警告
この作品は<R-18>です。
18歳未満の方は
移動してください。
「まず宿に向かおうよ」
ウィルの言葉に、イングリッドを含む女たちが一斉に肯いた。
しばらく滞在するつもりで来ているので荷物はそれなりに多い。
宿に荷物を預けないと、とても身動きが取れないだろう。
周囲を見渡すと、港からほど近い位置に馬車の停留所が見えた。
そこに向かうことにした。
磯の臭いに交じり、人の往来する雑多な臭いがする。
レノスは中流階層の街で、海にほど近いせいか、開放的で気取ったところがない。
だが、とにかく忙しい街だ。
ソフィアは、大きな通りを辻馬車が忙しく往来しているのに目を丸くしていた。
マイヤもきょろきょろと周囲を見回している。
ウィルは何度かこの街に来たことがあるが、いつも人の多さに目を回す。
とりあえず、列に並んで馬車の順番を待つ。
「イングリッドは落ち着いてるね」
ウィルは黒髪の女性を見上げた。
「わたしは王都に向かう前に、この街に立ち寄りましたので」
イングリッドは姿勢正しく立っている。
長身で、身体を鍛えているせいか、立っている姿がとても様になる。
紺色のシャルロッテ女学院の学生服姿であるが、少女というよりは、すでに完成された女性という雰囲気が漂っている。
(年はぼくよりも上だよね。屋敷のなかでは……フローラやアーニー、 レミアあたりと同じくらいかな)
女性の年は意外に分かりづらい。
レベッカのように、ウィルより一つ年上でも外見からすでに大人の女性としての貫禄を漂わせている女性もいる。貴族教育を受けたせいかもしれない。
ウィルの通っていた寄宿学校――正式名称を王立学院というが、入学する年齢には多少の幅がある。
どうやらシャルロッテ女学院も同じようで、ロゼからの手紙で、唯一女学院での暮らしに触れていたのが年齢についてであった。
ロゼはかなり若い部類に入るらしく、珍しく愚痴混じりに周囲は年上の女性ばかりだと書かれていた。
そんなことをウィルが考えながら、ぼけっと並んでいると、
「ウィリアム様。あちらの馬車が空いているようです」
「おい! 後ろが支えているんだ。怒られちまう。早くしてくれ!」
しびれを切らした小太りの馭者が急かしてきた。
もう順番が来たようだ。思ったより、ずっと人の回転が早い。
「みんな。とりあえず詰め込んで」
慌てて、ソフィアとマイヤに指示を出す。
地理に明るいイングリッドが宿の所在地を馭者に伝えてくれている。
手持ちの荷物を座席の奥へと押し込み、馬車へと乗り込む。
馬車の後席にマイヤとウィルが座り、向かい合う前席にソフィアとイングリッドが座った。
天井のついた密閉型の馬車で、中流階層向けということもあって、マルク家で使っているものに比べ、ずっと狭い。
狭い車内で、文字通り膝をつき合わす格好となってしまった。
隣のマイヤとぴっちり太ももが接するくらい、ぎゅうぎゅう詰めである。
マイヤはどこかひっつくことを楽しんでいる様子で、荷物のない左側に座るウィルに半ば体重を預けている。
だが、向かい合うイングリッドとの距離が近いのが微妙に気まずい。
やがて馬車が進み出した。
ソフィアは荷物のうえに左肘をつき、背後から流れる景色を見つめている。
「だれか襲ってきてくれないものか……妹を攫った連中ならなおのこと都合が良い」
ぶつぶつとソフィアが不穏なことを口にした。
(おい……)
さきほど活躍の機会がなかったフラストレーションもあるのかもしれない。
「てめえ! 物騒なことを言ってんじゃねえよ。こっちは、せっかく段取り踏んで来てるってえのに考えが足りなさすぎるぞ」
ソフィアの向かい側に座るマイヤが、ソフィアの膝頭をふとももで挟んで注意を促す。
ウィルは隣に接するふとももに、きゅっとした女の締め付けを意識した。
「いま人目につくのはまずいよ」
ウィルはそう言うと、
