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| ☆★☆★2013年08月24日付 |
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| まずは第1ゲート通過というところか。ILC(国際リニアコライダー)の国内候補地として名乗りを上げていた東北列藩≠ノ勝利の女神がほほえんだ。ただしこれから諸国との綱引きが待っており、それに勝ったとしても8千億円という事業費をどうするか、国の出方もありゴールまでにはリニア(直線)どころか曲折だらけだろう▼ILCとは、宇宙の始まりにかかわる素粒子を調べるために使われる超大型直線加速器とその関連研究施設、スタッフなどの一大基地を意味する。宇宙の謎を探る先端技術集積だけにその巨大投資とそれによって生まれる研究都市のもたらす経済効果を期待して本県の北上山地と九州の脊振山地の2カ所が誘致にしのぎを削っていた▼国内の候補地を決めるILC立地評価会議が昨日、北上山地を選定したと発表したことでILCを東北振興の起爆剤として誘致にスクラムを組んでいた東北各県、とりわけ北上山地を抱える本県は第1関門をクリアした喜びにわいている。なにせ奥州市から一関市、気仙沼市にかけて長さ31〜50`の地下トンネルを掘り、直線加速器を据え付けるこのプロジェクトがもたらす恩恵ははかりしれないからだ▼本県が期待するのは学術的意味というより経済的波及効果の大きさというのが本音だが、事業費の半分は地元負担とあって政府が首をタテに振るかどうかは未知数。したがって今後はまさにコライダー(衝突)の繰り返しが予想されるが、本県にとって偉大な一歩が印されたのも事実だろう。 |
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| ☆★☆★2013年08月23日付 |
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| 塩分の過剰摂取による高血圧症や心臓病を心配して味噌汁を敬遠するきらいがあると知り、日本人の伝統食がそう簡単に否定されていいものかと疑問を抱いていたが、まさにその通り。それは心配しすぎだとの結果が出た▼塩味の濃い調理が好まれる秋田県民の嗜好が高血圧症を招き、死亡率を高めているとの研究結果が公表されて以後、塩分薄めが食事一般の主流となってからもう半世紀以上も経つだろうか。そういう傾向に逆らって老生が塩分濃いめを保ち続けているのは、味が犠牲になって何の食ぞとの信念からである▼秋田県に行くといまだ塩味が濃く、県民性とはそう簡単に変わるものではないことを覚える。だからこそ塩味はそのままで高血圧症にならない研究が盛んになってもいいはずと思うのだが、減塩が健康維持のための真理と化した現代、研究者には徒労とはなから取り組む意欲など起きまい。だが、塩分を含むからといってミソもクソも一緒くたにしていいものだろうか?▼そう感じた研究者が味噌汁について調べたところ、同じ食塩濃度でも食塩水と比べて味噌汁は結果としての食塩摂取量が少なくなることが分かった。おまけに味噌汁の成分は血管を広げる作用を持つ可能性もあるというのだから、伝統食と他とをとても同列には扱えまい▼この研究からもうかがえるように、食には神秘的な領域があるはずで、味噌汁にも何か秘密があって当然。当方塩分も糖分も摂りすぎだから「こうすれば中和するべ」と抗弁するのだが、それも一理はある? |
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| ☆★☆★2013年08月22日付 |
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| ANA(全日空)の見事な企業姿勢が現場の動きにもそのまま反映されていることに感心し本日もその続きを書くことにした。一社の対応がそれだけにとどまらず、日本全体の好感度を増すその効果は小さくないからだ▼今回の旅で往路に利用したキャリアー(航空会社)は米国、復路はANAという組み合わせは日米の対比をくっきりとさせる上できわめて有効だった。それは日本で近年しきりに使われるようになった「顧客満足度」とか「コンプライアンス(法令順守)」といった言葉が少なくとも日本側では一人歩きしていないことを証明していた▼旅客機という、行動が制限される密室空間の中での、楽しみといえば機内食ぐらいなものだろうか。