チャイナタウンの奇々怪々
ニューヨークのチャイナタウンで奇妙な現象が起きた−−。
ニューヨーク市街マンハッタンにあるチャイナタウンといえば、世界各国の中華街でも最大の規模を誇る。ニューヨークを訪れる日本人にもすでにおなじみの観光名所でもある。
そのチャイナタウンには無数の中華料理店やクリーニング店、雑貨店、そしてアパート群などが密集する。住む人、働く人は当然ながらみな中国系である。活気にあふれる地域社会だが、そこに生きる人たちは大多数が中国本土からやってきてまだ年月の浅い低所得の階層にみえる。
現実にニューヨークのチャイナタウンは住民の居住条件の面では「大都市の貧困地域」と評され、アメリカ全体の社会問題の象徴として論じられることも多い。そこに住む人たちは貧しい層だという認識である。
ところがその貧困であるはずのチャイナタウンの中国系住民たちから、いま展開するアメリカ大統領選挙への政治献金が異様なほど集中して、注ぎこまれたのだ。しかも選挙管理当局に届けられた献金者の名前や住所をたどっていくと、実在しないケースが多かった。ユーレイ献金者なのだが、実際の献金はきちんと相手の政治家の下に渡されているのだ。
その相手というのがいまのアメリカ大統領選挙キャンペーンで最大のハイライトをあびている民主党候補ヒラリー・クリントン上院議員なのである。
このチャイナタウンからの中国系住民からの巨額な資金、つまりチャイナ・マネーの奇々怪々な流れがこのところアメリカのマスコミでしきりと報じられるようになった。
そもそもチャイナタウンの住民の平均所得は2000年の国勢調査では年間2万1000ドルだった。いまの通貨レートでも約230万円という低所得である。その住民全体の45%が「貧困層」とみなされた。政治家に寄付をするゆとりはほとんどないはずなのだ。その状況を証明するように、2004年の大統領選挙では、全期間を通じて、ニューヨークのチャイナタウンの住民たちから民主党候補のジョン・ケリー上院議員に寄付された資金は総額2万4000ドルにすぎなかった。
ところが今回の大統領選では今年4月に同じチャイナタウンの一住民が一括して集めた募金だけでも、ヒラリー女史あてになんと38万ドルの献金がなされた。チャイナタウンの住民はそもそも中国からアメリカにきたばかりで、アメリカ国籍も永住権もない人たちが大多数である。どの角度からみても、いまこの中華街からヒラリー女史に集中して多額の献金が流れ込むという状況は奇々怪々、不可思議なのである。
だがこうした異様な献金の実態はアメリカ大手マスコミで報道され、連邦選挙委員会(FEC)など当局の公的資料でも確認されているのだ。
チャイナタウンからヒラリー女史への奇怪な献金について最初に暴露したのはロサンジェルス・タイムズとニューヨーク・ポストの両紙だった。両紙とも10月中旬、調査報道の形であいついで長文の記事を掲載した。まずその両紙の報道の要点をたどってみよう。
▽チャイナタウン関連の中国系献金者150人以上のうち、50人以上は届け出た住所や電話、職業の記載が間違いか、虚偽であり、大多数は選挙権がなかった。
▽チャイナタウン内部に居住する中国系献金者74人に連絡をとろうとしたが、そのうち連絡がついたのは24人だけだった。そのほとんどが福建省出身で、同省出身者の「協会」組織から指示されて献金をしたと答えた。
▽イ・ミン・リウ(劉)という中国人男性は登録記録では1,000ドルをヒラリー候補に寄付したことになっているが、実際には福建省出身者組織が資金を出したと明かした。
▽シュー・ファン・リ(李)という中国人男性は1,000ドルをヒラリー候補に寄付したことになっているが、届け出の住所にはそういう人物はまったく住んだことがないと隣人たちが証言した。
▽サン・チュン・リ(李)という中国人男性もヒラリー候補に1,000ドルを寄付したことになっていたが、届け出の住所はゴミに埋もれたような建物で、住人たちはそういう名前の人物は知らないと答えた。
要するに、こういうミステリアスな実例が山のように報告されているのだ。
アメリカの選挙法では、大統領選など連邦レベルの選挙で個人が1候補に献金できる上限は2,300ドルである。献金できる資格はアメリカの国籍、あるいは永住権の保持となる。しかも他人の資金や名前を使っての献金は違法である。
