福島第1原発の汚染水封じ込め、メルトダウン以来最大の試練

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 【東京】メルトダウンから2年半近く経った今、東京電力福島第1原子力発電所では、これまでにない規模の汚染水を封じ込めるため必死の努力が続いている。だが、専門家の間では、東電の対応が近視眼的だったのではないかとの疑念が強まっている。

kyodo/Reuters

東電は今週、急ごしらえの300基余りもの貯水タンクの1つから汚染水が漏洩していることを明らかにした

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 高濃度の放射線で汚染された300トンの水が貯蔵タンクから漏れたことを受け、日本の原子力規制委員会は21日、国際原子力事象評価尺度(INES)に基づき、この状況を、「レベル3(重大な異常事象)」に引き上げる案を公表した。また同様の漏れが起きる恐れのある急造タンクが約300基あると警告した。最高の「レベル7」に達した2011年の事故以来、初めてINESの評価対象となる事象だ。

 規制委の田中俊一委員長は記者会見で「恐れていたことが起きた」とした上で、「1分も無駄にすることはできない」と述べた。

 今回の汚染水漏れの陰にはさらに深刻な問題がある。それは、東電が2―3カ月前から原発敷地を流れる地下水をコントロールできなくなった(原子力専門家)ことだ。しかも、事態は悪化の一途をたどっている。

 東電は毎日400トンに上る放射線に汚染された水を原発建屋からくみ上げており、その保管場所の確保が急務となっている。同社は21日、保管場所をほぼ使い果たしたことを明らかにした。事故後に急ごしらえした貯蔵タンクは水が漏れ始めているが、より頑丈なタンクに移す作業は遅れている。敷地の海側では地下水の汚染レベルが急上昇し、地下の遮水壁を越えて海に流れ出している。

 オレゴン州立大学の原子力工学・放射線医学部で放射線汚染を専門とするキャスリン・ヒグリー氏は、汚染水のコントロールが出来ないことは大きな負担になると指摘。「水を管理する方法を探さなければいけない。こうした事故では、何をいつ出すかを管理できなければならない」と述べた。同氏は今年、福島に1週間滞在した。

IAEA(国際原子力機関)が定めた原発事故の危険度の大きさを表す国際評価尺度(INES)

 今のところ、外部に漏れ出た放射線レベルは比較的低い。しかし、設備の老朽化や、損傷の激しい原子炉の廃炉作業や溶け出した燃料棒の除去が大変な作業になることを考えれば、いつまでもこの状態が続く保証はないと懸念する専門家もいる。直近の水漏れで流れ出た水は放射線濃度が高過ぎ、タンクの残りの水を抜くまで原因究明すらままならなかった。

 東電は、漏れ出した水が海に流出はしていないと思うが絶対とは言えないとしている。他の原子炉にも水が溜まっており、汚染が激しく近寄れないという。その上、融けた燃料棒がどこにどのような状態で存在しているかもはっきりとは分かっていない。

 5月に設置された放射線汚染水の処理について検討する政府の専門家パネルのメンバーで、産業技術総合研究所で地下水研究グループ長を務める丸井敦尚氏は、「将来はもっと濃い、もっと汚い水が海へ出る可能性がある」とした上で、「最悪のケースを考えて行動することが大事だ」と述べた。

 この問題は、東電と同社を監視する政府の担当部局が、早期に検討しておくべき問題を放置してきたためだと指摘する専門家は多い。福島第1原発は、40年前に川の流れを変えて建設された。このため敷地の下を大量の地下水が流れていることは明らかだったはずで、海側にどのような遮水壁を建設しても、すぐにあふれ出すだろう、と丸井氏は言う。

 長期的な廃炉に関する研究を行う新設の国際廃炉研究開発機構の理事長に任命された京都大学の山名元教授は「対応は後手後手になっている。先を見ていない」と批判、「専門家としてイライラして見ている」と述べた。

 一方、東電関係者は、同社が変わりつつあると強調する。政府と原子力規制当局は福島第1原発の汚染水問題を解決するため、3つの委員会を立ち上げた。提案の中には、原発の周囲の地下に氷の壁を作り、水が入らないようにする案も上がっている。安倍晋三首相は今月、必要な資金と支援を提供すると述べた。

 しかし、政府の関与が強まったとしても、東電や政府の対応は後手に回っており、支離滅裂で近視眼的、なおかつ遅いという批判は強い。

 21日の東電の記者会見では厳しい質問が相次いだ。原発関係の広報を担当する相沢善吾副社長は謝罪した上で、対策をしてこなかったわけではないが、何かがあってから対応するという姿勢だったことは認めざるをえないと述べた。

 経済産業省の原子力発電所事故収束対応室の新川達也室長は、ここ数カ月の間に福島第1原発の状況がいかに早く変化していたのかを、東電の監督責任がある経済産業省がもっと迅速に認識すべきだったと述べた。

