負け犬のわたしが嫁に行くまでの記録

難病の彼と同居しつつも、他に結婚相手を探す日々。自分向け日記。

秋がくれば思い出す人 23:30

★この記事はこちらの続きモノです。

 一番最初のお話はこちら

 

23:30

もうそろそろ終電の無くなるいい時間。

わたしたちの足は一時間ほど前に下りた駅に向かっていた。

 

「ところで、どこに引っ越したのさ」

 

さっきお酒を飲んでいたお店で、どこに引っ越したか彼に聞かれた。

最寄駅を答えたところで知っている人が今まで誰もいなかったくらい辺鄙な場所だから、言ってもわからないだろう。

そう思ったわたしは、最寄駅ではなく街の名前を伝えた。

 

「え?俺の住んでる街のとなりじゃん。最寄駅どこ?」

 

冗談みたいなリアクションが返ってきて、落ち着いていたわたしの心臓が再び跳ね上がった。

 

「XXX駅だよ。XXX駅から乗り換えの。辺鄙な駅よ。知らないでしょ?」

「いや、知ってる。俺通ったことあるもん。XXってスーパーあるよね?たしかコンビニの隣に。それと俺、その乗り換え駅のとなりのXXX駅が最寄だよ?」

 

いや、ちょっと、待って。ほんとにやめていただきたい。

能天気な夢見るXXXなら、ここで”きゃ!これって運命!?”って、舞い上がっちゃうんだろうけど、わたしの場合悩みの種がもうひとつ増えるだけだから。

 

「へぇ、偶然もあるのね。あは は  は… 」

 

神さま、これ以上わたしを悩ませないでください。

 

わたしは知らず知らずのうちに樋口くんの生活圏内に引っ越して一年ほど過ごしていたということだ。

どこにいるのか分からない記憶の中にいるだけだったはずの彼が、一気に色を帯びた気がした。

 

当然のことだけど、同じ方向の電車に乗る。

断っておきたいのだけど、わたしは探偵を雇って彼の周りを調べたりなんかしていません。ほんとに偶然なの。

 

「りさが乗り換える駅の商店街でさ、ときどき野菜を大量に買うんだよね」

「野菜?」

「うん、びっくりするくらい安い八百屋があるんだ。りんご一山何円、てさ」

「あの駅、八百屋さんなんてあったっけ?」

 

 

電車に乗って、最寄駅のそんな話をした。

わたしの乗り換え駅のとなりに、彼は住んでいるという。

けれど、直線距離で結べば自転車で30分はかからないところに住んでいるのだと思う。

ちょっと信じがたい話だった。

でも、わざわざ嘘を付く理由がない。

 

楽しい時間があっという間に過ぎてしまうように、わたし達を乗せた電車はいつの間にかあと一駅で乗り換えの駅に到着してしまう。

時間はまだ24:00を回っていない。

 

もう少し彼のことを見ていたい。

 

そんな欲求に駆られる。

 

「ねぇ、少し散歩したいんだけど。ちょっと付き合ってくれないかな?」

 

電車が駅についてしまう少し前に、そんな言葉を口にしていた。

 

「いいよ。ついでだから、八百屋さん教えよっか?」

 

考えてるそぶりも見せず、彼がそれについて答えてくれた。yesだ。

どくどく。心臓が再び熱を帯び始める。

同じ駅に降りる。

それは、何度か目にした光景だった。

 

「それにしても、汚い駅だね~」

改札を抜けたところで、彼が毒づいた。

「なに言ってんの。となりの駅だって似たようなもんでしょ」

「はは。そうだね」

 

わたしの日常に彼が入り込んでいる。

それはくらくらするほどわたしを浮かれさせた。

視界が彼にだけ集中して、狭くなる。

うれしくって心が躍る。

でも、次にわたしがそこを訪れるとき、彼はもういない。

こういうのを夢を見てるみたい、っていうのかしら。

 

彼は駅から出ると、慣れた様子で街の繫華街へ向かった。

てっきりメイン通りを少し歩いた場所にあるのかと思いきや、路地裏に入っていった。わたしより詳しいんじゃないかと思うくらい、迷いがなかった。

 

「こんな方向にあるの?」

「そだよ。こっちの商店街は初めて?」

「こっちに商店街があるなんて、今日初めて知ったよ」

「じゃあ、もしかして、どこに連れていかれちゃうのかしら、ってちょっと心配してる?」

 

彼がいたずらっぽく笑う。

その笑顔、やばいよ。やめて。

 

「そんなことは思っていないよ。八百屋さんに案内してくれるんでしょう?」

わたしは平静を装う。いつの間にか彼の前ではそうでありたいと思う自分がいた。

 

彼のいう八百屋さんはてっきり駅の近くにあると思いきや、なかなか現れない。

この駅に降りた理由も忘れてしまったみたいに、会話を楽しむわたし達。

彼がわたしを茶化す。おおげさなくらいリアクションをしてしまう。

彼をこずくフリをしようと振り下ろした手を、彼がごく自然に受け止めた。

 

「あぁ。手、つないじゃったね」

そんなつもりじゃなかったんだけど。

彼はうっすら笑みを浮かべたまま、手を握って歩きだした。

「嫌だったら離すよ?」

ずるい言い方。そんな聞かれ方されたら、嫌じゃない、としか答えられないじゃないか。

そういえば、手を繋いだのは最初に会ったとき以来だったかもしれない。

 

結局、駅から20分くらい歩いたかもしれない。

彼が話してくれた八百屋さんはなんの前触れもなく、現れた。

ちょっと想像してた八百屋さんとは違っていたけど。

 

とは言え、目的地に着いてしまった。

さて、これからどうしよう。

 

「ここからだったら、歩いた方が家に帰るのは早いな」

「う~ん。わたしもそうだね」

「じゃあ、このまま歩こうか。まっすぐ進んで線路沿いを歩くだけだと思うから」

 

わたし達は再び歩きだした。

 

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今日は過去最高のアクセス数でビビッてます。

シリーズ化してみたから、最初の話から読んでくれてる方もいると思えばアクセスは増えて当たり前なんですけどね。

嬉しいやら、ちょっと不安やらで複雑です。

ブログ立ち上げ当初から、☆をつけていただいてる方達には本当に感謝です。

このお話に関しては、ちょっと詳しく書きすぎてるので、

一週間経ったら非公開にしちゃいます。