制御できないものを持つことの罪 [平和を]
8月は核兵器の問題が毎年報道されます。世界的に見て廃絶の方向に進んでいるのでしょうか。何も進んでいないように思えますが、誰かが声をあげないといけないのでは。
「(天声人語)狂った兵器を用済みに
それはMAD(マッド)と呼ばれた。ふつうは「狂った」という意味の形容詞だが、ここでは「相互確証破壊」を意味する英語の頭字語(とうじご)。米ソ冷戦時代を支配した軍事戦略の名前である▼どちらから攻撃しても双方破滅という結果に終わるから、戦争はできない。そんな核兵器の「恐怖の均衡」が目指された。理性的に考えれば自殺行為に及ぶはずはないという理屈だ。それが「狂った」の語で表される。皮肉の極みだった▼緻密(ちみつ)に理論武装されていても、今から見ればやはり狂っていたとしか思えない。後に米国のキッシンジャー元国務長官ら推進者が、次々と宗旨を替えた。そして09年、米国大統領がプラハでの演説で「核なき世界へ」と訴えるに至る▼核廃絶への道のりは困難を極める。オバマ氏も、自分が生きているうちには無理かもしれないと言っている。残りの任期中にどこまで進められるか。象徴的な意味も含めてぜひ実現してほしいのは、広島、長崎への訪問である▼これには米国内に反対論が根強くある。原爆で日本の侵略戦争を終わらせた、あれは正しかったのだ、と。互いの歴史認識や被害感情もからんで、議論はもつれる。それでもオバマ氏は09年に「行ければ名誉なことだ」と語っている▼ルース駐日米大使は8日の会見で言った。「原爆を落とした唯一の国と被爆した唯一の国は、核廃絶について特別な位置を占める」。訪問が実現すれば世界に向けたこれ以上ないメッセージとなる。狂った兵器はもう用済みだ、と。 」(8月10日朝日新聞)
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