第三章 迷宮商売 海の幸を求めて編
二百一日目~二百十日目
“二百一日目”
複雑に入り組んだ回廊を進み、物陰から不意を突いて襲ってくるダンジョンモンスターを駆逐しながら進んだ昨日。
潜る毎により広く、より複雑になっていくダンジョンの傾向を読み、【脳内地図製作技能】や【直感】などを常時活用する事で可能な限り最短だろうルートを選択しながら進んだ甲斐あって、特に怪我をする事も無く、今日のスタートは十一階の最初から始める事ができた。
昨日はなんやかんやで無数の苦難と苦労があった。
まず、単純にトラップの増加が挙げられる。
一階から五階と比べて、六階から十階は約三十パーセント増、とでもいった所か。
ただでさえ【神代ダンジョン】は【派生ダンジョン】よりもトラップが平均的に多く、致命的なモノが多いというのに、この上昇率は正直、面倒極まりない。
俺でさえ【早期索敵警戒網】が無ければその全てを看破する事はできず、進む速度はかなり遅くなっていただろう。
それで肝心の【清水の滝壺】のトラップは水系の権能を司る【亜神】が造った【神代ダンジョン】故に、水に関する物が主である。
例えば、通路にあったように回廊にも存在する小部屋に設置された、沈没トラップ。
ダンジョンモンスターが一ヶ所に固まりやすい小部屋に設置されたそれは、水没した床にスイッチが隠されている。それを踏むと小部屋と回廊を繋ぐ出入り口に分厚い隔壁が下されて小部屋から出る事も入る事もできなくなり、四方の壁にある隙間から大量の水が流れ込んで閉じ込めた外敵を溺死させようと牙をむく。
ダンジョンモンスターは基本的に水棲なので小部屋が完全に沈没しても問題は無く、しかし冒険者など外からやって来た者達は半魚人など水中でも活動可能な特定の種族以外が対策も無しにこれに引っかかると死ぬ確率が非常に高い。
しかもこのトラップの解除方法は存在せず、一度発動すると途中で止める事ができない。小部屋が完全に沈没してから二十分は経過しないと水が引かないようになっている。
流石にコチラのヒトが【職業】や種族によって差異はあれど強靭だとはいえ、二十分以上呼吸もままならない状態で冷水に浸って生存できる程ではない。
引っ掛かるタイミングが悪ければ、徐々に水に満ちていく小部屋の中で大量のダンジョンモンスターと戦う為、要注意だ。
今回は【酸素不要】を持つ俺単独だったのであえて引っ掛かっても特に問題は無かったのだが。
その他にも、ダンジョンモンスターとの戦闘中に回廊に満ちた脛まである水を複雑に流動させて横転まではしなくとも体勢を崩そうとする性質の悪いトラップがあれば、壁から鋼鉄の鎧を紙のように切り裂いてしまう高圧の水刃が噴出したり、木石混じりの鉄砲水が発生したり、ダンジョンモンスターを大量に載せた水波を発生させたりするトラップが多数ある。
殺す気満々なトラップが多いので、俺からすれば直接的なダメージは殆どなくとも色々と苦労させられた。
そしてトラップ以上に面倒だったのは、数が多いダンジョンモンスターだろう。
回廊には通路でも出没していた十数種のダンジョンモンスターに加え、更に手強いのが十数種追加された。
多過ぎて全てを語るのは面倒なので、ラーニング出来た五種類を取り上げてみようと思う。
回廊全体に張られた水の底に擬態して隠れ、獲物が来るのをじっと待っている金属質の鱗と牙を持つ、二メートルはあるだろう擬態魚“キンウロダイカレイ”
丸い胴体がまるで騎士のヘルムのような形状をし、太く長い触腕で自慢の生体槍や生体剣を自在に操る上に擬態能力もあって動きが機敏な“兜型胴戦蛸”
普段は回廊の片隅に造られた巣穴に引っ込んでいるが、下手に近づくと高速で十メートル以上ある長く太い胴体を伸ばし、巨大な口で獲物を一噛みで食い千切る“ワナカミウツボ”
全体的に透明でふよふよと回廊の中空を漂う、傘から伸びる触手の先端がカラフルな警告色に染まった八十センチ程の“イチサツクラゲ”
硬化キチン質の青い殻に包まれた、高速突進しか攻撃手段を持ち合わせていない迷宮の青い走り屋こと“アオオヨロイエビ”
この五種の特徴は以下のようになっている。
まずキンウロダイカレイだが、コイツは回廊の中でも特に交戦確率が高い場所で待ち伏せしている事が多く、他のダンジョンモンスターに気を取られている間に足をガブリと食い千切られてしまうケースが多発しているので、要注意対象となっている。
集めた情報によれば、コイツによって再起不能に追い込まれた冒険者はそこそこの数になるらしい。魔法金属製の装備諸共に足を食い千切る事ができる巨大な口に生え揃う鋭牙は、ここに潜れるだけの実力がある冒険者達だとしても厄介に過ぎる。
もっとも、事前にその存在を感知できてしまえば対処は比較的簡単だ。
待ち伏せに優れたキンウロダイカレイは高い擬態能力と半端な攻撃では傷一つ負わない程硬い鱗で守りを固めているのだが、その代わりに動きが鈍く咄嗟に回避行動をとる事ができない。
つまり、不意打ちをされる前に一瞬で突き殺してしまえばいいという事になる。鱗を突破できるだけの攻撃力を有し、水中に隠れていても見つけられる俺からすれば、脅威度は大した事ない存在とも言えるだろう。
発見した先からハルバードの穂先で突き刺し、雷撃でこんがりと焼いた。
その後食べてみたのだが、下手な攻撃では貫けない硬い鱗は独特の歯ごたえがあり、その下にある身はあっさりとしつつも味が凝縮されている。
身はほろほろと柔らかい食感で、醤油をつけてもいいだろうし、天ぷらに煮付け、ムニエルにして食べるのもいいだろう。
【能力名【エラ呼吸】のラーニング完了】
それでラーニングできたのがこれだった。
使うと下顎から頸の辺りにエラらしき器官が形成され、水中でも呼吸が可能になった。正直水中では【酸素不要】があれば問題無く行動できるのだが、これがあればそれはそれで役に立つ。
使い道はかなり限られてしまっている上に微妙な訳だが、それは置いといて。
次の兜型胴戦蛸は平均的な体長が一メートル四十センチほどのタコな訳だが、コイツラは個体によって胴体――丸い頭部のように見える部分が兜型をしている事が特徴的だ。
兜の形状には個体差があるらしく、確認しただけでもアーメットやクロス・ヘルム、ノルマン・ヘルムにグレイト・ヘルム他数種とバリエーションが豊富だ。
そして同じ系統の兜でも飾りや色彩など細部の形状は微妙に異なり、恐らく全く同じモノはないのだろう。もしかしたら雄雌で形状に共通の違いが出ている可能性もあるが、正直それはどうでもいいとして。
兜の形状の違いと同じくそれぞれが持つ生体槍や生体剣、生体斧なども分類は同じでも形状はかなりバラバラだ。曲剣を持つモノが居れば直剣を持つモノが居り、短槍を振るうモノが居れば長槍を突きだすモノも居り、両刃斧や片刃斧を振り回すなどなど千差万別である。
それぞれの個性が鎧と武器に現れている兜型胴戦蛸達の戦闘力は、基本的に高い。
タコは全身これ筋肉とでもいうべき存在であり、中でも水陸に対応し戦闘に優れた兜型胴戦蛸の筋肉の量と密度は一般的なタコ型モンスターを軽く上回る。
振るう武器は総じて速く鋭く、一撃は鉄塊のような重さがあり、軟体故に予想し難い軌道から攻撃を仕掛けてくる。
常に四匹から六匹と団体で行動し、連携して襲いかかって来る事も危険度を上げている要因だろう。
兜型の胴体は鋼鉄の剣すら簡単に弾いてしまう程の硬度があり、それ故に他の部分の様に形状を変化する事はできないので狙い目だが、それを使って突進してくる事もあるので注意が必要だ。
真正面から突進を喰らえば、鎧も纏めて圧し折られるに違いない。
兜型胴戦蛸種の中にはメイジ種も混じっているので、下手なパーティでは容易く全滅させる戦闘種だ。
捕獲した数匹を食べてみたのだが、コリコリとした歯応えがあり、噛めば噛むほど濃厚な味となるので飽きる事が無い。酒のつまみに丁度いいだろう。
個人的にタコワサにしたいが、残念、山葵に相当するモノがまだ無い。
ただ都合が良い事に高い再生力を持っていたので、足を数本斬り落としても放置しておけば再生し、しばらくは楽しむ事ができた。
【能力名【吸盤生成】のラーニング完了】
掌にタコの吸盤の様なものが無数にできた。
試してみたが掌だけではなく、意識した場所なら全身から吸盤を生成できるようだ。これは敵に密着する時や、隠密行動中に役立つだろう。
うむ、なかなかの戦果ではないだろうか。
ワナカミウツボは、回廊にある巣穴を事前に発見できれば危険度はかなり低いダンジョンモンスターの一種だ。巣穴の前を通らない限り、攻撃される事はないのだから。
とはいえ、それは巣穴を発見できた場合のみに限られる。
もし発見する事ができず、うっかり射程内に入ってしまうと、何が起きたのか分からない程の一瞬で喰い殺される事請け合いだ。
というのも、八階の辺りで俺がたまたま兜型胴戦蛸や戦凶蛙人などが十数匹達ほど合流して出来上がった一団と戦闘していた六人組の冒険者パーティを見つけた事に始まる。
見つけた時から既に、戦いは数が多いダンジョンモンスターが押され気味で、熟練の技法と卓越した連携を発揮していた冒険者パーティが主導権を握り、勝つ寸前だった。
冒険者は一人一人がよく鍛えられた猛者ばかりで、攻撃を交わす毎に敵を確実に削り、敵の攻撃は極力流すか、駄目な時は防いでダメージを軽微なモノに抑えていた。
流石【神代ダンジョン】の五階に居る階層ボス“ウェイルピドロン”を殺して潜っているだけはある実力者達だ、と感心出来るほどである。
だが、その内炎熱を宿した大剣型マジックアイテムを持つ前衛職の青年と、投網と三又の矛を駆使して戦うウォルビー・フロッグマン二匹がワナカミウツボの巣穴に近づいてしまった。
どちらも目の前の相手に集中して気が付いている様子は無く、結果として何の対策もなく射程内に身を晒した一人と二匹にワナカミウツボが襲いかかった。
それは一瞬の事で、ワナカミウツボが再び巣に隠れた時には青年は両足を、ウォルビー・フロッグマン二匹は胴体を喰われた後だった。
