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【大リーグ】

イチロー、日米通算4000安打到達 5000安打も「可能性ゼロじゃない」

2013年8月23日 紙面から

◇ヤンキース4−2ブルージェイズ

 【ニューヨーク穐村賢】日本が誇る「安打製造機」にまた新たな勲章−。米大リーグ、ヤンキースのイチロー外野手(39)は21日(日本時間22日)、地元でのブルージェイズ戦の1回に左前打を放ち、日米通算4000安打(日本1278本&米国2722本)とした。過去にピート・ローズ、タイ・カッブの2人しか達成していない数字で、日米通算とはいえイチローは史上3人目となり、30代での到達は最速となった。今後はローズの持つ大リーグ最多4256安打、米野球殿堂入りの基準とされる同通算3000安打を目指すが、衰え知らずの39歳にとって、それは決して高いハードルではない。

 1回1死で巡ってきた第1打席、カウント1−1からの3球目、相手先発ディッキーの外角高めへの魔球ナックルを上からたたくと、打球はローリー三塁手の左を抜け、左前に抜けた。

 「左翼席への本塁打以外は僕らしい当たり」というきれいな流し打ちで金字塔を打ち立て、一塁ベース上でいつものように右の肘当てを外していたイチローの視界に想定外の光景が広がる。一塁側のヤ軍ベンチからチームメート全員が飛び出して背番号31のベテランに歩み寄り、祝福の言葉とともにハグなどで大台到達をたたえた。

 予期せぬ出来事に「半泣きになった。特別な瞬間をつくってもらった思い。とても深く(心に)刻まれました」とイチロー。同僚たちの“儀式”を終えると、総立ちの拍手喝采を送り続けていた地元ファンにもヘルメットを取って深々とお辞儀をし、感謝の意を示した。

 22年の歳月をかけて積み上げてきたとてつもない数字にも当然、始まりがある。思いをはせたのはオリックス時代、プロ初安打だった。1年目の新人で「1軍昇格はまだ早い」と一度は固持、首脳陣からの強い要請に渋々上がった経緯もあり、「嫌々打った1本目。4000本目は試合に出たくて出たくてしょうがない中で打ったヒット。そういう面白さはある」と独特な表現で当時の状況を思い出しながら、感慨深そうに語った。

 天才打者の誉れ高く、いとも簡単に安打を重ねてきたように思われがちだが、もちろん相応の苦悩もあった。

 「4000のヒットを打つには、8000回以上は悔しい思いをしてきている。それと常に自分なりに向き合ってきた。誇れるとしたら、そこ」。数多くの凡打に学び、安打につなげてきた。安打の陰に隠れがちな倍近くの凡打にこそ価値があると強調した。

 「無事これ名馬」ではないが、大きなけがもせず、毎日試合に出続けたことが史上最速での4000安打達成につながった。マリナーズ時代から本拠地と自宅には最新の理論を取り入れた特殊なトレーニングマシンを設置し、筋トレを日課とした。試合前にはストレッチポールといわれる器具を使っての準備運動を欠かすことがない。そのグラウンド上のスマートな姿とは裏腹な地味な作業の積み重ねが、39歳とは思えぬ強靱(きょうじん)かつ柔軟な体をつくり上げた。

 4000安打は通過点でしかない。イチローはこの日、前人未到の5000安打達成についてもこう語った。「自分の中で、(体力的に)変化がない。僕の年齢に対する偏った見方がなければ、その可能性はゼロではない」。1992年7月12日にダイエー(現ソフトバンク)の木村恵二から記録した“一滴”はいま、大河となったが、なお河口を知らない。

 

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