『はだしのゲン』騒動のばからしさ - 石井 孝明
アゴラ 8月21日(水)10時32分配信
|
* |
もっと大切なことは多くの読書経験
この問題で騒ぐ人たちは、なぜ抗議ということに無駄なエネルギーを使うのか、不思議に思う。どうせ焚き付けたメディアは、2週間すれば忘れてしまうのだ。
そんな暇があったら、もっと大切なことに目を向けるべきと思う。大切なこととは、「子供に多様な読書経験をさせるべき」ということだ。
私は小学校時代から、学校の図書室、公立図書館をかなり使い込んだ。どの図書館の児童室にも、戦争もの・原爆ものは棚一つ分と、大量にある。その中で、原爆を語る素晴らしい文学はたくさんある。私は井伏鱒二の『黒い雨』、原民喜の『夏の花』『鎮魂歌』、峠三吉(共産党員だが)『原爆詩集』、永井隆の『長崎の鐘』も小中学校時代に読んだ。
日本ではマンガは、表現の分野で成長を続け、才能のある人を集める。私が心に残ったのは大人になって読んだ『夕凪の街桜の国』(こうの史代 双葉社)だ。幸せをつかもうとした女性が、被爆による健康被害で10年後に亡くなる。その残酷さと、静かで美しい日常の対比に、胸が苦しくなった。凄惨さを強調した70年代のマンガ『はだしのゲン』と違って、最近のマンガで表現方法も洗練されている。
エネルギー問題、福島原発事故を調べ続ける私にとって不思議だったのは、福島原発問題でデマを拡散している人が、なぜか「『はだしのゲン』を守れ」と騒いでいたことだ。同書で私はで「ピカの毒が移る」と、広島の人が差別されたことを私は初めて知った。無知と差別による悲劇を同書の作者の中沢啓二氏は批判した。
それなのに21世紀、これだけ情報があるのに、私たち日本人は過ちを繰り返してしまった。筆者は福島デマを流す雑誌経営者を記事『「福島で人は住めない」--放射能デマ騒ぎの悲しい結末』、また別の人物を一例に『「放射能測定、この人はうそつきだ」--郡山市民に訴えられた中学教師』という文章で批判した。この人たちのツイートを数ヶ月ぶりにのぞいたら、予想通り「『はだしのゲン』を守れ」と騒いでいた。福島を差別する自分の行為を反省せずに正義を語るその愚かしさに、私は改めてあきれ、その精神状態を疑った。
皮肉を込めて言えば、恐怖を強調したプロパガンダだけに触れた子供は、おかしな大人になってしまうのかもしれない。
西欧の諺に「一冊の本だけを読む人に気をつけよう」というものがある。一冊の本に過度に関心を向け、一つの思想に凝り固まることをうながすのではなく、子どもには、多様な本を読ませる読書経験を持たせるべきだ。
石井孝明
ジャーナリスト
メール・ishii.takaaki1@gmail.com
ツイッター:@ishiitakaaki
(石井 孝明)
石井 孝明
最終更新:8月21日(水)10時32分
記事提供社からのご案内(外部サイト)
著者によるダイレクト出版という形で、インターネットより広く著者を公募し、個別に審査。質の高い原稿を電子化し、出版を行っています。 |