両足を喰われた青年は床に転がって冷水に身を浸し、ウォルビー・フロッグマンの手足や臓腑などの食べ残しは喰われた衝撃によって周囲に散らばり、床の水が赤く染まるが十数秒で元の透き通るような清水に戻った。
その後、他の冒険者とダンジョンモンスターの戦いは激化した。
最終的に冒険者パーティが勝利を治めたが、両足を失った彼はまだ生存していたし、全体的に想定以上のダメージを負った事で地上に戻る事にしたらしい。
彼・彼女達にはぜひ別の場所で、敵対した立場で遭遇したいモノである。
主に食糧的な意味で。
そしてその分の食欲を発散するのに役立ってくれたワナカミウツボだが、その見た目に反して身は透き通るように美しい白身をしていた。肉厚で脂の乗ったそれは淡泊にして豊潤で、引き締まった独特の歯ごたえが楽しめる。
清水の中に住んでいるからか臭みも無く、小骨が多いという欠点も殆ど気にならない。
ぜひまた食べてみたい食材である。
【能力名【強襲】のラーニング完了】
イチサツクラゲは回廊の中空を漂っているのだが、ワナカミウツボと同じように近づかなければ危険度は低い。
ただし回廊での遭遇確率はかなり高く、数匹から十数匹と集団で漂っているので数も多い。場所によっては回廊を埋め尽くし触手のカーテンを形成している場合もある。
基本的に攻撃はしてこないのだが、近づき過ぎて警告色に染まった長い触手に刺されると、鬼人の俺でさえ思わず呻く程の痛みが走った。
試しだったので【猛毒耐性】などを発動させていなかったのが災いした。急いで【知覚鈍麻】などを発動しなければ、それなりの時間を激痛に苛まれていたに違いない。
刺されたら即死するような毒ではなかったが、正直、好奇心で手を出すべきではなかったと反省している。神経を直接刺激されるような痛みだった。
危険性を知った後は、遠距離からちょくちょく削り殺して死体を食べました。
食感はゼリーによく似ている。触手の毒がピリリとちょっとしたスパイスになり、デザートには丁度よさそうだ。
【能力名【低速浮遊】のラーニング完了】
アオオヨロイエビは回廊の暴走特攻屋だ。
とにかく硬化キチン質の青い殻に包まれた二メートルはある巨躯の特性を最大限に生かす、腹部を力強く下に曲げ、大きく後ろに飛び退く海老特有の動きで突っ込んでくる。
頭とは逆の尻尾からの攻撃だが追尾性能は高く、正直鬱陶しい。
二メートルサイズの金属塊が高速で突っ込んでくるとイメージすればいいだろうか。時には数匹纏めて来る時もあるので、回廊では一、二を争う厄介なダンジョンモンスターである。
だが青い殻を剥ぐと、薄らと桜色に染まったプリプリとした身がある。プリッとした歯応えが堪らなく、口内で弾ける旨みが最高だ。
噛んだ時に聞こえる独特の音も心地よい。
宴席の料理食材として、良いのではないだろうか。お転婆姫にでもお土産にしてやろう。
【能力名【青海老鋼殻】のラーニング完了】
回廊での戦闘はラーニング出来た事もそうだが、膨大な量の経験値を得た事で最近は殆ど上昇していなかったレベルも上がり、意識して【重剣士】などこれまであまり育てていなかったアビリティも使ったのでアビリティレベルも上昇したりと、有意義なモノになった。
さて、今度はすっとばしてしまった十階の階層ボス戦だ。
十階最奥にあるボス部屋には、通路と同じような扉を開けて中に入った。
内装は五階と殆ど変っていない。一辺が百メートルはある正方形状の大部屋だという部分も変化は無い。中心に円陣がある事もだ。
ただし今回は円陣から膨大な水は発生しなかった。
ブクブクと無数の大泡が発生したので今度も水か、と一瞬身構えてしまったが、そうではなかった。
円陣から発生したのは、簡単に言うと中にリザードマン型スケルトン――リザードスカルを内包した青色のスライムだった。
中に在るリザードスカルの大きさは、約四メートルはあるだろうか。
全体的に骨格は太く強靭で何処かブラックアンデッド・ナイトを彷彿とさせる雰囲気を発し、身長の三倍近い長さがある骨の尻尾には無数の棘が生えている。口内に生え揃った牙は一本一本がまるで短剣の様に太く鋭く、指先に生え揃った鋭利な爪の切れ味は骨になっても損なわれていなさそうだ。
そしてリザードマンの頭蓋骨にある眼孔に宿った赤黒い光は確固たる意思を持って対峙した俺を見据え、滑らかに動く蛇腹状の骨舌がチロチロと口からはみ出ている。
そしてそんなリザードスカルを包むのは、激しく流動するスライムだ。スライムの体色は透き通る様な青色で、リザードスカルの肋骨内部に収まった核はこれまで見た事も無い程に巨大だった。
つまりあれだ、俺がブラックスケルトン達に施した加工と同じ様に、青スライムの鎧を着たリザードスカル――“リザードスカル・ウォースラーマード”が十階のボスだった訳だ。
正直俺が生成したアンデッドは浄化する癖に、階層ボスに中身アンデッドのモンスターを出すのはどうかと物申したい。
無意味だからしなかったが。
それで戦闘を開始すると、リザードスカル・ウォースラーマードは二振りの肉厚で巨大な曲剣型生体剣を出現させ、全身を包むスライムは千の手を持つとされる千手観音の様に複数の触手を周囲に伸ばした。
そしてスライムの伸ばされた触手の先端には複数の水氷系統魔術が同時に紡がれ、巨大な水弾や水刃が射出される。数は軽く二十を越え、数秒と置かずに第二射、第三射と続き、それが間断なく射出される。
第一階梯や第二階梯止まりなので一発一発の威力が圧倒的という訳ではないが、魔術の弾幕が張れる程の連射速度は十分すぎるほど脅威的だろう。
その間も本体と言えるリザードスカル・ウォースラーマードは高速で接近し、二振りの曲剣で俺を切り殺そうと襲いかかって来る。
その速度は風の様に速い。逃げ遅れた髪が容赦なく切り落とされてしまう。
縦横無尽に空を走る鋭利な両刃の曲剣は、その独特の形状から繰り出す斬撃が時に死角から弧を描いて迫る事もある。
正直、リザードスカル・ウォースラーマードの攻撃回数が多すぎる。剣戟の一撃一撃の威力が高く、とにかく速い。それに無数の魔術が加わる、怒涛の連続攻撃だ。
複数で挑めば狙いを分散できるだろうが、生憎今回は俺一人なので、数十の同時攻撃を同時に捌かねばならなくなった。
まあ、その方が手っ取り早くて助かった訳だが。
戦闘は十分少々で片がついた。
【階層ボス[リザードスカル・ウォースラーマード]の討伐に成功しました】
【達成者である夜天童子の下層への移動が認められ、以後階層ボス[リザードスカル・ウォースラーマード]と戦闘するか否かは選択できるようになりました】
【達成者である夜天童子には初回討伐ボーナスとして宝箱【水粘の蜥蜴骸】が贈られました】
【達成者である夜天童子には単体撃破ボーナスとして希少能力【水手戦乱】が贈られました】
どうやら攻撃力はウェイルピドロンよりも遥かに高い分、反比例するように耐久力は低かったようだ。戦闘時間はほぼ半分である。
本来ならリザードスカル・ウォースラーマードの高威力の猛連撃はウェイルピドロン以上に犠牲者を出す強敵なのだが、リザードスカル・ウォースラーマードの得意とする同時攻撃は俺の得意分野だったので、この戦果は地力での差が結果として現れたのだろう。
それで、ウェイルピドロンを斃した時と同じく手に入った宝箱。
多分このパターンだと他の階層ボスも宝箱が手に入るのだろう。今回の宝箱のデザインは先と殆ど同じだが、彫刻はスライムを纏ったリザードスカル・ウォースラーマードとなっている。
これからも宝箱は集めていくので、ここでは開けずに獲得した宝箱を一度に開ける事にして、アイテムボックスに突っ込んだ。
残った死体は、迷宮に喰われる前に全部食べた。
リザードスカル・ウォースラーマードはそもそもが骨だけなので歯応え十分で、高位のモンスターだからかしっかりとした味がある。
何に例えれば良いのか迷うが、あえて例えると肉汁をタップリ含んだ骨、とでも言うのだろうか。
リザードスカル・ウォースラーマードにこびり付いたスライムはジュースの様に啜った。その後残った核は小鬼の頭部と同じくらいの大きさだったが、早速【大鯨呑】を使って一口でパクリと。
粘液の部分は炭酸のようなシュワシュワ感があり、核は山奥の湧水の様な爽快感が口に広がって堪らない。
【能力名【共存共栄】のラーニング完了】
【能力名【曲芸剣舞】のラーニング完了】
【能力名【並列行使】のラーニング完了】
食べた結果、少々面白いアビリティを得た。
【曲芸剣舞】の方は、まあいいだろう。あの曲剣を使った独特の剣技に違いない。
【並列行使】はスライムが触手の先で魔術を紡いだ能力の要因だろう。試しに発動させてみると指先に火を灯し、水を集め、風を渦巻かせ、石を出現させ、雷を発する事がかなり容易にできた。
アビリティだと簡単に出来る事ではあるが、魔術となると以前はこんな器用な真似はできなかったので有用である。
面白いのは、【共存共栄】だ。
効果は分体を寄生させた者の成長率上昇とかだろう。いや、共存共栄なのだから、分体の成長促進効果もあるに違いない。
これで戦力向上が更に容易になるだろう。
こんな感じでなんやかんやあった昨日を終えて、今日は十一階のスタートだった。
そして事前に集めた情報通りなら、この先の階層は素材集めに最適な場所だという話だ。
ちょっと予定よりも遅くなるかもしれないが、ここは時間をかけようと思う。
採取祭りである。素材が俺を待っている、気がする。
“二百二日目”
結局昨日は十四階にある地下への階段に到着した段階で休む事になった。
十一階から十四階はこれまで通って来た通路や回廊よりも遥かに単純な構造をしていたので、ただ速く潜る事だけを目的としていたら十五階より先にも行けただろう。
だがしかし一日を費やして進んだ事で多大な成果を得たので、別に問題は無い。
十一階から十四階を一言で表現するなら、美しい湖が広がっていた、になるだろう。
地下なのに頭上には青空と白雲、そして階全域を燦々と照らす疑似太陽が存在した。その下には無数の湖と生い茂る樹木、そして僅かな大地だけがある。