「まずいのですか?」
正面のイングリッドがそう訊ねてきた。
「うん。人捜しのためにこの街に来ているからね……」
そういえば、イングリッドにはまだ旅の目的を伝えていない。
ウィルは顎の下に手を当てて、黒髪の女を見つめた。
彫りがやや深めな、目力の強い美人である。
最初、大男を取り押さえるのを見たときは気が強そうにも思えたが、あまり出しゃばらず、ウィルに接する態度はむしろ控えめである。
(うーん、どうしたものか……)
何分、イングリッドとは昨日出会ったばかりである。
事情を伝えて協力を求めたいところではあるが、目の前の女を信用するための確信というか、なにか切っ掛けがほしい。
「おまえなんか、またウィルにあんあん泣かされちまえ」
まだ腹に据えかねているのか、横でさらりとマイヤが喧嘩を売っていた。
ソフィアは、ぎりっと悔しそうにマイヤのほうを睨みつける。
「おっと。少し言いすぎたか。ほら、悪かった。おまえも機嫌直せや」
マイヤはさして動じた様子もなく、ぽんぽんと両足で挟み込んだ太腿を叩くと、ソフィアはぷいっと窓のほうを向いた。
ウィルは少しどきりとしながら身守る。
黒髪のウィッグをつけた少女は、やがてぽつりと呟く。
「……わたしの発言も少し軽率だった」
それで手打ちとなったらしい。
マイヤは好き放題言ってもなぜか周囲の女たちから反感を買わない。
ウィルの従者にうってつけである。
やがて馬車が段差を乗り越え、車内が揺れる。
砂利道から、石畳の街道へと入ったのだ。
慌てて乗り込んだこともあって、ウィルとイングリッドはお互いに足を挟み合うような体勢で座っている。
「……っ」
馬車が揺れる度に、ふともも同士がこすれあう。
車内に人の体温が篭もる感じがして、微妙に息苦しい。
イングリッドは、ぎゅっと肩を竦めるようにして座り、ウィルのほうにちらちらと恥ずかしそうな視線を送っている。
ズボンは通気性を良くするためか、生地が薄い。
隣に座るマイヤのひだのついたスカート生地よりも、よほど体温を伝えてくれる。
接していて、鍛え抜かれた脚ということは分かる。
良質の筋肉というのは柔らかい。
そして、イングリッドのものは、吸いつくような、もちもちとした女性の丸みを失っていなかった。
そんなふうにウィルが頭のなかで論評していると、
「あ、あの……」
イングリッドは恐縮しながら口を開いた。
足を組み替えようという提案なのかなとウィルは思った。
「あ、汗の臭い、気になりますか?」
(汗……?)
昨日の凛々しい大立ち回りが嘘のようにイングリッドは、もじもじとしていた。
見ると、イングリッドの淡い紺色のスウェットの脇の下が、汗で変色している。
馬車の窓の外から、右手で可愛らしくぱたぱたと空気を取り込もうとする所作を見せた。
「わたしは昔から汗っかきで、女の子からも汗臭いって言われるんです」
そういえば、屋敷に体臭の強い女の子はいない。
ソフィアもマイヤも体臭が薄い。
妙に馬車のなかに女の子特有の甘い匂いが充満する気がしていたが、どうやらイングリッドのものだったようだ。
だが、そこまで気にするほどだろうかとウィルは思う。
「どれ」
横のマイヤが、斜め前方のイングリッドに向かって鼻先を近づけた。
赤毛の少女が、紺色の学生服の胸もとで、くんくんと鼻をひくつかせる。
「こ、困ります……」
「女同士なんだから、いいじゃねえか。ふうん……。べつに大したことねえんじゃないか。べつにワキガってわけでもないし。平気だと思うぜ」
「よ、良かった……」
イングリッドは椅子からずり落ちんばかりの表情を見せた。
「へえ……」
ウィルが、軽く鼻をひくつかせると、
「こ、困ります!」
黒髪の女は軽く唇を噛んで、上目遣いに睨みつけてきた。茶色い瞳は心なしが潤んでいる気がした。
(あっ……男に匂いを嗅がれるのは流石に嫌か)
