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| ☆★☆★2013年08月29日付 |
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| 「所変われば品変わる」―昨日に続いて本日は葬式編。当地のしきたりと比較するほど各地のそれを体験したわけではないが、それぞれの土地柄があり、戸惑うこともある▼まずは同じ県内から。奥州市での葬儀に初めて参列した時。案内を頂いていたので式後のお斎、当地でいう「忌中払い」に臨んだ。ところがお斎会場の入り口にも別の受付があり、てんでが別の不祝儀袋を差し出すのを見てあわてた。一般の弔問は「御霊前」だけでいいが、案内を受けた場合は「御仏前」を別に用意するのが風習だったのだ▼霊前、仏前一緒に包む当地とは異なるのは盛岡でも同じで、この風習を知らないと受付で気まずい思いをするからご注意。通夜、葬儀の受け止め方も千差万別で、当地だと葬儀を第一義と考えるが、通夜の方を重視し、葬儀の弔問が案外少ない所もあってこれまたカルチャーショックを受ける▼通夜には一般弔問客にまでお斎を用意する所もあり、これまた意外感に打たれた。つまり葬儀より通夜重視の場合がこうなるのだろう。通夜には入り口で冷や酒をいただく風習の土地もあり、昔ながらの伝統が生き続けていることをうかがわせる▼当地では近年まず火葬を終え、それから葬儀、忌中払いというのが当たり前になったが、都会では葬儀が終わってから火葬し、火葬の間に忌中払いというのが主流のようである。とはいえ、土地によってはまだまだ異なるしきたりもあるはずで、本来なら事前に調べるなり、遺族に聞くなりをしておくべきなのかも。 |
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| ☆★☆★2013年08月28日付 |
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| 「所変われば品変わる」というが、結婚式で開宴の前に「おちつき」を出す当地方の風習などはその好例だろう。そもそもその出発はなんだったのかを考えることはご先祖様たちの思考法を推察する好個の材料となるはず▼「えっ、これなんですか?」と外来の賓客に必ず問われる一風変わったもてなしの由来、根拠を正確に答えることは難しい。少なくともその由緒を書いた古文書などを見たことはないから、司会者が開式前に披露するその儀式の解説を型どおり信じるしかない。しかしその「定説」に釈然としないものがあるのも事実で、ずっと疑ってきた▼正餐の前に二つの椀に入れられた餅と麺を振る舞うというのは、どう考えても二重手間でありそこに疑問を差し挟む余地があって当然。これを前菜と考えるのは少なくともムリがあり、それでなくとも結婚式の祝膳には食べきれないほど山海の珍味がフルコースで並べられるのである▼元々よそ者である当方が、長じて結婚式に招かれるようになってこの風習を知り、興味を抱きつつその出自≠ノ推理を働かすようになったのは幼き頃の思い出とリンクしたからに他ならない。それは父親が宴会の帰りに自宅に持ち帰る折り箱のことである▼宴会で食べてしまえばいいものをわざわざ持ち帰るのは、それを楽しみにして父親の帰りを待つひもじい子どもたちのためだった?「御振舞」料理をまさに家中に振る舞うため、お膳に手をつけない─それこそ食糧難時代の思いやり。それが「おちつき」ではないかと。 |
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| ☆★☆★2013年08月25日付 |
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| フランスで外国人観光客の国別サービス・マニュアルが作成されたその中で、日本人観光客のスタイルを「安心を強く求める」性向とした上で「その場で文句を言わず帰国してから批判する」と注意書きが付けられた(読売)とか。よく見ている!▼民族性を表すジョークに登場する日本人は、大体が自己主張をせず、穏便に済まそうとする特性を見抜かれている。たとえば、ビールにハエが入っていた場合、ロシア人「ハエごと飲んでしまう」ドイツ人「ハエをすててビールを飲む」アメリカ人「大声で怒鳴って、次を注文する」イギリス人「口もつけず、皮肉を添えて店を出る」とそれぞれのアクションがあるのに対し、日本人は「黙って店を出る」▼「ドイツ人は考えてから走り、イタリア人は走ってから考える。