飛んで調べてみたが、青空も白雲も五十メートル程上空にある天井に描かれた絵だった。動く事は無いが、遠目では本物にしか見えない程精密なモノだ。
無駄に手が込んでいて、ちょっと呆れた。
対して地面には階層中心に広がる巨大湖が存在し、その周辺に大小無数の湖が点在している。巨大湖の直径は軽く一キロを超えるだろう。周囲の湖は数百メートル級から十数メートル級のモノと差が激しいが、水深は一番深い巨大湖でも五十メートルが限界のようだ。
僅かにある陸地は湖と湖の合間合間を埋める為にあるだけで、足元は殆ど水で満ちている。
割合だと、水場八に陸地二、といったところだろうか。
満ちる清水は浅い場所なら底すらハッキリと見える程澄んでいるので、水中を泳いでいるダンジョンモンスターの影すら視認でき、外からだとまるで空を泳いでいるように見える。
これまであった閉塞感も巨大な空間では感じる事が無くなり、ガラリと雰囲気が一新している。
水は喉通りも良く澄んだ味で、見惚れる程美しい風景があるとなれば、観光地としてはとてもいいだろう。危険極まりないが。
……ふむ、なるほど。これは良い。
ちなみに出現するモンスターにも差異はあるようで、通路と回廊が質よりも量を優先したダンジョンモンスターが配置されているとしたら、十一階からは量よりも質が優先されているらしい。
一度に遭遇する数は最大でも三体までとかなり抑えられているが、一体一体の強さは一階から十階までのダンジョンモンスター数匹分に匹敵するので油断はできない。
しかも湖に自生する植物の中にもダンジョンモンスターが混じっているとあって、僅かな陸地を進むのも困難だ。
とはいえ水中にはそれ以上に恐いダンジョンモンスターが潜んでいる訳だから、性質か悪いと言うか何と言うか。
一時たりとも油断するな、という【亜神】の意思が見える。
だがそんな危険があるものの、十一階から十四階、そしてまだ足を踏み入れていない十五階は金稼ぎの場所として有名だったりする。
理由としてダンジョンモンスターとの遭遇確率が他よりも低く、優秀な斥候達が居れば相手は少数なので回避する事が他よりも容易であり、この階層ではダンジョンモンスターからだけでなく、他では手に入り難い希少なダンジョンアイテムを数多く入手できる――他でも採れるが、採取量が段違いだ――ので旨みがあるからだ。
今回採取できたアイテムは千差万別だ。
数少ない陸地に隠れて自生している“黄金人参”を筆頭に、直径五百メートル級以上の湖底にある木造沈没船内部で採取できる“淦宝玉葱”、十数メートル級の湖で釣れる“鋼殻アロワナ”、百メートル級の湖で鋼殻アロワナを餌にして釣り上げる“銀殻ピスラルク”、数百メートル級の湖で銀殻ピスラルクを餌にして釣り上げる“金殻シーラカス”、金殻シーラカスを餌に巨大湖から釣り上げる事が出来る、ダンジョンモンスターだろと言いたくなるほど巨大なナマズ“巨大湖の魚主・大鯰”といった様々な特殊効果を発揮する超高級食材。
清水で育った事で普通の品よりも高い治癒効果を発揮する“高清薬草”、経年劣化で粉になってしまうまでの間は滾々と水を出し続ける“湧水晶石”、疑似太陽を朱槍を使って砕いてみた時に得た“疑陽の欠片・大”といったマジックアイテムに使われる超高級素材などがある。
この他にも湖底には多数の宝箱が手付かずのまま沈没していたので中身は全てありがたく頂戴したし、湖と湖を繋ぐ地下水路には希少な魔法金属の鉱床が眠っているのを発見したので可能な限り採掘した。
どうやら特定の種族かあるいは特殊な手段を持ち合わせていない冒険者達だと基本的に陸地と浅瀬にある素材を採取するのが精一杯なようで、強力なダンジョンモンスターが生息している湖の底にあるアイテムは殆ど手付かずで残されているようだ。
残念ながら十一階から十四階までの湖を全て探索する事は時間的にできなかったが、それでも満足する量を揃える事ができた。
陸地と浅瀬で採取できるアイテムだけでもかなりの額になるのに、それ以上に希少なアイテムをこれだけ集めた事を考えれば、当面は目玉商品に事欠かないだろう。
今度はカナ美ちゃん達も連れてこようと思っている。
主に観光として。
そんな事を想いつつ、早朝、俺は十五階に降り立った。
変わらず広がる湖の世界。素材を適当に集めながら素早く通り過ぎ、最奥にある地下への階段を目指した。
暫くして発見した階段だが、階層ボスと戦う為だろう、これまでとはちょっと様子が違っているようだ。
階段の周囲にはこれまで無かった岩壁が聳え立ち、外界とは隔離されていた。
岩壁の内部は、出入り口側の地面には踏めば鳴る程綺麗な砂が敷き詰められ、反対の階段側にはとても澄んだ清水の小池が出来ている。
足を進めると、後方の出入り口は突如として地面からせり上がった巨岩によって塞がれた。それと同時に前方にあった階段も、天井から降り注ぐ大量の水――滝によって覆い隠される。
今までは退路はあったのだが、今回はどうやら逃げる事もできなくなっているらしい。
全滅するか階層ボスを殺すか、その二択だけという訳だ。
そうして場が整うと、十五階の階層ボスは、階段側の小池からゆっくりと姿を現した。
十五階の階層ボスは、巨大な蟹だった。
青と赤の斑模様をした分厚い甲殻を纏い、背面には紫水晶や黄水晶、紅水晶や黒水晶などの六角柱が無数に生え揃っている蟹だ。
ダンプトラックやブルドーザーといった重機を彷彿とさせる巨躯は対峙する者を威圧する。
シオマネキのように異様に発達した右の巨大なハサミの刃は高速振動し、刃と刃が触れ合う度に火花を散らし奇妙な高音を発している。頭胸甲の前縁から突き出た四つの赤い複眼は周囲を見回し、口からはブクブクと触れた物を溶解させる赤白い泡を噴き出していた。
階層ボスの名称は“クリスオラ・キングクラブ”
高位のマジックアイテムの素材となる甲殻や水晶を採取できる、美味なる蟹型モンスターだ。
【階層ボス[クリスオラ・キングクラブ]の討伐に成功しました】
【達成者である夜天童子の下層への移動が認められ、以後階層ボス[クリスオラ・キングクラブ]と戦闘するか否かは選択できるようになりました】
【達成者である夜天童子には初回討伐ボーナスとして宝箱【水晶蟹の泡歌】が贈られました】
【達成者である夜天童子には単体撃破ボーナスとして希少能力【水晶共鳴】が贈られました】
クリスオラ・キングクラブはウェイルピドロンよりも防御力があり、リザードスカル・ウォースラーマードよりも攻撃力があった。
重量や見た目からは想像できない程機動力に優れ、高速振動するハサミの切れ味は半端なモノでは容易く切断されてしまう強力な武器だ。
口から溶解液の泡を無数に噴き出す攻撃は範囲攻撃なので回避は困難であり、背面に乱立する様々な水晶を共鳴させた音波攻撃は原理を知らなければ回避どころか防御する事もできないだろう。
それに体力を一定値まで削ると全身が赤く発行し、全体的な能力が飛躍的に向上した時は少々手古摺った。
それでも削り続けていると、クリスオラ・キングクラブは数秒程力を貯めてから天井近くにまで飛び上がり、その巨大なハサミを思いっきり地面に叩きつける、という攻撃を繰り出した。
攻撃は跳躍からの叩きつけだけで終わらず、叩きつけの衝撃をエネルギー変換したハサミから迸った大電流がまるで無数の大蛇が蠢くような軌道を描きつつ周囲を蹂躙し、強引に吹き飛ばされた大量の砂と帯電水が無秩序に周囲を薙ぎ払った。
直撃すれば圧殺され、避けても大量の砂の鑢で身を削られるか、あるいは無数の雷撃で薙ぎ払われる、恐るべき攻撃だった。
咄嗟に発動させた【黒鬼王の積層竜鎧】が無ければ俺でさえかなり危なかっただろう。
発動と同時に一瞬で構成された千層の防御も、この一撃の余波だけで第一から第五十三層までが突破されてしまった。
生身なら致命傷にはならずとも、大怪我を負う事になったに違いない。
だがそんなクリスオラ・キングクラブを二十分少々で殺し、死体と宝箱をアイテムボックスに入れて進んだ十六階。
十六階はどうやら地底湖となっているらしい。
階段を下りた先にあったのは、円状にくり抜かれた岩壁とその中心にある小さな湖面。
ここから先は潜水し、光源の乏しい薄暗い地底湖を進む事になっている。
一応潜って行くと点々と空気が泡となって噴き出す場所があるので呼吸する事ができたり、場所によっては清浄な空気で満ちた小部屋などが存在している。
トラップの数は極端に少なくなっているが、身も凍るような冷水を重たい防具を身に付けた状態で潜って行くとか、性質が悪いにもほどがある。
ちなみにここまで降りてこられた者達でも、十六階の構造が地底湖になっている為、先に進めた者は一握りらしい。
だからか、十一階から十五階で採れる高額アイテムを売れる事で満足してしまっている者も少なからず居るようだ。
アイテムを十数個集めるだけで豪遊できる程度には十分稼げるのだから、清水で満ちる地底湖を潜るリスクを考えた結果だろう。
もっとも、潜る手段さえあったのなら、十一階から十五階とは比べ物にならない程高く売れるアイテムや高レベルのマジックアイテムを得る為に進むべきだ。
勿論潜る術があるのだから、潜水を開始した。
冷たい清水もなんのその、今日の終わりには何とか十八階にまで到着できた。
地底湖では薄暗い中を遊泳している魚型モンスター達――分厚い唇を使って吸着し肉を削ぎ落そうとする六十センチほどの“レグラチャブバッカー”、鋭牙と刃のような鰭で攻撃を仕掛けてくる一メートルほどの“スパーカランシン”など――が突っ込んできて非常に鬱陶しかったが、それ等は美味しく頂いたので気にしない事にして。
薄暗い地底湖の中を進むのは、思ったよりも精神的に疲れた。
下手すれば突き出した岩に身体が削られてしまいそうだ。
“二百三日目”
地底湖の天井部に存在する小部屋に身を隠して寝た昨日。
朝飯は昨日あえて食べなかったクリスオラ・キングクラブである。蟹なので鍋とかにしたいのだが、生の味を堪能してみた。