だが、強気で凜とした女性にそんな一面を見せられると、思わず、そそられてしまう。
若い女特有の少し酸っぱい蒸れるような感じがするだけで、べつに不快な臭いではなかった。
(寄宿舎の寮の男臭さといったら酷かったからなあ……)
特に、洗濯物が山積みになったバケツの悪臭といったら凄まじかった。
女学院では、汗の臭いには風当たりが厳しいのかもしれない。
あれに比べたら、全然平気である。
「気にしなくてもいいよ」
「お、お気遣いありがとうございます! 申し訳ありません。道中、もう少しだけ、もう少しだけ我慢ください」
ウィルは苦笑を漏らした。
「本当に気にならないのに。マイヤ、女だと気になったりするものなのかな?」
「どうかなあ。イングリッドって女からモテるだろ? ひょっとして構いたい周りの女どもが言ってるだけなんじゃねえか?」
マイヤの言葉に、イングリッドは、ぱちぱちと長い睫毛を揺らした。
「たしかに、わたしは回りから妙に世話を焼かれるかもしれません。ですが汗臭いの事実のように思います。身体を動かした後は、すぐにタオルを押しつけられますし。必要ないと断ったら、涙目で汗臭いと抗議を受けました……。あれにはわたしもそこまで汗の臭いが酷いのかとショックを隠しきれませんでした」
イングリッドはやや天然気味のようである。
いかにも女の園といった感じがする。
そうこうしているうちに、馬車は街の中心部へと入っていった。
左右には白い煉瓦造りの二階建て、三階建ての建築物が続いている。
太陽の光を受けて眩しく輝く白亜の街並みに、ソフィアが目を丸くして、子供のように窓にかじりついていた。
「イングリッドは卒業後のあてがあるの?」
風を顔に受けながら、ウィルは反対の窓側に座るイングリッドにそう問いかけた。
「……正直な話、武官として王宮に勤めることしか考えていませんでした。例年、シャルロッテ女学院からは数名の生徒が入隊しておりまして、わたしは自分が合格できるだろうと思っていましたので、とても困っております」
つまり、次のアテはないということだ。
それを聞いて、ウィルは馬車の天井を見上げた。
「なあ。もうこいつで良くないか? オレは結構こいつが気に入ったぞ」
赤毛の少女がそう言ったので、苦笑を漏らす。
「条件を提示してやればいい。マルク家では腕の立つ女が求められていることだしな」
「ほ、本当ですか!」
イングリッドが勢い込んでそう言った。
その拍子にふとももが擦れる。
「うん。情勢がきな臭いこともあって、一部の女中には新式の施条銃を持たせて射撃訓練までさせている」
ウィルはイングリッドのふとももの感触を楽しみながらそう答える。
「射撃訓練……! すばらしい。しかも施条銃で」
イングリッドは目を丸くした。
マルク領はしばらく平和な時代が続いたので、マルク家を研究している女学院の生徒とはいえ、マルク家に武官の口があるとは考えつかなかったのだろう。
「シャルロッテ女学院でも銃器の扱いは教えるんだよね?」
以前、トリスがそんなことを言っていた。
「はい。よくご存じで。わたしのように王妃親衛隊に入隊を希望するような、ごく一部の生徒に対するカリキュラムですが……」
「マルク領は草原に接しているから、遊牧民と小競り合いになる可能性もある。必要に応じて部隊を指揮する機会もあるかもしれない。武装家臣団を組織しようかと思っているけど、能力さえあればべつに女でも問題はない。ただ、王妃親衛隊と違って、いつも安全な場所でというわけにはいかないよ」
危険があるということは言っておかなければいけないだろう。
「……願ってもない。率直に言って、お飾りの親衛隊より良いように思います」
イングリッドは息を弾ませるように言った。
(まあ、あれだけの腕があれば、自分の実力を試したいと思うよね)
ウィルは肯く。