イギリス人は歩きながら考えるが、日本人は周囲と同じように走る」といった観察があるように、遠慮がちで争いを好まないために声の大きい民族の前にはどうしても不利な立場に立たされる▼そんな民族的特性が外交上においても「遺憾なく」発揮されて、その結果国民がどんなに悔しくかつ不利益をこうむってきたか、その例は枚挙にいとまがないほどだが、そんな特性はあいかわらず変わっていないようである▼国民性を一朝一夕に改めよと言われてもどうにもならないが、「帰国してから批判する」のは相手を傷つけまいとする思いやりからで、その場で文句を言いかつ帰国してからも批判し続ける民族よりはまだましだろうと弁解しておこう。 |
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| ☆★☆★2013年08月24日付 |
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| まずは第1ゲート通過というところか。ILC(国際リニアコライダー)の国内候補地として名乗りを上げていた東北列藩≠ノ勝利の女神がほほえんだ。ただしこれから諸国との綱引きが待っており、それに勝ったとしても8千億円という事業費をどうするか、国の出方もありゴールまでにはリニア(直線)どころか曲折だらけだろう▼ILCとは、宇宙の始まりにかかわる素粒子を調べるために使われる超大型直線加速器とその関連研究施設、スタッフなどの一大基地を意味する。宇宙の謎を探る先端技術集積だけにその巨大投資とそれによって生まれる研究都市のもたらす経済効果を期待して本県の北上山地と九州の脊振山地の2カ所が誘致にしのぎを削っていた▼国内の候補地を決めるILC立地評価会議が昨日、北上山地を選定したと発表したことでILCを東北振興の起爆剤として誘致にスクラムを組んでいた東北各県、とりわけ北上山地を抱える本県は第1関門をクリアした喜びにわいている。なにせ奥州市から一関市、気仙沼市にかけて長さ31〜50`の地下トンネルを掘り、直線加速器を据え付けるこのプロジェクトがもたらす恩恵ははかりしれないからだ▼本県が期待するのは学術的意味というより経済的波及効果の大きさというのが本音だが、事業費の半分は地元負担とあって政府が首をタテに振るかどうかは未知数。したがって今後はまさにコライダー(衝突)の繰り返しが予想されるが、本県にとって偉大な一歩が印されたのも事実だろう。 |
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| ☆★☆★2013年08月23日付 |
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| 塩分の過剰摂取による高血圧症や心臓病を心配して味噌汁を敬遠するきらいがあると知り、日本人の伝統食がそう簡単に否定されていいものかと疑問を抱いていたが、まさにその通り。それは心配しすぎだとの結果が出た▼塩味の濃い調理が好まれる秋田県民の嗜好が高血圧症を招き、死亡率を高めているとの研究結果が公表されて以後、塩分薄めが食事一般の主流となってからもう半世紀以上も経つだろうか。そういう傾向に逆らって老生が塩分濃いめを保ち続けているのは、味が犠牲になって何の食ぞとの信念からである▼秋田県に行くといまだ塩味が濃く、県民性とはそう簡単に変わるものではないことを覚える。だからこそ塩味はそのままで高血圧症にならない研究が盛んになってもいいはずと思うのだが、減塩が健康維持のための真理と化した現代、研究者には徒労とはなから取り組む意欲など起きまい。だが、塩分を含むからといってミソもクソも一緒くたにしていいものだろうか?▼そう感じた研究者が味噌汁について調べたところ、同じ食塩濃度でも食塩水と比べて味噌汁は結果としての食塩摂取量が少なくなることが分かった。おまけに味噌汁の成分は血管を広げる作用を持つ可能性もあるというのだから、伝統食と他とをとても同列には扱えまい▼この研究からもうかがえるように、食には神秘的な領域があるはずで、味噌汁にも何か秘密があって当然。当方塩分も糖分も摂りすぎだから「こうすれば中和するべ」と抗弁するのだが、それも一理はある? |