足を一本剥いてみると、中にはプリプリとした身があった。
数十トンはあるだろう巨躯を支えるどころか目にも止まらぬ高速機動を可能とする足の身の引き締まりは半端ではない。肉の様なシッカリとした弾力があり、何より一噛みするだけで口の中一杯になる程の量がある。
そして一噛み一噛みする毎に蟹の濃厚な甘味を伴った旨みが弾け、舌から迸る美味の雷で脳からはドパドパと快楽物質が溢れそうになった。
正直、亜竜の肉よりも美味い。アチラも肉特有の旨みがあって美味いが、コチラは蟹とは思えないほどの濃厚な味わいがありつつ、どこかサッパリとしている。
【能力名【アシッド・バブルブレス】のラーニング完了】
【能力名【水晶振動周波】のラーニング完了】
【能力名【衝圧雷砲】のラーニング完了】
攻撃系のアビリティを多く得られたのでホクホクしつつ、今日も地底湖を泳いでいく。
地底湖はトラップが他よりも少なく、ダンジョンモンスターの数も多くは無いが、無秩序に突きだした岩や極端に狭まった場所などもあるので、移動するだけで神経を使う。
探せば小部屋はチラホラと点在しているが、全て独立していて直接繋がってはいない。進むには必ず泳ぐ必要があり、薄暗い事もあって岩で身を削られそうになるなんてよくあることだ。
それでも慣れてしまえばどうという事も無く、途中にあるアイテムを採取しつつ、出来るだけ早く進んだ。
昼前には二十階層の最深部にまで到着する事ができた。
岩肌が剥き出しのこれまでとは大きく異なる円状にくり抜かれた空間で、直径は百メートルは軽く超えているだろう。
地面にある十センチほどの無数に空いた穴からブクブクと大きな泡が立ち上り、天井付近には小部屋のように空気で満ちた空間があるようだが、それは極僅かであり、全体的には水に没した戦場だ。
光源は天井や床、壁などに僅かに自生している光貝や光苔のみで、透き通るような青い光に満ちた美しい場所である。
そこで戦う階層ボスの名は“ヴォーテックス・シェルタートル”
円状にくり抜かれた空間の中央に沈み、決して動く事無く分厚く堅牢極まりない甲羅で身を守る、八メートルはあるだろう巨大な青い亀だ。
竜の鱗や甲殻にすら匹敵する硬度を持つ甲羅には、数十程の鋭い突起が存在する。突起は内部が空洞となっており、イメージとしては注射器の針の様なものだ。
動かないヴォーテックス・シェルタートルはこの突起から吸い込んだ大量の水を圧縮して噴出させ、空間内の水の流れを操り、侵入者を巨大な渦に捕らえて窒息死させようと襲いかかる。
それでも死なない相手に対しては堅牢過ぎる甲羅に守られながらチマチマと削る攻撃を繰り出すので、この地形も相まって、相当な難敵だ。
正直、これといった効果的な攻略法は存在しない。
分厚い甲羅は炎熱も雷光も水氷も物理も一定以下のダメージは完全に遮断してしまう能力を持っている。
勝てるとするなら、強引に、正面から叩き潰せるだけの圧倒的な暴力が必要だ。
【階層ボス[ヴォーテックス・シェルタートル]の討伐に成功しました】
【達成者である夜天童子の下層への移動が認められ、以後階層ボス[ヴォーテックス・シェルタートル]と戦闘するか否かは選択できるようになりました】
【達成者である夜天童子には初回討伐ボーナスとして宝箱【渦隠亀の甲羅】が贈られました】
【達成者である夜天童子には単体撃破ボーナスとして希少能力【沈没者】が贈られました】
ヴォーテックス・シェルタートルの守りは硬かったが、渦を強引に突っ切り、一度取りついてしまえば始末は比較的簡単だった。
銀腕を使った殴打で延々と甲羅を壊する簡単な作業である。大きいので仕留めるにはそれなりに時間を必要とした。
殺した後は亀の彫刻が施された宝箱と死体を回収し、二十一階に降りた。
二十一階には乳白色の石材が円柱状となって覆った河と、魔法金属製の船が三隻あった。
“二百四日目”
二十一階から二十五階は、周囲を乳白色の石材で覆われた河を船に乗って下る事で進めるようになっていた。
階段を下りた先には係留所があり、そこには三種類の船が揃えられている。
一つは、個人用の板の様な小型船。
一つは、数名が乗れる程度の中型船。
一つは、十数人まで乗れる大型船。
船は共通して登場者の魔力を動力にして動き、船長として登録した者の意思一つで自在に動く事ができる優れモノだ。
持ち帰る事は出来ないかと試行錯誤してみたが、アイテムボックスに入れようとしても拒否されるので、ダンジョンの一部という認識になっているようだ。
持ち帰れれば使い道は多いのだが、残念である。
船にはそれぞれの特色があり、小型船は他よりも脆い代わりに最速だ。ある程度なら最初に形状を変化させてサーフボードのようにする事も出来る。
中型船は小型船よりもやや遅いが遥かに頑丈だ。それに数は少ないがバリスタなども設置されているので、走攻守と一番バランスがとれている。基本的なパーティだったらまずはこれを選ぶべきだろう。
大型船は最も頑丈だが一番遅い。ただバリスタなどの数は多く、魔力を余分に込める事で一時的な防御フィールドを発生させる事も可能なので、人数さえいれば沈む事は殆どないだろう。
といった感じだ。
俺は小型船を選んだ。
動力が登場者の魔力なのだから、無駄な消費を避けたかったからだ。それにさっさと進みたいという思いもあった。
そしてその判断は間違ってはいなかっただろう。
河には至る所にダンジョンモンスターが潜み、周囲を覆う乳白色の石材の一部には砲台の様なモノが設置され、それ等から容赦なく船を沈めようと攻撃が飛んでくる。
それをサーフィンのような感じで波に乗り、時に砲弾を叩き落としながら先に進んだ。
小型船でなかったら、もう少し面倒な事になっていただろう。守れたとは思うが、もしかしたら小さな穴が開いて、沈没していた可能性もある。
それにしても、何処となくアトラクションのような感じで、ちょっとだけ楽しかったのは秘密である。
ちなみに、河はとてつもなく長かった。
まるで空間がねじ曲がっているか拡大されているとしか思えないほどの長さで、高速で船を走らせても一階降りるのに数時間を要する程だ。
ちなみに途中には滝があって数十メートルほど落下する事もあったし、重力を操作しているのか本来なら天井や壁となる場所を進んだりもした。
そうこうあってようやく二十五階に到着したのだが、どうやら二十五階全体が階層ボス戦の戦場らしく、河の上での船上戦だ。
五回目となった小型船での大河下りをし始め、周囲を警戒しながら船を走らせていると、水中から巨大な魚に乗った何者かが出現した。
現れたのは全身を青銀の鱗殻で包んだ身の丈四メートルはあるだろう半魚人だった。
魚類の特徴がありつつもシャープで整った顔立ち、頬や頭頂部、肘や背面中央などにある青紫色の被膜で出来た鋭利な鰭、すらりと伸びた太く長い手足、指の間にある鰭と同じ青紫色の被膜で出来た水掻き、何処を見ているのか分からない濃紺の瞳、手には毒々しい紫色に染まる四つ叉の矛を持ち、天然の鱗鎧たる鱗殻で全身と急所を守る、かつて実際に存在していたらしい半魚人の英雄の子孫――“ドミナリア・ザ・ギルマンロード・ライダー”
それが二十五階層の階層ボスだった。
ちなみにドミナリア・ザ・ギルマンロード・ライダーが乗っている巨大な魚は、“ラーゴン”と呼ばれる肉食性の甲鎧魚の一種だ。
体長は七メートルを超す、鯨のような化物魚である。
ドミナリア・ザ・ギルマンロード・ライダーとの戦闘は長期戦だった。
まず、ドミナリア・ザ・ギルマンロード・ライダーがそもそも近づいてこない。
基本的に、ラーゴンがその巨大な鰭から繰り出す津波攻撃、自動的に手元に戻って来る四つ叉の矛の投擲攻撃、ラーゴンが口から吐き出す水弾など、遠距離攻撃が主体なようだ。
水中からラーゴンが高速で突き上がる突進攻撃や槍撃など、近距離攻撃も繰り出す時は繰り出すが、その頻度は極端に低かった。
それでも隙を突いて遠距離攻撃で削っていると、体力が一定値を下回ったのだろう、今度は配下の“ギルマンナイト”を無数に召喚し始めた。
トロやマグロなど様々な魚類の特徴を持つ、三又の矛で武装したギルマンナイト達は高速で小型船の周囲を回遊し、俺ではなく小型船を集中的に狙ってきた。
先に沈没させるつもりなのだ。
水中から攻撃してくるギルマンナイト達が鬱陶しかったので【水流操作能力】を使って波乗りを楽しみながら攻撃を回避し続け、隙を見てハルバードで突き刺し、生の味を堪能してみる。
ギルマンナイトは肉と魚を半々にしたような独特の味で、ギュッと身が引き締まり、コリコリとした食感が楽しめる。
刺身醤油を足してみると、更に美味しくなるに違いない。
気に入ったので何匹かアイテムボックスに入れつつ、攻防は続いた。
ダメージを蓄積すればするほど次第に接近戦が多くなり、かなり削りやすくはなったが、接近する事で繰り出される四つ叉の矛の槍撃には手を焼かされた。
ドミナリア・ザ・ギルマンロード・ライダーは熟練の【槍術師】ばりの槍術を修めているようなのだが、血統が良いので基本性能が普通のギルマンロードよりも軒並み高く、その上でダンジョンによる補正もあるので、一撃一撃が速くて重い。
しかもマジックアイテムの矛には穂先の数に合わせて四つの能力――【自動帰還】、【魚類ノ猛毒】、【精神汚染】、【肉体汚染】――があるので、掠るだけで結構なダメージとなる。
特に【精神汚染】と【肉体汚染】が厄介だ。
攻撃を受け続ければ、心も身体も次第に力を失って死に絶えてしまう。
何とかハルバードで攻撃を逸らし、あるいは弾きながら戦っていたが数回掠り、その度に身体と精神を蝕む重圧に耐えなければならなかった。
それなりの時間が経過した後でやっと倒せた時には常時あった重圧は消えたので、ホッと気が緩む。
【階層ボス[ドミナリア・ザ・ギルマンロード・ライダー]の討伐に成功しました】
【達成者である夜天童子の下層への移動が認められ、以後階層ボス[ドミナリア・ザ・ギルマンロード・ライダー]と戦闘するか否かは選択できるようになりました】
