特集ワイド:憲法よ 近現代史家・加藤陽子さん
毎日新聞 2013年08月22日 東京夕刊
好きなテレビ番組はNHKの歴史教養番組「タイムスクープハンター」だ。「この番組は時代考証がしっかりしているし、ドラマ場面の登場人物たちは自分の頭髪をそったり結ったりしてリアル。歴史的な場面をつぶさにこの目で見てみたいという私の願いをかなえてくれるようだから」と笑みを浮かべた。
学者として研究対象に選んだのは、日本が破滅に向かった1930〜40年代。戦後、繰り返し問われたのは「なぜ戦争への道を進んだのか」だった。加藤さんに問うと腕を組み、精神を当時に飛ばそうとしているかのように目をぎゅっと閉じた。「当時の国民や政治家は道を誤るのかとドキドキしながら戦争への道を選んだのではありません。中国をこらしめ、アジア解放を妨げる米英と戦うのは正しい選択だと信じ、戦争を正当化したのです。国民は決してだまされたのではない」
ならば今、求められる姿勢とは何か。「この国には、いったん転がり始めたら同調圧力が強まり、歯止めが利かなくなる傾向がある。例えば、育ちのいい政治家がやることだから間違いはないと信じていいのでしょうか。政治家の言動、私たちの選択は正しいのだろうかと疑うことが必要だと思うのです」
改憲への「同調圧力」は徐々に強まっているが、加藤さんは希望を捨てない。「自民党などが法案を提出した児童ポルノ規制が漫画やアニメに広がりそうになった時、大人は鈍感でしたが、若者たちは『表現の自由が制限される』とインターネットなどで反対の声を上げました。国防軍の問題点や現憲法の意義を分かりやすく若い世代に伝えれば、憲法の危機だって回避できるのではないでしょうか」
過去ではなく未来にタイムトリップしたら、どのような日本が見えるだろう。再び目を閉じ、しばし考え、穏やかに言った。祈りのように。「今よりも……もっと女性が社会で活躍していて平和な時代が続いていると思います、きっと」【瀬尾忠義】
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■人物略歴
◇かとう・ようこ
1960年、埼玉県生まれ。89年東大大学院博士課程修了。スタンフォード大フーバー研究所訪問研究員などを経て東大大学院人文社会系研究科教授。専攻は日本近現代史。著書は「徴兵制と近代日本」など多数。
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