている。
 だが、内心は哄笑していた。ギュンガスには、貴族の娘の無謀さと愚かしさを愛でる趣味がある。

(女中長ねえ。たしかに屋敷の裏の支配者ということで、実権は強いのだがね……)

 マルク家のような大貴族で、女中長として辣腕を振るう。家の存続を諦めたシャルロッテ女学院の女生徒なら一度は憧れるのかもしれない。
 だが、あの女中長に比べたら、目の前のバーバラなど尻の青い小娘にすぎないのだ。そのギャップが面白い。

「わたしはこれから、あなたをわたしに相応しい人間に教育、いえ、はっきり言います。調教させていただきます。わたしに身を捧げる覚悟があるなら、トリスに暇を出しましょう。わたしも、そろそろあの年増にはうんざりしていたところなのですよ」

 そうギュンガスが言った瞬間、バーバラは歓喜と悪寒が入りまじったように、ぞくぞくと背筋を震わせていた。

「わ、わたくしも、女は若いほうが良いと思いますわ!」

 若さが永遠に続くと思っているあたりが愚かしくて素晴らしい。

「わたしは、どれほど過酷な調教すら耐えて見せます。わたしも貴族の端くれですから、どのようなご趣味であったとしても驚きはしません。ですので……わたくしがいればロゼはもう必要ありませんね?」

(おや? こいつのコンプレックスはロゼという小娘か……)

 ギュンガスはそう判断した。

「ええ。必要ありません。あの女は貴族の血を引いておりませんし」

 ギュンガスはにっこりと微笑んだとき、

「おや?」

バーバラの指先が震えていることに気がついた。
 それは緊張によるものではない。

「あ、あら。わたくしったら」

 バーバラは、ぞくぞくと震える手をテーブルの下にそっと隠した。
 可愛らしく、ぺろっと舌を出した。
 この女は愚かにも勝利の余韻に打ち震えているのである。性交のあとの余韻のようなものである。ひょっとしたら下着も濡らしているかもしれない。
 ギュンガスはますます笑みを深くする。
 少女は、輝かしい未来を手に入れたと思っていることだろう。
 だが、すぐに思い知ることになる――。


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