【達成者である夜天童子には初回討伐ボーナスとして宝箱【古英の青銀魚】が贈られました】
【達成者である夜天童子には単体撃破ボーナスとして希少能力【水乗りジョニー】が贈られました】
出現した宝箱と死体を回収し、流石に長時間戦闘だったので小休止を挟んだ後、二十六階に足を進めた。
二十六階は階層全てが巨大な渦に支配された、急流地帯となっていた。
“二百五日目”
二十六階から三十階までを語る事は少ない。
基本的な構造は巨大な盆地だ。
傾斜は緩やかだが直径が数キロに達しているので、中央に向かえば向かう程深くなっている。
そしてその盆地には、巨大な渦がある。盆地全体を支配している渦だ。
一番浅い最外縁部でも俺の腰までが清水に浸かる程で、気を抜けば流されてしまうだろう急流だ。
地下への階段は中央の、つまり渦の中心にあるので、次の階に到達するには時に渦に身を任せて流され、時に流れに逆らって泳いで到達するしかない。
ちなみに飛ぶ事は不可能だった。
飛ぼうとした瞬間、渦を構成している膨大な量の清水全てが上空に跳びあがって水壁と化した。それでも突っ込もうとすると水が超硬化して物理的に進む事を拒否したからだ。
全力攻撃を繰り出しても、せいぜい数百メートル先まで貫通する程度。階段までの距離を考えれば、十数分の一程度までしか到達できていない。
それに孔もすぐに塞がったので、進むには泳げ、という事だろう。
渦には一応トラップは存在しない――階全てを巻き込む渦が致命的なトラップと言えなくもないが――のが救いだが、モンスターは普通に出てくる。
そうなると回避は渦のせいで困難を極め、一方的に殺される可能性もあるので要注意だ。
面倒だったので流されていい場所では流され、進むのが困難な時は強引に泳いで進んでいった。
ここは宝箱もダンジョンアイテムもかなり少ないので、旨みがあまりない。モンスターもこれまで出てきたようなモノばかりだった。
さっさと進めるのならさっさと進みたい階層と言えるだろう。
思ったよりも短時間で三十階に到着すると、遠いのでかなり小さくではあるが、巨大な渦の中心で待ち構えている三十階の階層ボス“グリーフ・カリュブディス”を視認する事ができた。
どうやらドミナリア・ザ・ギルマンロード・ライダーと同じように階全てが階層ボスとの戦場らしい。
階を支配している渦もこれまで以上に大きく激しく複雑で、グリーフ・カリュブディスに近いほど荒々しくなるようなので、攻略するのはかなり厄介そうだ。
遠距離から狙撃しようかと思ったが、思った段階でグリーフ・カリュブディスの周囲には巨大な水球や水壁が無数に出現したので、遠距離狙撃による討伐はできないようになっているらしい。
実行する以前に思考した段階で防御陣を敷かれては、流石に諦めしかない。
そんな近づく事自体が困難そうなグリーフ・カリュブディスだが、腰まで伸びる青緑色の長髪、白磁のような肌、女性らしい身体つきと、素顔は白い仮面で隠しているので綺麗かどうかは分からないが、体型だけを見ればかなり高レベルの美女なのは間違いない。
素顔はどうなっているのかを想像しつつ、早速渦に飛び込んだまでは良いモノの、渦のあまりの激しさに遅々として進まない。
グリーフ・カリュブディスの近くに到着するまでに、数時間を要した。
【階層ボス[グリーフ・カリュブディス]の討伐に成功しました】
【達成者である夜天童子の下層への移動が認められ、以後階層ボス[グリーフ・カリュブディス]と戦闘するか否かは選択できるようになりました】
【達成者である夜天童子には初回討伐ボーナスとして宝箱【嘆きの乙女】が贈られました】
【達成者である夜天童子には単体撃破ボーナスとして希少能力【嘆きの大渦】が贈られました】
グリーフ・カリュブディスは、近づいてしまえば呆気なく討伐できる程弱かった。
まさか防御するでもなく無防備に殴られ、その一殴りで腹部を貫通出来てしまう程弱かったのは予想外であるが、仮面の下は西洋人形のような美人だったのでそれも仕方ないか、と思ったのは余談である。
だが近づかれれば即座に殺されてしまう程弱い分、グリーフ・カリュブディスを中心に発生していた渦がヤバ過ぎる。
ヴォーテックス・シェルタートルも渦による攻撃だったが、規模が段違いだ。
グリーフ・カリュブディスは階全体を巻き込んだ渦。
ヴォーテックス・シェルタートルは閉鎖された階層ボス部屋を支配した渦。
水量が違い、近づくまでの距離が違い、何より生物としての性能が違った。
正直【酸素不要】が無ければもっと苦労していただろう。溺死していた可能性もある。
息を整えながら死体と宝箱を回収し、先に進んだ。
三十一階は、これまた難易度の高い構造になっているらしい。
“二百六日目”
外ではカナ美ちゃん達やスペ星さん達などが色々と働いている訳だが、まずは迷宮攻略をするとして。
今日の朝食はヴォーテックス・シェルタートルとドミナリア・ザ・ギルマンロード・ライダーである。
ヴォーテックス・シェルタートルをまるまるだと食べ尽くす前に迷宮に喰われて消えてしまいそうなので、中鬼くらいある心臓と、同じように巨大な肝臓を刺身にし、ついでに足を二本ほど丸焼きにして食べてみた。
特にクセのある味ではなく、心臓と肝臓の刺身の食感はコリコリとしていて食べ応えがある。独特の味であまり食べた事の類ではあるが、悪くは無い。酒のツマミとしてかなり良さそうだ。
ドミナリア・ザ・ギルマンロード・ライダーは騎魚のラーゴンの一部と一緒に頂いた。
ドミナリア・ザ・ギルマンロード・ライダーは身がギュッと引き締まっているので味が濃縮され、濃厚でありながら後味はスッキリとしている。口に入れると体温だけで溶けてしまうその食感は堪らなく、ついつい食べ過ぎてしまった。
巨大な騎魚であるラーゴンはタップリと脂の乗った身で、歯応えがありつつも繊細な味わいだ。薄らとピンク色の身は甘い香りを漂わせ、食欲をそそる。
どれもこれも美味であり、パクパクと箸が進んだ。
どちらも高レベルのダンジョン階層ボスモンスターである為、一口毎に全身に力が漲っていくようだ。
【能力名【硬質鱗殻生成】のラーニング完了】
【能力名【中位魚人生成】のラーニング完了】
【能力名【噴出棘孔生成】のラーニング完了】
【能力名【甲羅生成】のラーニング完了】
【能力名【多重甲羅】のラーニング完了】
今回は生成系アビリティが特に多かった。
【硬質鱗殻生成】、【中位魚人生成】はドミナリア・ザ・ギルマンロード・ライダーから。
【噴出棘孔生成】、【甲羅生成】、【多重甲羅】はヴォーテックス・シェルタートルから。
それぞれの特徴がよく出ているアビリティと言えるだろう。
早速【中位魚人生成】を使用してみると、最低でギルマンの一歩手前であるサハギン――小鬼と中鬼のような関係だ――を、最高でブラック・ギルマンロードまで生成可能だった。
しかも中位なのである程度の知能も備わり、自律的に行動する事も可能になっているらしい。
自律的に動けるので細かい指示は必要ないが、的確に動かすには指示した方が良いようだ。上位なら何も言わずに行動してくれるに違いないが、これまでを思えば十分過ぎるほどの前進だろう。
これで攻略も少しは楽になり、今後の大きな助けになるのは間違いない。
朝から幸先がいいモノだと思いつつ、攻略を再開した。
三十一階からは、中空を走る無数の水の道を通る必要があるらしい。
階段を下りた先にある十メートル程の半円が唯一の足場で、その他は何もない。
上方に天井を確認する事は出来ず、下方に地面を確認する事は出来ない。本当に、何もない。
高度二千メートルにポツリと存在しているような状態、と言えば少しは想像しやすいだろうか。
足場の外は、そんな感じになっている。
試しに分体を落してみたが、しばらくすると何故か上から現れ、止まる事無く目の前を通り過ぎて落下した。
どうやら空間がループしているらしい。
一定の高度にまで落ちると今度は上空に転移し、また落ちる。墜落死の可能性は消えたが、下手すれば餓死するまで延々とループするという事なので、油断はできない。
進むには数メートル程の太い円柱状の水道を通る必要があった。
今度こそ飛行する事でショートカット、と考えたが、不思議パワーによってこの階では絶対に飛べなくなっているらしい。何度か試したが、跳ぶ事までが限界だ。
楽に進む事は諦めて、地道に水道を進んだ。
とはいえ、泳いではいない。
【中位魚人生成】で魔力を代償に生成したブラック・ギルマンロードをサーフボード代わりにしたからだ。
獲得した希少能力の一つ【水乗りジョニー】などの効果もあって、特に疲れる事も無く進む事が出来た。
本当に、生成系アビリティは使い道が多いと思う。
それで攻略だが、水道は下に別の水道があれば落下して乗り換える事が可能だったり、落下して上空の水道に乗り移らないと進む事ができなかったりと、これまでの平面的なモノと違う、かなり立体的な迷路となっているので苦労はした。
構造自体が厄介なのに、容赦なく襲いかかって来るダンジョンモンスターは面倒だ。
全体的に海老のような形状をした、硬い外骨格に包まれた全身は半端な攻撃では傷一つつかず、鋭い棘が寄り集まった強靭な尾の一撃は岩さえ撫で斬られ、特徴的な四つの巨大な拳は砲撃のような威力を発揮する、巨熊の様な大きさの“四砲嵐蝦蛄”
青い魔法金属製の鎧を装着する事で鍛えられた上半身を覆い隠し、下半身は水道を高速で泳ぐ事が可能な大型魚類のそれで、手に槍や刺突剣など水中でも使いやすい刺突に優れた武器を持つ、雄のみという残念な構成の集団で襲ってくる“青騎士人魚”
腕の様に足の様に太く強靭に発達した胸鰭と、タコやイカのように吸盤を持つ九本の触手へと進化した尾鰭で奇天烈な軌道や攻撃を可能とする、体内に雷を発生させる特殊な器官を持った五つの目の巨大鮫“ライオットシャーク”
などなど。
どいつもこいつも隙あらば水道から弾き飛ばそうとしてくるので、それを退ける事数時間。
昨日で三十二階まで到達出来ていたので、思ったよりも時間をかけずに三十五階の最奥にまで辿り着く事ができた。