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| ☆★☆★2013年08月22日付 |
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| ANA(全日空)の見事な企業姿勢が現場の動きにもそのまま反映されていることに感心し本日もその続きを書くことにした。一社の対応がそれだけにとどまらず、日本全体の好感度を増すその効果は小さくないからだ▼今回の旅で往路に利用したキャリアー(航空会社)は米国、復路はANAという組み合わせは日米の対比をくっきりとさせる上できわめて有効だった。それは日本で近年しきりに使われるようになった「顧客満足度」とか「コンプライアンス(法令順守)」といった言葉が少なくとも日本側では一人歩きしていないことを証明していた▼旅客機という、行動が制限される密室空間の中での、楽しみといえば機内食ぐらいなものだろうか。だからこそ各国のキャリアーはその特色を際立たせるが、ファーストクラスやビジネスクラスはともかく、最低ランクのエコノミーにはそう多くを望めない▼だが、日本の2社は以前から評判が高く、復路2度にわたって供されたANAのそれはいずれも2つのメニューから選べ、内容もまずは合格点を与えられるものだった。客室乗務員の応対も細やかで、ナショナルフラッグ(国家代表)のJALの苦戦を尻目に自立健闘してきただけのことはある▼対する米国代表(社名はあえて伏せる)は、以後2度とは利用したくないと思わせるに十分で、この勝負は日本側の圧倒的な一本勝ちだった。コスト中心の西欧的合理主義と「損して得取れ」の日本的商法とをはしなくも見比べて日本の将来を確信できたのは収穫だった。 |
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| ☆★☆★2013年08月21日付 |
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| キャビンアテンダント(客室乗務員)といえば、花形職業だった。もっともわれわれ世代はスチュワーデスという名前の方がピンと来る。それがバブル経済崩壊後は人気も急降下。コスト削減のターゲットとなり、正社員から契約社員待遇となった▼人件費削減を狙いにパート社員が増大しているご時世に、その全日空(ANA)が来年度からキャビンアテンダントをすべて正社員として採用することに決めた。最初から正社員として雇用することで、離職率を抑え労働意欲や能力アップを目指すという。格安航空会社などとの競争が激しくなり、雇用が安定する正式採用で優秀な人材を確保するという理由もうなずける▼しかし、コスト全体を減らすことが企業者の使命とあらば、これまで進めてきた人件費削減にブレーキをかけることにならないような計算はしているはず。コスト削減のしわ寄せは、その業種にもよるだろうが、製品の品質低下や安全性の欠如といった形で表れることもある。とくにもわずかな判断ミスが大事故につながる可能性が高い航空会社にとっては、今回の方向転換≠ヘ、企業哲学のなせる技か、はたまた労使のバランスを取ったものか、いずれにせよ大英断であることに違いない▼めったに利用することのない身分のエコノミー客とて、空を飛べばキャビンアテンダントの笑顔に安心を委ねるしかない。英断の陰にある本音は「安全なくして利益なし」か、それとも「利益なくして安全なし」か、ここはしっかり企業姿勢を注視する必要がある。 |
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| ☆★☆★2013年08月20日付 |
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| 家の中にいては分からなかったことも、外から眺めると別のものが見えてくるというが、それは悪い面だけを意味するわけではない。良い面も知らされて感謝の気持ちが深まる場合もあるだろう▼かつての敵国であった「鬼畜米英」のその一方の相手が、今や同盟の紐帯を深めなければならない大事な「トモダチ」となっているという事実を、祖国のために戦って犠牲となった慰霊たちはどのような思いで見ているのだろうか?▼払暁の異国の空を眺めながら、漠然とそんなことを考えたのは、やはりそこに時の流れ、歴史の綾というものを感じざるを得なかったからだろう。