だからこそ各国のキャリアーはその特色を際立たせるが、ファーストクラスやビジネスクラスはともかく、最低ランクのエコノミーにはそう多くを望めない▼だが、日本の2社は以前から評判が高く、復路2度にわたって供されたANAのそれはいずれも2つのメニューから選べ、内容もまずは合格点を与えられるものだった。客室乗務員の応対も細やかで、ナショナルフラッグ(国家代表)のJALの苦戦を尻目に自立健闘してきただけのことはある▼対する米国代表(社名はあえて伏せる)は、以後2度とは利用したくないと思わせるに十分で、この勝負は日本側の圧倒的な一本勝ちだった。コスト中心の西欧的合理主義と「損して得取れ」の日本的商法とをはしなくも見比べて日本の将来を確信できたのは収穫だった。 |
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| ☆★☆★2013年08月21日付 |
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| キャビンアテンダント(客室乗務員)といえば、花形職業だった。もっともわれわれ世代はスチュワーデスという名前の方がピンと来る。それがバブル経済崩壊後は人気も急降下。コスト削減のターゲットとなり、正社員から契約社員待遇となった▼人件費削減を狙いにパート社員が増大しているご時世に、その全日空(ANA)が来年度からキャビンアテンダントをすべて正社員として採用することに決めた。最初から正社員として雇用することで、離職率を抑え労働意欲や能力アップを目指すという。格安航空会社などとの競争が激しくなり、雇用が安定する正式採用で優秀な人材を確保するという理由もうなずける▼しかし、コスト全体を減らすことが企業者の使命とあらば、これまで進めてきた人件費削減にブレーキをかけることにならないような計算はしているはず。コスト削減のしわ寄せは、その業種にもよるだろうが、製品の品質低下や安全性の欠如といった形で表れることもある。とくにもわずかな判断ミスが大事故につながる可能性が高い航空会社にとっては、今回の方向転換≠ヘ、企業哲学のなせる技か、はたまた労使のバランスを取ったものか、いずれにせよ大英断であることに違いない▼めったに利用することのない身分のエコノミー客とて、空を飛べばキャビンアテンダントの笑顔に安心を委ねるしかない。英断の陰にある本音は「安全なくして利益なし」か、それとも「利益なくして安全なし」か、ここはしっかり企業姿勢を注視する必要がある。 |
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| ☆★☆★2013年08月20日付 |
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| 家の中にいては分からなかったことも、外から眺めると別のものが見えてくるというが、それは悪い面だけを意味するわけではない。良い面も知らされて感謝の気持ちが深まる場合もあるだろう▼かつての敵国であった「鬼畜米英」のその一方の相手が、今や同盟の紐帯を深めなければならない大事な「トモダチ」となっているという事実を、祖国のために戦って犠牲となった慰霊たちはどのような思いで見ているのだろうか?▼払暁の異国の空を眺めながら、漠然とそんなことを考えたのは、やはりそこに時の流れ、歴史の綾というものを感じざるを得なかったからだろう。歴史の証人としての役割などと大そうなことを言うつもりはないが、70歳という歳月の流れの中で感じた大きな変化は、この歳月が両国に恩讐を超越させる何かをもたらしたことだけは確かと言えるだろうか▼時は記憶を風化させる一面を持つが、日本という国は過去にこだわらず、ひたむきに前を向いて歩いてきたことが結果として単なる経済的成長に止まらず、精神的な充実をも同時になしとげたと見るのは褒めすぎだろうか?確かに戦争という過ちを犯しはしたが、その反省まで怠ったわけではない。その結果が、現在の安定なのだと思う▼エトランゼ(旅人)として久しぶりの米国を観察し、改めてこの国の持つパワーと広大な国土の優位性を羨みつつも、しかし日本はコンパクトながらいい国に育ったなという思いをいやが上にも抱かざるを得なかった。これが最大の収穫だろう。 |