ところがこれら調査報道によると、ニューヨークの中華街住人たちは国籍も永住権もなくても献金し、自分の資金ではないのに献金し、組織から指示されたために献金し、と、違法だらけなのである。
しかもこうした中国系住民からの献金は民主党ヒラリー候補あてに集中し、現実には背後の大きな中国組織が系統的かつ大規模に実施しているのだ。このへんから浮かんでくるのは、中国当局が在米中国人を使って、民主党のヒラリー候補に集中的に政治献金を投入しているのではないか、という疑惑の構図である。中国政府が動いていることを明確に証する材料はない。だが福建省主体の組織が明らかに献金活動のイニシアティブをとっていることは何人もの中国系住民によって証言された。少なくとも個人レベルでの政治献金ではないことが確実なのである。
では、いったいなんのために、そうした中国系「組織」は民主党大統領候補のヒラリー女史に標的をしぼって、違法な献金までして、支援するのか。
表面だけをみれば、その目的はもちろんヒラリー候補にアメリカ合衆国の次期大統領になってほしい、ということだろう。だがそれはなんのためなのか。ヒラリー・クリントン大統領が誕生すれば、アメリカ国内の中国系住民の立場が有利になる、ということなのか。あるいは中国にとって、より好ましい状態が生まれるということなのか。ヒラリー女史は大統領として、共和党候補よりも、あるいは他の民主党候補よりも、中国政府が望む対中政策を打ち出すだろう、という目算があるのか。
真実の目的や理由を特定することは、この段階ではきわめて難しいが、中国パワーがなんらかのはっきりした目標を設けて、アメリカの大統領選挙を自陣営に有利に展開させるため、違法となることも覚悟のうえで、政治的な動きをスタートさせたことは確実だといえよう。
だが、そもそも選挙権も永住権もない中国系の人たちから、法に違反してまで、多額の政治献金が大きな規模で、しかも組織的に、特定の候補、特定の政党に注ぎこまれるという現象は、いかに「移民の国」アメリカでも、いかに政治や選挙のプロセスが開放されたアメリカでも、異常である。日本での場合を想定してみれば、その異常さがわかる。
日本に滞在する中国人たちが違法滞在者まで含めて多数が一丸となって、たとえば民主党の小沢一郎代表に政治献金を贈る。献金した人の届け出住所を調べたら、そんな人間は住んでいない。住所さえも架空だった。しかもその献金は個人の資金ではなく、中国系の大きな組織から出されていた−−。
こんな状態を想像すればよいのだ。いかに奇怪な現象がいまのアメリカの選挙に起きているかがわかるだろう。
「犯罪人」ノーマン・シューが狙い撃ちにした民主党議員
さて中国系がらみの巨額の政治献金では、さらに大きな実例がある。現実にアメリカ全体を揺るがせたといえる大規模な不正献金事件だった。しかも事件はその氷山の一角が露呈されただけで、調査や捜査はまだまだ始まりにすぎない。
このケースも献金を受ける側はヒラリー女史を筆頭とする民主党の候補たちである。ただしチャイナタウンの例とは異なり、献金先はきわめて多数の民主党政治家たちに広がっていた。
巨額の資金をヒラリー候補らに文字どおり湯水のように贈っていたのは、中国系ビジネスマンのノーマン・シュー(徐)という人物だった。
このチャイナ・マネーの流れは大手紙ウォールストリート・ジャーナルの調査報道によって最初に明るみに出された。
今年8月末の同紙は長文の記事で、刑事事件で有罪宣告を受けて逃亡していた中国系のミステリアスな自称実業家ノーマン・シュー被告が近年、ニューヨークを拠点に民主党の大統領候補や連邦議員候補たちに広範に政治献金をしている−−という骨子だった。この記事は同時に、犯罪逃亡人のシュー被告がサンフランシスコ在住の低所得層の中国系家族に同様の代理の政治献金をさせていた、とも報じていた。
このウォールストリート・ジャーナルの報道が水門を開けた形となり、「中国系ビジネスマンの疑惑の巨額政治献金」は、いっきょに全米大ニュースとなってしまった。大手メディアのニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CBSテレビ、CNNテレビなどもいっせいに後追いの報道をした。