「王宮に仕えるのと違って、ソフィアやマイヤが来ているような女中服を着てもらうよ」
ウィルがそう言うと、黒髪の女はマイヤの黒地のスカートに視線を落とした。
「べつに金糸の刺繍に憧れたわけではありません。ただ、馬に乗るのにスカートは少し動きにくそうですが……」
「もし邪魔になるようならさすがに考える」
そう言ってウィルは苦笑いを浮かべる。
西方には、昔ながらの伝統を守り、キルトと呼ばれるチェック柄の男性用のスカートを着用している軍隊もある。
なぜか下着をつけないのが正式で馬に乗るときはズボンに履きかえるらしい。
男のスカートのなかを覗くのはご免だが、女中の下着なら問題ない。
(あ、でも。ほかの男に見られるのは嫌だな……)
ウィルはそんな勝手なことを考えていた。
「昨日披露したとおり、腕で男に引けは取らないつもりです」
イングリッドは手の平を胸にあてて、真剣な表情でウィルに訴えかける。
いつのまにか面談をしているような雰囲気というか、面談そのものになってきた。
「うーん。なんか、まどろっこしいなあ」
突然、横に座るマイヤがそんなことを言い出した。
「そ、そう?」
「うん。あとはオレに任せろ」
「まあ、そこまで言うなら」
ウィルは不思議な面持ちで肯いた。
マイヤの口から発せられた言葉は――、
「イングリッド。おまえ、ウィルに股を開くつもりがあるか?」
「ぶっ」
ウィルは思わず吹き出した。
触れあうイングリッドの太ももが、こんなに硬くなるのかと思うくらい、強ばる。
女の体温が生々しい。
「ちょ、ちょっと! マイヤ」
「こういうのは、最初にはっきり教えてやったほうがいいんだ。たとえマルク家に潜り込むことができたとしても、ウィルに股を開く気がないなら、イングリッド、おまえは重用されない。いまマルク家はそういう仕組みになっているんだ」
「あ、あのね。マイヤ……。ぼくは女の子を立場を利用して手籠めにするような真似を……するつもりはないんだけど?」
後半尻すぼみになりながら、ウィルはそう言って、弁解する。
いままで一度でも立場を利用したことがないかと聞かれたら正直困るのだが、一応、積極的に地位を嵩に着るような真似をしたくないと思っていることだけは事実である。
「なあ、ウィル。肌も合わせないような女をおまえは雇うメリットあるか? 腕が立つ護衛を雇いたければ男を雇えばいい。おまえの護衛なら予算も出せるだろ。あえて女を雇うのは、なにか女のほうが都合が良い面があるからだろ」
そう言われてみて、ウィルは顎の下に手を当てて真剣に考え込んだ。
「言われてみると王妃親衛隊を女で構成しているのも、王宮に入るのに女のほうが都合が良いからだね」
「だろ?」
「でもね、女の子のほうにも、ぼくのことを仕えるに足る主人として認めてもらいたいんだ」
「んなもん、そんな肩肘張らなくても何回かヤれば自然に情も移るって」
マイヤが当たり前のようにそう言った。
「おまえ、以前、屋敷の中で襲われたことがあるって言ってたろ。リッタ絡みで。オレ、ああいうの心配なんだよな。寝ているときも、女を抱いているときも、いつでも近くにおいておける女の護衛がいたほうがいい」
(う……)
ウィルはおそるおそるイングリッドのほうを見やる。
イングリッドはただ唇を真一文字に引き締めて聞いているだけだった。
「ごめん。こんな話をされたら不快に思うよね」
「……いえ、教えてくださってありがとうございます。活躍する機会を与えてもらう代わりに身体を差し出す。現実問題、そう悪い取引ではありません」
イングリッドは意外に落ち着いた口調でそう言った。
「それに、身体を使うというのは、シャルロッテ女学院の卒業生なら多かれ少なかれ誰しもやっていることです」
「え、そうなの……?」
ウィルは少し戸惑い気味に訊ねた。
「はい。シャルロッテ女学院には艶学という講義があるくらいですから」