歴史の証人としての役割などと大そうなことを言うつもりはないが、70歳という歳月の流れの中で感じた大きな変化は、この歳月が両国に恩讐を超越させる何かをもたらしたことだけは確かと言えるだろうか▼時は記憶を風化させる一面を持つが、日本という国は過去にこだわらず、ひたむきに前を向いて歩いてきたことが結果として単なる経済的成長に止まらず、精神的な充実をも同時になしとげたと見るのは褒めすぎだろうか?確かに戦争という過ちを犯しはしたが、その反省まで怠ったわけではない。その結果が、現在の安定なのだと思う▼エトランゼ(旅人)として久しぶりの米国を観察し、改めてこの国の持つパワーと広大な国土の優位性を羨みつつも、しかし日本はコンパクトながらいい国に育ったなという思いをいやが上にも抱かざるを得なかった。これが最大の収穫だろう。 |
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| ☆★☆★2013年08月18日付 |
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| われわれは国内外の動きを毎日の報道から得ているが、それがありのまま伝わるということは到底不可能だから、実際にはごく一部を知らされているにすぎない▼久しぶりに海外へ出る機会があり、そんな実感を強くした。日本の政治や社会現象に対して海外のメディアや識者などから寄せられる情報や意見は、ごくごく抽出されたものであり、それに時にはバイアス(偏り)がかかっていることも避けられないためそれのみで全体像と捉えることはムリがある▼中国も韓国も反日ですっかりこり固まっているように見えるが、それが表層をなぞったものにすぎないと思われるのは、実際に最近両国を訪れてきた人の話や両国から来日した人々の声を聞くとさほど緊張が高まっているわけでもなさそうだからである▼成田空港では両国の若い人たちの姿が非常に目についた。同じ米国行きの機内もこれらの若者たちで占められていた。こうして海外に渡って視野が広がると、実相を見る目が養われ意図的な宣伝工作や誘導には踊らぬようになろう▼それにしても同じアジア系の中でも中国人の姿が行く先々のどこにでも見られるのは驚くばかり。裕福な家庭の子女たちが旅行しているばかりでなく、自由のない母国を嫌ったり、将来の不安に備えての「移民」もあるに違いないが、その点日本は恵まれている▼他国に比べて比類のない便利さと安心を享受できるこの国に住む幸せを見直したのはいいが、スーツケースにがたが来て思わぬ出費となるおまけまでついた。 |
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| ☆★☆★2013年08月16日付 |
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| 終戦記念日の昨日は新聞各紙がそれぞれ「敗戦特集」を組んでいたが、毎年同じような論調にはうんざりした。戦争突入の原因は日本だけが一方的に悪いという「歴史認識」をこう繰り返されたら、次代を担う若者たちが誇りを持てなくなるだろう▼戦後日本の底流を流れてきた自虐的歴史観が新たな論考を受け入れそうな気配を一向に見せないのは、それが時代に逆行するような烙印を押されることを誰しもが警戒するからだろうか。若い頃、林房雄著「大東亜戦争肯定論」を読んで歴史を多角的に検証する必要性を知らされたが、同書を認めたら右翼とたちどころに断罪されかねないのが現実だ▼それはさておき、昨日の産経に評論家の石平氏が書いていた一文が面白かった。反日教育を徹底している中国で国民が日本をどう見ているかを、人民日報社が開設しているミニブログに寄せられた声から拾い上げているのだが、誰もが物事を一面だけからしか見ていないと思ったら大間違いのよう▼「日本の教科書が真実を教えない」という批判に「中国の教科書こそ嘘ばかり」と反論が返ってくると思えば、南京虐殺を取り上げた政府が「お前らこそ多くの中国人を殺したのではないか」と逆襲されるといった具合に、民衆は見るべきものをきちんと見ているようである▼他のサイトで、日本と中国とどちらの教科書が嘘つきかと質したら中国と答えたのは日本の数倍だったよし。安倍首相は靖国参拝を見合わせたようだが、「ああ無用!」の気兼ねだった。 |
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