伊坂幸太郎インタビュー “恰好悪いけど恰好いい”という感じのものが好きなんです
頭の中で念じたことを、他人に言わせることができる――そんな奇妙な超能力を手に入れた主人公・安藤。折りしも政界ではムッソリーニを彷彿させる犬養が台頭しはじめていた。今や押しも押されぬ人気作家である伊坂幸太郎さんの新刊は、超能力者VSファシズム政治の対決を描いた『魔王』。「今までの伊坂さんとちがう」と話題の作品について、お話をうかがいました!
伊坂幸太郎
伊坂幸太郎
1971年千葉県生まれ。東北大学法学部卒業。2000年『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。2003年『重力ピエロ』が70年代生まれとしては初の直木賞候補となる。2004年『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞を受賞。『死神の精度』で第57回日本推理作家協会賞を受賞。ほかの著書に『チルドレン』『陽気なギャングが地球を回す』など。

“所詮は腹話術じゃん”という滑稽さがいい

魔王
『魔王』(伊坂幸太郎/講談社)
――『魔王』とはまた、シンプルなタイトルですね。

漢字二文字だし、あまり恰好つけてる感じがしないし、僕は気に入ってるんですよね。12月に出る『砂漠』もそうなんですが。

――伊坂さんの今までの作品は、タイトルも内容も、スタイリッシュでカッコいいイメージがあるんですが……。

ああ、つらい言葉ですね(笑)。僕はもともとスタイリッシュなものは好きじゃないんですよ。パンク・ロックみたいに“恰好悪いけど恰好いい”という感じのものがずっと好きでして。自分ではもっと不恰好なものを書いているつもりなんですけど、洗練されてるとか言われてしまうんですよね。何でなんだろう、とかよく考えるんですけど、もしかしたら、ユーモアの部分がお洒落だと思われてしまうんでしょうか? 僕はユーモアのないものって嫌いなんですよ。かわいいもの、ファニーなもの、馬鹿馬鹿しいものが好きだからいつもユーモアを出そうとするんです。で、ユーモアと気のきいた会話のちがいって微妙ですよね。だから、そうとらえられてしまうのかもしれません。あとは出版社の人たちが装幀を恰好良くしてくれるので、それに騙されてるんじゃないですかねえ(笑)。

――『魔王』も〈腹話術〉の設定など、伊坂さんらしいユーモラスな部分がありますね。主人公の安藤は〈腹話術〉を使ってファシズム政治と対決しようとするわけですが、頭の中で念じてるだけだから、ハタから見ると戦ってるんだか、戦ってないんだかわからない。

政治家と対決するといっても“直接総理官邸に乗りこんでいく”みたいな話は、僕には書けないんですよ。日常生活と地続きにある戦いしか描けない。いきなり安藤くんが武器を仕入れて、ランボーみたいに戦うというのも、それはそれで面白かったかもしれないですが(笑)。やっぱり日常とつながっていくことじゃないと、ワクワクしないんですよね。それと“所詮は腹話術じゃん”という滑稽さが好きなんです。戦っているといっても、全部安藤くんの思いこみかもしれない。遊園地で誰かに狙われてると思うシーンなんか、ほとんど被害妄想じゃないですか。最後は本当に危険な目にあうんですが。

――安藤の対決相手として出てくるのが、ムッソリーニ(第二次大戦期のイタリアの独裁者)にそっくりな、犬養という政治家。彼が単純な悪役として描かれていないのも面白かったです。

僕はけっこう、犬養さんに肩入れして書いてたんですよ、実は。“いい政治家だな”と思うし。ちゃんと責任をとるし、自分の利益よりも国全体の未来を考えている。そのために人に嫌われることもいとわないって、大事なことだと思います。

――ファシストだから悪いヤツなのかなと思いきや、いいことも言っている。〈私を信用するな。よく、考えろ〉とか、〈おまえ達のやっていることは検索で、思索ではない〉とか。

そうなんですよ。逆に“安藤くんのほうが余計なことをしてるんじゃないの?”とも考えられますよね。だから“ファシズムがどうしていけないのか?”と別の登場人物に語らせたりして、バランスをとったんです。読んだ方は安藤くんが善で犬養が悪だと思うかもしれないんですけど、僕としては比較的、ニュートラルに描いたつもりなんですよね。まあ、大勢の人が自覚なく、流れていくこと自体はやはり、怖いですけど。

――ファシズムも怖いんですけど、大衆のなかで嫌米論が広がって、安藤の友人のアメリカ人・アンダーソンの家が燃やされてしまうところも怖かったです。なんだかリアルで。

今は日本がアメリカについていっている状態だから、小説に書くなら逆にしたほうが現実とダブらなくていいかなと思って。世の中が反米になったら、ああいうこともあるかなぁと。でも僕の趣味として、あの場面でアンダーソンにおろおろされたくなかったんですよ。なんだか切ないじゃないですか。

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