「艶学……?」
初めて聞いた気がする。
「艶学というのは、性の技巧を身につける講座のことです。女が能力だけで栄達を重ねるのは難しいことですので」
(あ、ああ……なるほど)
トリスがあの超絶技巧をどのようにして身につけたか不思議に思っていたのだ。
「ち、ちなみに講師は女性?」
「え? あ、はい……。女学院への男性の立ち入りは禁止されており、講師もすべて女性で構成されています」
ウィルはそれを聞いてほっとした。
それはトリスに対してであり、ロゼに対してである。
「でも、どうやって講師をスカウトしてくるの?」
「高級娼婦の道を選ぶ卒業生は毎年一定数おりますので」
(高級娼婦……)
以前トリスが娼館に避妊薬を卸していると言っていたが、どうして娼館と繋がりあるのか、ようやく合点がいった気がした。
「娼婦など穢らわしいとお思いかもしれませんが、女の社会進出はそれだけ厳しいものですから」
「あ、うん。分かっている。それは大丈夫」
ウィルとて、女性の社会進出の厳しさは、なんとなく実感している。
たとえ教養があっても、女が自立を果たせる職業というのはそれほど多くはない。
一応、家庭教師がその代表的な職業と言われている。
幼少期に、トリスに追い出された三十半ばくらいの家庭教師は、職を失って、しくしくと哀れに泣いていた。
その後、その家庭教師がどうなったかはあまり考えたくない。おそらく現実は厳しいのだろう。
「その、あの……。王都での入隊をアテにしていたわたしは必要ないだろうと思って艶学を受講していなかったんです。……ですから、わたしは殿方を喜ばせる技巧に自信がありません。……わたし処女なんです」
イングリッドは肩を縮こまらせて、俯いた。
狭い馬車のなかで、太ももの触れあう女に処女だと打ち明けられ、思わずごくりと生唾を飲み込んだ。
座った姿勢なのでズボンの膨らみは目立ってはいないだろうが、ウィルの下半身には血液が集まりはじめていた。
(つ、着くまえに鎮めないと……)
ウィルがそう思ったとき、がくんと急停車した。
俯いた姿勢のイングリッドが前につんのめって、女の膝からふとももがウィルの男性器の裏側をなぞり上げる。
(う……お、おお……)
痛くはない。むしろ気持ちが良い。
そして、意外に量感のある胸の膨らみが、ウィルの顔を包む。
ウィルは、女の腰に手を回して、受け止める。
女のウエストラインが予想以上に細く、くびれていることに気がついた。
「す、すみません! 大丈夫……です……か。なんか……か、固い感触が……」
予想よりずっと早く馬車が停車したようである。
お互いに慌てて身体を離すのだが、気まずい雰囲気になってしまった。
そのとき、隣のマイヤがむんずとウィルの股間を掴んだ。
肩に手でも置くような無造作な動きであった。
少女の細い指先が、血液の集まった亀頭の形を確かめるように、擦った。
「う……ちょ、ちょっとマイヤ!」
「イングリッド。気にするな。男は女が欲しくなれば勃起する。あたりまえの生理現象だ。……ウィル。このくらいならまだ女は必要ないだろ。我慢できなくなったら相手してやるから言え。とりあえず宿に荷物を運んでしまおう」
赤毛の少女はそう言って、てきぱきと荷物を運びはじめる。
マイヤが事務的で少し寂しい。
ウィルは、むずむずして落ち着かない股間を見下ろしながら苦笑いをした。
☆
宿にはギュンガスはいなかった。
もともと合流を約束しているのは明日の夜である。
どこで何をしているかは知らないが、いなくてもおかしくはない。
当初は、陸路でレノスに向かうと伝えていたが、運よく船が見つかったため、予定より随分と早く到着したのであった。
宿屋に荷物を置き、身軽な格好で出てきた。
宿で休憩するほどの時間はないが、バーバラとの待ち合わせまで、少し余裕がある。
白い煉瓦造りの街並みをゆっくりと練り歩いた。