これら大手メディアは従来から民主党支持の傾向が強く、選挙報道では民主党候補のネガティブな動きには消極的なのだが、それでもさすがにこのノーマン・シュー不正献金事件は無視できなかったのだろう。大々的なニュースとして報じたのだった。そこに保守志向のFOXテレビやウォールストリート・ジャーナルがさらに加わり、追跡の報道となった。
こうした報道の結果、驚くべきチャイナ・マネーの実態が明らかとなった。ニューヨークのチャイナタウンの住民たちの献金とは、規模も構造も異なるケースだった。シュー被告は犯罪逃亡人の身であるにもかかわらず、民主党筋でも全米有数の献金者となっていたのだ。
この献金、つまり政治・選挙資金の寄付には、個人の対応方法としては2種類がある。
第1は個人みずからが自分の資金を寄付する方法である。前述のように1人の献金者が1つの選挙につき1回、1候補に対し2,300ドルまでという制限がある。第2にはバンドリング(束ね)と呼ばれる、まとめ募金方式である。この方式では1人の個人が多数からの寄付を一括してまとめて献金する。あくまで個々人の寄付が基礎だが、バンドラーと呼ばれる束ね役がいて、この人物の貢献度が高く評価される。シュー被告は自分個人としての寄付のほかに、この束ね役を頻繁に果たしてきたのだった。
シュー被告は2004年の大統領選挙で民主党候補のジョン・ケリー上院議員に2,000ドルを献金したのを手始めに、この4年間ほど、民主党政治家ばかりを対象に、ものすごい寄付活動を展開してきた。
このシュー被告の献金活動の実態は当初に報道され、公式の政治献金記録や個々の政治家の言明で確実となった部分だけでも、以下のようだった。
▽ヒラリー・クリントン上院議員に大統領選資金として個人の資格で約30,000ドル、束ね役として他の協力者から集めた数十万ドルを寄付していた。
▽同じ大統領選挙の民主党候補バラク・オバマ上院議員に個人としてと束ね役として合計約20,000ドルを献金した。
▽日本を糾弾する慰安婦決議案を推進した民主党のマイク・ホンダ下院議員に合計数千ドルを献金した。
▽その他、民主党の有力政治家であるジョン・ケリー、テッド・ケネディ、ダイアン・ファインシュタイン各上院議員らにそれぞれ数千ドルずつを献金した。
以上が当初に判明したシュー被告の活動の実態だった。だがその後、種々の調査が進むにつれ、その活動の規模はもっとずっと大きかったことが明らかになっていった。
まずシュー被告がこの4年間に民主党の政治家たちに与えた献金の額は個人、束ね役の両方を合わせて200万ドルを超えることが確認された。1個人の活動で集められた政治献金額としてはまず他の類例がきわめて少ないスケールだった。その結果、シュー被告は民主党関係者たちの間では全米でも有数の大口献金者として有名になっていたという。この事実だけでも、シュー被告が逃走中という事情を考えれば、なんとも不可解なのである。
またシュー被告の献金相手は当初、伝えられたよりもずっと多数であることも判明した。
ヒラリー候補はじめ、これまで名をあげてきた政治家に加えて、以下のような主要議員たちがシュー被告からのチャイナ・マネーを受け取っていた。その合計は40人ほどに達していた。以下はそのうちの一部である。
ジェイ・ロックフェラー上院議員、ジョセフ・バイデン上院議員(現在の大統領候補の1人)、トム・ハーキン上院議員、マリア・キャントウェル上院議員、マリー・ランドリュー上院議員、ドリス・マツイ下院議員、パトリック・ケネディ下院議員、トム・アレン下院議員−−。
繰り返すが、以上はすべて民主党の政治家たちである。
そしてこれら政治家たちは驚くべきスピードでシュー被告からの献金の不当性を認めてしまった。最大規模の反応を示したのはヒラリー候補の陣営だった。9月10日、ヒラリー候補は「ノーマン・シュー氏がからんだ選挙活動用の政治献金合計85万ドルを返還する」と発表したのだった。85万ドルというのは1人の政治家への献金としては文字どおり巨額である。ヒラリー候補はこれだけの額の資金を2004年以来、上院議員選挙と大統領選挙の両方のために、シュー被告のルートから受け取っていたのである。