三十五階の階層ボスは、無数の水道が集まって形成された巨大な水球の中に君臨していた。
それはツルリとした表面に僅かな凹凸も見られない、六メートル程の完璧な球体だ。
構成している物質は不明だが、清水の中では視認し難い透明度を保っていた。手足も無く、どうやって攻撃するのかよく分からない球体の名は“アクリアム・ゴーレムボール”
攻撃方法は基本的に高硬度の身体を使った高速突進か、周囲の水を一時的に吸収して網目状に放つ回避困難なウォーターカッターの二種類だ。
一応内部の核を暴走させて引き起こす大爆発、という自爆技があるようだが、ほとんど使用する事はないので気にしなくていいだろう。
他の階層で戦えばヴォーテックス・シェルタートルのような高い防御力に苦戦は必至だろうが、それでもやり様は幾らでもある。
だが、ことこの階では最悪の階層ボスだと言えた。
何が最悪かというと、コイツはとにかく、逃げ続けるからだ。
まともに攻撃を入れる事すら、困難を極める程に、速く複雑に逃走する。
【階層ボス[アクリアム・ゴーレムボール]の討伐に成功しました】
【達成者である夜天童子の下層への移動が認められ、以後階層ボス[アクリアム・ゴーレムボール]と戦闘するか否かは選択できるようになりました】
【達成者である夜天童子には初回討伐ボーナスとして宝箱【逃走球の追跡者】が贈られました】
【達成者である夜天童子には単体撃破ボーナスとして希少能力【水中ストーカー】が贈られました】
階層ボスのアクリアム・ゴーレムボールは、戦場の特性を最大限にまで活用した。
基本的には水道の終着点である水球に存在するが、攻撃されそうになるか、あるいは近づかれそうになると、水球の周囲を取り巻く無数の水道に逃げ込み、高速で逃走する。
これまでの階層ボスは全力で殺しにかかってきたくせに、ここでは戦わずして逃げ回るように設定されているようだ。
確かにこの戦法は有効だろう。
アチラは絶対にコチラを殺す必要はなく、何よりゴーレムだ。つまりは燃料が切れるまで、あるいは身体が壊れるまでは延々と稼働し続けられる存在だ。
そして今回のアクリアム・ゴーレムボールは燃料となる魔力をダンジョンから供給され、身体は周囲の清水をとり込んで一定時間が経過すると修復するようなので、半永久的に稼働し続ける、と言っても過言ではないだろう。
対してコチラは先に進むのにアクリアム・ゴーレムボールを破壊する必要があり、疲労する生身である。延々と逃げられ、追い続ければ体力も気力も消耗する。
待ち伏せをしようにも上下がループし、無数の水道が集結した事で逃げ道だらけの戦場では簡単に逃げられてしまい、追い込む事がかなり難しい。
実に嫌らしい戦法だ。
見え難く、素早いので攻略は困難を極めた。
幸いな事に、基本的に攻撃される事は無い。
コチラが気を抜くか、あるいはその姿を見失わない限り、と条件はつくのだが、隙を見せない限りは逃げ続けてくれる。
あえて隙を見せて近づく事を待ったりもしたが、それには引っかからなかった。
何かしらの条件で弾かれたのだろうか。分からないが、攻撃してこないのは確かだ。
最終的には【中位魚人生成】を使って大量のギルマンロードを生成し、ヒト型なので【人間爆弾】を使用、更に火力を上げる為燃料代わりに体液を弄った分体を【寄生】されて特攻させる、戦術【神風】を使用して足止めをした。
その後、度重なる爆裂にやや破損し動きが鈍った所を狙い澄ました朱槍で串刺しにして仕留める。
核を貫いた感触はあるが、砕けてはいないようなので後で食べるとして。
どうやら階段はアクリアム・ゴーレムボールを倒した瞬間水球直下に発生する様で、先程までは影も形も無かった階段があった。
中空にある階段というのも、何だか奇妙な光景だ。
流石にそろそろ疲労も溜まってきた攻略だが、最下層はもうすぐである。
ふんと気合を込め、水球から落下し、三十六階へと足を踏み入れた。
三十六階は、天井から無数の滝が降り注ぐ、巨大な湿地帯である。
“二百七日目”
三十六階以降は、どうやら十一階から十五階のように、ダンジョンモンスターの数が少なくダンジョンアイテムを取得しやすい階層となっているらしい。
天井から降り注ぐ滝の直下にある滝壺では、場所によるが安全に釣りを楽しめるスポットがある。
前回の湖で釣った“鋼殻アロワナ”や“銀殻ピスラルク”などの他に、“ナナイロドジョウ”や“サクラニジマス”など、焼いて塩をまぶしただけでも十分美味い食材アイテムを入手する事が可能だ。
それにここに来るような存在が殆どいないので釣られ慣れていないからだろう、餌をつけて釣り糸を垂らせば簡単に喰いつく。
入れ食いだ。
入れて数秒とせずに釣れてくれる。
ある程度釣り上げると学習したのか喰いつきは悪くなったが、それまでに数十匹ほど釣れたので良しとしておこう。
滝壺などの他に、踝まで清水に浸かる鬱蒼とした草木の生えた場所だと“迷水茄子”や“金輝西瓜”、“赤命トマト”や“白王キャベツ”など野菜系アイテムを入手できた。
なかでも個人的なお気に入りは“迷水茄子”だ。
軽く擦っただけで皮が傷ついてしまうほど繊細なのだが、紫色の艶々とした皮と丸々とした見た目は実に美味そうだ。
そして実際に美味い。
一口齧ると大量の汁が口に溢れ、茄子なのにまるでリンゴやイチゴを食べたかの様な甘味がする。後味はやや酸味があるので後を引かず、幾つあってもペロリと平らげてしまえるだろう。
生でそれなのだ。調理すれば、更に美味しくなるだろう。
ただ食べるだけで体内魔力の回復速度が上昇し、体力も多少だが回復する便利なアイテムでもあるので、採取出来る限り採取した。
普通なら新しいのが生えるのに相応の期間を要するが、ここは迷宮だ。
帰りによれば、また採取できるだろう。
大雑把に回ってみて分かったが、ここは食材系のダンジョンアイテムが豊富な代わりに、宝箱や金属類のアイテムは乏しいらしい。
美味い食材は大歓迎だが、そこだけは残念である。
多分、なんの柵も無い独り身だったらしばらくここで生活していただろう。それくらい居心地が良い階層だ。
肺を満たす美味い空気に、幾つ食べても飽きがこない天然の極上食材の数々、一定に保たれたほどよい気温は心地よく、溢れんばかりにある用法無数の清浄な水、時折出会う大型ダンジョンモンスターとのちょっとした殺し合いというコミュニケーションもあるので退屈はせずと、うむ、かなりいい。
色々細工して、安全な釣りスポットの近くに骸骨百足製のコテージを建造するのも悪くは無いだろう。
まあ、実際には外で色々とあるから帰らなければならない訳で、夢想するだけなのだが。
階層の特徴からさしたる苦労も無く先に進み、四十階の最奥に到着した。
そこの中央には巨大な滝があり、相応の大きさの滝壺が広がっている。滝の飛沫で温度は低く、風が靡く程度には風が吹いている。
周囲にはグルリと連なる岩山が存在し、草木が生い茂った場所や、粘度の高そうな沼などがある。
これまでの様に地面が一定の状態ではないので、足場にも気を使っていないと、いざという時に足元をすくわれるだろう。
そんな戦場に待ち構えていたのはクリスオラ・キングクラブと同等以上の体躯の、何処となく狼や犬を彷彿とさせる、異形の四足獣だった。
獲物を捕まえる為に発達したらしい太く長い前脚には四つの鋭爪が存在し、前脚よりも小さいが太く力強い後脚は地面の状態がどうなっていようとも抜群の安定感を発揮するだろう。
背面に生えた八対の太く短い透き通るような青い触手はクネクネと蠢き、触手の尖端からは溶解性の帯電水がポタリポタリと滴っていた。
尻尾は大樹の様に太く体長の二倍近い長さがあり、その先端にはまるで指のように器用に動く三本の鋭爪がある。鋭爪は青く発光し、五本目の肢として死角から襲ってくるだろう。
全身を覆う青緑色の体毛はサラサラと手触りがよさそうだが、衝撃を加えられると瞬時に硬化する鎧であり無数の刃だ。下手に生身で触れれば、触れた個所がズタズタに斬り裂かれてしまうだろう。
狼などのように前方に伸びた口には昆虫の様な鋸歯が生え揃い、その隙間から先端が青い液体に塗れた長い舌がチョロチョロと見え隠れする。
三つの澄んだ青眼が存在する頭部は仮面のような白い外骨格によって硬く守られ、側頭部からは捻じれた双角が伸びていた。
そんな階層ボス“リザルデッド・ブラッドイーター・ポチ”は、戦闘開始と同時に咆哮を上げた。
まるでミノ吉くんのような圧倒的咆哮だ。衝撃で周囲は波打ち、ビリビリと身体が震える。
そんな咆哮が鳴りやまない内にリザルデッド・ブラッドイーター・ポチの周囲が無数に隆起し、そして弾けて何かが飛びだした。地中から出てきたのは無数の見覚えのあるダンジョンモンスター達だった。
四砲嵐蝦蛄、青騎士人魚、兜型胴戦蛸、ライオットシャークなど、ここに来るまでに遭遇したダンジョンモンスター達が、実に五十体ほど出現した。
ただし正常な状態で、という事ではない。
あるものは腕が砕けていたり、頭部が潰れて眼球が飛び出していたり、身体の一部が無くなっていたり、臓腑を外に垂れ流していたりする。
共通している部分があるとすれば皆死んでいる事と、どれ程酷い損傷でも一滴の血も流れていない事だろうか。
リザルデッド・ブラッドイーター・ポチは殺した獲物の血を啜り、腹を満たす。
食事の際に肉を喰う事はあるがそれは少量で、大半は残される。
普通ならそのまま捨て置くのだろうが、リザルデッド・ブラッドイーター・ポチはその体内で飼っている寄生獣を【寄生】させ、苗床にするという特性を持っていた。
寄生獣は寄生体から栄養を吸い取り一定の段階まで成長する間、大量の血液を必要とするリザルデッド・ブラッドイーター・ポチの尖兵として活動し、同胞となる存在を狩る為に死体を操作する。
その為このダンジョンでは浄化されるはずのアンデッドのようであるが、寄生獣によって操られているのでアンデッドではなく、こうして存在していられる。
とある英雄の魔蟲と似たような死体操作術、とでも言えばいいのだろう。