目の前には、紺色のセーターに、濃紺色のズボン、後頭部からは、なんとなく引っ張りたくなるような一本の黒い髪束がぶら下がっている。
ずっと先頭を歩く、イングリッドの形の良いお尻を眺めていた。
きゅっと締まったお尻は、歩くたびに軽く揺れる。
あの健康的に引き締まったお尻の谷間に挿入したら、さぞ気持ちがよいことであろう。
しかも処女である。
「ウ、ウィリアム様、さきほどから、なにやら視線を感じるのですが……」
長身のイングリッドが背筋を震わせながら、ウィルのほうを振り返る。
「あ、気にしないで。考えごとをしていただけだから」
「き、気になります!」
「仕方がないじゃないか。あんなふうに誘惑されたんだから」
ウィルは、笑って答えた。
「べ、別に誘惑したつもりは……」
馬車を降りる直前に、のし掛かれたのは良くなかった。
あれでウィルの気持ちのタガが緩んでしまった。
「絶好の自己アピールだったじゃねえか。あれ以上うまくはできねえよ」
マイヤがニヤニヤと笑う。
「心外ではあるのですが……」
イングリッドが肩を落としながら溜息をつき、気持ちを切り替えるように首を左右に振った。
「ここです。ウィリアム様と面会できると知ればバーバラも飛び上がらんばかりに喜ぶでしょう」
そう言われて、ウィルは到着したことにようやく気がついた。
視線を上げると、珈琲ハウスの看板が見える。
香ばしい匂いが漂ってきた。
ウィルは紅茶派であったが、たまに飲む珈琲も悪くはない。
珈琲ハウスは、情報がいち早く集まる都会の社交場である。
店内に足を踏み入れると、恋人との逢瀬を楽しんでいるカップルがいるのが見えた。
新聞を片手に議論している男がいる。
商談をしている男がいる。いま一番話題になっているのは、天井知らずの小麦価格であろうか。
「ソフィア。それ重くない?」
「ん。平気だ」
ソフィアは布に包まれた六尺棒を軽々と肩に担いでいる。
珈琲ハウスには似つかわしくない大荷物だが、まあ怒られはしないだろう。
「それより、ウィル。あまり寄り道はしてほしくないのだが」
せっかく妹のいる可能性のある街までやってきたのだ。逸る気持ちはよく分かる。
「イングリッドには助けてもらったんだから仕方ないよ。船に乗れた分、予定より早く街についているしね」
「おまえが船酔いでへばってなければ、真っ直ぐ行けたんだ。少しくらい我慢しろ」
「最近マイヤはわたしに厳しい」
「ゲロの始末までしたら、自然とそうなる」
マイヤの言葉に、ソフィアは憮然とした。
「約束の時間まで、まだ間があります。すみませんが、ここでお待ちください」
イングリッドの言葉に、ウィルは頷いてテーブルへと着席する。
すぐにやってきたウェイトレスに注文を済ませる。
客間女中のフローラに少し雰囲気が似ていたが、あんまり美人ではなかったのですぐに関心を失った。
「これから会うバーバラは、イングリッドの友人なんだよね?」
「盟友であり、上司といっていい間柄ですね。一応わたしはバーバラ派ですから」
(たしかバーバラ派は上流階層にコネが強いんだっけ?)
昨日、イングリッドがそんなことを言っていた気がする。
王都の親衛隊に入隊するつもりなら、上流階層に強い勢力の下につくのが自然な選択肢だろう。
「どんな人?」
「赤毛の巻き毛で、いかにも女王蜂候補生といった外見の少女です。かなりの美人ですよ。ヘンリー子爵家の七女です」
「ああ……。ヘンリー家の」
そういえば、ヘンリー家の七女だか八女だかが美人だと、友人のカヤック――ヨハネ男爵が口にしていた気がする。
ということは、いかにも貴族然とした女性なのだろう。
ウィルの通っていた寄宿学校――王立学院の生徒は大半が男なのであるが、気位高い女性が多かった。
赤毛ということで、なんとなく押しの強いイメージが沸いた。
(あれ……?)