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| ☆★☆★2013年08月18日付 |
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| われわれは国内外の動きを毎日の報道から得ているが、それがありのまま伝わるということは到底不可能だから、実際にはごく一部を知らされているにすぎない▼久しぶりに海外へ出る機会があり、そんな実感を強くした。日本の政治や社会現象に対して海外のメディアや識者などから寄せられる情報や意見は、ごくごく抽出されたものであり、それに時にはバイアス(偏り)がかかっていることも避けられないためそれのみで全体像と捉えることはムリがある▼中国も韓国も反日ですっかりこり固まっているように見えるが、それが表層をなぞったものにすぎないと思われるのは、実際に最近両国を訪れてきた人の話や両国から来日した人々の声を聞くとさほど緊張が高まっているわけでもなさそうだからである▼成田空港では両国の若い人たちの姿が非常に目についた。同じ米国行きの機内もこれらの若者たちで占められていた。こうして海外に渡って視野が広がると、実相を見る目が養われ意図的な宣伝工作や誘導には踊らぬようになろう▼それにしても同じアジア系の中でも中国人の姿が行く先々のどこにでも見られるのは驚くばかり。裕福な家庭の子女たちが旅行しているばかりでなく、自由のない母国を嫌ったり、将来の不安に備えての「移民」もあるに違いないが、その点日本は恵まれている▼他国に比べて比類のない便利さと安心を享受できるこの国に住む幸せを見直したのはいいが、スーツケースにがたが来て思わぬ出費となるおまけまでついた。 |
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| ☆★☆★2013年08月16日付 |
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| 終戦記念日の昨日は新聞各紙がそれぞれ「敗戦特集」を組んでいたが、毎年同じような論調にはうんざりした。戦争突入の原因は日本だけが一方的に悪いという「歴史認識」をこう繰り返されたら、次代を担う若者たちが誇りを持てなくなるだろう▼戦後日本の底流を流れてきた自虐的歴史観が新たな論考を受け入れそうな気配を一向に見せないのは、それが時代に逆行するような烙印を押されることを誰しもが警戒するからだろうか。若い頃、林房雄著「大東亜戦争肯定論」を読んで歴史を多角的に検証する必要性を知らされたが、同書を認めたら右翼とたちどころに断罪されかねないのが現実だ▼それはさておき、昨日の産経に評論家の石平氏が書いていた一文が面白かった。反日教育を徹底している中国で国民が日本をどう見ているかを、人民日報社が開設しているミニブログに寄せられた声から拾い上げているのだが、誰もが物事を一面だけからしか見ていないと思ったら大間違いのよう▼「日本の教科書が真実を教えない」という批判に「中国の教科書こそ嘘ばかり」と反論が返ってくると思えば、南京虐殺を取り上げた政府が「お前らこそ多くの中国人を殺したのではないか」と逆襲されるといった具合に、民衆は見るべきものをきちんと見ているようである▼他のサイトで、日本と中国とどちらの教科書が嘘つきかと質したら中国と答えたのは日本の数倍だったよし。安倍首相は靖国参拝を見合わせたようだが、「ああ無用!」の気兼ねだった。 |
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| ☆★☆★2013年08月15日付 |
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| 時には経験したことのないような大雨を降らして多大な損害を与えたりはするが、この雨のおかげで日本は豊富な水資源に恵まれていることを考えると、日本列島の水系リサイクルシステムに感謝せずにいられない▼生物が生きるための絶対条件である空気と水が汚染されずに存在する環境を、われわれは当たり前のこととして特別に意識することはないが、いま大気汚染、水質汚染に悩む中国から見たらなんとも羨ましい限りだろう。十数年前、その中国を訪れて仙台空港に戻ってきた時の星空がなんとも美しく見えたことを思い出し、中国の苦悩を想像する▼水道をひねればそのまま飲用できる水質の素晴らしさもその恩恵に浴すしあわせも十二分に感謝にあたいするだろう。