ヒラリー候補はシュー被告の不正献金の報道が流れてすぐ、すでに同被告個人からの献金2万3000ドルを返済する手続きをとっていた。だから9月10日の措置と合わせれば、総額87万3000ドルを返還することとなったわけである。
返還の手続きとしては、資金はシュー被告に直接は返さず、一部は慈善事業などへの寄付とする一方、シュー被告が束ね役となって集めた献金はそれぞれ具体的な末端の寄付者260人ほどの名前がわかっていたから、その個々の寄付者に献金を返すということとなった。返済の金額からみても、きわめて異例の事態である。オバマ議員、バイデン議員ら他の大統領候補も、そして他の上下両院議員たちも、みなこぞってシュー被告の手を経た献金は返還する措置をとった。
スパイ映画もどきの活動
ではノーマン・シューとは一体、なにものなのか。この人物の背景や軌跡を調べれば、調べるほど、このチャイナ・マネー事件のナゾは深まるのである。
まずこれまで公表されている資料をもとにシュー被告のミステリアスな半生を点と線とでたどってみよう。
現在、56歳のシュー被告は香港で生まれ、育った中国人である。18歳で留学を理由にアメリカに入国し、1969年にアメリカ政府から滞在を公式に認知する社会保障証を得た。その後、カリフォルニア大学バークレー校に入学し、コンピューター科学を専攻して、1973年に卒業する。
卒業後、シュー被告はサンフランシスコ地域に居を定め、不動産業にかかわる。この時期、中国系米人の女性と結婚する。そして1979年ごろには東海岸のフィラデルフィアに移り、81年には名門のワートン・ビジネススクールを卒業して、修士号を得る。その後にニューヨークやカリフォルニアを拠点として、衣料ビジネスを始め、中国との往来も頻繁となる。シュー被告の活動に暗い影が射し、ナゾに包まれてくるのはこの時期からだったとされる。そして1990年には破産を宣告し、同時に離婚をしたことが記録されている。このころまでにはシュー被告はアメリカ国籍となっていた。
シュー被告は1992年にはカリフォルニア州の裁判所で禁固3年の有罪判決を受けた。多数の投資者から「中国や香港のビジネスに出資する」とうたった詐欺商法で集めた100万ドルほどの資金を持ち逃げしたという容疑により、詐欺と窃盗で起訴された結果だった。
シュー被告はこの有罪判決に対し控訴する構えもみせず、そのまま収監されるかにみえたのだが、その収監期限の直前に姿を消し、逃亡してしまった。それから今年8月末にウォールストリート・ジャーナルの「不正献金」の記事が出るまでの15年間、シュー氏被告は文字どおりのフュジティブだったのである。だが前述のように、その逃亡期間中の少なくとも2004年以降は民主党筋では著名な大口献金者として活動していたのだ。その活動はスポットライトを浴びることも多かったはずなのに、「逃亡中」という事実はなんの問題にもならなかった。
何度も述べるように、この点はなんとも奇妙なのである。
さてシュー被告は民主党のナゾの大口献金者としてのハイライトを浴びるようになってすぐの8月31日、カリフォルニア州サンマテオ郡高等裁判所に出頭してきた。収監に応じる態度をみせていた。そこで高額の保釈金を払い、9月5日に再出頭する約束をして、一時また自由の身になったのだが、その再出頭を履行しなかった。また逃亡してしまったのである。
ところがその翌日の9月6日、シュー被告はカリフォルニアからシカゴに向かう長距離列車のなかで発見された。まるでスパイ映画をみるような展開だった。シュー被告は列車内の個室で体調を崩し、苦しんでいるところを発見され、コロラド州の病院に収容された。パスポートを所持しており、海外へ逃げる意図が明白だったとされた。
やっと逮捕されたシュー被告は9月20日にはニューヨーク連邦地検から別件の詐欺罪で起訴されてしまった。今回の容疑は米側の投資ファンドの代表らに「中国に高級ブランドの衣服製造工場を建設することに投資すれば、年間40%もの利益率がみこめる」というウソの話を持ちかけ、合計6000万ドルもの資金を不正に得たという骨子だった。2003年ごろの話だった。新たな資金を得るたびに、古い投資家に「配当」を払って信用させるという詐欺商法である。
