瓜田純士

瓜田純士オフィシャルブログ
静寂の街角〜新宿魔悲夜最終章〜

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テーマ:
扁桃腺ヤラれたな…









夏風邪を舐めてたな。






思えば昔からblog読者ならご存知の通り、年間半分は風邪ひいてた俺が、



何しろ今年から免疫が多少強くなっていたから案外大丈夫と思っていたら
突然来たか…









思えば昨年の今日、先輩から





『明日の高円寺


ビッと行けよな。』





あれから一年か…





早いな。





その10日前、





当時の女と飯食ってたら
連絡が来て、






今では報道で独裁者のように扱われている先輩に恵比須の韓国料理屋に呼ばれてご飯食べてたな。







世間や皆はその先輩を警戒心がとか



異常な程



と騒ぐが、


普通に冗談も言うし、



まして俺の女に顔を見せたりしないだろうに。







あの人は良く、俺の異常な記憶力や
洞察力を常に評価してくれていた。




その日は然り気無い
海の同窓会前に暫く遠回りして



出戻りの俺との情報交換見たいな食事会だった。





もう一人の先輩は
100円ライターと煙草を逆さに向ける癖があり、


プレミアムモルツしか飲まない。





先輩があの人
に言ってくれる



『こいつさ


一通りやってきて
名前も売って、頭も良いのに



金を掴んだ事ないんだよ



何か仕事回してやってよ』





あの人
は必ず笑う。


『わかったよ何回も聞いてるよ』





此処までは必ず誰の目も見ない。




急にメニューを当時の俺の女に渡しながら



『純士の女で大丈夫?



好きなもの食べなよ


長女?末っ子?』





女が『家は祖母が母親代わりで』






此れだけ聞くと



『お婆ちゃん娘だ



じゃあしっかりしてるね


頼みなよ何でも』





この会話以降はもう同席した人間には構わない。




赤いTシャツに白いデニムに
車のキーが2つ付いてるのに



フェラーリの赤と白の自転車で来て居た。




とにかく潔癖症で、車が好きだった。



白い車が多く、




スノーボードも行く。




『純士はさ



俺達から見たらガキの頃から変わらないけど、廻りの目があるからさ




海の時に観察してたけど

あんまり気を遣うと疲れるぜ




信用は10年だからさ



ゆっくりで良いよゆっくりで。



お前は昔から金に執着ないじゃん



でもさ



日本人の殆どが執着の塊なんだよね




たまに急に金を持つといきなり高級時計したり、キャバクラ通いつめたり


外車買い出したりさ






そういう奴が足を引っ張っるんだよね


まぁ良いよ今日は腹一杯食べろよ』








思えば石本太一被告(公判中)
の事を言っていたのだろう。






色んな懐かしい話であっと云う間に数時間経っていた。





あの人は俺のギャグに昔から弱く




フザケんなよ



と言いながら必ず笑う。





ビールも飲む。




ジョッキを持つ度に白いキャップのつばを直す癖がある。







俺が府中から出た時の放免の日と同じ事を聞かれた。





いつ聞かれるか待っていたから
即答した。





『まぁご存知の通り


兄の方だけは切れない縁です



すいません。』





『いいよ。



分かってるよそんなの』





俺が二人の先輩に



『何だかグレーな話が飛び交いまくってて勘繰りません?この韓国料理屋』





そう言った後、



トイレに立とうとしたあの人は



笑いながら




『白とかグレーとか言われてもわかんないんだよね




ブラックエンペラーだから。』






思わず笑ってしまう様な冗談を
突然言う人だ。







それからたったの2週間で




もう逢えない状況になり、





世間に





独裁者のように曝されてしまった。











昔、あの人がアムェイにはまって居た頃や


毎年恒例の大食いツアー等




かなり笑いの堪えない遊びがあって





なんだかんだ


俺は信頼されていたし


好きだ。







実は山梨から帰った翌日の朝、




新宿駅でメデューサの先輩に再会して
近況を聞いたりもした。










工藤明男(仮名)

の著書を読み返した




不自然な事が多々ある。








俺は別に



独りでやってきたから



先輩を擁護する訳ではないが、








あの人が


そんな派手な事を先陣切る訳ない気がする。







まぁ関係のない俺が何も言えた義理じゃないが、






工藤明男がもしも柴●なら






昔から先輩を見下し、



自分の会社には石本太一被告が最初は居て、



実は俺の後輩のセイヤンと太一は
兄弟と呼び会い






俺が太一と飲んだ時に





柴●だけは揺るせない




と太一は言って居た。








何が言いたいとかではない。








不自然が頭を過りながら、







先輩の電話から丸一年が経つから書いただけで、






今だから言うが、






永福町は22代目で終わらせ、




俺は高円寺で梅里スペクター


東田は宮前




木村はメデューサ






をやるやらないの話を

断ったのが俺と木村兄だけだったのを






何か因果を感じてならない。








世間は恐ろしく扱うが、




俺は皆小さな頃から変わらずに見ているから





何だか淋しい。






※恩義ある方々に迷惑を賭けたくない為、


石本太一被告以外の固有名詞は
伏せさせて頂きます。

















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