大震災で上水道が停止となっても、湧き水、沢水がその分を補給してくれたこともありがたかった。特に地方はその特権に恵まれている▼梅雨入り前には水不足が続き、そこで梅雨がもたらすありがたさについて書いたら、同じようなことを大阪大学名誉教授で評論家の加地伸行さんが述べておられ、梅雨をうっとうしいなどというのは罰当たりだと断じていた。その通りで、梅雨がなかったら炎暑の中で人間も含めて生物は枯死することになろう▼水といえども限られた資源である証拠にいまその水不足で悩む国が増えている。大雨になると鉄砲水となってただ海に流れ込むだけのこの大量の水をストックする方法はないものだろうか。とまれ、石油はなくとも水があった方が絶対にいい。 |
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| ☆★☆★2013年08月14日付 |
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| 日本人もタイプライターのキータッチで文字入力できるようになったワードプロセッサー(ワープロ)の発明は画期的で、だからこそその普及もマッハ級だった。当方もその恩恵をこうむりながら、最近はこのままでいいのかというジレンマと向き合うようになっている▼ざら紙の原稿用紙に2B以上の柔らかい鉛筆で書くという工程が、液晶画面とにらめっこしながらキーボードを打つというスタイルに変化して、記者が記事を書くスピードが格段に速くなったのはまさにワープロの発明がもたらした大きなメリットである。画面に収容できる文字数も原稿用紙の比ではないから推敲もしやすく、もう元には戻れない▼ありとあらゆる文書がもはやこの「電子タイプライター」なしに成立しなくなった結果、能筆家はその才能を発揮する場が狭められる一方で悪筆家は恥をさらす機会が減じられるという悲喜劇を生みはしたが、文書の均一化、見やすさの向上など、この発明の貢献度はどこまでも偉大だ▼ただ、手紙だけはペンで書くがそれ以外はペンを持つ機会が格段に減ったせいか、文字のつくりを思い出せない場合がちょくちょく出てくるようになった。画数の多い文字ならいざ知らず、何でもないような文字を書く段になって混乱し辞書を取り出すようになるのは何とも情けない▼しかし文明によってリテラシー(識字率)が退化するというのは何とも皮肉で、文字変換の誤用も多くなる。「徒に」が「悪戯に」と変換されて通過するのもこれまた時代というものか。 |
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| ☆★☆★2013年08月13日付 |
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| 若者の海外留学希望者が減ったという最近の傾向を憂う声がある一方で、この変化を日本がそれだけ成熟したことの反映という見方もある。それとは別に、高校生たちの大学進学にも一種の変化が表れてきているというのは、注目すべき現象でなかろうか?▼高校受験生たちの地方志向を特集していた昨日のNHKテレビを見て、これは決して悲観すべきことではなく、むしろ国全体のあるべき姿として大いに歓迎していいのではないかと考えた。調査の対象となった受験生たちへのアンケート結果で、半数以上ができるなら地方にとどまりたいと答えていたと知ったからである▼それは公立、私立を問わず中央の有名大学に行きたいという従来の最大公約数的希望が、ここに来て地方回帰というか、看板にこだわらなくていい、望む学問が達成できればいいという実質本位に変化してきたということだから、大げさにいえば、大学経営に大きな舵取りが求められていることに尽きよう▼中央集権国家的色彩からいまだ抜け出せないわが国では学問の府も一極集中しているが、有名大学でも地方に分散してそこに学園都市が育っている欧米のように、そろそろ大学も遷都≠ェ必要ではないかというという問いかけが形となってアンケートに表れたのではあるまいか▼秋田国際教養大の取り組みが評価されて、もはや大学も名門の地位にあぐらをかいていられなくなった。まして少子化時代である。地元志向があるのだから、地方進出した大学はかならず生き残るはずだ。 |
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