シュー被告は同時に連邦選挙活動法違反でも起訴されていた。明らかに政治献金の手口も犯罪行為だとされていた。
背後にちらつく中国当局の影
ノーマン・シュー被告の軌跡をこうしてたどってくると、この人物が本格的な犯罪者だという印象がきわめて強くなる。その犯罪者が有罪判決を受けて収監されるべき期間に逃走し、さらにその間に派手で大胆な政治献金活動をしていた、ということになる。この期間、シュー被告はヒラリー候補やジョン・ケリー上院議員が催した選挙キャンペーンの種々のイベントに何度も出席して、ヒラリー女史やケリー議員とのツーショットの記念写真など多数を撮っている。なぜ逃亡中の犯罪者だという真の身元がわからなかったのだろうか。
シュー被告の活動ぶりは、本来、追われる身なのに、公的な場所に堂々と登場するなど、一面、粗雑にみえる。しかしその反面、いざ政治献金となると、きわめて計算性の高い緻密にみえる側面もあった。サンフランシスコ地区に住むポー(鮑)一家の献金のケースがそれである。
サンフランシスコ国際空港に近い地区にあるポー家の住宅はきわめて質素な小さな家で、航空機が離着陸するルートの真下にある。家族6人のポー一家の長ウィリアム氏は郵便局員で、家族全員の所得を合わせても年間4万9000ドルだった。ところがこのポー一家が2004年から突然、民主党政治家たちへの献金を積極的に始め、翌年1年間で合計4万5000ドルを寄付した、という記録がある。4年間を通じては総計30万ドルぐらいをヒラリー候補に寄付したという。
このポー一家がシュー被告と知己があった。アメリカのマスコミの取材の結果、同一家はシュー被告から依頼を受け、一連の民主党政治家たちに献金をして、その分を後から同被告に補填をしてもらっていることが判明した。シュー被告による完全に違法な迂回献金である。だが表面はいかにもポー一家の自発的な政治寄付のような外見が整えられていた。
ウォールストリート・ジャーナルによる徹底した調査がなければ、わからなかった偽装献金だった。シュー被告が束ね役となった大型献金のなかには、他にいくつ、こうした不正なケースが含まれているかわからない。きわめて悪質な犯罪なのである。
これまでのところ、シュー被告がいったい、なにを目的として、これほどの献金をしていたのか、具体的な答えはわかっていない。シュー被告が献金と引き換えに政治家に明確な要求をして、それを実現させ、実益をあげたという実例はない。ヒラリー女史などとの「コネ」を誇示して、自分の詐欺商法への投資を獲得するという例はあったようだが、きわめて間接的な成果のあげ方である。
そもそも詐欺を働いてまで私財を得ようとする人物が自分の貴重な資金を右から左へ、政治家への献金にしてしまう、というのもおかしな話である。そこに明確な動機がなければならない。ざっとみつもっただけでも40人以上のアメリカ政治家たちに合計200万ドル以上の寄付をするという行為には、もっとはっきりした理由や目的が存在するはずである。そもそも倒産や有罪宣告という谷間を這ってきたシュー被告が献金に使う巨額の資金をどこから捻出してきたのか。
こうしたナゾの数々を考えていくと、どうしても中国政府の触手がそこここに感じられ、背後にも中国当局の影が広がってくる。中国当局による対アメリカ政治大工作とみれば、説明のつく諸点も多いのである。ヒラリー・クリントン上院議員が次の大統領になれば、アメリカの対中政策は中国にとって、もっとも望ましくなる、という中国側の計算がどうしてもにじんでくるともいえる。
もっとも断言はまだまだできない。確実な証拠はないからである。
しかし日本側としてはシュー被告がマイク・ホンダ議員にまで献金をしていた事実に注視すべきだろう。
アメリカの民間の政治資金調査研究機関の「有責政治センター」(CRP)の発表によると、ホンダ議員はノーマン・シュー被告、ウィリアム・ポー氏、ビビアン・ポー氏、ディミプル・ポー氏の4人からそれぞれ1,000ドルの献金を受け取った。
ポーというのは前述のように、シュー氏の知人の一家である。長男のディミプル氏はかつてシュー被告が経営する会社で働いたことがある。その一家にシュー被告が資金を与えて、献金をさせていたことが明白となっているのだ。しかもこの合計4,000ドルの受け取りはいずれも今年6月25日だった。