尖兵達は俺という新しい獲物を求め、戦場は即座に狂騒に包まれた。
【階層ボス[リザルデッド・ブラッドイーター・ポチ]の討伐に成功しました】
【達成者である夜天童子の下層への移動が認められ、以後階層ボス[リザルデッド・ブラッドイーター・ポチ]と戦闘するか否かは選択できるようになりました】
【達成者である夜天童子には初回討伐ボーナスとして宝箱【寄屍操の巨獣】が贈られました】
【達成者である夜天童子には単体撃破ボーナスとして希少能力【水媒操縦師】が贈られました】
召喚されたダンジョンモンスターの死体を捨て駒に、高速でありながら無音で動き回るリザルデッド・ブラッドイーター・ポチは隙あらばその鋭爪や背面の触手を使って攻撃を仕掛けてくる。
振るわれた鋭爪は烈風を巻き起こし、触手から噴出する帯電水は触れれば皮膚が溶け、電撃で内部から身が焼かれる。
【雷電攻撃無効化】があるのでダメージはそこまで大きいという訳ではないが、それを抜いても強酸性の液体を被りたいとは思わない。
個体の能力もさることながら、これまで無かった配下を従える階層ボスだったので面倒ではあるが、討伐する事には成功した。
その代償として無数のダンジョンモンスターを斬り殺したハルバードが殆ど使い物にならなくなってしまったが仕方ない。
まだ修復可能な段階なのでアイテムボックスに放り込み、代わりに【巨人族の長持ち包丁】を取り出しておく。
一応包丁となっているが、俺の体格的に大剣型マジックアイテムとなる。剣の類は長物系より得意ではないのだが、無いよりはあった方がいいし、何より生け作りにし易いという利点もある。
暫くはこれでいく事にした。
それにしても、流石にアビリティを制限しながらだとそろそろ厳しくなってきたが、まあ、何とかなる段階まで何とかする事にして。
宝箱と死体を回収した後、四十一階へと足を進めた。
四十一階には、陸地が一切存在しなかった。
“二百八日目”
四十一階から下は、透き通る清水の世界が広がっている。
階全てが湖になっている、といえば分かりやすいだろうか。
足場となるのは巨大なハスの葉だけであり、他には足場となりそうな物は無い。風も無く、俺が動かなければ、波紋一つない水面が広がっている。
ハスの葉は階段が存在するモノが一番大きいらしく、直径は五十メートルはあるだろうか。数十人が乗っても沈まない程度には安定感がある。
そして最初のハスの葉の正面には、直径十数メートルから数メートルくらいの大小様々なハスの葉の連なりによって一本道が出来ていた。
ここでは飛べるのかどうかを調べて飛べないと理解した後、他に選択肢も無かったので真っすぐ進んでいくと、今度はハスの葉の道は左右に別れた。
それをさらに進むと次第に分岐は増え、より複雑になっていく。
壁のない通路、あるいは回廊のようなもので、つまりはハスの葉の迷宮が出来ている。
遮蔽物は殆ど存在しないので視界は良好であり、先の方まで見えるので大雑把なルートは予測できるのだが、ハスの葉の上には待ち伏せしている明らかに強キャラだろうダンジョンモンスターや豪華な装飾の宝箱を確認でき、それを回収していければ、という考えが浮かぶ。
だが複雑に入り組んでいるので階全てを網羅する事は困難だ。
広く複雑なので近くに見えて遠い、なんて事は多く、手が届きそうで届かないのは少々歯痒い。時間があればどうとでもなるだろうが、そこまで時間をかけられないので諦めた。
この階で何より厄介なのは、ハスの葉から落ちると最初の階段があるハスの葉まで一瞬で戻される事だろう。
上下がループしていた階層があったが、今度は水中に落ちると最初に戻る、という訳だ。
水中からは容赦なく魚型ダンジョンモンスターやらが突っ込んできたり、宝箱手前のハスの葉が乗った瞬間に沈没したりとあって、何度か最初からになった。
正直ストレスが溜まる。それでも注意し続けながら進む事数時間。
採れる宝箱や強キャラダンジョンモンスターの死体を回収しつつ、夜には四十五階の最奥に到着した。
最奥には階段がある巨大ハスの葉に匹敵する大きさのハスの葉があった。
先に続くハスの葉の道は無く、渡ってきたハスの葉も道も無くなった。先程まであったハスの葉は、到着するのと同時に沈んでしまったようだ。
僅かな波紋だけがその名残をみせ、次第にそれも消えた。
巨大ハスの葉の上で戦う事になった四十五階の階層ボスは、ハスの葉が沈むと同時に出現した、広大な湖面にポツリと立つ二人の麗人。
階層ボスの名称は“レッドアーム・ジェミニュヴィア”
腰まで伸びた青い長髪は光を反射させて煌めき、深く沈んだ狂気を宿す青眼は獲物――今回はもちろん俺だ――を見つめ、人形のように端正な美貌で冷たい殺意を隠した微笑を浮かべる双子である。
宝石で髑髏を苗床に咲く睡蓮の花の装飾が施された美しい水銀の夜会服を身に纏い、上腕の半ばまでを覆う赤い礼装用手袋を装着し、透けて見えるほど薄いストールを羽織っている。
背丈は百六十センチ程と小柄で、全体的に細く華奢だ。だが女性らしい柔らかな曲線と何気ない仕草には強烈な色気があり、ドライアドなどのような天然の【魅了】の魔力を帯びている。
意思の弱いモノでは、見ただけで取り込まれてしまうだろう。
レッドアーム・ジェミニュヴィアは【湖の貴婦人】と呼ばれる種族に連なる、二人で一人の水妖精だ。
湖などの水場に生息している【湖の貴婦人】は本来温厚な種族なのだが、何事にも例外はある。
その例外であるレッドアーム・ジェミニュヴィアは他者を甚振るのが大好きで、その美貌で【魅了】された愚者を殺す危険なモンスターだ。
両手の赤い礼装用手袋は殺してきた生物の血で構成されているらしく、それに宿る怨念か、あるいは魅了された惚気からか触れた液体を沸騰させ、摂氏五百度にもなる熱水を発生させる。
触れられれば全身の血液でも沸騰するので、美貌に惑わされれば、触れられた瞬間に殺される可能性もあるだろう。
ちなみにレッドアーム・ジェミニュヴィアは一方の首を刎ねたとしても片割れが存命すれば即座に復活するので、討伐するには二人同時に殺さなければならない。
そして水の妖精なので、大量の水があればそこから魔力を吸い上げ、ある程度の身体の欠損も修復できる。
周囲がレッドアーム・ジェミニュヴィアの武器となり身体となる水で満ちたこの場所は、まさに絶好の狩り場なのだろう。
【階層ボス[レッドアーム・ジェミニュヴィア]の討伐に成功しました】
【達成者である夜天童子の下層への移動が認められ、以後階層ボス[レッドアーム・ジェミニュヴィア]と戦闘するか否かは選択できるようになりました】
【達成者である夜天童子には初回討伐ボーナスとして宝箱【赤腕の貴婦人】が贈られました】
【達成者である夜天童子には単体撃破ボーナスとして希少能力【熱水奔流】が贈られました】
全方位からハスの葉に迫る、熱水の津波。
双子が協力して操る、熱水の多頭竜。
中空に数百ほど浮かぶ、熱水の水球砲。
ハスの葉が炎上してしまう程の熱血で編まれた、赤い湖の騎士。
実に多種多様な攻撃で、液体による攻撃なのでとにかく範囲が広いく防ぎ難い。
直撃を回避しても飛沫でダメージを負う可能性は高く、防ぐにしても攻撃に対応した手段でなくては意味が無い。それに水量がとにかく多いのでただ防ぐだけではジリ貧だ。
厄介な事に双子は俺から一定の距離をとり、前方と後方の位置に陣取り、二人が一度に殺されない様にしながら戦ってきた。
知恵が回り、間にループするかもしれない湖面を挟んで遠隔攻撃を仕掛けてくるレッドアーム・ジェミニュヴィアには正直ウンザリした。
最終的には朱槍と合成アビリティなどを合わせた射撃、威力抜群の終焉系統第四階梯魔術の砲撃で二人の心臓を貫き、討伐した。
死体と宝箱を回収し、ハスの葉の中心に出現した地下への階段を下りた。
最終階層となる四十六階は、これまで進んできた階の特徴を併せ持つ、幻想的な空間だった。
“二百九日目”
四十六階から下は、天井から滝が降り注ぎ、中空には無数の水道が張り巡らされ、地面には無数の湖や地底湖がある構造となっていた。
構造的に何処かで見たようなモノが多く、その特性も似たようなモノだ。
無数に中空を走る水道には上下のループトラップが存在し、ハスの葉がある特定の湖にも階の最初に戻るループトラップが存在する。地底湖の小部屋などには沈没トラップなどもあった。
湿地帯のように踝まで水に浸かっている場所にはアイテムを回収できるポイントがあり、激流の川や、降り注ぐ滝の飛沫によって虹が懸かる場所もある。
だがこれまでなかったモノも存在する。
それは階の中心にある、これまであった滝は一階だけだったのに対し、階と階を隔てる分厚い層まで加えた四十六階から五十階までを貫く高さ数キロにも及ぶ大瀑布だ。
中央の大瀑布は最下層の五十階まで繋がっているので飛びこめば即座に到達できる仕様だが、飛びこめば高確率で死ぬだろう。
大瀑布の周囲は飛ぶ事の出来ないエリアに設定されているようなのでただ落下するしかなく、そもそも膨大な水量と相応の水圧がある大瀑布に飛び込めば、それだけで身体が潰されかねない。
そして運良く最下層に到達できても、数キロ上空からの落下だ。
これくらいになるとコンクリートに叩きつけられる以上の衝撃は確実にあるので、着水すると同時に死ぬかもしれず、死ななくてもかなりの大怪我を負う可能性は高い。それに上から落ちてくる水量で浮上すら許されない事もあるだろう。
その状態でダンジョンボスに挑むなど馬鹿がする事で、つまりは無精せずにこれまで通りに階段を降りて行くのが基本、という訳だ。
こんな訳で普通に進んでいくが、流石最終階層と言うべきか、これまでの階層で出没した全てのモンスターが跋扈し、広さもこれまでと比べモノにならないほど広い。
それから、ダンジョンモンスターの中にはウェイルピドロンといったこれまでの階層ボスより少し劣る“ウェイルピドロン・チャイルド”、“リザードスカル・ウォースラ”、“クリスオラ・クラブロード”、“ヴォーテックス・タートル”、“ギルマンロード・ライダー”、“カリュブディス”、“ゴーレムボール”、“ブラッドイーター”、“ジェミニュヴィア”といった存在が居た。
