町火消しに出入りする旗本の3男坊は、実は8代将軍・徳川吉宗の世を忍ぶ仮の姿。身分を隠し、庶民の暮らしぶりを肌で知ろうとしていたのである。松平健さん主演の人気時代劇「暴れん坊将軍」はそんな設定だった。
目安箱の設置に満足せず、喜びを庶民とともにし、悲しみをすくい上げようとする姿勢は、創作とはいえ見上げたものだ。ただ意地悪な見方をすれば、一方で自らの地位や生活が約束されているからできること、と言えなくもない。
この人は違った。約束された地位を捨て、幾多の困難が待ち受けているに違いない道をあえて選んだ。渡辺隆浩さん、35歳。東大卒、防衛庁のバリバリのキャリア官僚が、兵庫県警の交番勤めの一巡査に転身した。
千葉県警に課長として出向した経験が転機となった。警察官の活動に接し、国の制度づくりよりも、現場に出て体を張って、一つ一つの事件で困っている人を助けたくなったのだという。
高校卒の年下の上司に怒鳴られることもあるだろう。キャリアが人間関係の足かせになることもあるだろう。まして彼は課長職まで勤めた。傷つくプライドもあるだろう。それでも彼は、困難と同じだけ喜びも得られると信じ、現場に飛び込んだ。
本当はこんな人こそ中枢に残り国を動かしてほしいが、どこの組織でもえてしてそうはならないものだ。彼の人生に幸多からんことを願うとともに、上と自分しか見ていない人たちが、もっと城下の声に耳を傾けるようになればと願う。(G)