子爵家の令嬢で、向学心旺盛なら、王立学院に来るのが筋合いである。
そうすればウィルの後輩になっていたはずである。
「でも、なんで……」
そう言いかけてウィルは思い出した。
ヘンリー家が次に没落する可能性のある貴族家の一つとして名前が上がっていることを。
正直、貴族家の破綻は人ごとではない。
レベッカのムーア家は破綻して、ウィルのもとに身を寄せているが、実のところ彼女の待遇はウィルの気分次第である。
没落すると、どこまで身を堕とさなければいけないか、なるようになるしかない。
もしムーア家の清算人がサディストであったならば、レベッカは夜な夜な死んだほうがマシという苦痛にむせび泣いたことだろう。
王都はいま、王兄派と王弟派が争っている。
情勢はどうなるか分からない。一寸先は闇である。
ウィルはぶるっと身を震わせた。
「バーバラは女学院に入って女王蜂になるほうが、まだ未来があると思ったそうです」
イングリッドが微笑んだ。
「へえ……」
たしかに破産寸前の貴族家の七女ともなれば、王立学院で寮生活を送って貴族の人脈を広げたところであまり意味がないだろう。
シャルロッテ女学院を選んだのは、英断かもしれない。
「どんな性格の子かな?」
ウィルはバーバラという女性に少し興味を覚えた。
「時間にとても厳しく、必ず約束を守る女性です。あの……。差し出がましいようですが、できれば、バーバラと取引をすることを考えていただけないでしょうか?」
「え? 取引?」
ウィルはそう訊ねると、イングリッドは顔を赤らめて下を向いた。
「ウィル。察しが悪いぞ」
横からマイヤがぼりぼりと赤毛の頭をかきながら口を挟んだ。
「身体だよ。カ・ラ・ダ。貴族家の権力争いと違って、使える金も権力も限られているんだ。いくら頭の良い女が知恵を振り絞ったとしても、できることといったら、そのくらいしかないだろう?」
「あ……」
「そ、そのとおりです……」
「ごめんな。横から口を挟んじまってよ」
「いえ。正直助かりました」
目の前のイングリッドが長身を縮こまらせて、額の汗をハンカチで拭っている。
いかにも苦労性の副官といった感じがした。
「バーバラがこの街に来た目的は、メイベル派の後援者に食い込むことです。この街には卒業生を送り込みたい中流階層の資産家が大勢いますから。ですが、マルク家と良い縁が持てるならバーバラはウィリアム様との取引を優先するでしょう」
「なるほど」
(勢力比は四対三対二と言っていたっけなあ……)
詳しいことが分からないが、バーバラの勢力は三ということは、ロゼの二を取り込めば、メイベルの四を上回る計算となる。
「それと、その……。バーバラは処女ですよ。だれに差し出すか悩んでいると言っていました……。本人が身体を張る場合もあれば、部下の女の身体を差し出す場合もあります」
イングリッドの言葉に、ウィルは天井を仰いで苦笑を漏らした。
どこもかしこも勢力争いである。
王国という大きな単位で勢力争いが繰り広げられていれば、女学院という小さな単位でも勢力争いが繰り広げられている。
「す、すみません……。わたしたちも必死でして」
べつに不快感はなかった。
むしろその優秀さが好ましいと思った。
シャルロッテ女学院の卒業生は、屋敷に入り込んだあと、各自で勢力争いをはじめるのだろう。
乳母としてマルク家に入り込んだトリスが、家庭教師の職を奪い取り、女中長にのし上がったように。
(うーん、どうしたものか……)
話の流れから行くと、ウィルはバーバラの身体を要求することができるようである。
配下に加えるのにイングリッドは理想的な女であるが、こうなると話は面倒だ。
(まず、ロゼに手紙かな……)
ロゼのほうの事情が分かるまで、迂闊な言質を与えるのは避けたほうがよいだろう。
(あーあ……)
ということは、イングリッドに手出しはできないし、もちろんかなりの美人というバーバラに伽を要求することもできない。
しかもウィルが手折らないならば、イングリッドの身体がこの街の資産家に渡ってしまうかもしれない。
ウィルはちらりとソフィアのほうを見た。
体調も回復して、妹を探す気合い十分といった感じである。
(ここに来た本来の目的を見失わないようにしないといけないな……)
イングリッドは惜しいが、最優先事項はソフィアの妹を手に入れることである。
そのとき、ぼーんぼーんと広場のほうから定刻を知らせる音が聞こえてきた。
昼の三時である。
イングリッドが、はっと顔色を変えて、周囲をきょろきょろと見回していた。
「おかしいですね。時間になってもバーバラが現れない」
イングリッドが硬い表情をしている。
ウィルは、珈琲を啜りながら広場の柱時計に視線を送った。
「ん? いまが待ち合わせ時間なんでしょ? 遅れているんじゃない。ちょっとくらい別に気にしないよ」
「いえ。バーバラが時間に遅れるなんて有りえません。何があっても必ずここで待ち合わせをすると約束をしていました。メイベル派の妨害を警戒していましたから。すいません。すこし席を外させていただきます」
イングリッドは血相を変えて、椅子を蹴る勢いで立ち上がった。
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