階層ボスが中ボスとするなら、これらは小ボスとかそんな感じの強敵である。
小ボスは階層ボスほどではないが、倒せばかなり旨みのある存在だ。
倒せばそれらが守っている豪華仕様の宝箱も得られるので、より喰いがいがある。
宝箱には【遺物】級マジックアイテムが入っている事が多く、外れでも大量の魔法金属のインゴットや大量の金貨なので、かなり嬉しい。
目につく小ボス達を殺した後は先に進んでいくが、その途中の四十八階くらいで、かなり離れている場所ではあるが前衛三人、中衛二人、後衛三人で構成された八人組のパーティが戦っているのを発見した。
十五階を最後に見かけなくなった他の攻略者達である。
その中でリーダーだろう紅蓮の鎧に身を包んだ【剣士】は、恐らく【勇者】か【英雄】の類だろう。
気配が復讐者や闇勇などとよく似ていて、階層ボスよりも美味そうだからだ。
気になったので戦う様子を観察していると、轟々と降り注ぐ滝の水が数秒で蒸発するほどの高温で燃え盛る業火を全身と身の丈ほどもある大剣に宿していたし、何処となくミノ吉くんにも似ているので、炎熱系の【神】の加護を受けているに違いない。
詳しくは分からないが、【業炎の神】とか、【炎滅の神】辺りだろうか。
かなり強力な【勇者】あるいは【英雄】なのは間違いない。
そんな彼等が相性的に苦手とする系統の【神代ダンジョン】に潜っているのは、自分の弱点を潰す、という事が目的なのは間違いない。
階層ボスを特定条件下で討伐すれば水に関する希少能力を得られるのだから、挑戦しているのだろう。
予め取得しておく事で、敵が自分の弱点となる水氷系統の攻撃を仕掛けてきた時も、攻撃本来の威力を発揮させない、なんて事ができる。
それに希少能力を得られなかったとしても、苦手な相性の敵との戦い方を学べるし、レベル上げにもなる。デメリットはあるが、メリットも大きいのだ。
とはいえ、これはなかなかできる事でも無い。
自分の弱点となる攻撃を使用してくる強力なダンジョンモンスターで溢れるダンジョンを攻略する、というのはなかなかに困難だ。
突破するには相応の力量を求められる。階層ボスなどかなり大きな壁だろう。
下手に能力に頼るだけの存在では、サクリと容赦なく殺されるだけで終わる。
例え【勇者】や【英雄】でも、死ぬ時は死ぬのだから。
まあ、前置きはさて置き。
それを可能とし、【亜神級】とはいえ最深部一歩手前にまで潜れているあのパーティは、実に美味そうだ。食べれば間違いなくアビリティをラーニングできるだろう。
パーティメンバーも腕利き揃いで、武装もいい。【隷属化】して配下にするのもいいだろう。
――襲っていた。間違いなく外だったら襲っていた。
だが今回はダンジョン内だったので、見送る事にした。
ダンジョンボスはもう少しであり、無駄に消耗する必要はないだろう。
今回の目的はダンジョン攻略。まずはそちらを優先すべきだ。
迷宮都市で始まる事業もあるので、早めの帰りを待っている団員達の為に我慢我慢。
彼・彼女らもぜひ別の場所で、敵対した立場で出会いたいモノだ。
ちなみに、どうやらアチラもコチラに気がついた様で、まるで化物を見たような、あるいは天地が逆様になった光景を見たような面で固まり、ジッと俺を凝視してきた。
それ以上の反応は無かったので何事だと思いつつ、【巨人族の長持ち包丁】で九体の小ボスを生きたまま解体しながら、小ボス達と連戦する事と引き換えに階段へ直行できるコースを進んでいく。
階段に到着した時でも、背後からまだ見つめてくる視線を感じたが、無視して先に進んだ。
外では夕暮れになる時間に、最下層、地下五十階に続く階段に到着した。
少々長めの休憩を入れたので、体力も魔力も問題はない。
アビリティを制限した状態で何処までやれるか試すべく、【清水の滝壺】のダンジョンボスの待ち受ける最下層へと降りる。
ダンジョンボスとの戦場は、巨大な滝壺だった。
四十六階から五十階までを貫く大瀑布、その直下にある巨大な滝壺。五十階は、このダンジョンの名称通りに、【清水の滝壺】となっていた。
中空に浮かんだ階段から水中に飛び降りると、身体は即座に流された。
階を満たす清水が、大瀑布によって激しく撹拌されているからだ。
全体的には一定方向に回っていたグリーフ・カリュブディスの大渦と異なり、ここでは一度入ると上下左右の感覚を消失する。
激しい回転によって肺からは強制的に空気を押し出され、酸素が無くなると反射的に口が開く。そして大量の清水が口に流れ込み、食道を広げて気管を塞ぎ、胃に満ちた。
【酸素不要】が無ければこの段階で窒息し、意識も朦朧としていたのではないだろうか。
なんて場所だ、できればこんな場所で戦いたく無い、というのが正直な感想だった。
まあ、そんな思いは叶わぬ訳で。
最も激しく、最も深い滝壺の中心から、それは現れた。
“二百十日目”
昨日から続くダンジョンボス戦。
大瀑布の滝壺という激流で溺死する確率が非常に高い場所での戦闘が一日程続いた後、決着はついた。
正直アビリティ制限とかするんじゃなかったと思うが、終わった事だ。
次からは普通に攻略しようと思う。
それで【清水の滝壺】のダンジョンボスだが、名は“シャークヘッド・ボルトワイアーム”
蛇の様な長い胴体を持つ亜龍の一種で、体長五十メートル、直径五メートルという大物だ。
これくらいの大きさになると【知恵ある蛇/龍】になるのだが、知性が低く基本的に本能で生きているので亜龍に分類されている。
鮫に酷似した頭部を持ち、全身を覆う鮫肌のような龍鱗や龍殻で守りを固め、背面には雷鳴宝石製の無数の背鰭、側面には翼のように広げられる雷鳴宝石製の鋭い胸鰭がある。
全身が常時青く発光しているのだが、攻撃する際には青色から黄色に変わり、赤い警告色のラインが走るので分かりやすくはある。
基本的な攻撃方法は雷鳴宝石製の鰭を使用した大電流、陸上よりも速く届く身が裂けそうになる程の音撃、激流を一時でも斬り裂いてしまう鰭を使った斬撃、触れただけで身を削る巨躯の高速突進、超高速遊泳による水流操作などが上げられ、ダンジョンボスに相応しい強さを発揮した。
激流の中でも自由に自在に泳ぐ様は圧巻で、広大な滝壺の主に相応しい貫禄があった。
亜龍だが龍に匹敵する存在なだけあって、生物としての格は鬼人を軽く超えている。
それが現在、首を斬り落とされ、長い胴体を数個に斬り分けられて転がっている。首を斬り落としても暫くの間生きていたが、ようやく死んだようだ。
俺も何度か四肢が吹き飛んだり、半身が削られたりと、割と本気で死にかけたが、生き残った。
制限ありだとはいえ、【亜神級】でこれなら、【神級】はどうなる事か。
そして【大神級】だと、想像すらできない。
一体どれほど美味なる存在が待ちかまえているのだろうか。
ジュルリ。涎が出る。いかんいかん。
などと思っていると――
【ダンジョンボス[シャークヘッド・ボルトワイアーム]の討伐に成功しました】
【神迷詩篇[清水の滝壺]のクリア条件【単独撃破】【倒滅劣龍】【水難攻略】が達成されました】
【達成者である夜天童子には特殊能力【清水の支配者】が付与されました】
【達成者である夜天童子には初回討伐ボーナスとして宝箱【鮫亜龍の雷楯鱗】が贈られました】
【攻略後特典として、ワープゲートの使用が解禁されます】
【ワープゲートは攻略者のみ適用となりますので、ご注意ください】
【詩篇覚醒者/主要人物による神迷詩篇攻略の為、【清水の亜神】の神力の一部が徴収されました】
【神力徴収は徴収主が大神だった為、質の劣る亜神の神力は弾かれました】
【弾かれた神力の一部は規定により、物質化します】
【夜天童子は【清水神之宝核輪】を手に入れた!!】
――脳内で鳴り響くアナウンス。
目の前に出現した宝箱と、五つの指輪を銀鎖で繋いだ腕輪。
取りあえず死体と宝箱をアイテムボックスに回収し、触っただけでとてつもない魔力の高まりを感じる宝玉の情報を【道具上位鑑定】で読み取ってみる。
―――――――――――――――――
名称:【清水神之宝核輪】
分類:【■■/装飾具】
等級:【■■■■】級
能力:【清水神之宝核環】【伍水宝御】
【清水の泉】【能力増設】
【異教天罰】【神力変換】
【配下共進】【形状変化】
【不可貫通】【五つの命魂】
備考:夜天童子が神迷詩篇[清水の滝壺]をクリアした際、弾かれた神力によって生じた■■■■級の装飾具。
五つの指輪と腕輪を銀鎖で繋げたデザインをしており、指輪と腕輪にはそれぞれ青い宝玉による装飾が施されている。
これに触れる事が出来るのは夜天童子本人か夜天童子の許しを得た者にみであり、許しなく触れた者には想像を絶する災いが降りかかる事だろう。
■■である為、破壊は例外を除き、絶対に不可能。
さらに情報を閲覧しますか?
≪YES≫ ≪NO≫
―――――――――――――――――
何これ凄い。
何気に【陽光之魂剣】よりも能力が解放されている。
既に右腕に装備している黒銀の腕輪――【孤高なる王の猛威】と重複装備できるのだろうか。できればより優れた装備になるに違いない。
などと思いつつ、一応試しに齧ってみる。
硬い。これもやはり喰えないらしい。この類のマジックアイテムを喰える時が来るのだろうか、とちょっと不満と不安を抱きつつ、疲れたので帰る事にした。
ワープゲート、という転移システムがこの世界にもあるとは正直驚きだが、何せここは【神代ダンジョン】の中である。
外では存在しない転移システムがあっても不思議な事ではないだろうし、これで今後のアイテム採取が楽にできると思えばありがたい事だ。
思ったよりも長くなった本格的な【神代ダンジョン】攻略はこうして成功し、俺は久しぶりに外に出る。
久しぶりの太陽は、思った以上に眩しく感じた。
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