公式の記録ではシュー被告はこの6月25日にホンダ議員の誕生日パーティーを選挙区内で主催して開いた際、これらの献金をしたことになっている。だがこの日は例の慰安婦決議案が下院外交委員会で表決される日の前日だった。つまりホンダ議員はシュー被告から合計4,000ドルの寄付を受けた翌日、日本糾弾の慰安婦決議案をプッシュして、投票へと持ち込んでいたのだ。
それどころか、シュー被告は慰安婦決議案を共同提案した他の下院議員たちにも献金していた。下院民主党のパトリック・ケネディ、トム・アレン、デービッド・ローブサック、フランク・バロン各議員たちだった。各議員ともホンダ議員が今年1月末に提出した慰安婦決議案のごく早い時点での共同提案者ばかりだった。ここでもシュー被告は慰安婦決議案を早く可決させるために、念押しの献金をしたという推測が十分に成り立つ。
いずれにせよ、ホンダ議員は今年9月末、この4,000ドルに他の1,000ドルのシュー被告がらみの献金を加えて合計5,000ドルを放棄し、日系米人の高齢者介護施設などに寄付すると発表した。不正を間接に認めた結果としての措置だった。
クリントン時代の再現か
こうしてアメリカ民主党の主要政治家たちと中国マネーの結びつきをみてくると、どうしてもクリントン政権時代の同種の現象が想起されてくる。いまの大統領候補のヒラリー女史の夫ビル・クリントン大統領もチャイナ・マネーとのつながりを指摘され、指弾されたのだった。次のようなケースである。
▽中国系アメリカ人の実業家だったジョン・フアン氏は1996年のクリントン大統領再選キャンペーンの際、民主党全国委員会の財政委員長まで務め、総額340万ドルの献金を1人で集めたが、そのうち160万ドルが不正だと断じられ、返還が決められた。フアン氏は中国本土に生まれ、アメリカ国籍を得たのは1976年だった。中国本土での経済活動歴も長く、中国当局との密接な関係もあった。
▽クリントン大統領の故郷アーカンソー州で中国料理店を開いていた中国系米人のチャーリー・トリー氏は1996年に民主党全国委員会あてに合計65万ドルを寄付した。だがその後、この献金の出所に問題があるとされ、返還された。トリー氏も中国生まれ、クリントン政権下ではワシントンにコンサルタント会社を開き、中国の政府や軍の関連企業のために米側との取引を支援する業務を始めた。96年2月には、アメリカへの武器密輸で摘発された中国軍傘下の軍事企業の中国人会長をホワイトハウスに案内し、クリントン大統領に紹介して、批判をあびた。
▽カリフォルニア州在住の中国系米人ジョニー・チュン氏はクリントン大統領夫妻の信を得て、1996年には民主党全国委員会に合計37万ドルほどを寄付した。だがその全額を「不適切な寄付」とみなされ、返済された。チュン氏も中国企業のアメリカでの活動への協力を専門とするコンサルタントとなった。中国の国営ビール企業の代表をホワイトハウスに案内し、クリントン大統領夫妻と並んで撮った写真を自分のビジネスでの宣伝に使って評判を悪くした。
こうしてアメリカ側での評判を落としたり、法を犯した中国系の人たちには、アメリカから中華圏の闇へと消えていったケースが多い。だからこそ民主党クリントン政権と在米中国人や中国系米人との関係が明らかに緊密であるのに、それ以上の実態はよくわからないまま、という状態が長く続いているわけだろう。
アメリカの民主党と中国側のパワー、マネーの間には、クリントン政権時代からなにか不明のままの、強い関係があるのだろう。いまもニューヨークのチャイナタウンでの集団献金のほかに、シュー被告の巨額な献金活動が捜査の対象となっている。これから1年後の大統領選挙の投票に向けて、この中国マネーの実態がアメリカ側でさらに明らかにされて、民主党側に不利に作用することも考えられる。その一方、逆に中国マネーがヒラリー候補はじめ、結局はその本来の意図どおり、民主党側への強力な支援となっていくという予測もできるだろう。
いずれにしても中国のパワーやマネーは実際のアメリカの選挙キャンペーンでも、まだまだこれから論じられ、追及されていく大きな課題であろう。