 東電は巨大地震と津波により稼働中の原子炉3基がメルトダウン(炉心溶融)を起こした2011年3月の事故以来、汚染水の封じ込めに苦労してきたが、今年4月に再びこの問題が注目されることになった。汚染水を保管していた3つの巨大な地下貯水槽からの水漏れが発覚し、この数万トンの汚染水を地上タンクへ移すことを余儀なくされた。

 新川室長によると、経産省はその際、東電による汚染水の管理方法についてより厳しく監督することを決めた。その結果、東電の計画がすでに後手に回っていることが明らかになった。

REUTERS

福島第1原発の空撮写真(20日)

 東電は約1000トンの地下水が毎日、原発の下を流れており、そのうち400トン前後が原子炉建屋を通っていると試算する。さらに毎日、メルトダウンした原子炉を冷却するため400トンの水が注入されており、これが地下水と混ざっている。東電や政府関係者によると、東電は連日この水をくみ出した上で、その半分を再利用し、残り半分を貯蔵タンクに入れている。その一方で、地下水が汚染されずに済む方法について検討を急いでいる。

 しかし、1つのプロジェクト――施設の陸側に設けた一連の井戸から地下水をくみ出し、汚染された建屋の下を通る前に地下水を海へ迂回(うかい)させる「バイパス」法――は地元の漁協から反対に遭った。漁協は福島第1原発から出た水を海に流す方法に一切反対している。新川室長によると、漁業関係者の心情を考慮すれば、事故を起こした施設により近い場所から水をくみ出す方法も成功する可能性は低いと経産省は判断した。

 経産省は5月に、20人の専門家で構成される汚染水処理対策委員会を設置した。丸井氏もこのメンバーに入っている。

 丸井氏によると、自身を含む委員会メンバーは、東電が採用した1つの方法――海岸線に沿って巨大な遮水壁を地下に設置したこと――は見当違いだったと考えている。丸井氏は、すでに汚染水が施設の近くの地下水に漏洩していた可能性があるため、もっと外側に建設されるべきだったと指摘。重要なことは、最初の遮水壁を陸側に建設し、最も汚染されたエリアへの地下水の流入を防ぐことだったとしている。

 5月末までに、同委員会は原子炉建屋の周りの土を凍らせ、施設を囲むように全長1.4キロメートルの壁で地下水の流入を防ぐ「凍土遮水壁」を作る提言をまとめた。この提言は2番目の専門家のグループに諮られた。

 ただ、これらの専門家グループは、現場の状況が再び悪化していたことを認識していなかった。東電は5月に海岸にかなり近い井戸水の放射線レベルが高くなっていることを検知した。これは、先に考えられていたよりも地下水の汚染が進んでいることを示している。東電は7月初めにようやくこれを発表した際に、対策の遅れを認めた。

 このニュースを受け、原子力規制委員会と田中委員長は東電を非難し、素早い行動と情報の開示を求めた。同委員会は高濃度の汚染水がすでに海に流出している疑いがあるとの見解を公表。7月末までに汚染水問題の解決策を提案するために独自の作業グループを発足させる必要があると決断した。主に専門家や規制当局者、東電関係者の12人で構成されるこの「汚染水対策検討ワーキンググループ」は、今月2日に初めての会合を開いた。

 原子力規制庁の東京電力福島第一原子力発電所事故対策室の金城慎司室長は「本来やるべきことじゃなかった」と述べ、規制当局者は「審判」であって「選手」ではないと説明。そのうえで「何もしないではいられなかった」と述べた。

 一方、汚染水処理対策委員会はようやく8日に会合を開き、先の提案を再検討し、9月末までに新たな報告書をまとめることを決めた。原子力規制委員会のワーキンググループは東電の3つの緊急汚染水対策のうち、2つを監督する。例えば、汚染濃度の高い水を海側のトレンチ(坑道)から取り除くことなどだ。残りの1つは汚染水処理対策委員会が長期的な対策と併せて引き受けることになった。

 丸井氏は、この委員会の規模が大きいことは決めるのに時間がかかることを意味し、凍土遮水壁の計画に対しても依然として激しい異論があると指摘した。この方法は高価な技術であり、これほど大きな規模で実施されたことがないからだ。地盤凍結工法を駆使している日本で最も良く知られた企業の1社はフィージビリティスタディー(実行可能性検討)の入札に参加しないことを決めた。この企業に近い関係者によると、トンネル向けに少量の土を凍らせるこの企業の専門技術は、こうした作業には適さないと判断したという。

 丸井氏は、本当に必要なのは、いまだに古い川底へ流れ込もうとする水の流れを変える方法だと指摘、「プランニングをシステマチックにちゃんとやってほしい。瞬間的な対策ではなくて長い目で見たストーリーで考えてほしい」と訴えた。

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